戦いには守りも必要です
チーム荒野のピティエに、優しく予備のサングラスを渡されたドゥアーは、恐る恐るメガネケースをパクリと開け、銀のつるを摘んで、空の色、その幕を、目の前に。
パチ、パチン。
瞬き。するりと降りた幕は、視界を色をつけた世界に変えて、言われた通り1枚、ふんわり遮ってくれたかのよう。それでいて、見るものはちゃんと見える。
心配そうなニリヤ王子とネクター王子の顔、お口をムギュと噤んで、見上げるアルディ王子、口角上げて、目がキョロっとしているルムトン副隊長、ショボショボ目の竜樹。
面白そうなオランネージュの顔、神妙にドゥアーのリアクションを待つチームワイルドウルフ達、お澄まし顔のステュー隊長に、カメラにマイクさん。
「どうだい?ドゥアー。」
赤毛に狼お耳の先っぽ金毛が揺れる、ニ、と外側に開いて、ファング王太子が聞いてくる。
海、とピティエは言った。
なるほど、さわ、さわ、とざわめく音、大画面からの響く音声、ほわぁと海原。
「はい•••なかなか、なかなか良いです。ちょっと守られる感じします。」
ホッとして、つるを両手で押さえて、あちこちキョロキョロ見回すドゥアー。ピティエは嬉しく、折っていた腰を、しゃんと戻すと。
「では、それは差し上げますね。私の使っていたもので、新品ではないんですけど、ドゥアーさんの味方になってくれたら。」
「えっ!そんな、いただけません!!」
腰を浮かせてドゥアーが、さて、用も済んだし、と帰りかけそうなピティエを追う姿勢を見せる。
「いえいえ、こちらにも、えっとそう。うちの事業としてサングラスを作っているんですけど、カッコよく使ってもらえたら、宣伝になってね、ウチにも利益がありますから!」
あせ、あせ、ピティエが、焦る。手をワタワタ振って、ええと、と。
彼をモデルとして気に入って契約している、年配デザイナーのトラディシオンみたいに、これ着て欲しいあれ着て欲しいこれなんかどう?と洋服をくれようとする時の、自然と出てきた理屈と同じ事を言っていた。
あぁ、なんか分かった、あげたい気持ち。他意なんかないんだ。ただ、彼の役に立てば、嬉しい。
「竜樹様、ドゥアーさんに、サングラス。似合っていますか?」
「似合ってるよ。充分、宣伝になるだろうね。これから、ステージにも出れば、人の視線が気になる人たちのお守りにも、って思ってもらえる。お守りで、しかもカッコ良いなんて、素敵だね。」
サングラスはドゥアーの黒髪、肌に映えて、ピティエと同じく青年の彼の、顔の形にもそれは、ピッタリしている。かけていて緩みもそんなにないし、なかなかカッコ良いのだ。
ホッとするピティエの後ろ、ニヤリと笑ったその兄ジェネルーは、こちらは流石にサングラス事業を父と共にやっている辣腕である。ドゥアーに、音楽を奏で歌う時に、カッコ良く身なりを整えてサングラスをかける事で、ある程度モデルとモニターとして、ウチから報酬を出す事が出来ます。稼げますよ。むしろ受けてくれると非常にありがたいんですけど。ピティエの気持ちにも沿うし。
と、ピティエファーストなお兄ちゃんジェネルーの押せ押せに。
あ、う、え?
