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王子様を放送します  作者: 竹 美津
本編

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430/692

お菓子を持って


「わーい!おしごと!けんしょう!するぅ!」

「待ってよ〜ニリヤ、どこ行くの?」

「アハ、今日は何を検証するって〜?」


ニリヤ王子、ネクター王子、オランネージュ王子の3王子は、今日はお勉強もお仕事も、お休みの日である。

トットコ、はあはあ、息きらせ。アハハと王宮の廊下を走る。

検証中!の番組ツナギは着ていないけれど、最近はお休みに、王宮の人々のお仕事を検証するのが、3王子の流行りなのだ。


ギフトの竜樹、ししょうが、一週間、つまり7日間に1日か2日は、子供も大人もお休みを入れましょうよ、と言ったので。

平民などは働く人はずっと働き、休日は祝祭日だけ、なんてブラックだったものも多い。働かなければその分稼げない、という切実な問題もあった。王宮の侍従侍女さん達などは、交代で休みがあったけれど、自分から言わなければ人によっては働き詰め、という事も。


「お休みがあるから、その間に身体や頭を休めたり、長く健康で働いて生きていけます。仕事で悩んでいる人だって、一休みする事でいい案が出る事も。効率だって良いですよ?長い目で見て、休みがあるのは、誰にとっても素晴らしい事ですよ!」


やってみよう、お休み。勿論職種によって、誰もが定期的にお休みできる訳じゃないけれど、例えば農家さんとか、漁師さんとか、テレビ局とか!それでも、一定の範囲内に、休憩、休日を入れましょう!とテレビでも大々的に流したのは、ついこの間だ。

国としてそうする、ならば、王様や王妃様、王子だってそうなる。午前中から丸一日全部フリー!の、このお休み日、今日の3王子は。


「こんにちは!おじゃま、します!」

「こんにちはー!」

「邪魔するよー、お仕事、見せてね!」

バタン!扉を勢いよく開けて、王宮の厨房、料理長ゼゼルの管理する、王宮の胃袋全てを黙らせる重要部署へとやってきた。


カメラのミラン、チームニリヤの護衛ルディや、オランネージュの護衛テジェ、そしてネクターの護衛のフィデル。それぞれ中々の美丈夫揃いに守られて、3王子は安心してどこでも入り込む。

番組も一緒に見て、ハルサ王様、マルグリット王妃様にも、王宮の皆の仕事を知るのは、番組にはできにくいけど良い事だね、とお墨付きをもらっている。

王宮全体に、王子が行くかも、普通に見せてあげてね、と通達。お仕事検証する!と喜びの現在、料理長は普通だったが、それ以外の者は、カッチーンと固まり、炒め物切り物煮物の手を止めて、ハッ、あわわ!と焦る。


「おー、良くきたな。手伝いの一つも、していくか?」

白髪に茶褐色のスッキリした短髪、イケジジのゼゼル料理長は冗談のつもりだったけれど。


「おてつだい、する〜っ!!」

ニリヤがニコニコ笑ってお手てを上げ。

「何すればいい?」

ネクターが、サラリと銀髪を揺らして首を傾げ。

「何でもやるよ!私、お台所仕事好き〜!」

オランネージュが生き生きと両手を上げて。

「そ、そうだな•••。」

言葉の詰まるゼゼル料理長である。自分もタタタたん!とまな板の上、玉ねぎを切りながら。


「あ!おいもあらうね!つかうのでしょ。」

見習い料理人達が玉ねぎの皮をナイフを使ってムシムシと剥いている隣に、泥だらけの芋が樽いっぱいあるのをニリヤ隊員発見。

ニリヤはご飯を貰えてなかった時に、厨房の勝手を幾ばくか知る、お手伝い歴のある身。芋にトコトコ近寄り、金物のバケツにポイポイと放り込み。もう一個バケツを用意して、下洗い用の、泥だらけのものも洗ってよい、ニリヤの腹ほどの高さの水道へ運ぶと、しゃがんでコックを捻り冷たい水、シャパパゴロゴロと芋を洗いだす。

