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王子様を放送します  作者: 竹 美津
本編

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私の中の女性


スーシェは、花街で一番大きな、由緒ある店、ロワジールのパーティールームにいた。お菓子がテーブルに積んである。上品な、お客様に出すようなのじゃなくて、子供向けのだ。棒のついた飴なんかがあったので、ぺり、と葉っぱの包みを剥いて、スーシェはソファにダラリと寝転んだ。半目だよね、眠そう。と花仲間から言われる目は、お客様からは、妖艶だね、と褒められる。

赤い飴をパクリ、ころころ、と口の中で転がせば、ベリーの味。甘酸っぱい美味しい。

袖のたっぷりしたレースフリルをたくし上げて、腕を出してもここでは大丈夫。貴族のお屋敷じゃないものね。幼い頃から馴染んだ習わしも、環境が変わればそれに慣れる。

絹糸のような真っ直ぐで光沢のある、紫がかった黒髪が、ぴかり、さらり、真白な剥き出しの肩をーーそういうドレスのデザインなのだーー滑り落ちる。


気が狂った事に、大勢の花を並べてその中から選ぶ、というハーレム王な夜を好む富豪や貴族達の為にある大部屋だったが、今は昼過ぎ、花選び客の旦那様が来る訳じゃない。


「スーシェ姉さん、やっぱりあの話かしら?私達が、まとめて呼ばれてる、って事はね。」


妹分のミェイルが、ぱりり、と金柑ドライフルーツの蜜含みの包みを剥いで、パクリ、もぐもぐとする。

流石にソファに寝転ばないが、足を揃えて斜めに、不自然な格好が身についているのは、見せる姿勢だからだ。

クリッとしたゆるウェーブな橙がかった銀髪、髪留めの細かい細工は蝶々、ミェイルはいつも通り、この花街での起きぬけ時間であってもピッシリゆるりと身繕いできて、蝶のモチーフを身につけている。


花街であっても学術冊子などを取り寄せて勉強してる、ちょっと風変わりなリュネット。普段は裸眼だが、いつもは小さな丸眼鏡を必要とする視力だから、お客様からは、夢見る瞳だね、なんて、視界がぼーっとしてぼんやりうるうるなのを評価されている。


ふくっとした紅色頬のクラモワ、ほっそりして幼顔のレガーメ、計5名。リュネットとクラモワ、レガーメはそれぞれ別の店の花だが、花街は狭いので、皆、顔見知りだ。


そして、この5名の共通点といえば、揃いもそろって、下級貴族の娘だったのに、自称アリコ・ヴェール子爵という落とし屋に落とされて、この苦界に生きている、という事だ。

別に答え合わせをお互いにした事はないけれど、それでも、まあ、皆、だよねーって、知ってる。


「スーシェ姉さんの所にも、騙されて落とされた貴族の娘さんじゃあ、ありませんかー、なぁんて、今更なお問合せ、きましたわよね?まあ私は違うんですけど。」

ミェイルが、もう一つ、金柑をパクリモグモグする。上品じゃない、飾らないお菓子って、なんて美味しいんでしょう!お客様とのおもてなしの思い出にないから、安心して食べられる。


「きたわぁ。いまさらァ、だわー。まあ、なんのことかしら?って言ったけどォ。私も違うしー。」

コロリ。あー飴美味しい。

普段もこれ、食べられないかな。つまんない話の、お客様の時に食べたい。


「そうよね。今更よねえ。自称アリコ子爵が捕まったからって、家に帰れるわけでなしね。実家は平民ですが。」

「私なんてお父様に、2度と顔を見たくないって言われたしー。商家よ、商家。」

「ウチはお母様よぅ。愛人の娘ですけどー。」

真実は、男爵、男爵、子爵、男爵、子爵。の出身である。


落とし屋に身体を許すなんて。

ふしだらな!

そんな娘だと思わなかった、バカな娘!

お前は領地で療養し、後に死んだ事にする。

恥ずかしくてもう、貴族でなんていさせられない!

どうとでも、連れて行ったらいいわ!もう娘としての価値なんてないじゃない!

いい縁談のお話があったのに。妹にずらしてもらうか。

騙されるお前が悪い!!


