腕輪きたりて、お菓子をつくる
「それでは、今日はお酒のアンケートに答えてくれた人にあげる、お礼のお菓子を作っていこう。皆、良いかな?」
竜樹が、テレビとラジオの公開採用試験放送撮影に備え、応募された映像や音声の下見に下聞きをするのに、うわぁ〜っ!と飽きて。
今日は子供達とお菓子作り。
「「「は〜い!!!」」」
「うわぁ〜い!!」
「やったね!竜樹とーさと、おかし!」
「何作るの、なにー?」
飽きてごめん。まだ応募の映像と音声は、いっぱいある。ーーーデモデモダッテ、まだ上手じゃないのだ。画面はブレブレだし、音は急に大きくなったり小さくなったりする。それでも、一生懸命に、拙いなりにそれぞれ意図する所もあって、面白い所も探せばある。工夫して撮影、録音しているから。
下準備に見たり聞いたりする方だって、真剣に、時には何度も見直しながらメモをとり、どうやって番組として面白く見せつつ、どの順番で取り上げて、どんな質問をしながら、採用試験と番組を成り立たせていこうかと考えて集中してーーー頭が熱っぽく、んガーッ!!!と煮詰まっちゃったのである。
こんな時は気分転換。
子供達だって待ってるし、一つ一つやる事こなしていこう。
だから、楽しいお菓子作りである!
王子達や貴族っ子、寮の子供達と一緒に、笑顔で、シロクマ獣人のデュランが竜樹の足元に、わわっと抱きついてくる。白いお耳も、丸い尻尾もふさふさと、力強くぎゅーとしてくるその腕は、やっぱり加減がイマイチで強すぎるけど、大人の竜樹は我慢出来ない程じゃない。きっと言えば傷つくし、力を制御する腕輪も程なく来るから、取り敢えず何も言わずに、ニッコリと竜樹は、デュランのお耳ごと頭をくりくりと撫でた。
にふふ、とデュランも嬉しそうにする。
デュランのお父さんとお母さんが、竜樹の夢に出てこない。
寮や孤児院の子供達が、新しく入れば必ず見てきた、血縁の亡くなったご先祖や保護者達の魂の、一言子供達について頼む、頼むと最後のお願い、夢見の再会。竜樹はデュランにだってと、心待ちにしている。
現に、デュランと一緒に入ってきた、ネフレ、スァラン、プーリュ、ジゥ、ドレの5人のお家の、守護魂たる保護者達は、その日の夜に夢に出てきて、皆、スマホに写真、ちゃんと残していった。
自分だけ、写真がない。それを知ったデュランの、しょんぼりしたお耳と、濡れて揺れる金の瞳を、竜樹は痛く思い出す。
何か理由があるのだろうか。
それとも、獣人は、遠くお国はワイルドウルフ、竜樹の所は魂が管轄じゃないのだろうか。
「たつきとーさ。なんのおかし〜?」
ここ2、3日で、何とか気を取り直し。今はニコニコとしたデュランは、すっかり傷も癒えて、お目々もふっくら、毎日たんとご飯を食べている。
そう、本当に、遠慮なくご飯を食べな、と言えば、軽く5人前は食べるようになったのだ。
モルトゥがデュランに、お仕事しなきゃ食べさせない、と言ったのも、食べるのにカツカツの厳しい状況なら、そりゃ分かる。デュランは悪くないが、養う立場では、それなりにお金のかかる子なのである。
たんとお食べ、と。竜樹はデュランに、亡くなった父親レザンのように。全く食い扶持を気にせず朗らかに、沢山食べられる健康があるのは良い事、と喜んで撫でてくれたので、ふわぁ!とデュランの胸の、ぎゅーとなっていた気持ちも、ほころんで開いた。
おいしい、うれしい。おなかいっぱい、あったかい、ほっこりする。
たつきとーさ、たつきとーさ、と、慕ってはサンのように後追いするのである。
因みにサンとも、とても仲良しになった。今も、サンと一緒に竜樹のお腹に、ダイブしている。
「今日はねぇ。3つお菓子を作りましょう。この季節、お芋が沢山採れたからねえ。まずはスイートポテト。甘くてクリーミーでバターの香りが美味しいやつ。それから、干し芋。オーブンで焼いて、干さないで1日で出来上がるやつだよ。ねっとりウマウマだよ。あともう一つは、芋けんぴ。フライパンで、少ない油で揚げる、ってやつを習おうか。揚げ物は、まだ大人の人がいる時じゃないとやっちゃダメだよ?」
どれも美味しいお菓子です。
おやつにもしよう。楽しみだね!