あっ、と見習い料理人のクトが慌てて、玉ねぎを剥いていたナイフを前掛けで拭いて、パチンと二つ折りに閉じ、胸ポケットに仕舞ってニリヤを止めようと。


「クト、やりたいようにやらせてやんな。」

「え、ですけど料理長!ニリヤ殿下はもう、芋を洗ったりしなくても良い立場です!」

クトはニリヤの、しゃがんだ小さなまろい背中に、玉ねぎ臭い手を当てて、ゼゼル料理長に抗議した。


せっかく。せっかく、皆にやっと大事にされるようになったのに。まるでクトの子分みたいだった、小さな小さな王子様。お風呂にも入らせてもらえなくて、小汚くて、でも、素直で一生懸命に芋を洗って、賄いを美味しそうにむぐむぐ食べてーーー。

どうにもしてやれなかった、あの時みたいじゃない、今は王子様として、認められてるんだ。


「クト!あらわせてぇ!おしごと、けんしょうなの!おうじさまは、みんなのおしごとを、しってなくちゃなんだよ?ぼく、おいもあらうのじょうず、にいさまたちとするんだもん!」

「クト?私も洗ってみたいな!」

「毎日じゃないから、やらせてくれない?王宮の、皆の仕事の大変さ、知っておきたいんだ!」


「殿下達•••。」

クトはニリヤと、ネクター、オランネージュと視線を合わせ。料理長に今一度目を遣った。うん、うん、としわくちゃ笑顔の頷きを得て、ニリヤに向き直り。ふ、と笑うと、ペコリ、頭を下げた。

「では、お願いしますね。ニリヤ殿下は芋を洗うの上手だったね。お兄ちゃん殿下達に教えてやってね。」


クトは孤児あがりの見習いである。丁寧な言葉は、王宮に来てから学び中で、まだ上手くない。


鶯茶色、ほぼ焦茶の髪色は良くある平民らしく落ち着いて、ゼゼル料理長を見習って短髪だが、生来クリクリであちこち跳ねながらも、料理人のはしくれ、キチっとしている。

細い瞳の胡桃色は髪より明るく、キラキラ未来を見る。睫毛は短く濃く、瞳を縁取って、細い瞳と相まって、線みたいなニコリ目だ。

今16歳、まだ成人していない。大人達に混じって、成長しきらない少年の身体は、細く、白いコック服をまだダブっと泳がせている。


クトは、この厨房では最年少だったから、ここに入り浸ってご飯を貰っていたニリヤの面倒を、最も近くで、そして親身になってみてきた。

自らがゼゼル料理長に見出されるまで、そうであったように。虐げられ、ひもじい思いをしている、この国の、なんと王子様なのに!ニリヤを、共感と労りの気持ちをもって、見習いなりに親しく思っていたのである。

色味も茶系で、何だかニリヤと兄弟みたいに馴染んで、並んで芋の洗い方を教えたり、賄いを運んでやったり。


今はお兄ちゃん殿下達とも、仲良くできてんだな。へへっ、と鼻の下を擦ると、玉ねぎの匂いがツンとして、ぐしゅん!とくしゃみが出た。


バケツに溜めた水で粗く芋を洗って、その後細く出した水道の水で、仕上げ洗いをする。泥はなるべくバケツに落とすようにして、最後に泥溜めの魔法網に静かに流し、網に濾されて残った泥は、避けてゴミとして始末する。

