妊婦さんを体験します
くわぁ、とあくびをして、サンがむくっと起きた。ぼーっとしていたが、きょろ?と周りを見て、ラフィネかーさと竜樹とーさ達がお茶している交流室の端っこ、ちゃぶ台の所に、掛布引きずって、ポテポテ寄ってきた。
「•••なにしてるの?」
「お茶してるのよ。」
「お茶してるんだよ。サン、少し飲む?」
今日飲んでいたのは、紅茶だ。
沢山飲んだらカフェインが心配だけれど、子供でも1口2口なら大丈夫だろう。試しに飲んでみるか、と粉ミルクで作ったミルクで薄めて、ミルクティーにもしてある。
竜樹の胡座をかいた中に、よいしょっと入って座ると、サンは竜樹と同じカップから、ミルクティーをコクンと飲ませてもらった。
こく、こく、こくん。
「ありゃ。喉乾いてたんかい?サン、平気かな?」
いっぱい飲んじゃった。
「これくらいなら、飲んだことあるから、大丈夫よ。サン、竜樹お父さんから紅茶もらって、良かったわねえ。」
「ウン。」
お口をハンカチで拭いてもらいながら、ふー、と吐息で満足のサンである。
「サン、ねんねして、のどかわいてた。おいしぃねー。」
ポテン、と背中を竜樹に預けて、ふにふにと肩を揺らす。楽しそうである。
「そりゃ良かったよー。皆も喉乾くかな。麦茶を持ってきとこうかねえ。」
「お持ちしますね!ごくごく飲めるくらいに、少し温かいものが良いですかね。」
タカラが気を利かせて、タタッと調理室にお茶を持ちに。彼の事だから、麦茶を沸かして、魔法で程よく温度を整えてくるのだろう。侍従侍女さんは、小さな物の温度を自由に扱える魔法を、お茶の支度に便利に使う人が多いらしい。
むく、もそもそ、と次第に子供達が起きてきて、コクリコお母さんも、フニ、と起きた。1時間位寝ただろうか。夜眠れなくなるから、昼寝は短時間が良いと言うが、日によってなかなか上手くはいかないものだ。そんなに神経質にならず、なるべくねー、と緩やかに、夜眠れない時間も落ち着いて休み、楽しく生活するのも必要。
まだ寝ている子はそのままにしといてあげて。
ニリヤも起きて、キョロキョロ探していたので、「こっちだよ。ニリヤ。」と呼んでやると、トットコやって来て竜樹の隣に座り、寄りかかって、モグ、と竜樹のシャツの袖を口にして甘えた。
ヨシヨシ。まだ眠いんかな?
「はーい麦茶ですよ。皆さん、お喉が乾いたでしょ。スッキリするように、お顔を拭くおしぼりも持って来ましたからね。」
「ありがとうタカラ、助かるよ。」
そこかしこで麦茶を飲む子供達の顔を、温かいおしぼりでスッキリさせてやる。外に出て遊んでいたジェム達やチームエルフ、チーム荒野達も帰ってきて、麦茶を美味しくいただく。チーム女子達は一緒に寝ていたので、マテリアちゃんもおしぼりで顔をこしこし、と拭いた。貴族女子だけど、この竜樹様の撮影隊と新聞寮では、雑魚寝ってやつをしても、ちゃんと大人がいてくれるので、破廉恥ではないのである。
「ふー。スッキリする。気持ち良いですぅ。」
コクリコおかあさんもおしぼりで顔を拭き、クッションに座ったので、皆でもう少しぐだぐだしたら、お布団を仕舞おう。スカートを履いているから、胡座をかいていても、見苦しくない。
「ちょっと恥ずかしいけど、座り方もこんなふうにすると楽ですー。」
猫ちゃんみたいに、どうやったら体勢が楽かな、とあれこれである。
「コクリコさんは、さっきお顔を拭いていたけど、お化粧はしてないんだっけ。」
竜樹がインタビュアーになって、のんびりした調子で聞いていく。
