裁きは成った
竜樹は、呪術師の少年キャリコの、感情を抑制する魔道具を着けさせた父と母に対して、怒りを覚えていた。我が子に、まさか!酷いだろ!と思う。
そうして、公に咎められて、すまなそうに謝ってはきたけれど。それは息子の、害を被ったキャリコに、ではない。
飛び抜けた立場のエキリーブル神様と、たぶんこの中では偉い方の、竜樹に対してだ。
それは、竜樹を、余計にムムム!とさせたのだけれど。
けれど。彼等にも、言い分ってやつが、あるだろう。竜樹なら絶対に感情を抑制させる魔道具など、子供達に嵌めたりはしない!しない、けれども、詳細を知るためにも。
「裁判でも、捜査でも、参考人って言って、事件について参考となる情報を持っている人に、話を聞いたりします。弁護人として、要求致します。参考人のキャリコ君のお父さんとお母さんに、私が質問をして、お話を聞く。よろしいですか?」
エキリーブル神様は、裁判に大まかに似せたこの、裁きの形を面白く思っているのだろう。ニッカリと見守っている。ウンウン、と促して。
『ん、んん、よろしい。参考人、キャリコの父クロマティク、母フレア、竜樹弁護人の質問に答えるように。』
はっ、はい!
跪き、頭を低く下げた2人は必死な顔。キャリコ少年は、それを、無表情で•••いや?お口が、少しだけ、ムンとへの字になっている?
エキリーブル神様が、その様子を、白い輝く髪をくしゃくしゃと口元に纏めながら、口端笑んで、泰然と眺める。
竜樹が、キャリコの側に、ふ、とんとん、と歩み寄り。肩を抱く。
キャリコ少年は、竜樹を見上げる。ゆら、と紺のビー玉の、動かないはずの、瞳を。ゆら、ゆらら、と揺らした。
そうして、すぐ側にある、こんなに側に人が寄った事のない、その竜樹の着るマントを、はし!ギュッと握る。口はムンとへの字のまま、不服であるよと言いたげで。
竜樹はビー玉瞳の揺れと灰銀髪のつむじを、見下ろして、ふに、と笑い。そして、クッ、と結んで、跪くクロマティクとフレアを見つめ、真面目な顔に変えた。
こくり。
ステージ上の、チームワイルドウルフや3王子の子供達も、よく分からないとこもありつつ、まじまじと緊迫の裁きを見守る。
大人達はそれぞれ、神々しい御威光に頭を垂れる思いをしながらも、竜樹の事だから、とどこか安心して、興味津々に。そして護衛のマルサ王弟は、あぁ〜、また例の、竜樹の、アレだな、と腕を組み鼻息をフーッと出して。
観客席は。
じっとステージを見つめ成り行きを見逃さないように、神様の顕現も有り難く、胸に口元に手を当てる大人達。そして、どゆこと?と子供達がステージと大人達を、キョロキョロと見て。それでも誰も口を開かず、静か。
「では、質問致します。参考人クロマティクさん。キャリコ君のお父さん。キャリコ君は、感情を魔道具で抑制しなければならないほど、普通とは違って、激しい気性の子供だったのですか?」
この質問に、父クロマティクと、母フレアは、うっ、と痛い顔をしてますます頭を下げた。
「クロマティクさん。話づらいでしょう。エキリーブル神様も、裁きの為ならお許しになるでしょうから、お直りになって。心にある事を、率直に。多分、それが、キャリコ君のこの先を、そしてあなた方の先を、作っていくのに必要なのです。」
「はい•••。」
静かに笑むばかりのエキリーブル神様を、チラッと見た後、クロマティク父とフレア母は、びくびくしつつ立ち上がった。
こくん、と喉仏が動く。
ぐっ、と握った拳に力を入れて、そして開いた後は、声が掠れながら、それなりに通って出た。
「キャリコは•••息子は、活発な、明るい子供でした。だけど、普通の子供より激しい気性だったか、と訊かれれば、まったく普通の、ありふれた、どこにでもいる、子でした。私や母親のフレアにとっては、たまに泣いたりぐずったり、興奮したりして、持て余す事があるのも、それは別に、普通の範疇であった、と思います。」
母フレアも、ゆっくりと頷く。
クロマティクとフレアは、キャリコを別に、虐げたかった訳ではない。
親である2人とも呪術師で、自然と教えるでもなくまじないを覚え始めたキャリコ。
知識が技が、砂に吸い込まれる水のように瞬時に、深い理解となって行き渡る。それは、最初、喜びであった。
教える。理解する。教える。教えるよりもっとその先を、発展したまじないを、新たに生み出しながら覚えてゆく。