3王子はしゃがんで、お芋洗うのもむつかしいんだねぇ、なんて言いながら仲良く芋を洗った。


「クト、先に食え!」

賄いを用意していた副料理長が、ニヤッとしながら言う。いつもなら皆で手を止めて、昼飯戦争時間が始まる前、戦うように食べるのに。

「殿下達と賄い食いな。料理長もだけど、色々面倒見てやってな。」

「はい!」

厨房の料理人達は、皆、嬉しそうに今の幸せそうなニリヤ殿下を、チラッチラッと見ていた。仲間だったんだ。全員そう思ってる。可愛がっていたんだ。口には出さなくても、切ない立場であった、小さな王子様を。


クトは、これから寮に帰ってまた昼飯を食べる王子達用に、小さく出された2口分くらいの賄いのカルボナーラの皿に加えて。疲れた時に料理人達で食べて良い事になっている、オーブンの位置によって焼きがムラだったり、焦げたりした、見栄えは悪いが味は美味しい焼き菓子を、ガラスの広口瓶から6枚出すと、2枚ずつ殿下達に小皿で。無言でツイと出してやった。


フワァ!とニリヤがほっぺをふくふくさせる。

「ありがと!クト!」

「うんにゃ。焦げたのだから、内緒のおまけだよ。」

ふふ、と笑う。

ネクターとオランネージュも、普段目にしている、王子様だからちゃんとした良いところを、のじゃない焦げた焼き菓子を、珍しく嬉しくお礼を言った。

「ありがとう、クト。」

「焦げたの、貴重だね!何だか余計に美味しそう。ありがとうクト。」

「いえいえ。何でもないですよ。」


素早く食べねば後がつかえている。

モグモグ食べて、だけど副料理長の賄いの味についても、確かに味わう。ゼゼル料理長は、慎重にフォークで絡めた麺を口にすると、うん、と頷いた。まあ、今日は副料理長の賄いだから、不足って事はない。でも、どこが美味しいのか、真剣に味わって。

「ベーコン、塩辛さが丁度良かったな。量も良かった。クトは何か思う事あるか。」

「!は、はい!麺の太さも、味の濃さに合ってると思いました!」

うん、そうだな、と同意されてホッとする。


「ゼゼル料理長、まかないも、真剣に食べるのだな。」

オランネージュが、うまうまとカルボナーラを食べ終わり、焼き菓子を片手に、しみじみ言う。

ネクターも、うんうんと、フォークを咥えてモグモグ。

「賄いは、勉強中の料理人が、味を試す事が出来る、貴重な実践の場なんですよ。食べる方も、真剣になりますやね。」

美味しい、嬉しい、ホッとする、も勿論、ありますけどね、と笑う料理長に、ヘェ〜!と感嘆するオランネージュとネクターである。ニリヤは良く一緒に食べて知っているので、だよねー、って感じ。


クトは嬉しい。

食べる。食べられる。美味しいものを。なんて素晴らしい事だろう。

幼い頃、料理人になれば、この空きっ腹も、きっと何とかなる、食いっぱぐれないと。

街の店に休みで食事に来ていたゼゼル料理長の話を聞いて、安くて美味いと少しは名の知れた食事処の芋洗い芋剥きをしていたクトが、「俺の料理を食べて、美味かったら王宮に連れて行って、弟子にしてくれ!」と啖呵を切ったのは、8歳の時だ。

その店の親父は良くしてくれたが、クトはあくまで芋の皮剥きの手伝いの子供で、料理を教える気など、さらさらなくて。


「へえ!それで、クトは、何を出したの?」

「芋の皮チップスだよ。少しの油と、芋の皮と、塩だけで出来るからね。」

注意すべきは、芽の部分をちゃんと避ける事、未熟な実の皮は使わない事、出来るなら毒がないか鑑定してもらう事だ。店のお客のお人好しが、面白がって鑑定を請け負ってくれて、無事に美味しい芋の皮チップスが出来た。

ゼゼルはクトの度胸に笑って、味と、精一杯の工夫に、仕方ねぇな!と、孤児で身元もハッキリしないのに、王宮にちゃんと連れて行ってくれた。食事処の親父に、手伝いの後釜を用意する時間と、引き抜きの世話賃を渡して、仁義を通して。