「ああ、そうなんですよー。お化粧、元々そんなにしていなかったのですけど、匂いに敏感になっていて、何となく、嫌かな、って、してないのです。お肌に優しい化粧水や、乳液なんかは、つけますけどね。」
「お化粧も、色々あるよね。妊娠中も気にならなければ大丈夫、って意見もあれば、物による、ってもあったり、俺も分かんないんだよな。気にすれば、どこまででも気になっちゃうけど、まあ確かに、匂いのキツいものは、辛いかもね。妊婦さんでも安心な化粧品、なんてのも、あると良いかもねえ。」
あー、とコクリコは頷いて、麦茶をこくんと飲む。
「良いですねぇ。ちゃんと鑑定で、確かめてもらって、匂いにも肌にも優しいやつがあったら、お出かけする時なんか、良いなって思います。私、妊娠してしばらくしたら、肌荒れしてきちゃったりもしたから、まあ、それどころじゃなく悩んでたので何とも出来なかったのですけども。そういうのも、相談に乗ってくれるとこがあると、嬉しいなぁー。」
うんうん。妊婦さん肌用あれこれ。
タカラがメモっている。
「ぼくも、おけしょう、するぅ。」
ニリヤは何でもやりたい子である。
「あ、私した事あるよ!おぼんの踊りの時に、目のところに、シュッて描いたの。」
アルディ王子も、ちょこんとラフィネかーさの側に座って、麦茶飲み飲み。ファング兄様と、ねー、とお尻尾を触れ合わせてゆったり振っている。
「えぇ〜。いいなぁアルディ。おぼんにおどったんだね!」
「うん!ほめられた!」
「アルディはステージから落っこちたんだ。魂達が、助けてくれたけど。」
ほええー、すげえ、とお口をとんがらす子供達である。
「さてさて子供達ー。さっき竜樹お父さんは、粉ミルクを飲んでみましたよ。」
「えぇ〜!あかちゃんじゃないのに!」
だよねー、とうんうんする。
「哺乳瓶でじゃないよ。大人だからね。皆も、赤ちゃんが飲む粉ミルクって、どんな味かな、って飲んでみない?知りたくな〜い?」
「「「知りた〜い!!!」」」
お手てをバーっとあげて、満場一致である。
ふに、ふに、ふえぇぇえ!とツバメが泣き出した。ご機嫌に、お世話係のシャンテさんと遊んでいた、竜樹の貰い児、赤ちゃんのツバメ君である。皆に、赤ちゃんってどんな風?っても教えてくれる、居るだけでもとても良い子である。
「はいよーツバメにもお乳をあげようねえ。お兄ちゃんやお姉ちゃん達も、粉ミルク飲んでみるって!面白いねぇツバメ。」
シャンテさんが、よいよいしながら竜樹の所へツバメを運んでくると、サンと一緒に胡座に収まって、腕に頭を乗っけて、ふい、ふい、あぶぶ、と竜樹を見上げた。ちゃんと目が合うのだ。
タカラが粉ミルクを、哺乳瓶の分と皆が試し飲みをする分とで作って、持ってくる。
少しだけ粉ミルクを作って入れてある、人肌の温度のコップを、まじまじと見た子供達は、クンクンと匂いを嗅いだりしている。
「赤ちゃんの匂いするね。」
飲んでみましょう。
あまい?あまいね。
ちょっとさっぱりしてる。
ぺろ、と舌を出したりして味わって。
「そういえばさぁニリヤ。」
ん?と竜樹の袖に引っ付いていたニリヤが、コップのミルクを飲み終わる。竜樹がツバメに、ちゅむちゅむお乳をあげながら。
「チュッすると、赤ちゃんできるーっ、て、言ってたじゃん。その前に、ほら、お、俺とー、ラフィネお母さんが、お泊まりするよ、ってお話した時に、ニリヤはジェム達に、何か教わってなかった?」
『竜樹とーさとラフィネかーさが、仲良くしなきゃなんだ。裸になってだぜ!』
ねんごろになる。そっとしといてやらないと。大人は!