まずいぞ、と思った時、止めよう、と思わなかった訳じゃない。親としての愛情も、当たり前に勿論あった。
クロマティクの母、キャリコの祖母、大呪術師のソルシエが、キャリコに目を付けてさえいなければ。
ソルシエには残り時間がなかった。持病があり、あと何年かの生命であろう、と言われていた。
順番でいけば、祖母ソルシエから、父クロマティク、そして程よい時期に息子キャリコへと、呪術の真髄が伝えられてゆく、それが正しかった。祖母ソルシエは、大呪術師だった。良くも悪くも、呪術師だった。
「クロマティク。お前では伝えきれないよ。キャリコでなければ、ダメだ。」
威厳ある偉大なる母であり師匠であるソルシエに、クロマティクは逆らえなかった。
呪術師は、実力のある呪術師を恐れる。本気で呪えば、生命さえ蝕む力を持つのだから、それは当然かもしれない。
「私は、私とフレアは、キャリコが怖かった。親と子で喧嘩みたいになる事など、普通にあります。だけど、そんな時、ギ、と睨むキャリコが、私達を呪わないとは、いえない。そして、子供のキャリコが、私達だけではなくて、触れ合う他の人を害さないとも、言い切れない。そう•••私達は思いました。ーーー実際、少し乱暴な友達に、強めのまじないをして•••怪我をさせてしまった事があって。ああ、ダメだ、と。」
それで、感情を抑制する魔道具を。
「祖母のソルシエさんは、今は?」
竜樹は、答えを半ば分かっていたけれど。
「3年前。キャリコに全てを伝えてから、半月後に、満足して、亡くなりました。」
•••ふー。ため息を吐く。
しん、と。
どうしようもない。
もう、どうしようもない事だ。
ふ、と竜樹も、半目でため息を吐く。
「クロマティクさん•••あなたは、戦わなきゃいけなかった、ですね。」
「•••はい。」
項垂れる父クロマティク、母フレア。
「1つめは、祖母のソルシエさんが、キャリコ君の人生を鑑みずに、呪師を教え込もうとした時。あなたは、親として、キャリコ君を呪術の生贄にしてはいけなかった。•••もう1つは、キャリコ君が、友達に怪我をさせてしまった時。叱って、これから、感情任せに呪術を使ってはいけないんだよ、大切な事だよ、と恐怖に耐えて愛をもって教える覚悟を持たなかった。でもね。」
親に、こんな事が、あなたはできなかった。
こういう風にしてくれなかった。
と、代々言っていく事は、小さくは誰にでもあり、大きくは、傷となり、その人を形づくり、良いとか悪いとかではなく、どうしようもなく。
「私達は、足りない、不完全な、人間ですものね。俺はけっして、クロマティクさんとフレアさんを、仕方なかったね、って許す気持ちではないです。キャリコ君の未来を、生命を、ある意味閉じた。それに、憤りがあります。だけど、これから、がキャリコ君にも、クロマティクさんにも、フレアさんにも、ある。クロマティクさん、あなたは。フレアさん、あなたは。」
キャリコ君を、これから、親として愛して、感情の抑制を外して、育てる気持ちが、その余裕が、ありますか?
「あ」
「ありま」
ぐぐ、と黙ってしまった2人は、涙ぐみ、ぶるぶると震えている。
あります
とも
ありません
とも
言えない覚悟のなさが、キャリコをこんな風にしたのだ。そして、これからを担うそれがどんなに大変か、軽く受けて適当にする事は、考えにないのだ。真面目な2人ではあるのだろう。
キャリコは、ムンの口で、ただただ、竜樹を見上げている。
フーッ、と息を吐いて、竜樹は、ポムポム、とキャリコの肩を叩いて撫でて。
「エキリーブル神様。キャリコ君の罪は罪。ですが、それには、どうしようもない環境の良くなかった所があった、と言えましょうね。これは、キャリコ君のせい、だけにして良いものでしょうか?彼はまだ10歳です。未来があります。大人が彼を、導いてやれなかった罪も、あると思います。ですから。」
『ん、ん?』
ですから、ともう一度言う。
観客席を、ステージを、エキリーブル神様を、父クロマティクを、母フレアを、見回して。
「彼の償いを、私はこう求めたい。感情を抑制する魔道具を、外す事。突然抑制を失った感情を受けて、彼は激流の中の葉っぱのように、ぐるぐると踊り、沈み込むかもしれない。だから、魔道具を外しても、感情を少しずつしか取り戻せないようにしたい。彼が取り戻したかった、ぽっかりした穴を塞ぐには、ゆっくり感情を味わう体験をしなければなりません。すぐには、穴が、埋まらない。」