「クトは、やるやつなんだよ。べんきょうねっしんなんだ。きゅうせいちょうだよ。」

「アハ、ニリヤ殿下、ありがとね。」


竜樹も来て、益々メニューが素晴らしく刺激的な王宮の厨房にあって、クトは野望もみなぎり、やり甲斐ある毎日を過ごしている。


キイ、と扉が開いて、1人の侍従が入ってきた。桜鼠色の長髪が、何とも儚げな男性である。後ろで結んでいるけれど、何だかやつれた風に、頬に額に、毛先が纏わりついている。

ニリヤがいるのを見て、ハッ、と慄いた。


「ああレテュ、赤ちゃんの具合はどうだい?」

レテュ、と呼ばれた侍従は、ふ、と虚にゼゼル料理長に視線を戻すと、ゆらゆら、瞳を揺らして伏せて、コクンと喉を鳴らした。

「相変わらず、下痢のままなのです。体重が増えなくて、ミルクを飲むといつも、すぐ、水みたいな•••。料理長に言われたとおり、お白湯をあげた時には何ともないのに•••。」

ギュッと、侍従服の裾を握って。


チラリ、と料理長は3王子達を見る。

クトも、見る。

そして、レテュも、何だか縋るような目で3王子を見て、そして、ハッ、と恥いる顔をして俯いた。


オランネージュは、正確にその意図を受け取った。

「料理長、赤ちゃんが、苦しんでるんだね。レテュ?の赤ちゃん?」

え、いや、あの、と口ごもるレテュを手で制すると、料理長はオランネージュに言った。


「そうです。オランネージュ殿下。レテュの息子、生まれて間もない赤ん坊が、ミルクを飲んでも飲んでも下痢するのですってよ。身体スキャナで診てもらっても異常はないし、何か赤ちゃんに飲ませて良いものはないか、って聞かれたんだけど、俺も分からなくてなぁ。あんまり甘いもんもくれて良いもんか•••何も入ってない白湯で、それでも下痢するのか様子見てみな、って言ったんだけど。」


ミルクを飲まなければ、下痢しない。

だが、飲めば1時間以内に、必ず水のような下痢をする。

体重が増えない。

いつもふにゃふにゃ泣いて、ミルクを飲んだ後は不快そうだ。


レテュは、ふ、と寂しげに笑って、オランネージュに平伏した。

「オランネージュ殿下。私は、浅ましくも、殿下達にお会いして、もしかしたら竜樹様にお助けの手を願えないか、と期待しました。お許しください。侍従である私どもが、私的な事で、殿下や、ギフトの御方様を煩わせるなど。申し訳ありません、失礼致します。」

さ、と下がろうとしたレテュに、オランネージュはキパッと言った。


「レテュ!下がるのは許さない。赤ちゃんの、その病気、ここで私たちが知ったという事は、神のお導きであろうよ?」

く、と苦しそうな顔をしたレテュは、深く、深く礼をして。


「お許しください。あの子、グランドールが、赤ちゃんのごはん、ミルクを飲んでも、飲んでも、身にならないのは、きっと、きっと、私の罪であるのでしょう。神様が、罰をお与えになったのです。」


ニリヤ殿下が、お食事を貰えてないのを知っていたのに、見て見ぬフリをしていた、罪深い私に、罰をーーー。


「え、ぼく?!」

ニリヤがびっくりして、ぴょん、とした。

レテュは、ニリヤの前に這い寄る。頭を、厨房の床につけたまま、申し訳ありません、お許しください、とその爪先に額を寄せる。

声が、震えている。


「神様は、分かってらっしゃいます。私が、何を一番辛いと思うかを。自分が飢えるより、子供が飢えるのが、尚辛い。あの時、ニリヤ殿下も、どれだけお辛かったことか、愚かにも今、思い知っています!もし、もしーーーオランネージュ殿下、ニリヤ殿下、ネクター殿下、神のお導きで、竜樹様に少しでもお話し願えるのであればーーどうか、私の首でも何でもお持ち下さい。代わりに一度でもいい、あの子、グランドールを、竜樹様に診せてやっていただけたら•••!!!」


