イーヴの選択
「ロテュス殿下は、えらいこと始めちゃったねぇ。酔っ払いのお姉さんを、さばけるかなぁ、なんて思ってたけど、お姉さんのヒモと、浮気相手と、あとラフィネさんまで呼んで、今後のお話って。」
「綺麗な顔をしてるだけじゃないんだね。侮れない、さすが王族。まとめる力あるよ。」
うんうん、とルムトンとステューが突っ込みいれる。
「もはや情報屋のお仕事ではない。ないけど、とっても興味深いお話し合いです。面白そう〜!俺が当事者だったら、震え上がるけど。」
「だね、だねー!」
「まあ、最初からチームエルフは、情報屋としては無理があったんだ。」
うーん、と唸るモルトゥの言葉に、ルムトンとステューが、何で何で?とはてなを寄せる。
「顔が良すぎるんだよ。情報屋は、可もなく不可もなく位の、忘れやすそうな、緊張を催さない容姿の奴が向いてるんだ。あの人にこんな事話したな、なんて、覚えてられたりすると、自分の身が危険になったりするだろ。それとか、何か良い事話そうとカッコつけすぎて話を盛られたり、緊張して話して貰えなかったり。」
「そういや、モルトゥさんは、ザ・普通、って感じの顔だね。」
「緊張もしないし、記憶に残らないよね。」
ほっとけ、ケッ!と吐かれてニハハのルムトン達である。
イーヴの旦那、アムーレは、褪せた金髪を振って、焦ってキョロキョロと水色の目を周りにやりながら。
「な、な、何だっていうんだい?あの、君たちは一体?」
アースカラーと渋いピンクのツナギを、カッコ可愛く着こなしたエルフの少年少女達、しかもニッコニコ、に囲まれて。見た事ない、辛子色のスモックを着た美人が、ムフフフ、と笑ってこちらに、不敵な顔を見せている。
「初めまして、私、ラフィネと申します。撮影隊と新聞寮の子供達の、お母さんをやっています。ロテュス殿下ーーエルフの、第一王子でいらっしゃるお方に呼ばれまして。ギフトの竜樹様、ご存知?」
「はあ。」「は、はい。」「え、ええ。」
虚をつかれて、3人、アムーレとイーヴとフランカの三角関係、頷くしかない。
ラフィネは、ロテュスに、簡単にひそそ、と説明を受けて、あ、これ、女性の働き方や人生なんかに、関わりのある事だな、と。どんと胸に手のひら、快く承った次第。
ちなみに、私、性格悪いんです、と言ったロテュス王子に、私もよ、と返事をしたら。竜樹様が言った通り、ラフィネさんも性格悪いって言ってくれた!とうるうるギュッと抱きついてきたロテュス王子だったので。可愛いなぁ、と撫で撫でしたのも、さっきの転移の時である。
「竜樹様はお父さん。私はお母さんよ。まあ、その、結婚してると言えるかしら。そしてロテュス殿下は、将来の竜樹様の伴侶よ。私達、3人で仲良くやっているの。」
「ですよね!ね〜!」
ロテュスが、ラフィネの背中にギュッと掴まって、うふふと顔を出す。周りの弟妹達は、お茶のカップを手に、立ったまま、ふーふー、している。
「お、おかしいんじゃないの!?何で私達が、それに関係あんのよ!イーヴの所なんかに呼ばないで!」
キラキラ金髪のフランカは、若く、キュッと上がった眦が気の強そうな女性。
はー、とため息を吐き、額に手、俯くイーヴをチラッと見て、カッと怒ってきた。
「関係•••ねぇ。これ、番組になっちゃってるから、この情報を流す事で、見ている人の得になれば良いな、っていうのが、私の考えです。イーヴさんが、アムーレさん浮気してるって、飲んだくれて荒れてたんです。竜樹様は、伴侶が2人いても仲良くできてます。アムーレさんは、片方の女性に対して、配慮が足りてないのじゃないです?って、思いました。」
は、はぁ〜?!
