情報を扱う覚悟
商店街にやって来て、モルトゥはサラサラっと物の値段を見ながら、時折、店の人に話しかけて、次々とお買い得品の情報を得ていった。
エフォールは、モルトゥの歩きの速度に付いていけないので、今は車椅子である。一緒に遊んで慣れている、アガットが押して、そこそこある人波を、くいっ、くいっと捌いて歩く。
プレイヤードとピティエ、アミューズは、片手を補助の者に引かれて、白杖を突きつつ。見えているモルトゥの行動を、ルムトンとステューが、次々面白く口にしていくから、今何をしているのか、良く分かった。
プレイヤードは、今回間に合えば、ガーディアンウルフの盲導狼を連れて来たかったのだけれど。秋が終わり、冬になって、領地でガーディアンウルフ達と過ごす際に、じっくり相性を見よう。と父アルタイルと話をして、竜樹からも、冬に視察に行かせて、と話があり。充分準備をしてから相棒を決めて、お披露目する事にした。
「ブランカおばちゃん。今日のお買い得品て、このブドウ?随分安いんだね、理由あるの?味見して良い?」
ブドウと柿、果物色々を売っているブランカおばちゃんは、皺の出始めた目尻を、くっと絞って笑うと、モルトゥに。
「あぁ、味見しておくれ。ちょっと酸っぱいブドウなんだよね。甘いブドウの方が人気があるんだけど、砂糖が安くなってきたし、ジャムにするなら、酸っぱいのも良いだろうって。農家のおいちゃんが、古い木を切りたくなくて、可愛がって毎年作ってるんだよ。今まで、自分の家や親戚達で、我慢して食べてたんだって。」
「ヘェ〜。確かに、ジャム、美味しいよな。あんまり甘い果物より、酸っぱいやつのが良かったりするらしいじゃん。」
うんうん、そうなんだよ。
ブランカおばちゃんは、深く頷く。
「酸っぱいけど、それだけじゃない。味が深いと思うよ。お菓子作ったりも良いし。まだ時止め倉庫にあるから、欲しい人がいるようなら、明日からもっと、持ってくるよ。」
「ヘェ〜。むぐ、本当だ、酸っぱい!•••でも、確かに深いね。エグ味もない。市場放送回しても良い?」
「頼むよ!美味しいブドウを、楽しんで欲しいって、利益も低めで出してくれたからさ。売ってやりたくて。」
ふぅ〜ん、とモルトゥは、口をモゴモゴ、ブドウを食べた後の後味を飲み込みながら。
「後は、何かこれ売れないかな、売りたいな、ってのある?」
「渋い柿を、甘くする、ってやつ、竜樹様に教えてもらって作ったからさ。農家が作った、ていうより、木が元々あって、使いもせずにあったやつで。手間とお酒のお金がかかる分、何とか売って回収したいんだよね。美味しくできたし、元が安めだし、是非食べて欲しいね!」
ふむ、ふむ。
「竜樹様。」
こいこい、とモルトゥに呼ばれて、竜樹は、俺?と寄っていった。
ルムトンとステュー、子供達は、んん?と不思議そう。
「竜樹様、何か、柿の美味しい食べ方知らない?」
モルトゥ。使える者は竜樹でも使う。確かに竜樹は、その情報を持っている。
「サラダとか美味しいよ。沢山食べられるし。」
レシピを検索して幾つか話し、ブランカおばちゃんとモルトゥと竜樹で、広めて良いか合意が得られると、うんうん。3人はそれぞれ、自分の持ち場へ。
「ししょうにきくの、アリ?」
ニリヤが首を傾げて聞くに。
モルトゥは胸を張って。
「情報が得られるなら、危険じゃないなら何でもアリだ!誰に聞いても、反則なんて、どこにもない!」
フン!と威張った。
「さて、お買い得情報がある程度、手に入った訳だが。」
子供達を前に、次は。
「市場放送事務局へ向かう。あそこはいつでも人が足りなくて、迷子放送くらいしかやってないんだが、お買い得や売りたい情報をまとめて原稿に持っていくと、原稿代をくれるんだ。」
市場内をスピーカーで拡散するもので、この昔からある市場放送を使った、お金儲けは、モルトゥが考えたのだという。