ニリヤはしゃがんで、ポムポム、とレテュの肩を叩いた。

「ぼく、おこってないよ。レテュ、ぼくにわるいことしなかった。あかちゃん、かわいそうよ。」

「申し訳、ありませ•••!!!」


トゥルルルル ホチ

「あ、竜樹?」

ネクターが、携帯電話を取り出して早速竜樹に連絡をとった。

オランネージュも電話に口を寄せて説明する。

「うん、うん、赤ちゃん、ミルク飲むと下痢するんだって。」

「お白湯だと大丈夫なんだって。」

「竜樹、こういう赤ちゃん知ってる?向こうの世界にいた?何だかわかる?」


ニリヤは、伏して、それでも顔を上げて、縋る瞳で電話を凝視するレテュを、短い腕で抱き抱えて、ポムポム。


「にゅうとうふたいしょう? ってなに?」


『すぐ行くね、鑑定できる人と分離できる人連れて行くね。そこにいてねー。レテュさんと、待っててね。』


漏れ聞こえる竜樹の、落ち着いた声に。ぶわり、と涙の湧いたレテュは、ふっ、うっ、と堪えても堪えきれない熱い塊を胸、喉に詰まらせて呻いた。


クトは笑う。

飢えて死ぬ奴なんて腐るほどいる。だけど、あのギフトの御方様ってやつは、皆にご飯をくれようとする。

クトは飢餓が大嫌いだ。幼い頃に擦り寄られて、散々味わった嫌な気持ちだ。腹減りは悪だ。クトはクトの方法で、それを自分の出来る範囲で、何とかしようと思っている。


そして竜樹様には、とっても嬉しく、期待している。かの方には、特別な力がある。王様でもなければ、特別な金持ちでもないらしい。なのに、稼いだかと思えば、子供達に使う。寂しい、辛い子供に、ご飯をくれて、可愛がる。何の利益もないのに、やる。

その、ひと撫でで。

特別な魔法をかける。


ニリヤ殿下を、ふくふくの幸せな子供に、あっという間にしたように。


暫くお茶を飲んで。いや、クトと料理長はすぐ仕事に戻ったけれど、他の料理人も次々と賄いを食べるテーブルで、震える涙のレテュを、多分自分もあまり食べてはいなかったのだろう、お砂糖とミルクを沢山入れたお茶を無理矢理飲ませて。


タカラが、バァン!と扉を開け放つ。

料理人達が、ニヤッと笑う。


「待った?レテュさん、赤ちゃんの所に連れて行ってくれる?概念を理解すれば鑑定できるなら、確かめられると思う。もし赤ちゃんが、乳糖不耐症なら、分離で乳糖を抜いたミルクがあげられるかも。」

絶対ではないけど、確かめさせてくれますか?


竜樹が現れて、萎れたレテュに言ったから、レテュはお茶をガタンと置いて走り寄り、竜樹の手を取って額につけて、お願いします、お願いしますと肩を揺らした。


「さあ、さあ!お父さん!赤ちゃんが下痢なんて、大変な事ですよ!なるべく早く行ってあげなくちゃ!考えが当たると良いんだけど。もし違ったら、頑張ってスマホで検索して症状を探すからね。出来るだけの事はします。さあ!立って!案内して下さい!」


「竜樹!」

「あかちゃん、たすけるね!」

「竜樹、いこ、いこ!レテュは、侍従宿舎にお家があるの?だったら近いから良いんだけど。」


レテュの住まいは、王宮内の侍従宿舎だった。働く人らが、城下の街から通ってくるのだと、通勤時に狙われたり、家族が囚われて脅迫、などとならないように、なるべく王宮内に住まわせるのである。そこはもう、一つの街でもある。