「何で集めるのかしらねー。もう難しいお話は、なさらないでー、って言ったのにね。」


花じゃなくなったとしたって、過去が消える訳じゃない。家には帰れないし、街に放り出されても困る。働いた事なんて、ないのだ。

花引退後は、どうにかしてどっかの旦那様に囲ってもらって、くらいかなー。だるー。

スーシェは半目をとろ〜んとさせる。眠いのよ。昨夜もお客様とってたんだからさぁ。


「まぁ、お菓子食べられたから、いっか。」

ことん、と顔を落として、うつら、うつら。スーシェのあっさりした意見に、他4名の花達も。


「そうね、そうね。この金柑、お部屋に持って帰っちゃダメかなぁ。」

「このクッキー、ジャムが美味しいわあ。」

「太っちゃダメだから、普段食べられないもんね!」

「たい焼き、初めて食べたわ!ゴマの餡〜♪」


とんとん、とパーティールームの扉をノックする音。見目麗しい青年が、雑用接客係としてロワジールでは雇われているので、多分それだろう。

想像通り、見た目だけはしおらしい、いつものドア開け係が、大きなやたら豪華な両開きの白い扉を開けて、現れると。


「ギフトの御方様がみえました。」


え?


ペコリ、と頭を下げて、ドアを押さえ、お客様ーーギフトの竜樹様を通す。

す、と入ってくる。テレビで見慣れたマント、見間違いなどあり得ないエメラルドの留め具、こちらの男性の平均よりは小さい背。

ショボショボ目は、優しそうだが、今日は何だか、キリッと、いや小さい目だけど。

後ろに帯剣したマルサ王弟が。まるでマルサ王弟の先ぶれの使いか、くらいの、まるで威厳のない、地味な。

あと、歳の割にはシャキッとした、サテリットのおじいちゃん。

ニリヤ殿下のお祖父様、やり手の商人、たまーに付き合いで冷やかしに来る上客である。


コロリ。口の中で、飴が転がる。

棒がくるんと回る。

スーシェの眠い目が、んん!?と少し、見開かれて、ソファから、上半身が起きた。


ミェイルは金柑をパクリ、と今にも口に。

リュネットはクッキーをサクリとした所。

クラモワは、どれにしようか指先でお菓子をふらふら指して。

レガーメは、好みの薔薇の形の弾力あるゼリーを、手のひらいっぱいに拾ってモグモグ。


花達は、お菓子を食べている姿勢のまま、止まってしまい。


「こんにちは。初めまして、ギフトの畠中竜樹と申します。花の皆様には、ご機嫌うるわしゅう。」

ペコリ、と黒髪くしゃりの頭を下げて。


「「「「「いらっしゃいまし、旦那様。」」」」」


モグモグ。

いや、ギフトの御方様、さすがに、花を召し上がったりはされないだろうし。


「食ってんのかよ。」

マルサ王弟が、ぶふ、と笑う。

「いやいや、良いんだよ。こっちが勝手に呼び出したんだし。寛いで下さい。」


あ、ギフトの御方様、話が分かるぅ。

「このお菓子を下さったの、竜樹様ですかァ?」

流石に寝転がりでは話せないので、スーシェも起き上がって、飴を口から出した。艶々の舐めかけを、片手にくるくる。いや、スーシェだって普段はちゃんと猫を被っているんだ。だけどこの話し合いだし、何だか竜樹様、優しそうだしなあ。サテリットのおじいちゃんも、微笑んで見守っている。


竜樹様は、向いのソファに座って、マルサ王弟殿下がその隣に。サテリットのおじいちゃんが反対の隣に。どうしてもマルサ王弟が主で話したいような、パッとした見栄えがするが、でも。

ほこほこ、とした、穏やかな、じわじわくるなんか、が、竜樹様には、ある。沢山のお客様を見てきたから、スーシェ達には分かるが、こういう人は、無理も言わないし、優しくしてくれるし、何なら何もしないで寝かせてくれるし、で、大変良い客である。


「うん、コクリコさんの出産祝いで、いただいたお菓子が美味しかったから、お菓子屋さんにも儲けてもらおっかな、って色々買ってみたの。残ったら、お店の皆で食べてね。」

ニコニコ。

あー、癒される笑顔〜!