「あ!はだかになるだった!」
「忘れてたんかい!まあ良いか。今日のお勉強は、面白かったですか?」
「ウン。ぼくも、おとなになったら、すきになったおんなのこと、せいこうする。」
うん。パキッと言うと思ったよ。
でもね、その言葉、言っちゃダメ!なんて言いたくない。秘密の事でも、悪い事でも何でもない。徐々に、あんまり普段は口にしないよ、って分かってくれれば良いから。
「そうだなー。大好きな人が、できると良いねぇ、ニリヤ。」
「ウン!おんなのこは、でりけーと。だいじだいじする、ね。あかちゃん、きてねーってなったら、はだかで、なかよくしてもいい。」
だねー。
「さて、お布団片付けましょうか。」
お茶も、粉ミルクも飲んでーーコクリコも飲んでみた。なるほど、赤ちゃんが成長しそうな味だな、と思った。
夕飯までに。
「そしたら、少し、お庭をお散歩しましょうかー。ちょっとだけ動きたいかも。」
「いいねー。妊婦さん体験用の擬似お胸とお腹を、装着できるように10キロで作ったから、皆にも体験してもらいながら、歩いてもらいましょう。」
竜樹が元の世界でテレビを見ていて、妊婦さん体験ってので、そういうのをやっていたのである。
お腹出っぱって重い。足下見えない。お胸おっきくなる。などなどが体験できるのだ。是非味わってもらいたい、と作ってもらった。
流石に肉色だと生々しいので、フリルエプロンの形で、お胸とお腹がふっくらした可愛らしいものにしてもらった。
タカラが、重、重い、どん、と出した。妊婦さん体験エプロンを見て、コクリコは、ぶっ、と噴いた。
ふくくくく、と笑って、あはー、としながらお布団を片付けして。パジャマのズボンを脱いで畳み、籠に仕舞うと、さあ、準備が出来ました。
「わ、凄く重いんだね!」
竜樹にしか分からないが、10キロといえば米袋(大)を1つである。それは重いだろう。
オランネージュが、妊婦さん体験フリルエプロンをつけて、重そうに一歩出た。いや、うん、子供だけど、お腹の大きい王子様ってなんか、ユーモラスね。
どうしても重いお腹を突き出して反り腰になり、背中が張る。よた、よた、と歩くオランネージュは、うわ、と笑った。えーやってみたあい、やってみたい!と男子達大騒ぎである。
掃き出し窓から沓脱ぎ石へ、ササと竜樹がサンダルを出してやるが、なかなか履けない。
「こ、こわ!足下見えない!」
「段があると怖いわよねー。私は一度、こういう時は座ってしまうの。ここは床に座れるから良いけど、床を靴で、っていうお家だったら、小さな椅子があると、嬉しいかな、って思ったわ。」
椅子。ふむふむ。持ち運びしやすいやつかな?などとタカラはまたメモメモ。
一旦床に座り、サンダルを履いて外に出る。コクリコも、座ってから、ぺたんこだけど可愛い、リボンのついた淡いピンクのバレリーナシューズを片足ずつ、履いた。
スニーカーが間に合えば履いてもらったんだけどな、と竜樹は少し、悔しい。きっと妊婦さんに似合う。でもバレリーナシューズも、とっても素敵であるから、まあ良いか。
とこ、とこ、ふー、と息吐きながら、のんびりお散歩である。子供達は順番に、妊婦さん体験エプロンをしては、よたよたと歩く。ネクターはガニ股になり、ニリヤは10キロが持ち上げられなくて、グニャんとなってしまった。立てない。
「お、おもた、いー!!」
「ねー。重たいねー。コクリコおかあさんは、その大きさをお腹に持ってるんだよ。」
「しゅ、しゅごい!」
しゅごいねえ。
「産まれてくる赤ちゃんは、3キロくらい。羊水や胎盤も出るから、何と半分くらいの体重は、お母さんに残ってしまうのです!でも、そんくらい栄養を溜めてエネルギーがないと、お産って出来ないんだろうよねえ。」
「ひぇぇ!恐ろしいぃ!」
コクリコが体重増加に慄いて。
ラフィネは、通り過ぎてきた道だから、アハハと笑っている。
「何ヶ月かすると落ちるわ。母乳もあげていれば、その分も痩せるわね。痩せすぎも体重が残っちゃうのも、困っちゃうわよね。竜樹様が言うけど、毎日、体重計っていうので、量って記録して、どうかなーってするのが良いかもしれないわね。」
「うん、そうだね。今、寮にも体重計作ってもらってるから、待ってねえ。」
あの、古き良き銭湯にあるような、台があって丸い目盛と針がついているやつが、良いなーと思って発注している。今、夜はエルフの大浴場になっているプールにも置きたい。きっと楽しんで量ってくれるだろう。
こちらのお医者さんの使っている体重計は、魔道具なので、もっと実はスタイリッシュなのだが、一般に普及していないので、色々な形のものが家庭に広がると良いなと思っている。プールで計るのを覚えたら、きっと親しんでもくれるかな?
チーム女子も、恐る恐る妊娠体験エプロンをして、ポンポンのお腹で歩いてみた。一つ一つ、体験してみれば、それらは全て新鮮な驚きである。
この重さは、命の重さ。
貴族のマテリアちゃんも、お父さんしかいないリーヴちゃんも、花街見習いだったクーランちゃんも、そして元王女のエクレとシエルも。この重さが、将来自分が味わうかも、しれない重さであると、興奮をもってよたよたした。
ちょっとコクリコに、尊敬の眼差しを送ってしまうのだ。
ファング王太子とアルディ王子は、狼お耳をピンと立てて順番に体験し、よろよろしながら、お母様は、こんなにして産んで下さったんだねえ、なんて可愛い会話をしている。
あまり遠くへは行けないので、お庭をぐるっとして、オーブに挨拶をすると、皆して寮に戻った。
最後はタカラが、ヨイショと妊婦さん体験エプロンをしてーー持って歩くより、装着しちゃった方が、まだ重くないのだーー面白い事になっていた。そして、うずうずやりたそうな王弟マルサ。後でやるんだろう。
皆して男女に分かれてお風呂に入ってーー女子達は、コクリコの足下に一層注意したのは言うまでもないーーやっとお待ちかね、の夕食である。
具材をみんな四角くコロコロと切った、コブサラダ。卵や鶏むね肉、お豆も入れて、栄養たっぷり!
