食べ物には物語がある
『チーム女子』
元王女エクレ、元王女シエル、リーヴ、クーラン、マテリアの5人は、改めて商店街に来た。
商店街では、店舗の前にテントを出して、お買い得品や生鮮食品を売っていたりして、色とりどり、歩くだけでも楽しく心浮き立つ。それらが気に入れば、お店の中に深く入って、常時売っている物や、安くはないけれど中々良い物、などの定番やシーズン商品を買う事もできる。
るんたた、と楽しく見回りながら、マテリアが発見した、チーズやミルクの安いお店にやってきた女子達は、まずお店の人に話を聞く事にした。
店主は、渋く皺のある顔をした、腕まくりエプロンのおじさんである。四角い顔が、丸く厚い肩、大きな身体が、何だか、売ってるチーズ美味しそうと思わせるのは、何故だろう?
「こんにちは!おじさま、ちょっとお話しても、良いかしら?」
誰が話しかける?と、ヒソヒソくすくす相談した女の子達。クーラン?リーヴが話す?ううん、確かにそりゃ商店街には慣れてるけど、気づいたマテリア様が話す事にしましょうよ、そうねそうね!と結論が出た。
それをニコニコ待っていた、店主のおじさんに話しかければ、皺を深くして、ニパッと笑って。
「何だい?お嬢ちゃん達。おじちゃんでわかる事があれば、何でも聞いてみな〜!」
と明るく受けてくれた。
「あの、私達、『アンファン!お仕事検証中!』っていう、番組でいま、商店街を歩いていて。」
翡翠の猫目が、きゅわ、きゅわー!と揺れて大きく、初めてお話を商店街の人とする興奮に戸惑いながらも、切り開く意思を持って輝く。
それを、マテリアのお母さん、カンパニューラ公爵家のブリュムが、颯爽としたカメラマン姿で、耳に小さなお花のピアスを揺らして、真剣な表情で。手にしたカメラ、ジーッと重さにも堪えて撮影している。
「うんうん。モルトゥと歩いていたよね。知ってるよ。何だね、ウチにも聞きに来てくれたの?」
人の良い店主が話を促すと、マテリアも、クーラン、リーヴ、シエルにエクレは、パッと笑顔になる。
「はい!まだ、まだ、どういう形にするか考え中なのだけど、市場内事務局からの放送とはまた別に、お買い得な情報を、はっしんできないかと、思っていますの!」
「マテリア様が、ここのお店のチーズが、何だか安いのは、何故?って気づいたのよ。あんまり全面に出してはないけど、こんなに美味しそうなのに?」
「きっと古•••もががぐ!」
パフ!と余分な事を言いそうになったシエルの口を、エクレが塞いでモガモガさせる。
お店の前で、古いって、そりゃまずいでしょ!とリーヴ、クーランも、ジロ、と抜けてるシエルの蜂蜜色の髪と瞳を睨んだ。バシ!とツナギを叩いてツッコミ。
あはは!と笑った店主は、気を悪くもせず。
「ここにあるチーズは、フレッシュなのじゃないだろ?全部ハードなやつだ。古いっても熟成されてるって事で、別に悪かぁないよ。ちゃんと保存すれば、時間が経った方が美味しかったりするだろう?•••と言っても、ここにあるチーズは、古いから安い、って訳じゃあ、ないんだよ。」
並んだチーズは、固く平べったい、大きなもので、それを切り売りもできるようになっている。魔道具のケースの中で、一定の温度と湿度に保たれて、カットされた様々なチーズは、いかにも美味しそうで。
ケースを開け、ちょっと切って葉っぱに乗せ、はい味見、と女の子達に渡してくれる店主。
「ありがとう!むぐ。もぐ。•••うん、これ、美味しいわね!ナッツみたいな感じする?味が濃いわ〜。」
「ほんとほんと。おいし〜い!」
ニココ!である。
「そうかい?嬉しいね。このチーズ、酪農を始めた若い夫婦が、初めて作った、ってやつなんだ。食事の事を、色々竜樹様が広げて下さるから、今、食品関係は結構盛り上がっててね。美味しいものを作れると、嬉しいし儲かるんじゃないか、って。若夫婦も、発酵を促す時進めの倉庫を使って、美味しくできたから、本当はもっと値段がつけたいけど、まず最初は味を知ってもらいたいって。これは、お試しの特別価格なんだよ。次からは少し高め塩梅になるけど、って売ってみてくれますか、なんて頼まれたんで、応援がてら扱ってみたのさ。食べても美味しかったしね。」