スーシェ達、花街の花にもなると、イケメンかどうかは二の次になる。カッコいい人が花の扱いは酷い、なんて事が普通にあるからだ。まあ、法則というほどではない。けれど、イケメンや高貴な方は、優しくされるのに慣れているので、まあナチュラルでこちらに気を遣わせる。


スーシェ達は貴族の娘?かも?を売りにしている高級な花なので、下衆な、女をモノ扱いするような客や、平民でもヤレればいいかな、スポーツかよ、っていう者などは相手にしない。ある程度、情緒やロマンが必要な、金を花に払って一夜の夢をみたいお金持ちが相手になってきた。

まあ、お金持ちで、こりゃ酷い、ってお客様も、いなくはない。

そんな客の中で、竜樹は、大変、こう•••お客様でいいのかな?こっちがお金払おうかなって位癒される、お父さん味がある。


「ありがとうございますぅ。美味しいです。こういうの、あまり食べられないから、嬉しいね、って、話してたんですー。」

「ねー。」

「美味しいよね〜。」


スーシェ達もちょっとのんびりニコニコだ。

ああ、いいよね。話のタネに、竜樹様と会ったんだよ、なんて。

お菓子もらったんだ、いいでしょ、って。


「食べながら、聞いてね。あのね、今日はね。」


うんうん。

モグモグ。

お茶を、こくん。

遠慮なく。遠慮なんてしていては、花街では生きていけないのである。


「皆は、その、貴族の娘さん?かな?ってのがウリの花だよね。で、今回捕まった自称アリコ・ヴェール子爵、本名ソルって落とし屋がいるんだけど、その落とし屋の自白によれば、皆さんを、その。騙して落として、こちらの花街に、って。のはー、皆さん、否定してらっしゃる訳ですが。」


モグ。モグモグ。

ごくん。

「ですですわ!そんなァ〜私達が貴族だなんてぇ〜、あくまでも、かもしれないかも?くらいですわ〜。」

「ねー。」

「うんうん。」


うん。と、若干しゅんとした竜樹様が、一つ、頷くと。

「だよね。もしも、もしも皆さんが貴族の娘さん達だったとして、その生家にあたるお家を、秘密裏に調べたけれど。皆、いるはずの娘さんは領地で亡くなられていてね。きっと、勘違いなんだよね。荒立てたら、泣く方が1人ならずいらっしゃるだろうと思ったし、皆さんが勘違いだけど、お家には帰れないだろうと、帰ったら酷い目に遭う事もあるかと、そんな、もしかしてを思いまして。」


うんうん。

ありがとう、竜樹様。分かってくれて。


ニコニコとお菓子をモグモグしている花達は、頷いて無言である。

スーシェも、飴をコロリと舐めて。


「だけどさ。もしかして、落とし屋に落とされた女性を、ずっと花街で働かせておくのはどうかな、って俺は思いまして。で、まあ、もしかしてでは、花街から皆さんを出せない。出した所で生活が困る。って考えました。」


ウンウン。

いい人なんだなあ、とスーシェは竜樹様にますます好感を持つ。こんな花街で暮らしていないで、俺が助けてあげる!っていう正義感強い青年もいる。ウンザリである。

きっと貴方様のお母様に追い出されて、路頭に迷うわよ。

だけど、竜樹様のお話は、ちゃんとスーシェ達が生きていく道を、見てくれている。


「でねー。花街だけど、花を売らない店を、俺が発案して、今、キャバレーも、バーも、歌声喫茶も、結構な売り上げです。花街自体はね、無くならないと思う。欲望は、やっぱり、商売になるし、必要としている人が、売り手も買い手も、残念ながら、いるからね。ーーーけど、時代が進むほど、花を売らない店が、繁華街としても増えるのじゃないかな、そんな流れを作っていきたいな、って思いました。だから、2分の1花街健全化計画!って、たてた。」


「2分の1花街健全化計画?」


モグ。ごくん。

何だか、何だ。大事では。


「花街の店主達が、そういうお店じゃなくても稼げるように、稼ぎ方をシフトしていけば、花街も変わる。花のお嬢さん達には、新しい仕事ーー向いていて、今までやってきた事の中から、花を売らないでもできる、ある事をね。」


ソファに座って、膝に肘をつけて、きゅ、と顔の前で握った竜樹様は、ニコニコしているけれど。その小さなショボショボ目は、何だかとても真剣で、キラッとしているな、とスーシェ達は思った。