「そうよねぇ。妻を複数持ちたいなら、それ相応に、どの妻にも満足をさせる、男の甲斐性ってものが必要よ。イーヴさん、貴方、アムーレさんの、どの辺が不満なの?あ、座って話をしましょ。素敵なお店ね、ほら、こっちのテーブルで。」
ラフィネが促すと、フランカが。
「やってられない!!私帰るわ!!」
ガンガン!と布靴のまま、足を鳴らして入り口に向かい。アムーレが、あわわ、とそれを追う。
「何言ってるのよ。」
ウィエ王女が、片手をカップに、もう片手を人差し指、2人に向けて、む、と魔力を込めた。
「なっ!?」
「キャア!!何よぉ!?」
しゅるる、と草の蔓が木の床から生えて、あっという間にアムーレとフランカを拘束する。
「エルフは、平和への調停者でもあるわ。夫婦関係の平和も、調停したって良いと思うの!逃げられるなんて思わないで!エルフが、こう!と決めたら、どんなに時間がかかっても、やるに決まってるんですから!」
ムフフフ、ニヤリと黒い笑顔のウィエ王女。蔓は拘束したまま、ふわっと黄色の花を咲かせ、ゆっくりと移動して、ラフィネが促したテーブルの、椅子へと2人を縛りつけた。
「話したら解いてあげるわよ。話するくらい良いでしょ。それとも、関係を明らかにしちゃったら、このアムーレって男に遊ばれてるだけだ、って分かっちゃうのが怖い訳?フランカさん?」
「なっ!!そんな事ある訳ないじゃない!!」
髪振り乱した、寝起きのフランカ。青褪めたアムーレは、観念してぐったりと、はだけた寝巻きがいやらしい。イーヴは、目を瞑って、とんとん、と甲で額を打ちながら、がっくりとテーブルに着いた。
「相変わらずウィエの魔法は、見事だね。」
「私たちまだ、あんなに上手に出来ないね。あ、でも、これ、調停者の練習になるね!」
ニコニコと、エクラとカリスの兄弟エルフは、カップを持ったまま、テーブルの周りに椅子をガタガタ持ってきて、ストンと落ち着いた。
ラフィネも、ロテュスも、テーブルの椅子に着く。ウィエはご機嫌で、ずず、とカップを啜ると、エクラ兄の膝に、ピョン!と乗った。
「イーヴさん?」
「分かった。分かったわよ•••。エルフに酔っ払いの面倒を見させた、私が悪かった、後悔しても仕方ないわね。•••逃げないわよ。アムーレに不満、不満ね。まあ、まず、お金を稼いでこない事。その上、お店のお金を持ち出す所。」
テーブルに頬を付けて、ブンブン足を振って、眉を顰めてイーヴは話し出した。
「えーそれって、ジュヴールのやり方と一緒じゃない!タダで働かせる。稼いだお金を使っちゃう。自分はあんまり働かない。奥さんのイーヴは、ちゃんと生活できてるの?ご飯食べてる?何だか、お店、荒れてたけど。」
ウィエ王女の、ジュヴールと一緒、の言葉に、ムムム!とエルフ兄弟達が厳しい顔をした。
搾取を身に受けて、人を軽く扱う者には、嫌悪感のあるエルフ達である。
グシャグシャの黒髪に手を入れて、赤いメッシュごと、くし、と握って、イーヴは続ける。
「ああ、私もテレビ見たけど、ジュヴール程、酷くはないけど、でも酷いか。私、金蔓なだけなのよね。ねぇ、フランカ。」
俯いたまま。
「何よ!」
フランカは、腕を組んで、ムッと応える。
「アムーレは、私の前にも、結婚していた女がいたのよ。年増の、やつれた女。私は奪う時、笑ったわ。私は若い。魅力的。アムーレに優しくしてもらう価値がある。あのババアが、金で買ってる男と、愛し合って上手くやっていけるのよ、って。子供も出来て、家族になって•••。」
自嘲する時、人は、悪かった事をどうする事もできないから、笑うのだ。
「わ、私は大丈夫よ!」
「大丈夫じゃないわよ。アムーレみたいなのは、若いお金がありそうな女を、次々と乗り換えるだけの、軽い男だわよ。それでも良いの?」
イーヴの目は、フランカを見据える。
「そ、そんな事言って、アンタ、別れたくないんでしょ!でも、もうアムーレは私のものよ!」
ツン、と尖った口は、子供染みている。
「稼がないけど、良いのね。他の若い女にも、フラフラしっぱなしだけど、良いのね。はっきり言ってヒモだから、自分に甲斐性がないと飼っておけない男だけど、良いのね?」
イーヴは、自分に言っているのだろう。
そんな男と、将来を作れない男と、それでも、肌を合わせ、寂しさを紛らわせ、一緒にいたいのか。
ラフィネが、お茶を啜り、ほう、と息を吐く。
「竜樹様が言っていたわ。親戚で、お金を稼いで来なくなっちゃった叔父さんがいたのですって。お給料を落とした、って言ったり、子供にお小遣いをあげる分まで、足りなくなるほどに生活が苦しくなった。働かなくて、周りが奥さんの相談にのって、強く別れさせ、家を追い出したのだけどーーその後でも、奥さんと子供の所に、時々来ては泊まっていたそうよ。親戚達は、あんなに苦労して別れさせたのに、奥さんも困ってたのに、家に寄せるなんて、もう知らない!って言ったらしいんだけどーー。竜樹様のお母さん、マリコさんは、そんなに簡単に、夫婦や親子の、今まであった時間を断ち切る事は、すぐには難しいのだろうねって言ったんですって。」
