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王子様を放送します  作者: 竹 美津
本編

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431/692

ずっといっしょ


クトが今日も今日とて、王宮の厨房で玉ねぎ午後の部を剥いていると、ギイ、と扉を開けて、入ってきた人は。


あ、レテュさんだ。


生まれたばかりの赤ちゃんが、ミルクを飲んで下痢をすると、萎れきって3王子と竜樹に縋った侍従さんである。


あー、うまくいったらしい、赤ちゃん助かったんだな、と顔で分かる。

ホワンと穏やかな顔。それでいて、あんなにも消えそうに儚げだったのに、今はしっかりした芯も見えるほど、ピシッ、背筋を正して、それでいてゆるりと優雅に美しい。


「ゼゼル料理長。今日はお礼に来ました。」

ニッコリ。花も開かん。


おおー、侍女侍従さんて、顔の良し悪しはともかく「バランス良く整った、仕草の雅さ」がある。下位貴族の者が多いのだが、やはり育ちもあるのか。


「おー。今は丁度昼と夜の間の休憩だから、お茶でもしようぜ。クト、お前も休め。後は俺らも手伝ってやろう。」

「はい!ゼゼル料理長!」


お茶を淹れるのは、見習いクトの役目である。美味しく、丁度よく。侍女侍従さん程ではないけれど、クトも鍛えられて、そこそこに淹れられる。


賄い食べる用のテーブルに皆が揃い、お茶も回った所で。レテュが持っていた大きな袋の中から、ガラスの瓶に入った、一口フルーツの蜜入り飴がけ色々詰め合わせを、そそ、と差し出した。

「あ、これ美味いんだよなあ。噛むと蜜がカシュ、トロンとしてさ。良いのかレテュ、そこそこしたろう。」

甘いもの好きのゼゼル料理長が、皺くちゃふにゃあと喜ぶ。


「良いのですよ。あの時、料理長が強く殿下達に伝えて下さらなければ、息子のグランドールは、ずっと苦しんで、儚くなったかもしれません。今は、竜樹様が用意して下さった、専用のお乳をぐんぐん飲んで、とっても元気になったんですよ。」

ふふ、と父ちゃんは思い出してか、幸せそうに。


そうかそうか。

料理人一同、うんうんと笑顔で頷きである。良かった。クトも嬉しい。


乳糖不耐症。

ミルクを飲んで、お腹がゴロゴロする人は、大人でも子供でもいる。重い人も、軽い人もいる。そんな人も、赤ちゃんの頃は大丈夫なものだけど、稀に先天性で乳糖を消化吸収できない者もいる。

「うちの子は、先天性のものだったようです。鑑定もしてもらいました。分離の魔法で、お腹がピーピーになる原因の乳糖を、除いたミルクなら、全く問題ないはず、って竜樹様が。」

「なるほどなぁ。じゃあ、大人や子供用にも、ミルクがダメな人向けの、乳糖ってやつが入ってないのも作れるって事か。」

「そうなりますね。竜樹様が、どこまでされるおつもりかは、分からないのですけど。」


胃腸が調子悪くて、一時的に乳糖不耐症になる赤ちゃんもいるのだそうで、そういう子達のためにも、分離で乳糖を除いた粉ミルクは作りたい。と竜樹は言った。

「うちの子がテレビに出たりして、情報を広めるのに協力してくれたら、嬉しい、って。」


竜樹はレテュの侍従宿舎を辞してから、すぐにエルフを1人、個人的に雇ってレテュの所に派遣した。

女性のエルフで、子育てもした事のある、のんびりしっかりした気性のオバエルフである。直々に竜樹が付いて、不審な人じゃないよ、と紹介したそのエルフは、エイダ。優しくて頼り甲斐があって、妻キュイールに。


「おお!よしよし!出産したばかりなのに、手助けもなく、しかも弱い子を抱えたわんおぺ育児、どんなに辛かっただろうね!旦那は仕事で、家に独りぼっち、心細い思いになんて、もうさせやしないよ!家事なんか私に任せりゃいいんだよ!」