自然とお菓子を食べる手が、止まる。


「新しい仕事って、何ですか。」


語尾が、ついに伸びなくなったスーシェに。ぽい、とクッキーを口に入れた竜樹様は、モグモグして、雑用接客係の青年にお茶を渡されると、律儀に、ありがとう、と言った。


「エルフ達って、魔法で脱毛してるんだって。女性や、男性でも、脱毛、美容、痩身なんかの顔や身体をメンテナンスして美しく整える、って、エステサロンをね、植物の美容液なんかにも詳しい、誰も太ってないエルフ達と、美容に詳しい花街のお姉さん達をスカウトして、大々的に作ったらどうか、ってね。」


ぽろ。

おとと。

口から飴が出た。棒をすんでの所でつまんで。

スーシェだけじゃない。ミェイル、リュネット、クラモワ、レガーメ、皆、ぽかんとして。


ああ。

でっかい仕事をするやつってのは。

こんな、何でもない、地味な顔をしてるもんだったんだ。


ポワッ、とスーシェの頬が赤らむ。

ええ、えええ?

だって、こんな事、言ってくれると、思わないじゃない。そんな。


「でね。その、もしかしたら、貴族かもしれないかも違うかも、な、ここの5名の皆さんを、そのお仕事どうですか、って呼びたく思っていて。でもね。それを言う前に。」


えー。嬉しい!でも、前に?なに?


するり、と竜樹様がソファから降りた。テーブルの脇に、空いた床に、膝を折って座る。

え、え?そんなとこに座って、なに?


「1人の男として、謝罪したいと思います。同じ男である、落とし屋や、お客の男達に、きっと、辛い思いをされてきたと思います。可哀想だなんて、言えない。皆さん、その中を、自分の力を持って、生き抜いてきたのでしょう。それでも、謝らせて下さい。ーーー俺たち男が、嫌な、酷い事をして、傷つけて、本当に、本当に、申し訳ありませんでしたーーー!!!!!」


深く、深く、床に頭を付けて小さくなって。


「えっちょっと待って待ってやめて!そんな竜樹様が何で謝るの!いや、いやよ!やめて!」

「そうよ、立って、そんな事なさらないで!」

「竜樹様は何もしていないじゃない!」

「そうよ!私達、別にーー。」

「うんうん、そんな!気にーー。」


土下座というのだそうだ。後で教えてもらって知った5人である。

竜樹様に、わっと集まって、何とか竜樹様を立たせよう、謝罪などよいのだと、手を取り、肩を握って。

だけど、真剣な目のまま、きちんと折り目正して。


「ううん。別に気にしないなんて、あり得ないです。俺はお父さんで、娘が沢山いるんだ。娘が同じ目に遭ったら、胸が掻きむしられるほど苦しくて堪らないと思う。それに、元の世界で、痴漢に遭った女性の知り合いがいて。その人は、悪夢から逃れられないって。涙を流して、口紅をひいた、目の隠された女性、きっと自分の中の女性が、大きな等身大のフォークを持って、泣きながら叫んでるんだって。そんな夢を、幾晩も幾晩も見るって。女性は、男性に傷つけられる。有形、無形に、幾重にも。傷ついて、誰かを傷つけ返したい。そんな気持ちが、抑えているけど心の中に、あるって。」


もわ、とスーシェの中の女性が頭をもたげる。

知らないふりしてたのに。

竜樹様は何もしてないのに。

でも。

私の傷を。


暴いたな。



ふ、と立ち上がったスーシェは。

冷んやり青ざめた顔の4名の花達と、ただ、黙って。


す、と片足を後ろに振った。

その勢いで、竜樹様の、土下座した肩を。


ごん!




蹴っ飛ばしてマルサ王弟殿下が慌てて駆け寄るのを竜樹様が押し留めて、涙が、涙が、止まらないの。





「知らないふりしてたのに!何で私の傷を、傷を!•••こんな、ところで、あなたが、言うのよ!ひどい!」


ひどい!

うえ、うええええぇん!!!!


竜樹様は、大泣きするスーシェを、しゃくり上げて幼女のように泣くスーシェを。

ごめんね、ごめんなさい、ごめんね、ごめんね、って言いながら、抱き寄せて背中を何度も。

何度も撫でてくれた。


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