「真似されたら終わりだけど、情報を聞くのも、コツがあるから、俺は結構、重宝されてる。人って、同じように聞いても、聞く人が違えば、同じに応えてくれるとは、限らないんだぜ。」
ここも、信用が大事。
市場放送事務局で、モルトゥは、何もメモしていないのに。
お店の場所と店主の名前、お買い得の品と金額、その理由とお得な使い道、売りたい商品と金額、理由は正直に、推して便利な使い道も。
全て記憶だけで、きちんと原稿として頭の中で纏めて、口頭で話して見せた。
ルムトンとステュー、子供達は、凄い、とちょっと尊敬である。
事務局の人は慣れているのか、モルトゥが来るなり、紙とペンを持って寄ってきて、原稿をサラサラと書き留める。その件数を数えると、金庫からお金を出して、銀貨5枚、ニッコリ手渡した。
「いつも、モルトゥはここでこんな風に、原稿喋ってるんですか?」
オランネージュが、びっくりして聞いてみる。
「ね、ね!良い事聞くね、オランネージュ殿下。どうなのどうなの?事務局の人?」
ルムトンが促す。
「モルトゥさんは、いつもこうだよ。助かってるよ。お店の皆も、モルトゥさんだと一緒に売り方考えてくれるから、沢山売れるって、頼みにしてる。他の人が言ってくる事もあるんだけど、こんなに良い原稿じゃないんだ。モルトゥさん、またお願いしますね。」
「そう言ってもらえて良かったよ。また来る。」
照れ臭そうなモルトゥである。
「手に入れた情報を、どれだけお金になる有用な形で、誰に渡すか。この辺、色々と工夫が出来る所なんだ。俺は片腕がない。力仕事は出来ないから、頭を使うしかない。さっきの原稿を覚えるやり方だけど、お前達は、真似して全部覚えようとせずに、ちゃんとメモして良いんだぜ。文字の書けるやつが、沢山いるっぽいしな。俺は、腕のせいで書きづらいのと、万が一情報が書いた紙で残って支障が出た場合、盗まれたりだな、それを考えて、書かない事にしている。」
純真な尊敬の眼差しで、見上げてくる子供達を見ながら、モルトゥは。悪い情報屋の道に入り込まなくて良かったな、と随分ホッとしていた。
今日のこの日を無事に迎えられた。
デュランがあまりにも食うから、説明してきたような、表に出せるやり方だけじゃ間に合わず、何度か危ない橋を、渡りかけたのだ。
一度その道に嵌ってしまえば、身を守る為にも情報屋として、後手には回れない。守るべき子供達もいたし、ずぶずぶと深みにハマるしか、やりようは無かっただろう。
モルトゥは、表の道に引っ張ってくれた、竜樹に、真っ正面から感謝するのは何だか、ヘッ、という気持ちがするけれど。それでも、今の立ち位置から動きたい気持ちが、全くしなかった。
「さて、次は、家具なんかを売る商店に行こう。さっきの炒り栗の所で聞いた貴族の慶事が、分かったからね。」
先程モルトゥが来た、商店街のお花屋のお店で、獅子の模様の家紋のお財布を持った女性が、大きな花束を買い、配達も沢山頼んでる所に行き合ったのである。
モルトゥは、獅子の家紋をチラッと見て、すかさず隣のパン屋でチョコっと焼き菓子を買い、女性に近づき、こう言った。
「おめでとうございます!随分と沢山お花を買うんだね。働いている貴方も誇らしいでしょう。これ、お祝いだよ、少しだけど食べて。」
差し出されたお菓子に、女性は、ニコパ!と笑顔を溢れさせて。受け取り、ポケットに入れつつ。
「ええ、ええ!貴方もご存知なのね。流石、慶事は街を翔けると言うわ。当家のミュゲ様も、大変お喜びで!お相手は何といっても、美丈夫で有名な侯爵ご子息ですもの!旦那様も奥様も、それはそれは、よ。」
「だろうね、だろうね。お金に糸目は付けない、って訳だ。お嬢様は、きっとお支度も豪華にされるんだろうねえ。」
ニコニコ、いかにも害のない笑顔を振り撒くモルトゥに、子供達もルムトンとステューも、そして竜樹達テレビクルーも、唖然とした。
だって今まで、慶事が何かなんて、全く知らなかったじゃん!!知ってる風に喋ってるけど!!