と胸を叩いた。


聞いた途端に、うう!と唇を噛んでプルプル涙ぐんだ妻のキュイールに、竜樹は。

「ここは王宮の侍従宿舎だから、きっと親御さんの力を借りるのも難しかったんでしょうかね?でもね、出産後で、精神も身体も弱って、揺れているだろうに、手助けもなく、家の事も子供の事も、だなんて。無理ですよ。そんな新米お母さんが、1人でいなきゃならないなんて、バカな事はないです。短期のお手伝いの派遣事業も考えてますし、そんなののお試しに、キュイールさん、体験、実感を後で教えて下されば、俺はとっても嬉しいです。」

と、目をショボとさせて笑った。


「遠慮なく、家事も育児も、このオバエルフ、エイダにお任せあれ!」

レテュも手伝ってはいたが、仕事もあって、到底行き届いてはいなかった。1人手助けがいるだけで、劇的に変わる、荒れた家の中が整って、妻キュイールはのんびりと昼寝もし、食事の支度も任せて。

妻と共に弱り切って、グランドールのオムツとお乳くらいしかやらずに食っちゃ寝て、ボーっと3日間を過ごして回復したレテュは、やっと家庭の安寧と、本来の健康的な生活のリズムを、取り戻したのである。

ミネ侍従長には、無断で欠勤してすみません!と頭を下げた。連絡するなんて頭は、全く抜けていたのだ。


「無断じゃありませんよ。タカラから、随分夫婦して弱ってるから、暫くレテュが自分で出てくるまで、休ませてあげてと竜樹様からのお願いです、って聞いてます。レテュ、相談してくれなくてはダメですよ!頼りない上司ですが、幾ばくなりと手助けもできるのです。私も目配りが足りませんでしたが、全く竜樹様は、欲しい所に手の届く方でらっしゃる。私たちはありがたくお勤めして、お返ししなくてはね。」

厳しくも優しい言葉が返ってきた。


「エイダは転移が使えるので、乳糖不耐症用のお乳が足りなくなれば、すぐに取ってこれます。それも安心なのです。妻も私も、誰の手助けもなしに初の子育ては、無理だったな、って反省しています。」

「そうだそうだ、子育てなんてな、沢山の人の手が関わって、初めて出来るもんよ。ありがたいな、何でも自分達でなんて、烏滸がましかったな、人って助け合うんだなって、誰でも弱い所が出来た時、反省すんのよな。」

だから、弱いってのも、悪かあないんだね。

うっふっふ、とゼゼル料理長が笑って。クトがへえー、って顔で早速開けられ回されてきたフルーツ蜜入りの飴がけを、かしゅりと噛んで、ニコリ!と細い目を一層細くして。


レテュはゼゼル料理長に重々にお礼を言って、厨房を辞した。

竜樹と3王子へのせめてものお礼は、お花が良いだろう、とキュイールと話し合っている。むしろそれしか受け取ってもらえないのである。

エイダに頼んで、エルフの花屋に出張してもらって、相談に乗ってもらうつもり。キュイールは楽しみにして、今度のレテュの休み、一緒に素敵な花束を注文しようとニコニコ。今朝、グランドールを抱っこして見送ってくれた。


廊下を歩いて、今日の担当の場所へ向かっていると、誰かがしくしく泣いている。中庭、茂み、ツヤツヤの革靴の先っぽが、はみ出ている。

朽葉色の細い長いストレートの髪、貴族の少女。レースの白いワンピースドレスも可憐に、けれど芝生にぺたんと座り込んで。

「どうしたのですか?お嬢様。名前を存じませんで失礼申し上げます。何故、こんな所で、泣いてらっしゃるの?」


ひっく、と瞼を擦った少女は、王宮に仕事で用事のあった父親に連れられて来たのだそうだが。

保護者同士で、仕事のついでに子供を連れて軽く会わせて、婚約者候補として相性を見ようとしたらしく。


「初めて会った男の子に、お前みたいな地味で可愛くない女の子が、婚約者なんて、やだ!って。」

少女は可憐だが、確かにおっとりと地味ではある。けれど、レテュに言わせれば、それもまたこの少女の魅力と言えると思う。誰でも迫力ある美女ばかり好きなんじゃない、一輪の控えめな花に、美と愛を見出す若者も結構いるのだ。