竜樹が言えば、はーい!楽しみ!と皆、ワイワイ喜ぶ。テレビ電話で繋がっているので、地方教会孤児院でも、同じく作れるよう、まずは見本の、クッキングだ。
「それ、私も参加していい?」
ん?
声のした、交流室の入り口を、皆でわっと見る。
赤毛の髪にお耳の先の金毛が、ピコピコ揺れる。金黒の目が、悪戯っぽくキラキラと輝き、やはり赤毛の、先が金の尻尾も、ブンブンに振れている。
「お兄様!わーい兄様!!こちらにこられたのですね!!」
赤毛と黒毛、狼獣人の子2人が、きゃらきゃらと絡まって踊る。アルディ王子がお兄様というなら、赤毛の狼っ子は。
「ファング王太子殿下!お待ち下さいと言いましたのに!」
はあ、ふう、と。息を切らせたユミディテ侍従が、恐れ多くも文句言いつつ後から入ってきた。本来、ご案内する立場の先導侍従を置いていかれては、立つ瀬がない。
最近運動してなかったからな、いや、シエル元王女とエクレ元王女の街歩きには、ちゃんと着いていけるんだから、大丈夫なはず!とユミディテ侍従は、はー、はー、膝に手を当て腰を折り、深く浅く、息を吐いた。
勿論、ファング王太子の護衛達は、涼しい顔をしてちゃんと着いてきている。そして靴箱を見たり、アルディ王子から話を聞いていたからか、ちゃんとファング王太子も護衛も、靴を脱いで、足は靴下である。
「すまない、ユミディテ。だってアルディの匂いが、こちらから強くしたのだもの。きっとここだろう、と思ったら、気持ちが逸ってしまって!もうしないから、許しておくれ。」
「うう、はい、ユミディテも失礼致しました。ご案内させてくださいね。」
ふー。と。アルディ王子とくっついて嬉しそうにしながらも、素直なファング王太子に、ユミディテも真っ赤な頬のまま、許しの気持ちになるのだった。
ラフィネが辛子色のスモックを揺らして、すっとコップに冷たいお水を持ってきて。ありがとうございます、ごく、ごく、ぐぐ〜っとそれを呷った。
お疲れ様のユミディテはおいといて、ファング王太子である。
「初めまして、ファング王太子殿下。私は畠中竜樹、ギフトの人ですよ。ようこそ、パシフィストへ。デュランの腕輪を持ってきて下さったのですよね!ありがとうございます。どうかゆっくりしていってください!」
ニッコリこ、と竜樹が言えば。
「こちらこそ、いつも弟のアルディと遊んでくれて、ありがとう、竜樹様、それからオランネージュ殿下、ネクター殿下、ニリヤ殿下、そして皆、子供達。私はワイルドウルフの第一王子、王太子のファングだよ。よろしく頼みます。」
ピョコン、と胸に手を当てお耳だけでお辞儀をして。
「ファング王太子殿下、第一王子、オランネージュです。こちらこそどうぞよろしく。」
オランネージュも胸に手を当て、目礼をする。王族は正式には、頭を下げないのである。
「第二王子、ネクターです。初めまして。アルディ殿下とは、毎日、とても仲良くあそんでます!」
ネクターもニッコリ、穏やかに。
「だいさんおうじ、ニリヤです。アルディでんかのあにうえ!おみみが、よくにてるね!よろしくおねがいします!」
ニリヤもふくふく、ご挨拶。
「皆、アルディ殿下って、でんかがついてるとなんか、不思議な気分!いつも通り、アルディで良いよ!」
アルディ王子は、てへへとしながらも、3王子に。