「そりゃあソワニエ伯爵家の事だもの。威信にかけて、派手にやるわよ。それに、大旦那様が、長患いで最近本当に弱ってらっしゃるから、まだ元気な内に、ミュゲお嬢様の結婚を見られて、屋敷の中が本当に華やいでるのよ。私も嬉しいわ。」
「そうなんだ。長患いの大旦那様がいらっしゃっては、貴方達も細々と気遣いがあっただろうね。」
慮り、心配そうなモルトゥ。
「何、私たちは、何があってもお仕えするんだから、お給料もたんと頂いてるし、良いんだけどさ。でも、家の中が、どうしても暗くなるだろう?そんな中の喜び事だから、奥様も張り切ってらっしゃるんだ。皆、嬉しいよ。」
「ヘェ〜、そりゃ良かった、良かったなあ。お相手様は、何て言ったっけ、もし良かったら、お支度お祝いを見繕うのに、中々便利な商人達に声をかけられるからさ。ここで貴方にお会いしたのも縁だから、良かったら聞かせておくれよ。何、ちゃんとした素性の、店持ちの者しか寄越さないようにするし、気に入らなければ断ってくれても良い。何より、商人達が、お印のお祝い品を持って伺えば、お家がいっそう賑わうだろう?」
う〜ん。
女性は、情報を出してしまって良いかどうか、ちょっと考えたが。
「私から聞いた、って、言っても•••お祝い事だから、叱られないよね?」
小首を傾げて、頬に手、考えて。
こういう時、もう心は傾いて、決まっているのだ。それをちょっと、押してやれば良い。
「勿論、貴方が悪い事なんてないよ。叱られないだろう。お祝いは皆でしなくっちゃあ。大旦那様の為にも、賑わったら、喜ばれると思うよ。貴方は普段なら、お家の事を簡単に喋ったりしない、ちゃんとした者だろうけど、何たってお祝いなんだからね。」
お祝い。
それは財布も心も、緩ませる、魔法の言葉。
ニコ!
「そうだよね!お相手は、エーグル侯爵家ご子息の、ご長男、フランシュ様だよ。次期侯爵だから、ミュゲお嬢様もご安泰だよね!文武に優れて、領地の狩なんかにも、積極的で良い方みたい。何にせよ、お二人が、お互いに、仲良くていらっしゃるのが尊いよねえ。」
「ウンウン。あの方か!お嬢様も良き方を選びなすったね。ありがとう、良い話だったよ、早速、ちゃんとした商人から、お祝いのお印を渡しに行かせるから。」
こちらこそ、嬉しいよ!