「キュイール!竜樹様と殿下達に、来ていただけたよ!!」

小さなお家、玄関のドアを開けても誰も出て来なかった。ふわふわとレテュが案内して、乱れた食卓、部屋を通り、寝室へ。

奥さんのキュイールは、小さな人だった。疲れ切って、赤ちゃん、お父さんレテュと同じ桜鼠色髪の、薄くかかった額、グランドールのあぶあぶしているベッドに突っ伏して、汗をかいて眠っていた。


「キュイール、キュイール?」

「え、あ、ああ、あなた•••ごめんなさい。グランドール•••。」

赤ちゃんは小さくて、小さくて、元気もなくて、顔色も悪くて。


「お母さん、キュイールさん?赤ちゃんを診せてくれますか?」

後ろから、旦那以外の人の声がして、ビクッとなったキュイールは。

「竜樹様!?」

あ、あ、と声も出せず。


ニコニコ、ショボショボ、と小さな目を笑ませた竜樹は、3王子と、鑑定師のリールと、ピティエの従兄弟、分離が出来るヴェール侯爵家アトモスも連れて来た。エルフ転移便て便利。

訳のわからない男性ばかりに王子様を寝室に、そして具合の悪い赤ちゃんの所に、なんて警戒しそうなものだが。


ふら、とキュイールは立って、レテュに背中を支えられながら、竜樹に近寄って、手を取り。

ぐい、と引っ張ると、赤ちゃん、グランドールの側へと、無言で連れてきた。真剣な顔で。

とん、とん、と竜樹はその手を叩いてやる。


「リールさん、さっきお話しした、乳糖不耐症かどうか、鑑定してみてくれる?お母さん、キュイールさん、鑑定してもらいましょうね。ね。さあ、レテュさんと見ていてあげて。」


「お、俺、物の鑑定ばかりやってますから、もしダメなら、人の鑑定やる鑑定師また呼んで下さいね!諦めないでね!」

「ウンウン。まあ見てみてよ。」


ベッド前に跪き、弱っている赤ちゃんに手を差し伸べて、キュ、と人差し指を掴ませたリール鑑定師は、キン!と目を開いて、みた。

3王子も、分離のできるアトモスも、勿論レテュもキュイールも、息を飲んで結果を待つ。

竜樹は飄々としている。


「乳糖、不耐症。ミルクの中の、乳糖が消化吸収できない。生まれつきですって。乳糖を抜けば大丈夫、って出てるけど、何なの乳糖って?」

リールの鑑定に、竜樹は、やっぱり、と呟いた。

「母乳やミルクに含まれている、糖だね。説明は後、キュイールさん、粉ミルクとかありますか?」


「あります!何なら飲めるか、下痢しないか、沢山試したのです。買ってあります!」

「作ってもらえます?」

言われて、あたふた、ババッと走り出すキュイールに、落ち着いて、落ち着いて、レテュさん見てあげて!と竜樹。夫婦はけれど、かなり慌てて、それでも、すぐに哺乳瓶に、頃合いの温度濃度のミルクを作って差し出した。


「アトモス。分離お願い。乳糖、が何かは分からなくていい。この赤ちゃんが、消化吸収できない、甘さのもと、糖分を分離しようとしてみて。あー、粉のままやっても良かったのか、俺も慌ててるな。まあ、まあ、やってみて!」