「私の兄様は、色々な事が上手に出来る、すごい兄様なんだ。でも、だからこそ、お助けして、いっぱいのお仕事を少しでも、軽くできたらと思ってるの。皆も、いっぱい、一緒に遊ぼうよ!ファング兄様も、少しはこちらにいらっしゃる事が、できるのでしょ?」
ふふふ、とその言葉に、はにかんでファング王太子は肩をキュ、と上げて照れた。
「うん、一週間くらい、いられるよ。まぁ、待ってアルディ。まずは、デュランに、腕輪をあげなくちゃ。」
ごそごそ、と上着のポケットから、生成りの布に包んだ平べったいものを取り出して、竜樹にくっついているデュランに、はい、と差し出した。
デュランは、ご挨拶をどうしたもんだか、詰まってしまって、チラッと竜樹を見上げ、包みを見て、ぎゅーと困って竜樹のズボンを握った。
「デュラン、ご挨拶だよ。腕輪を持ってきてくれたんだ。待ってたでしょ。デュランです、ありがとうございます、って言うんだよ。」
竜樹がしゃがみ、顔を寄せて言えば。
「デュ、デュランです。はじめまして、ファング王太子でんか。うでわ、ありがと•••です。」
おずおずと言う。デュランはあまり、口も上手くないかもしれないが、感謝の気持ちはちゃんと伝わった。
「いやいや、良いんだよデュラン。私もパシフィストに来てみたかったから、良かった!デュラン、色々たいへんだったね。わが国の、獣人を、助けられて、私もうれしい。腕輪、さっそく付けてみて。キレイな腕輪だよ。」
「•••はい、でんか。」
包みに手を伸ばし、そっと受け取る。布を外し、中からは。銀色の、細い、シンプルな。且つ、端にクロスの透かし模様が入って、中々おしゃれな腕輪が、ピカリと光って現れた。
「ある程度大きくなっても出来るように、大きさも可変になってるからね。この腕輪を付けていると、強すぎる力を制御もしてくれるし、力を出しすぎる途中で、抑える感覚が分かるようになるんだ。」
「!ありがとう、ございます!つけてみて、いい?」
ファング王太子と竜樹に目配せして聞いてくるので。
「付けてごらん。デュランの腕輪だよ。良かったね。」
撫でくり。しておく竜樹であった。
その間にマルサがファング王太子にご挨拶していた。
腕輪はデュランの手首にするりと嵌り、そして大きすぎたか、と思われた途端に、キュ!と縮んだ。ピッタリと、そんなに動かないくらいにフィットしている。
にぎ、にぎ、とお手てを握ってみる。ぐっ、ぶん!と手を振り回してみるも、いつもと変わらない。
「竜樹父さんに、ドン!してみてよ。もし強くても、尻餅つくくらいだろうし。」
言う竜樹に、マルサが、いやいやいや、と。
「そこは俺にだろ。竜樹よりずっと頑丈だぞ。デュラン、思いっきり押してみろ。何かあっても不問とする。」
「何かあったら困るだろ!デュランも傷つくし。だからここは一つ、板とか木とかで。」
「俺にしてもいいぜ!」
「ジェム、何言ってるんだよ!ダメに決まってるだろ。」
「いや、皆でおさえてればよくない?」
「できるかも〜!」
「やってみる?」
「いやいやいやいや!」
やあやあわやや。
結局、マルサが中腰で構えて、手に持った板を、ドン!と押してみる事になった。
タカラが、どこからかひいふうと重いのを持ってきた板は、大きな盾くらいある。
「よし来い!」
万全の体勢。よっしゃー!