寂しい夜、寄り添って一緒に眠った事。
若い、良い時代を、大騒ぎしながら共に味わった事。
つぎ込んだお金を、時間を、気持ちを、そのままスパッと切れない、惜しいと思わせる記憶達。
「まあ、結局、その叔父さんは新しい女性の所に転がり込んで、ぷっつり縁が切れたらしいのだけれどね。その後は、苦労しながらも、子供と奥さんで仲良く暮らしたらしいわ。親戚達も奥さん達を受け入れて、助けたり、仲良くやっているのですって。」
ふー。
ため息は誰のものか。
「イーヴさん、子供が欲しいのですって?」
ロテュスが、肘をテーブルに付き、指を捏ねながら。
「•••そんな気持ちも、あったわね。」
ハハハ、と虚しい笑いが漏れる。
未練なのだ。イーヴに残っているのは、それだけだ。
アムーレは、むぐむぐと、ただ黙っている。こんな時に何か言えるような男なら、きっと2人の女を乗り換えたりしないのだろう。
「アムーレさんに、子供だけ作ってもらう訳にいかないのですか?まあ、アムーレさんじゃなくても、相手は良いんだけど。」
「えっ!?」
子供は愛情の末に。
そんな気持ちが、まだイーヴの中にもあった事を、この発案に驚く心で知る。
「イーヴさんは、自分の幸せに、積極的になるべきです。だってそれが、許されてるんだもの。誰にも強要されていないでしょ、この状況は。子供が欲しかったら、行動すれば良いじゃない。フランカさんと相談して、子供作りの時だけ、アムーレさん借りたら?多分、フランカさんは、アムーレさんを独り占めしたいんだよね?2人を満足させられる甲斐性のない人だけど、イーヴさんもフランカさんも、アムーレさんが欲しいのでしょ。それはそれで、良いんじゃない?2人とも、何が欲しいのか、言い合ってみたら?それで、大人として折り合い付けて、融通し合ったら?」
そう言われると、アムーレって。
アムーレに関係する事で欲しいものって、無いわ•••。
子供も、アムーレと作ったら•••ろくでもない父ちゃんに、影響されて、子供がグレてしまいそう。
すー。はー。
息を吸って吐き、イーヴは。
「•••要らないわよ。アムーレなんて。フランカにあげるわ。」
引き攣れるような、我が身にくっついていたアムーレとの時間が痛いけれど、これがあの時、あの年増が味わった痛みなのだ。
痛みを、引き受けなければ。
未来は得られない。
「えっ。」
「えっ!?」
何でそこで、アムーレがびっくりするのか。
「イーヴさんはアムーレさんが、要らないのですね。なら、離婚で良いですか?もうアムーレさんにお金をあげちゃダメですよ?このお店も、再建してね?」
「な、何でそんな事、アンタ達に!」
ロテュスは焦るアムーレを無視して。
「ラフィネさん、子供が育ててみたいなら、教会に来て親しんでみて、子育てがどんなものか味わってみるのも良いですよね!」なんてニコニコしている。
「そうね。子供と現実に接してみるだけで、気持ちも随分変わるわよ。」
「ね、ね!そうしましょう!」
ロテュスがイーヴの手を取る。
「そうして、この、『酔い処イーヴ』を、エルフに後押しさせてくれませんか!ここ、素敵な酒場じゃないですか!」
見回す店内は、片付いて、若干片付き過ぎているが、出したテーブルリネン達も統一感があって、灯りも椅子も丸く。家庭的な柔らかな調度に、元々は素性の良い酒場だったと思わせるのだ。アムーレとの荒れた生活が、お店も荒れさせたのだろう。
「竜樹様が、酔っ払う成分のアルコールを抜いた、のんあるのお酒風味飲料、ってやつを作ろうとしてるんです。イーヴさんも飲み過ぎてたし、健康的に、飲めない人も楽しめる、お料理も美味しい、居酒屋ってやつ、やってみません?」
「あ、店員は、エルフにお任せだね!」
「だねだね!一生懸命働くよ、エルフは!お金は貰うけど!」
ニコニコ!するエクラとカリス、話が速すぎてイーヴは。
「待って待って!!ちょっと、待って!のんある???エルフを雇うなんて、この小さな酒場で、そんなお金無いわよ!」
「「「大丈夫!!」」」
ニンニンの兄弟妹は、太鼓判を押す。ラフィネも、ウンウンと笑顔だ。
「竜樹様が発案の、のんある飲料、お酒の味がするのに酔わない飲み物、きっと飲んでみたい人が沢山いるはず!身体の調子で、飲まない方が良い人や、元々飲めない人が、楽しめる酒場はーー今、ここで、テレビで宣伝にもなっちゃってるし、却ってエルフを雇わないと、イーヴさん大変になり過ぎますよ?」
「ロテュス兄様、今エルフの店員候補を連れて来て、会って貰いましょうよ。」
ウィエが、フランカをニシシシと笑いながら見て、画策する。
だねだね!