「はいっ!!!」

アトモスは意気高く、哺乳瓶を受け取って、むん、と片手を翳した。


乳糖、乳糖、甘い成分。


サラサラ•••と程なくして、手のひらから床にこぼれ落ちた粉を、おお、と慌てて、汚しちゃった部屋を、謝るアトモスに。

「部屋なんてどうでも良いです!それで、それで、そのお乳は、大丈夫なんですか!?」

「待ってね。哺乳瓶のお乳がどうなってるか、リールさんまた鑑定願います。」


「乳糖、入ってないお乳だって。冷めるから早く飲ませろ、って注釈が出てるけど。」

リールが、ぽりぽり、と頬を掻く。

竜樹が、赤ちゃん、グランドールを抱っこして、ミルクを手に。

「じゃあ、飲ませてみるね。良いですか?」


コクリ。レテュ夫婦は頷いて、手を組んで祈りながら、ちゅく、こく、とミルクを飲む息子を、じっと見つめた。


竜樹は。

「乳糖不耐症って知ったの、ドラッグストアでバイトした時なんだよね。粉ミルクで、小さな缶があって、乳糖不耐症用って書いてあって。何なんだろう、って検索してみて、ふーん、なんて思ってたんだけど、何でも役に立つもんだねえ。」


「グランドールは、その、ミルクの中のにゅうとうが、下痢させてるんだね?」

オランネージュが、コク、コク、飲んでいる小さなお手てを握ってやり、指で撫でて言う。

「そう、先天性、生まれつき、乳糖が消化出来ない。お腹がゴロゴロして、痛くなって、下痢しちゃう。ってことは、グランドールは、これから育っても、ミルク関係の食べ物からは、乳糖を抜かないとダメなんだね。そういう、ミルクを売るか、分離の魔法を込めた魔道具が作れないか、やってみるべきかな。」

「グランドール、もうだいじょぶ?」

「お乳は、一生懸命飲んでるね。」


「今までなら、1時間しないうちに下痢してました。」

「じゃあ、1時間みましょう。ほら、良い子だね、飲み終わった。美味しかった?いいねーグランドール。はいはい。」

トントン、とゲップをさせてやり、抱っこしたまま、食卓へ向かう竜樹にくっついて、寝室にいた男子どもとお母さんキュイールは、ヒヤヒヤしながら部屋を出た。


「さあ、キュイールさん。待ってる間、焼き菓子でも食べましょう。ニリヤ、俺のマントのポケットから、クッキー出して。」

「はーい。んしょ。」


ゴソゴソ、と出した、大きな葉っぱに包まれたクッキーは、ザクザクと雑穀の入った荒々しい味わいで。

お腹が空いていた、んだなあ、とレテュ夫婦に空腹を思い出させて、大分経ってから。

「あ、私ったら、お茶も淹れないで。」

ガジガジ、と3王子もリールもアトモスも、モグモグし終わってから、キュイールが気づいたが。

「お構いなく。もし気になるなら、お水で良いですよ。」

と竜樹が言い、そしてキュイールも疲れ切っていたので、後で考えれば、なんてこと!!と恥じたのだが、コップに水差し、本当に水を、フラフラと出した。


グランドールは、竜樹にとんとんされる内に、すや、すや、と寝入り。


「1時間、経ちましたね。」

「オムツ開いてみます?」

竜樹の膝の上で、オムツを開けば、オシッコしてるだけで。

取り替えて、念の為半日、様子を見ましょう、とタカラに電話で連絡してもらい、厨房からお昼ご飯を運んでもらい。


キュイールは、ゆっくりご飯を食べた。ポテトサラダのサンドイッチだった。

レテュも、もぐ、と3日ぶりくらいにご飯を食べた。仕事はどうしたんだっけ、と曖昧だったが、抜かりなくタカラが休みの届を侍従長に電話していた。のを、ボーっとしていて、知らなかった。


「少しグランドール君を見てますから、寝てきたらどうです?」

とニコニコ言われて、今まで心配で心配で、どうにも何も出来なかったのに。

レテュ夫婦は、素直に、言われた通りに竜樹に任せて、寝室に行くと、パタリと倒れて寝てしまった。





起きたら、もう暗い。

あれ、とレテュは、侍従服のまま、隣に寝ている妻、キュイールを、ん?と見ると。

あ、グランドール。


あ!竜樹様!!王子殿下!