女性は、まんまとモルトゥに情報を抜かれた事にも、ご納得で嬉しそうに帰っていったのだ。
「何だよ?皆、その顔。」
んん〜??と、凄いと言っていいのか、何というか、鮮やかなお手並みに、子供達は。
「何となく、ずるい感じしない?」
アルディ王子が言う。
尻尾が、ふり、と弱く振られた。
「うん、ズルい感じする。知ってる風だったけど、本当は知ってなかったじゃない?」
ネクター王子も、人差し指をチョンと出して、考えて。
だが、オランネージュとファングの、両王太子は。
「喋り、すごく参考になるね。」
「こういうのばっかりは、いけないだろうけど、お父様も良く、こんな感じしてるなぁ。」
と、やはり並々ならぬ人間関係の中から、話を吸い上げまとめ上げる、国王の苦労が偲ばれる感想を持った。
「この位、工夫しないと、お金ってなかなか手に入らないんだぜ。モルトゥがやった事なんて、可愛いもんだよ。俺たちだって、似たような事やったよ。」
ジェムが援護する。チームジェムの皆は、それぞれ、ウンウンと頷き、市井で、何もない所からお金を生み出す辛さを説いた。そうやって暮らしていくのに、ちょっと工夫して、その結果スレるのは、当たり前と言ったら当たり前なんだろう。モルトゥがやった事は、まだしも犯罪でもなければ、誰に悪い事もない。
でも、ネクターやアルディが、ちょっとズルい気がする、という。まだスレてない純真さも、尊い気がするなぁ。
竜樹は、ほんわりした顔で、見守るばかりである。
「ズル〜い。俺もやりた〜い。皆、情報屋になって、ちょっとズルしてみたくない?」
うくくく、とルムトンが手を口元で握って、子供達に目線を合わせながら笑う。気持ちを盛り上げるのが、上手いルムトンである。
秘密っぽく言われて、子供達も、ハッと、うししし、やりたい!ヒソヒソ言い合った。何名か納得いかない者もいるみたいだが、それはそれ。これが情報屋のお仕事なのだ。
そして女の子達は。
「お喋りなあの子が、どうやって情報を得てるのか、何か分かった気がする!」
「技術、技術ね、おしゃべりの。」
「ああ〜、ねえ〜?」
「私もすこし、やってみようかな。」
「ちょっと面倒じゃない?」
「貴族らしい喋り、ってこういうのかも!」
ワイのワイの、姦しい。
「まぁ色々思う事もあるだろう。やり方の工夫も人それぞれ、思ったやり方でやれば良い。金で口を強引に割らせて、それ以上の金で売る、なんてのも、まあ使う事もある。悪い情報屋だと、暴力で聞き出したりな。でもそれはあんまり良くない。情報が漏れた事が、バレちゃうだろ。お前らは、そんな事するなよ。あの召使いも、お祝い事じゃなければ、こんなに口が軽くないだろうし、俺は無理矢理は聞かないようにしてるから、あれで喋らなければまた、違う者に違うやり方で、聞くだけなんだよ。」
「うんうん、わるいじょうほうや、ダメ!」
ニリヤも腕組みして、したり顔で頷きである。
家具屋や、お祝いお菓子を作るお店、小間物屋。結婚のお祝いに関係する商人を訪ねて、情報を売り、お金を貰う。
珍しい所では、新聞社にも行った。
貴族の結婚は、新聞記事にも充分なるのである。
新聞社では、担当の記者が。
「モルトゥさんにしては、随分薄い情報じゃん。もっとミュゲお嬢様の人となりや、お相手のエーグル侯爵家ご長男、フランシュ様についての詳しい情報もあるだろ?」
鉛筆を耳上に挟んで、手に持ったペンをクルリと回して聞いた。
「今日は子供連れで、テレビの番組だから、貴族に伝手のある情報屋のとこに行けなかったんだ。薄いなりの情報料で良いぜ。詳しく調べる手間はかかるが、そちらもプロだから、大丈夫だろ。」
「勿論、任せろよ。」
お金を、机の引き出しからポイと出して渡した記者が、当然、と請け負う。
「モルトゥ情報屋なのに、情報屋に聞くの?」
アルディ王子が、お耳をピコピコしながら不思議そう。
エフォールも、ウンウンしている。
「俺たち情報屋には、横の繋がりがある。それで、得意分野もあるから、調べたい事があった時、同業者を頼る事は、結構ある。けど、顔がバレるとまずい連中も、かなりいる。別に悪い事をしてる奴じゃなくても、なるべく引っ込んでた方が、本当は良いんだ。逆恨みで殴られたりするしな。」
情報は、人の生活を変える。
扱う情報屋も、そして情報元の人々も、喋る提供者も、翻弄される事がある。
その怖さ、知っておくと、良いだろう。
モルトゥは、悟ったような顔で、フン、と笑った。
その顔には、情報を扱う、翻弄される、覚悟があるのだ。
その覚悟とは、傷つけても傷ついても良い覚悟ではなく、危ないものを慎重に扱うが故の、覚悟である。
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