ぽわ、とウエストポーチの辺りが熱いように思う。ごそごそ、と探って、小さなガラス瓶の中、葉っぱに包まれた上等の蜂蜜飴を、ポイポイ、と2粒ほど、手のひらに出す。


しゃがんで目線を合わせて。

「私は結婚をしてますけど、妻は正直言って地味で、でも可愛いんです。他に比べようもない大事な人なんです。貴女にもきっと、そう思ってくれる人が現れますよ。」

手に飴を握らせる。

おずおずと、蜂蜜飴を不思議そうに見ているので。葉っぱを剥いてやる。キラキラした黄金色を摘んで、ニコッと笑いかける。

少女は腫れた瞼を開いて、びっくりしている。

「はい、お口開けて。」

素直にパカ、と開ける所も、可愛いじゃないか。


モゴモゴ。ほっぺの中、カラコロと飴を味わう泣きべその少女は、美味しいわ!と立ち上がり、にこ、と笑った。

頭を撫でてやり、エスコートして、必死で少女を探す父親に引き合わせてやると、レテュは仕事に戻った。

ウエストポーチのお菓子が、早速良い仕事をした。妻のキュイールが、エイダに頼んで色々買ってきてもらったお菓子である。ちょっと自分でも食べるのが楽しみでもある。


優しげ美人のレテュが、エスコートした少女の初恋を奪った、なんてのは、永遠に少女の中でのほんわりした宝物となる。照れ臭くて、少女に暴言を吐いた少年が、それにヤキモキする未来はすぐそこに。




竜樹のスマホには、神々の庭にメッセージがあった。お花も3輪、ピンクの薔薇、白に赤い十字の花、紫の小花。


メール神

『今回も、良くやりました!

竜樹、赤ちゃんに助けの手、嬉しく見てましたよ。

他にも色々考えているものや、妊娠出産のテレビ番組も、楽しみよ。

いいねを送りますからね。』


母性を司るメール神様から、お褒めといいねを5000。


メディコー神

『新たな病への対抗策へ、私からもいいねを。

ミルクが飲めなかった者達に、手軽に栄養を取れる、乳糖抜きのミルク。栄養を摂る重要性を、もっと広めてやっておくれ。』


医療の神、メディコー神からも、いいねを5000。


そして今回初めての。


ファルマス神

『初めまして、竜樹。

分離、使ったよね。

成分を調整して患者に出した。

お乳だけど、それはもう、薬の領域といっても良いだろう。うむ、良いに決まってる!

私は薬の神、ファルマス。

お酒忌避剤も良かったし、カフェインも素晴らしい。

是非今後ともよろしく。

ただ、薬は毒ともなる。

カフェインの運用を見ていても、大丈夫だと安心したが、くれぐれも気をつけてやってくれ。

頼んだよ。』


初めましてのファルマス神様より、いいねを5000。


ランセ神

『ファルマス神は竜樹にいいねがあげたくて、ウズウズしてたよ。ただ薬の神だから、慎重なんだよね。薬って、少しで良いのだものね。

まあ頑張って。まだ竜樹、色々考えてる事があるみたいだね。楽しく見守ってるからね。』




「母子手帳?って何ですか?」


タカラとマルサ、コリエとリオン夫人とラフィネの3お母さんズ、お腹がパンパンなコクリコと、竜樹は寮でお茶しながら。


「妊娠すると貰える手帳だよ。妊娠、出産、子育てしながら、記録を書いて、お医者さんに見せても診断に役立てたり、振り返って体調の参考にしたり、将来の健康管理に役立てたり、未来に結婚出産した時に参考になったり。大切な思い出にもなるね。こちらの文字を書けない人には、そうだねぇ。かかりつけ医が代理で記入してくれる、とかどうかなあ。」


「おこづかい帳といい、あちらの世界の方は、沢山手帳に、書き物をされますねえ。」

タカラが感心する。

わーわー、外から声がする。

3王子もジェム達も、獣人耳あり尻尾ありの、ファング王太子とアルディ王子も、今日はお天気が良いので、外で遊んでいる。

コクリコの出産に立ち会いたいと、ファング王太子は、予定を押して残る事になった。まあ、何かあれば転移魔法陣で、すぐ帰れるし。


「記録にはそれだけ力がある、という事でしょうね。赤ちゃんの頃の記録があると、子供が遺伝的に似た疾患があった時なんかも、とっても参考になるんですよ。単純に、大きく生まれた、とかも。その赤ちゃんも大きく生まれる可能性があるでしょう。お産に関わってきますからね。陣痛促進剤とか、こちらにもあんのかな。」