とタジタジだったドゥアーは、何とかそれを了承して、胸に手を当てて、深くピティエとジェネルーに礼をした。
「ありがとうございます!とても嬉しい申し出です、恥じない歌が歌えるよう、頑張って宣伝致します!」
ピティエは嬉しく、ニッコリした。
ジェネルーは、ピティエが嬉しそうで。サングラス一個と少々の出費で満足の笑顔が見れて、いつだって彼の弟の喜びは、兄ジェネルーの喜びである。ニンニンだ。
竜樹が、ピティエを、ドゥアーが歌ってはけるまで関係者席においでよ、ご両親も呼んでおいで、お昼を一緒しない?と余裕のある席へ呼ぶ。ピティエは嬉しそうに頷いて、3王子やアルディ王子がその腕を笑ってとる。ジェネルーは付いてきていた家の召使いに指示をして、ニコニコの合流。
「良かったね、ドゥアーさん。前向きな気持ちになってきたんじゃない?そりゃそうだよね、防具があれば、戦いも安心だもの。後もう少し、良かったらさぁ。」
竜樹がスマホをマントの懐から出して、シュタタタ、と画像検索して。
「こんな髪型にしたら、一層守りが厚くならない?ちょっと鬱陶しいかもしれないけど、ドゥアーさんは割と美青年だし、そんなにモッサリしないでカッコ良くなると思う。あのー、俺のいた世界では、有名な歌うたいさんが、こんな感じに前髪を長くしていてさぁ。目を隠していたんだけれども。」
画像を覗き込むドゥアー、3王子に子供達。写真は、雰囲気のある青年。目が髪で全く隠されていて、威圧感がなく、けれど佇まいは何か発して言いたげで、何とも言えない迫力がある。
「え、でも、私の前髪、こんなに長くないです。」
「そこはそれ、エルフの魔法で何とでも。どうする?ここまで全隠しにしなくても、少しサングラスが覗くくらいに、薄く梳くかなんかして、サングラスも見せつつ、効果的な髪型にしてみない?」
ドゥアーは。スマホの画面を、その歌うたいの、内に秘めた何かを、この人は守りながら歌っているんだな、とジィッと見てしばし。
うん、何でもやってみよう。と、腹を括った。
「•••竜樹様、やってみます。よろしくお願いします。」
「ほいきた。髪は、短くしちゃっても良いかい?」
はい、もう、お任せします。と俎の上に乗って身を委ねるのみである。
「•••その歌うたいさんはさ、市井から出て、有名になって、あちこちで彼の歌が流れるようになって、段々と前髪から目を出すようになってきたんだ。心の切ない内側を、繊細に、でも叫ぶように作って歌うような人なんだけれど、俺、勝手にそれを、段々と彼が認められて自信を持って、外に対してガードを、幕を薄くしていっても、やっていける、ってなったからかな、って思ってるんだ。実際は違うかもしれないよ?でも、ドゥアーさんも、最初はダメージを避けて自分をよく守って、それでいて全部遮断しちゃうんじゃなくて、自分なりにバランスとってやっていければな、表現していけたら、素敵かな、って思ったりしてさ。」
エルフのロテュス王子に電話をかける。竜樹の周りの、急に連絡がとりたくなるかもしれない人リストに入った彼は、チリ魔法院長が作った魔道具の、二つ折りの携帯電話を持たされているのである。
今はエステの催しの準備を、貴族出身で花街に落とされ苦海から竜樹に救われた、エステ組と頑張っている所であったが。
呼ばれて嬉しそうにすぐさま転移で。
シュワ!
「はい!竜樹様、お呼びですか?」
「うんうん、理由も聞かずに来てくれて、本当ありがとう、ロテュス。お昼は食べた?後で一緒に食べようか。それで、頼み事があるんだけどね?」
何でしょう何でしょう。
竜樹ラブ、な将来の伴侶、エルフの美少年ロテュス王子は嬉しく、竜樹の手を取って握ってニコニコ見上げた。
「エルフは、脱毛魔法で、毛根から成長を止めたり出来るじゃない?前に、髪の成長も促せるって言ってたよね。彼の前髪、少し伸ばしてあげられる?それで、こんな風に、カッコ良く髪をカット出来ないかな、って思ってさ。」
スマホの画面を見せる。
「ああ!出来ますよ!髪を弄るのが得意な者がいますから、呼びましょう。エドゥっていうんですが、彼、恋人の専属髪結いって言ってるんで、ちょっと特別にやってくれるか聞いてみます。」
「ありがとう、助かるよ。ドゥアーさんは、歌の競演会で、緊張しすぎず怖くならずに出演できるように、今皆で考えてるとこなんだ。」
準備しながらテレビ見てましたから、知ってますよー!
ニコニコニンニン、のロテュス王子は、そんな困った時に竜樹に頼られて嬉しい。シュワ!と転移して、しばらくして、金髪長い耳長身の男性エルフを連れてまた転移してきて。
魔法であっという間にドゥアーの前髪を伸ばして、逆に長かった後ろの髪を、即席の髪切りセット、あの髪を服から防御するケープ付き、で切り始めた。
ジャキ!シャキシャキシャキッ
鋏が、なかなか良い音で、時には重たく見える、少し荒れた黒髪を切っていく。
鋏を入れた瞬間、ああっ!と、どこか貴族が主にいる前の方のプラチナチケット席から、何故か声が上がったが、ん?と思いつつ皆スルーである。
シャキシャキ!