まあ!とマテリアの猫目が、また、パッチリする。
「では、もっと取り上げてあげたいですわね!こんなに美味しく出来たんですもの。きっと、苦労して作られたのに、違いないですわ!私、お父様から、チーズの作り方も聞いて、大変なのだなぁ、って思っていましたの。」
「ありがたいねえ。苦労と味を分かってくれる人に食べてもらえれば、売る方としても、すっごく嬉しいよ!若夫婦にも良い話が出来るしね。」
それからマテリアは、メモ帳と鉛筆を出して、詳しく、詳しく、その若夫婦の酪農始めについての話や、苦労した所、味の解説などをメモしていった。
「マテリア様、あの•••ちょっと、詳し過ぎない?」
リーヴが問いかけると、鼻息も荒いマテリアは、ぶんっ!と振り返って。
「ご、ごめんなさい!でも、聞かずにいられないの!私、こういうお話、大好きなの!食べ物一つ、それに、手掛ける人は沢山のお世話をする訳ですわよね!それを口にする幸福•••ああ、何て幸せ!•••伝えたいわ!この、物語ごと!」
「うん、マテリア。それチラシにしたら、多分チラシじゃなくて、グルメ雑誌の記事みたいになるよ。意外に意外な才能が、開花するもんだねぇ。」
竜樹が、タハハッと笑って、モニターごしにつっこむ。
「チラシって何?竜樹様。」
ルムトンがはてな?を聞いてくる。
「こちらではまだ、チラシ広告ってなかったかな。売りたいものの宣伝を、値段とか写真とか、ばーん!と載せて、買いに来てね!って作った印刷物のペラ紙の事なんだけどさ。それを配って、沢山の人に見てもらうんだ。あー、新聞に折り込み広告って、これからどうなんだろうな?」
「新聞に広告を掲載するんじゃなくて?今も所どころ載ってるでしょ?俺、こう見えて毎日、新聞代読屋に読んでもらってるんだぜ!」
ステューも聞いてくる。
「新聞自体にも広告、って載っているけど。新聞に挟まって別紙で、その地域の商店街なんかの広告チラシを折り込んで、配る事が出来るんだよ。買う人も、チラシだけ見て、お買い得品を見つけやすかったりも、するでしょ?」
ヘェ〜、と納得のルムトンとステュー。
「じゃあ、グルメ雑誌、ってなに?」
「美味しい食べ物の事が、そのお店の事から作られた来歴、味の詳しい特徴なんかも、凄く美味しそうに、そして興味深く書かれた雑誌、のことかな。一つの食材をテーマに深掘りしたり、時には料理の作り方なんかも載ってて、写真が綺麗でねえ。流行りの情報だけをパッパと載せては千切っていくんじゃなくて、取っておきたい雑誌、読み捨てじゃない情報の深さがあるんだ。それに載った記事で、お店に行ってみよう、とか、お取り寄せして、それ、食べてみよう、とか、とっても刺激される雑誌だよ。」
「読みたいじゃん!」
「読みたいね!ないの?グルメ雑誌!」
「マテリアみたいな子が、これから、作ると良いですねぇ。」
ジェム達が作った子供新聞の、美味しい屋台地図が、あれだけ好評だったのだから、グルメ雑誌もウケるかもしれない。
それからもチーム女子は、主にマテリアが記者となって、お買い得品の情報を深く集めていった。
「これ、どうやって情報、お金にする?」
うーん、どうしよう。
鉛筆を顎に当てて考えるマテリアに。シエルが、歩き疲れてぼやいた。
「休みたいわ!お店の人は、場所があって良いわね!•••まさか、歩きながら情報を言って回る訳じゃないでしょう?どこか、休める場所を探しましょうよ。ああ•••お茶が飲みたい!」
「もう、シエル、疲れるの早いわよ。」
リーヴが、むん!と腰に手を当てる。
「だって、だって!」
シエルにだって言い分はある。
「歩いたら、果物とか喉を癒すものが必要だわよ!私、こんなに普段歩かないんだもの、疲れちゃうわよー。何処かで、ヤースーミーターイー!」
「シエル、ジェム君達ともっと遊んで、体力つけた方が良いんじゃないの?」
姉エクレが、ふー、とため息。エクレの方が子供達の遊びに付き合う率が高いので、自然と体力は高めなのだ。
「いえ、場所があるのは、良い事かもしれないわよ?」
クーランが、とん、とん、と片足のつま先を地面に打ってリズム。
