女の嵐
子供達が、重たい袋を引きずって、息きらせながら、よいしょよいしょとお家へ帰る。周りの大人達も、子供達を見守っている。
おつかいが済んだら、お母さんやお父さんにこれでもかと褒められて、ホッとした表情。いろんな所に住む、いろんな家庭があって、いろんな子供がいて、みんなそれぞれ、魅力的だ。
観ている方まで、おつかい、できた!という、満足感と達成感でいっぱいになる。
メルラの瞳に、画面の光が、四角く瞬いては移り変わる。
つつーっ、頬を濡らす涙はそのまま、スンスン鼻を啜る。
王妃も、所どころ声上げて笑いながら涙ぐんで、オランネージュ王子にハンカチをもらって拭いている。
「•••これは、見入ってしまうわね!みんな、なんて、なんて可愛いんでしょう!そして面白いわ!」
メルラ、是非、編集をやらせてもらいなさいな。テレビに携わるって、とっても楽しそうよ!
王妃が更に勧める。
メルラは。
「わ、私は、だから子供が、嫌いなんです。」
あなた泣き笑いしながら、のめり込んで観ていたじゃない、と竜樹達も王妃も思った。
「わた、私は、子供なんていらないのに。目が離せなくて、胸がギューっとなって、構って構い倒して抱きしめ潰してしまいそうだから、だから。」
「子供って嫌いなんです!」
ぐしぐし、瞼を擦って胸の前で手を握った。
「うーっ、うっ、うっ、うっ。」
「どうしたの?なかないで、おかしのじじょさん。ぼく、あげるおかしもってないの、いいこ、いいこよ。」
メルラのスカートを握って、つんつん引くニリヤ。小さな子供の力なのに、引かれるままに崩折れた。
メルラの頭を、抱え込むように、なでなでする。
「メルラ。」
王妃が、泣き笑った後の、スッキリした表情で、促す。
「私は貴女の事情を調べさせたわ。でも、私が言うより、自分で喋ってしまいなさい。命令よ。」
それに、竜樹様なら、ちゃんと話を聞いて下さるわ。編集をやるにしろ、やらないにしろ。
王妃の言葉に、しゃくり上げ、床に座り込み、メルラは落ち着くまで、暫く泣いていた。
「わ、私は、私たち夫婦は、子供ができないのです。」
竜樹達は、息を飲んだ。
夫婦が、重く悩む話だった。
「ルディが、ある時の討伐で、獣の毒にやられて、高熱を出して。その毒に男性がやられると、ほとんどの者が、不妊になると。」
結婚前だったから、ルディは、私との結婚をやめようとしたのだけど、私はルディが良かった。2人で、仲良く暮らしていければと。
「若いうちは何でもなかったのです。でも、歳をとるうちに、なんだか子供に目がいくようになって、堪らない気持ちを持つようになって。」
ハンカチを揉み、揉み。
「ルディは、子供をもらおうか、と言ってくれたけど、私は頷けなかった。抱き潰してしまいそうなの。自分が怖いのです。嵐を抱えているようで、子供達と離れていないと、自分勝手に愛してしまいそうで、怖いのです。」
ううーむ。
「分かりました。いや俺は、簡単には分かりきらないけど、女性の複雑な気持ちは。」
これはね、経験者の話が必要です。
竜樹は使える者は親でも使え、することにした。
「俺って養子で育ったんですよね。だから、経験者の俺の母と話してみませんか。最初から、情報を遮断してしまわないで、色々聞いてみて、話してみましょう。」
それと、ルディさん呼んできた方が、良くない?
王妃が手をさっと上げる。侍女の1人が、承りました、と呼びに。
ルディが来るまで、母マリコと世間話することにした。こんな時、通信費を気にしないで済むのは、ありがたい。ランセ神様、感謝。
ぷるるらる。ぷつ。
「もしもしー。竜樹だけど。みんな元気?」
『おー、たつー。みんな元気元気ー。異世界の調子はどう?』
マリコは、今日休日だそうで、家でお茶を飲んでいる所だった。タイミングがいい。
「周りの人に良くしてもらってるよ。こっちでテレビ作ろうと思っててさあ。それから、面倒みてる子がこの子、王子様なんだよ、ニリヤって言うんだ。」
ほらニリヤ、ししょうのお母さんだぞー。
「ししょうの、かあさま?」
「そうだよ。」
『そうだよー。マリコちゃんって呼んでね!ニリヤくん、はじめましてー!』
「は、はじめま、して。ニリヤです。ししょう、ようし、なに?」
『マリコちゃんが、たつ、竜樹を子供の時に、貰ってきたって事だよー。たつがいないと、ご飯が大変だよー。コウキが、ファミレスの厨房のバイトに入ったから、だんだん家でも美味しく作ってくれるかも!乞うご期待!』
「ガッツリ飯でも、許してやんなよー。」
『作ってくれるだけで嬉しいよー。副菜は、作り置きしてるからさー。バランスは、とってるよー。あとサチが、ダイエットしたいっていうから、手伝って貰ってるよー。野菜とタンパク質必須!食べないダイエットは禁止だからー。』
ズズ。お茶を飲み飲み。
「ししょう、まりこちゃんと、なかよし?」
「仲良し仲良し。」
『なかよしだよー。ニリヤくんとも、なかよししたいよー!』
うふ。なかよし。
ニリヤが嬉しそうにして、竜樹の膝の後ろに隠れた。
ルディは、息を切らしてやってきた。
緊張の面持ちで、竜樹達と王妃に礼をすると、しゃがんでいるメルラの側に行き、背に手を当てた。
「一体、どういった訳でお呼びに?メルラ、どうしたんだ?」
しっかりした騎士らしい身体の、亜麻色のくるくるカールを結んだ、少しとうのたった美丈夫である。
これまでの経緯を説明(マリコ母にも)すると、痛ましげにメルラを見詰めた。
『はじめまして〜メルラさん〜。マリコでーす。女はねー、嵐の時期があるよ!』
女の嵐。それを、更年期という。