へええー、となるほど、と頷く3お母さんズとコクリコである。


薬の運用は慎重に。

排卵誘発剤になる、新しい葉っぱを鑑定師リールがみっけたのだが、竜樹の世界でも気をつけて使わないと、沢山卵が出来ちゃって多胎妊娠になったり、があった。

テレビ番組でも、多胎出産子育てのドキュメンタリーがあったように思う。賑やかに楽しそうな、と言えればいいが、単純に、お世話をするにも経済的にも大変である。

そしてその葉っぱ、エルフや獣人に効くかはまだ分からない。


「研究チームに渡してあるから、鑑定して実際に治験してみて、でしょうかね。排卵検査薬もできそうで、タイミングを測って妊娠計画とかしやすくなったら、嬉しい人もいるかなー。」


良いわね良いわね!と盛り上がる女性達を他所に、ふう、とため息を吐くタカラである。

「タカラ、どした?」

「いえ、あの。子宝に恵まれる、って、神様からの恩恵のような気がしていたのですけど、人がこんなにも、コントロールできるのだなあ、と•••少し、知識にあてられたんでしょうか。すみません。」


タカラはまだ18歳。結婚にも妊娠出産にも、ふわふわと夢もみたいお年頃である。


「いやいやタカラ。妊娠と出産を学べば学ぶほど、そこには神様の御手が感じられる、神秘的で奇跡的な事業だよ。その不思議に君は驚くと思うよ。人が全てコントロールできるだなんて、ないない。自然にある事に、知って合わせるので精一杯なんだって。何で人が生まれるか、知ってる人は、誰もいない。尊重して、受け入れて。神秘だけれども、柔く薬で促して、検査して、安全に穏やかに関わる事が出来たら、って人の悲願だね。」


うんうん。女性達の強い頷きに、タカラは、あー、はい•••。不勉強でした、と恥ずかしそうにした。

「いやいや、男なんてそんなもん。それを。少しでも理解ある方向に、引っ張ろう、っていうんだから、タカラの意見も貴重だよ。だって、お互い、好きになって、結婚して、子供を授かりたいんだもんね。」

ストレートな夢大事、なのである。


諸々の手配を、ふん!と奮起してタカラも頑張った。

竜樹は並行して、テレビとラジオ採用試験のあれこれをやっている。

煮詰まり、あー、と竜樹は深夜、机に突っ伏し。


夜のテンションで、以前、ニリヤに貰ったらぶれたの、お返事を書こう!と思いついた。

ニリヤのらぶれたは、大事にとってあるが、見返せばいつでも微笑みを連れてくる。


『ししょう

いつも あそんでくれて ありがとう

ぼくは たのしくて うれし

やくそく ずっと いっしょだから

また いっぱい あそんでぬ

おべんきょおも がんばる

だい だい だいすき です

にりや』



便箋は、白に、鳥の羽と草の蔓がエンボス加工されている、上等なやつを下ろした。


『ニリヤへ。

ししょうだよ。

いっしょに、字のおべんきょうをしたから、ししょうも、ラブレターを書けるようになりました。

ニリヤがいると、ししょうは、いつも、うれしくて、たのしくて、笑っちゃうんだ。ニリヤといっしょだね。

ニリヤは、ししょうの、笑顔のもとなんだよ。ししょうもニリヤが、だいすきです。

これからもいっしょに笑っていこう。テレビのばんぐみも、ずっといっしょに、いっぱいくふうしてやっていこうね。

でも、最近、おしごとばっかりだから、よくないな!

もっと遊ばないとだね!

秋のお祭りが近づいて、国歌をひろうするのも、もうすぐだね。

がんばって練習してきたよね。

楽しみにしています。

いつまでもきみのししょう

たつきより。』


朝、起きてきて、頭が寝癖で爆発、ぼやぼやのニリヤにラブレターを渡せば。

読んで、ぎゅむーっ!と胸に抱いて、きゃは!と笑うと、踊り出して喜んだ。

「ししょうの、らぶれた!ずっと、ぼくといっしょ!」


うん、そうだよニリヤ。

ししょうはずっと君と、一緒にこの世界で。


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