シンプルなゴマのおにぎりを、ちょこんと。
お砂糖の入ってないヨーグルトと、煮たルージュの実。
お茶に、少しだけあんかけ豆富。
竜樹が何だか好かれてしまった、会社のお客様のおじじいさまに呼ばれて東京へ行った時、美味しいお豆腐をご馳走するね、とお豆腐料理専門店へ連れて行ってもらった事がある。
そこでは豆腐の事を、豆富、と呼び。あんかけ豆富はまた有名で、それを食べたやんごとないお方が、大変気に入って、1つでは足らず2椀をと所望されたので、1人に2つ出てくるのが決まりになっているものだった。そのあんかけ豆富を、リスペクトして作ったシンプルなあんかけが、今夜のレシピである。
お豆腐料理専門店では、その時竜樹はお腹いっぱいに食べて帰ったのだが、次の日にお腹はもたれる事もなく、スッキリしていて、流石お豆腐!と思ったものである。
妊婦さんにも、食べ過ぎなければお口に優しいし栄養があるので、時々お豆腐を出す竜樹と料理長であった。
「私、ヨーグルトすきー!お腹にも良いし、ルージュの実の煮たやつ、甘くて食べるの、楽しみー!」
コクリコが、うふ、と笑ってもぐもぐする。
「そうね。太っちゃいけないから、あんまりお菓子とかは、食べられないんですものね。ヨーグルトにフルーツなら、ちょっとお食事中失礼だけど、お通じにも良いしね。」
ラフィネが、応えてくれる。
うん、うん、とコクリコは頷く。
「本当に、お腹、ムギュ!て押しやられてるなーって感じ、しますよね。そりゃあお通じも悪くなりますよ。ヨーグルトも良いし、ルージュの実は、煮たら、その、赤くならないんですし、美味しいし、これもお通じに良いし、食べ応えがあるんですよねー。私気に入ってるんです!竜樹様が、街を繋ぐ道に植えて下さるって聞いて、ちょっと嬉しいです。」
「これから煮たのが、皆に良く食べられるようになるかも、しれないわね。」
そうなると良いですね。うんうん、と2人頷き合う。
「ルージュの実を食べた事をきっかけにできた、本も出来上がったよ。ご飯の後に見せるね。乳糖不耐症の赤ちゃんの症状なんかも書いてあるし、豊富に子供から大人までの体験談も、解決法も載ってます。面白エピソードも入れました。皆、買ってね!」
『うんこの本』
という、まんまなタイトルの、ポップできれいなイラストのムック。読みやすくて、笑っちゃうおトイレの体験談や困りごと、赤ちゃんのうんちを見ての健康状態の見分け方、よいうんこって?便秘を治すには?お腹を壊しやすい時は?など、知りたい情報がいっぱいである。
テレビで宣伝してはみたけど、竜樹としては売れるか分からなかったから、面白で買ってくれる人が幾らかに、重要性を分かって買ってくれる人がきっと幾らかに、と、ケートゥ出版社の社長兼編集長、アルジャンさんと相談して、そんなには刷っていなかったのだ。
それを後悔する、嬉しい悲鳴が起こるのは、放送後の本屋への問い合わせジャンジャンで。せっつかれ、予約を取って、増刷に増刷をする事になるとはーーーだって今まで、大勢が困っていて、しかも私的な事だから誰にも聞けなかったソレが、医学書などでなく、一般にも分かりやすく載っている本などなくて。皆、代読屋に読んでもらってでも、この情報が、欲しかったのだ。
ルージュの実も紹介されていて、街を繋ぐ植樹に後押しの声が沢山かかる事も。後日、竜樹にとっても、そしてルージュの実を新聞売りのプランに、何気なくあげた事をきっかけに仕事が広がった、社長兼編集長アルジャンにとっても、とても嬉しい事なのであった。
護衛で王弟のマルサは、やっぱり竜樹案件なんだから、沢山刷っといて良かったんだな、と1冊早速手に入れて読みながら、ムハハと笑った。
いっぱい人が出てきて、分かりづらくてすみません。
なるべく説明もちょろと書いていますが、こんな人だったかな?くらいで読んで頂ければ。