「市場内事務局みたいに、そこに行けば情報がある、って、良いじゃない?放送はできないけど、大きな紙に、調べた事を、絵も描いたりして、ばーんと貼るの。紙を見て、人が来てくれたりしないかしら?」
うーん。
「でも、それだとお金を集めるのに、どうしたら良いかなあ?難しくない?それに、字を読めない人は、分からないわよ。」
リーヴが腕組み、悩む。
うーん。うーん。
「代読屋、あるわね。」
エクレが、つい2軒先の、冒険者組合と郵便局の側に併設された、代読代書屋に目を移す。
「代読屋は、一つの所で商売できて、羨まし」「それよ!」
クーランが、思いついた!と。
「冒険者組合の建物の壁に、その大きな紙を貼って、読んでお金を貰いましょうよ!ルムトン副隊長と、ステュー隊長みたいに、大道芸っぽく!そして場所は固定で、呼び止めた人から、その、食べ物の物語を話して聞かせて、お金を貰いましょ!」
花街に、花見習いとしていた事のあるクーランは、その憂いなどもうどこへ行ったか。蒸栗色の短いウェーブ髪を、クリンと揺らして、両手を組んで、ぴょん!と快活に飛ぶ。
「良いなぁ!って思ったら、お金を、投げて下さい!って、入れ物を用意してやってみない?」
うん!とマテリアも頷いた。
「私も、これ、紙にまとめてみたい、お話、できるわ!」
「冒険者組合に許可とりに行きましょうか。きっと、無断じゃない方が、良いはずよ。」
エクレもうんうん、意見してみる。
「休めれば、何でも良いわヨォ〜。」
ふえぇ〜、と情けないシエル以外は意気込んで、冒険者組合に許可を取ったり、必要なものを集めに、探し出した。
疲れたシエルにゴネられて、果実水を、経費の銅貨から支払って2つだけ買って、分けっこして飲みながら。文房具店で大きな紙を買い、鉛筆だと薄くて見えないから、絵みたいなのが良いんじゃない?と黒の絵の具と筆も買った。投げ銭入れる箱は、リーヴが、お店から貰い受けた包装用の古い新聞紙で、箱を折って作った。冒険者組合の壁に、ぺたっと押し付けながら。
「リーヴちゃん、器用ねえ!」
「竜樹様が、教えてくれたのよ!ゴミなんかを、テーブルの上で、一旦入れて集めるのなんかに良いんだよー、って、教会に遊びに来てくれた時に!新聞紙で色々なもの折ってくれたの、私、覚えてて偉い!」
こちらの文字で書かれた古新聞の箱は、ちょっと小洒落て素敵な感じが、竜樹にはする。
「うーん。道で芸してお金を貰うのには、ちょっとコツがあるのねぃ。」
ルムトンが、心配そうに見守る。
「うんうん、だよな。あの箱、空っぽだと、なかなかお金入れてくれないんだ。」
ステューも身に染みて分かっている。箱に、お金を入れてね、って分かりやすく、そして払う抵抗感も無くすために、見せ金を入れておく必要があるのだ。
「ドキドキしちゃう!」
「応援、しちゃうな。女の子達、頑張ってぇ!」
ルムトンとステュー、そしてニコニコした竜樹の応援を受けているとは知らないままに。生き生きとチーム女子、動き始めて楽しそう。
「マテリア様、絵、上手ね!」
「ほんとほんと!食べ物、とっても美味しそう!何の事が書いてあるか、ひとめで分かるわね!」
それは手書きの、温かい、読み応えのある記事であった。一つ一つの品の絵が、記事の頭を、それぞれ飾っている。踊るようなリズムを持った配置、美味しく、楽しく見せたい!という情熱が、そこには感じられる。
突然のお絵描きパフォーマンスに、何だ何だ?と人も足を止める。マテリアは知らず笑顔に。その助手を務める、絵の具を溶いた新聞紙と、薄める水を入れた、お店から借りたコップを側で持つリーヴとクーラン。全体のバランスを見て、あ、そうそう、それ素敵!なんて声かけるエクレ。
シエルだけは、くたびれてその側で木箱に座り、じゅるじゅる果実水を啜る。心なしか肩も落ちている。
「出来た•••!」
「やったわ!」
「やったね!」
「凄いのが出来た〜!」
パチパチパチ!と手を打ったエクレに合わせて、見ていた観客達が、おお〜、パチパチ、とまばらに拍手をした。既に良い見せ物になっている。
望む所よ。
「さて、それじゃあ•••。」
ぐうううう。
「お腹、空いたわ。」
恨めしそうなシエルの上目遣い。
うん、ちょうどお昼、ロケ弁タイムとなりますでしょうか。