「上手いもんだねぇ、エルフの髪結いさん。エドゥさん?髪をカットしたり、伸ばしたり、思いのままにできそうじゃない。仕事として、理容室やれるよ。エステと絡めて、髪美容とかどう?お仕事に。」
エドゥは、スマホの画面と見比べながら慎重に、かつ大胆に、真剣にカットしつつ。
「ああ、そのお仕事をエルフに下さるのは、嬉しいんですが、私は恋人の専属髪結いなので。もし良かったら、他の者に、そのお仕事を相談してみてくれませんか?あの、恋人、イーヴって言って、酒場を持ってるので、『のんある居酒屋イーヴ』っていうんですけど。テレビにも出たの、覚えてらっしゃいます?ほら、この間の、アンファン!お仕事検証中!で。そこを、ずっとお手伝いしたいのですよね、私。この間、やっと恋人にしてもらったので、色々と力になりつつ、結婚してもらえるように、頑張ってるんです。」
あぁ〜!『のんある居酒屋イーヴ』!
と竜樹もウンウンして。
「そっかそっか。恋人出来て良かったね、エドゥさん。イーヴさん覚えてる覚えてる、お店順調なんだって?今楽しいとこだねぇ。」
はい!とっても楽しくて嬉しいです!
エドゥの笑顔。
ロテュス王子もニココとして。
「竜樹様の言ってた髪美容、エステで出来ないか、この収穫祭の催しには間に合わないけど、また検討してみましょう!いつも素敵な案を、嬉しいです、竜樹様!」
「いやいや、髪を伸ばせる、って、すっごく便利だな、って思ってたんでさ。こちらこそいつも、助かってるよ。ありがとうね、ロテュス。エドゥさんも。」
いえいえ。
なんのなんの。
などと言いつつ、ドゥアーの髪は着々と、ザ・アーティスト、って感じになってきた。ストレートの髪だし、まんまではないが、サラッと前髪が目を程よく透かして、チラッと見えて、重すぎるのも回避している。
シャキン!
「はい!こんな感じで、いかがですか。鏡、はこちらです。」
エドゥは、手鏡をドゥアーに渡して見てもらう。
じ、と自分の姿を手鏡で、斜めから正面から、と見るドゥアーに、エドゥは落ちて切った髪を魔法で集めて、ポン!と魔法で一瞬のうちに燃やして消した。
あ、ヘアドネーション、と竜樹はちょっと思ったが、話がややこしくなるので、むぐむぐと口を噤んでおいた。
「え、えぇぇえええ。何だか、びっくりです。あぁ〜でも、何かいいかも。程よく幕効果ありそうです!」
髪を摘んで、ふわ、軽い、頭!とちょっと嬉しそうなドゥアー。
「普段ステージに上がってない時は、ピンで、前髪を留めててもいいしね。普段は平気なんでしょう?ドゥアーさん。」
竜樹は、ロテュス王子に腕組みされつつ。
「はい。そですね、今回のステージで、初めてでした。あんなに怖くなっちゃったのは。」
「だったら、普段は、上げてて良いだろうねえ。ステージの雰囲気作りみたいな感じでさ。あ、サングラスもかけてみて。•••うんうん、素敵じゃない?なかなか、カッコ良いよ!」
観客席からも、ざわざわ、素敵じゃない?えー、そうかな?雰囲気あるよね、サングラスいいなぁ、なんて声がちょこちょこ聞こえてくる。
エドゥは満足して、シュワ!と転移して帰り、そうして。
「ドゥアーさん、これでうたえる?おひるごはん、みんなでたべる?」
お腹きゅるる、ぐー、のニリヤ王子が、竜樹の足元でズボンを握って催促。
なのだが。
「竜樹様、あの•••。」
おずおずと、話しかけてきたのは、ミモザ夫人。ジャスミン嬢の呪いで眠ってしまっている、タイラスのお母さん。
それから、その婚約者のポムドゥテール嬢の、お母さんの。
「ラシーヌさんまで。どうされましたか?」
石化の障りを魔獣から受けて、寝たきりだったラシーヌ、まだ瞼を使って文字板で会話するので精一杯の彼女が、夫のベッシュに車椅子を押されて、でも何となく精気のある、挑むような顔で。
お母さんズ、どうしたの?
「私たち。」
ドゥアーさんに、勇気を出してもらえるように。
「私たちも、歌います!」
ん、んんん?
ラシーヌは、口端上げて、瞬きを、パチン、パチン。不敵な笑顔である。ミモザ夫人は、思い切った!って赤い顔。
うん、ご飯食べながら聞きましょうか。