と転移であっという間に呼ばれる。
イケメン、美女のエルフ店員候補達。
シュワ!すた、すたた!
「えー、ここが、のんあるを出すお店?可愛いなー!」
細マッチョの、サラリ銀髪エルフが、涼やかな目元をほの赤く染めて、ニコニコと微笑む。
「こちらがオーナーの、イーヴさんです。」
堂々と紹介するロテュスに。
「私、店員さんやってみたかったの!」
まつ毛バシバシの麗しい女性エルフが、くふっと笑ってイーヴにペコリとする。
「俺、料理は結構上手だよ!竜樹様ともこないだ料理の話して、作ってみたいの沢山あるんだ!」
また違うタイプの、優しげなお兄さん。大きな背に小さな顔、シュッとした鼻に尖った顎、大きな手がイーヴの椅子の背を包んで、覗き込む視線も柔らかい。サラッと艶々、良い匂いの髪が、イーヴにかかる。
「竜樹様が居酒屋メニューって美味しい、って言ってたから、また沢山聞いてみましょうよね!」
「イーヴさん、お金取られてたんだって?私たちも似たようなものよ、悲しくなるわよね、自分が粗末に扱われるのって、心が元気無くすの。」
「イーヴさん、良かったら、落ちてる髪を結ばせて?俺、そういうの得意なんだ。身なりを整えると、気分も上がるんですから。貴方はとても魅力的な、素敵な女性なんですよ。」
わらわら、わら。
美しすぎるエルフ達に囲まれて、イーヴは頬がポポッとなるのを止められなかった。髪が、長い指持つ優美な手に結い直されて、肩に手、背中にも温かく触れられる。虐げられた仲間だと思っているエルフ達の、触れ合いでの慰め、励ましは。
まるでそういうお店に来たかのように、キラッキラの、ふわっふわ。
フランカは口を開けたまま、眼前のエルフと、アムーレを見比べて。むぐぐ、と悔しい表情になった。そしてーーそれを悟ったアムーレは、シオシオと、情けない顔をしている。
ウィエ王女が、大変に良い顔になって。
「フランカさん、アムーレさん、帰って良いわよ。むしろ、帰って。あ、私が転移で送りましょうか?」
しゅるる、と蔓を解く。
大人しく尻尾を巻いて帰るのも腹が立つが、ここに居て、チヤホヤされるイーヴを見るのも腹が立つ。
わなわな、震えるフランカは。
「ず、狡いわ!私だって、エルフにチヤホヤしてほしい!!」
と叫んで、地団駄踏んで、ウィエを高笑いさせた。
ラフィネは、アルカイックスマイルを繰り出しつつ、立ち上がって、アムーレに。
「私、本物のヒモに会った事あるのよ。ーー本物は、この人に何でもやってあげたい、お金をあげたい、色々してあげたい、って思わせて、そしてそれを、『ああ、あの時、あの人にあげたんだったら仕方ないな。それだけ良い思いさせてもらったんだもの』と、後悔すらさせないの。その人、花街に付き合いで来て、花たちにまでタダでサービスさせて帰ったけれど、もうお爺さんだったわ。でも、本物は、年齢も、感じさせないの。アムーレさん、貴方はどうかしら。イーヴさんに捨てられて、フランカさんに行くのは良いけど、歳をとったら、若い女を取っ替え引っ換えなんて、とても出来そうにないんじゃないかしら。」
悪い事は言わないから、貴方に複数の伴侶を持つ甲斐性もないし、フランカさんを大事にすると良いわよ。
爛れた生活を送っていたアムーレは、ちょっとだけいい男風だが、エルフとは比べるべくもない。お腹も少しふっくらして、ダルダルの不健康な肌だ。よく見れば皺もある。
賞味期限は、着々と近づいているのである。
ぶるっ、と震える。
エルフに釘付けのフランカを見て、悲しげに眉尻を落として。
「凄い、幸せの押し売りだったね。」
「何かでも、この先良くなりそうで、良かったじゃん。流石のロテュス殿下だよー!」
ルムトンとステューも、ふいいー、と椅子に深く座って深呼吸をする。モニターを覗き込み、ニコリだ。
ロテュスとラフィネは、竜樹の、のんあるの普及のお手伝い。酒場の確保が出来て、顔を見合わせて。
ニコニコニッコリ。
ぎゅーむ、ポンポン!
ハグし合って、健闘を讃えた。
手を取って歩く。一緒に歩く。
伴侶同士、仲良くそれぞれ、竜樹のお手伝いをやっていこう。