デュランは、大丈夫かなぁ、と思ったけど、思いっきりやらないと感じが分からないし、と言われて。キリ!と真剣に。走り込み腕振りかぶり。
振り下ろす!!
タタタ!どん!
あ。
「•••とちゅうで、ぐん!て、おさまった!」
両手を開いて、まじまじと見ながら、デュランは。にこ!とマルサを、竜樹を、そして王子達や寮の皆を見て、嬉しそうにピョコンと飛んだ。
「わーいわーい!!これでおれ、大丈夫だ!フロンとも、みんなとも、あそべる!!」
「よかったね、デュラン!」
「あそぼ、あそぼ!」
ワー!となってる子供達に。
「フッフ、全然余裕だったぜえ!」
マルサも得意気である。
「いやマルサ、それ腕輪のお陰だから。腕輪大丈夫で良かったな。」
竜樹のツッコミに、マルサは、いやいやいや、俺がどのくらいか確かめねば安心できんだろ、ムフンと笑った。
「それで、すいーとぽてと?ほしいも、いもけんぴ、でしたっけ?それって美味しいですか?」
「美味しいですよ、ファング王太子殿下。一緒に作りますか?」
「つくろ、つくろうよ!いっしょ、しよ!」
ニリヤもぴょんと飛んでバンザイである。
「ファング様、おかし作ったことある?」
ジェムが聞けば。
「いや、ないな。どうやったら良いだろう?皆、教えてくれないだろうか?竜樹様、一緒に、作ってみたいです。」
眉をキュ、と下げて。側にアルディ王子も同じ表情、おねだりモードの狼さんだなんて、願いを叶えずにはいられないのだ。
獣人の護衛さん達ーー精悍なクマ耳に虎耳さん、そして可愛い兎耳さんだがオッサン、という組み合わせのーーは、ええ〜っ!?聞いてない、って顔をしたが、ファング王太子に基本的には何をするも委ねる方針のようである。
「じゃあ、皆で作ってみよう!こないだ作った炊飯器も使うよ!」
「すいはんきって、お米たく、まどうぐじゃないの?」
うん。だがしかし。
「炊飯器は色々な料理に使えるのです。炊き込みご飯とかも、疲れ切った時には野菜も肉もぶち込んで、一食になるお役立ち料理だから、炊飯器料理は皆に伝授していくよ。ケーキも作れたりするしね。」
けーき!
「つくろう、つくろう!」
「すいはんき、べんり!」
「けーき、とは?」
1人、ファング王太子が、はてな?になっているが、シフォンケーキをちょっとだけ食べた事のあるジェム達や、スポンジケーキも経験済みの3王子、アルディ王子は、ニハー!と良い笑顔になった。
「おてて、あらうんだよ。りょうりのときは、せいけつが、だいじ!」
アルディ王子と手を繋いだファング王太子の、もう片方の手を親しげにぽんぽん、と叩いて、ニリヤがムフ!フン!と興奮しながら言う。
「そうだね、まず手洗い。」
オランネージュが、自分もファング王太子の背中を押して。
「こっちこっち。」
とネクターが、手招きする。
ジェム達も手を洗う為に、ファング王太子の脇をすり抜けて、まるでネクターの後を付いていくみたいにして、そしてすぐ追い抜いた。わらわらわ〜、っと賑やかな。
「こんなに近い距離で。」
ジェム達の勢いに目を白黒させているファング王太子に、ニッコリ笑ってアルディ王子は。
「ええ!私たち、友達だから!一緒に遊んだり、ケンカしたり、仲直りしたり、新聞つくったりお菓子作ったりするんです!ふふ、これから一週間、お兄様も一緒だよ!」
楽しい予感に、ファング王太子は、胸が、ドキ、と踊るのを感じた。
護衛達は、護りにくそう、ドキドキ、と胸を不整脈に、そして困った。
くすん!と笑ったアルディ王子は、それらの護衛の試練と楽しさを、やってきたから、両方の気持ちが分かって。
うくくく、と悪い顔、ピルル!お耳を震わせた。