分離の人に鑑定の人!!???


「わあ、わあああぁ!!キュイール!寝てる場合じゃない!グランドールは!?竜樹様は!?」

「ん•••えっ、!!?」


もつれ合って食卓に。

そこでは、片付いた部屋で、お茶をしながら、腕にグランドールを抱いたままの竜樹と、3王子と、リールとアトモスが。寛いでいた。


「あ、レテュさん、キュイールさん。どうやらグランドール君は、分離したお乳で大丈夫なようですよ。下痢しませんでした。ここの缶のお乳は、アトモスに乳糖を分離してもらっておいたから、安心して飲ませられますよ!」

ふふふ、と笑顔の3王子と男達。

竜樹の腕で、心なしか顔色も良い、くわぁ、と欠伸をした息子、グランドールに。


レテュとキュイールは、はふ、はふ、と息を荒く、頬を薔薇色にして。


「わ、私は罰を受けなくても、良いのですか?」


ん?罰?

竜樹が眉を下げる。

「レテュは、ぼくがごはんもらってなくて、しらんぷりしたばつで、あかちゃんげりしたのかって。」

ニリヤの説明で、わかったのかどうか。


「乳糖不耐症は、生まれつきじゃなくても、胃腸にダメージを受けてなる赤ちゃんもいるんですって。だから、グランドール君がいたおかげで、助かる赤ちゃんが、増えるはず。罰って、なんですかね?レテュさんが悪いと思ってる事があるなら、レテュさんが贖罪しないとね。タカラ、ウエストポーチ出してくれる?」

「はい、竜樹様。」


何でも収納時どめ鞄から、皮の、ウエストにベルトマークするポーチを取り出してもらうと、竜樹はそれを、レテュに渡した。

「はい、これ、レテュさんに。」

「わ、私に?」


ニリヤを、飢えさせて、見て見ぬふりをした罰に。

「そのウエストポーチにお菓子を入れて、いつでも、持ってなさい。それで、疲れた人や、元気ない人、食事をとり逃した人に、お菓子をあげる事。」

「は、はあ、はい。」

何で?何が?

レテュは分からない。


ニコリ、と竜樹はグランドールを抱っこしたまま笑った。

「レテュさんは、お菓子をくれる人になりなよ。それが罰です。お菓子代は自腹だよ。皆に元気を配ってね。」


「は、はい、はい?」

「はいっ!!私が用意します!!」

キュイールが勢いよく返事をして、グランドールに手を差し伸べた。竜樹は、お母さんだよー、とニコニコ渡すと。

「ゆっくり王子達に、本なんかを読んであげられて、なかなか良いお休みでした。また乳糖不耐症の事で聞く事や、テレビに出演依頼があるかもだけど、その時は、よろしくね!こちらでも気にかけるけど、乳糖不耐症用のお乳が足りなくなりそうなら、すぐに言ってね!」


誇らしげな顔をしたリールとアトモス、嬉しそうな3王子に、ニッコリのタカラとカメラのミランに、満足の護衛達。

一行が去って、ミルクを何度もグランドールにあげて、寝て、起きて、寝て、食べて。




「うわぁあああ!!!」


レテュが、大変な失礼を。

竜樹にも3王子にも、そしてリールとアトモスにもしたんだと分かって意識して。そしてほんわりとその恩に泣いたのは、3日も後の事だった。

キュイールが、アッハッハ、と大笑いした。今?今なの!?と。


元気にグイグイ、お乳を飲む、グランドールを抱いて。



侍従侍女達の間で、ウエストポーチが流行るのは、それからすぐのこと。

皆、思い思いに好みのお菓子を入れて、小腹が減ったら食べて。待機の時間も多い彼らの、気力が、少しの甘味で保たれるようになったのは、小さな赤ちゃん、グランドールと。


もしかしたら、あの日、ご飯を食べられてなかった、ニリヤのおかげ、かもしれない。


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