もどかしいでしょう。
そうして、お人形のような、この状態を、少しずつしか改善できない。
「感情を取り戻す事は、幸せだけではありません。キャリコ君は、大きな呪術師の力を、感情で使わないようにしなければ、自分も周りも幸せになれない。罰として、呪術師の力を、感情のコントロールが落ち着き大人になるまで、封印するのが良いと思います。エキリーブル神様、そんな事はできますか?」
『ん、ん!!1つ、魔道具を外し、それでいて感情を徐々に、時間をかけて取り戻す事。1つ、呪術師の力を、感情がコントロールできるまで封印する事。その2つ、このエキリーブル神が確かに、裁き、キャリコに罰として与えられるぞ。』
もしゃもしゃの口元の白髪は、艶々で。絡まらないのが不思議なほどにグシャッとされている。パッと離すと、しゅるりん!つやっ!と綺麗に解けてたなびいた。
眉を丸め、神の目が、可笑しそうに、ふく、と瑞々しい。
竜樹はキャリコの背中に手を当てて、サッとお辞儀をした。
「ありがとうございます。キャリコ君のこれからの更生を育む為、この畠中竜樹が、責任を持って、彼を預かります。新聞寮で子供達と触れ合いをさせ、俺が毎日様子を見て、感情を受け止めて、味わって、生きていけるように面倒をみます!」
父クロマティクと母フレアが、ひゅ、と息を吸って竜樹に真剣な瞳を向け•••。
悲しそうに、コクン、コクンと頷いた。
「年に1度は、キャリコ君が実家に帰ってお父さんとお母さんと、妹さんと触れ合うようにさせたいと思っています。1年に1度。それくらいは、覚悟がつくでしょう、クロマティクさん、フレアさん。」
ショボショボ目が、精一杯キリッと2人を見る。竜樹は、簡単に、親の罪を逃がしてなんか、やらないのだ。
嬉しいのか。
辛いのか。
クロマティクとフレアは、ポロリ、と涙をこぼして。顔を、目元を手で覆い、コクンコクンと頷いた。
ほう•••と息が漏れる。
誰の息か、観客席か、ステージか。
緊張が緩んで、ふわ、と胸に血が通い始めるのを皆が。
くす、くすくす!
『っ、ハッ、ハハ!!んんん!随分と甘い裁きだ!だが、まあ良い、それが最も良い結果を齎す事だろうよ!私も納得だ!バランスが良い!私は裁き、罪と同じだけの罰を与えるもの。それがつり合っていて、結果が良いなら、それに越した事はないな!あからがわべんごしのじけんふぁいるも、観れるしな!』
では。
すっ、とエキリーブル神様が指をさして、キャリコの首の魔道具へ向けて、くる、と小さく円を描いた。
パキン!と音がして。
黒くなった銀の輪は、ザラ、と粒になりステージにパラパラと落ちた。
キャリコは。
ムンとしたお口で。
戒めの解けて、少しだけ強く、むわ、と浮かんでどうしようもなく、誰かにぶつけたい、ぶつけたい気持ちを。
ぱふ、ぱふ、ぽこぽこ。ぽこ。
竜樹の胸を、ぽこぽこ叩いて。
「わ、私、呪いをうけようとおもったのに!眠って、衰弱して、死んでも良かったのに!そう、したかったのに!!なんで!!」
「ごめんねえ。だって俺が、キャリコ君に死んでほしくなかったからさ。」
責任とるから、許してね。
『ハハハ!んん!死にたかった者に生きよと言うは、なかなかの罰よのう!良き良き!これにてこの裁きは成った!私も戻ろうね。ランセ神が、ソワソワしているだろうからね!』
うっふっふ!
しゅるん、と空中からスマホに吸い込まれて、神々しい裁きの神、エキリーブル神様はお帰りになった。
「だよな〜。だと思ったんだよな〜!何人受け入れるっつうんだよ、まったく竜樹はよ。しゃあねえなあ〜もう。それでまた、甘えさせてポカポカ殴られてるんだからなあ。」
ぶふー、と大きく息を吐いた、護衛のマルサ王弟は、やっぱりねだ。
傷ついた者を見捨てられない。それで、それを分かるのか、やり切れない思いを、いつだって身に受けて。殴られてみたり蹴られてみたり、石を投げつけられてみたりだ。
「しょうがねえよな。それが竜樹だからな。」
まぁ、本気で怪我しないように、気合い入れて護るしかねえか。
マルサは諦め眉下がりながらも、その口は、ほんのり。嬉しそうに、笑っているのだった。
金木犀が街に香るようになりましたね。
今年も良き秋になりますよう。




