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王子様を放送します  作者: 竹 美津
本編

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386/692

弱きモルトゥ

ちょっと文字量多かったです。

朝など、お時間忙しい方は気をつけて。


モルトゥは子供が嫌いだ。


愛して欲しい、優しくしてほしい。こっちを見て。話を聞いて。認めて欲しい。そんな縋るような目が、自分の昔の、『弱かった』頃を思い出させるからだ。


産まれた時から右の片手が肘からなかったモルトゥは、最初から意地の悪い性格だった訳じゃない。厳しくも温かかった、荷運びの父がいて、可愛がられていた。大きな、ガサガサした荒れた手で、頭をグリグリと撫でられながら「強く優しく、皆と仲良くな。」と言われて育った。

ウン!とお返事した。

実際そうしたし、そうすれば、良い子だな、と父は目を細めてまた、グリグリと頭を撫でてくれた。


影を落とした出来事といえば、母が家を出て行った事だろうか。


ある日したたか酔っ払って、父じゃない男にしなだれかかって、花街に行くんだ、そこに行けば毎日ご飯が食べられるから、と歌うように言いながら荷物を取りに帰ってきた母ちゃんに、父は苦く黙ってしまい。


「母ちゃん!どこ行くの!俺も父ちゃんも一緒!一緒がいいよ!」と縋ったモルトゥに。


「あんた達なんかがいたって、金を稼いで来れる訳ないだろ!この穀潰しが!!あんたなんか産んだせいで、私がどれだけ苦労したか!もうごめんだよ!!」


ガッ!と歯を剥いた母の醜い顔を、モルトゥは忘れていない。


優しく抱きしめてくれた思い出もあるのに。あれは嘘だったのか。

だが、優しい生活の中、貧しさにため息ばかりだった母を思えば、今となれば父が何も言わなかったのも、モルトゥは分かる。


荷運びの連中は気が良かったが、事あるごとに、その手じゃあ荷運びは出来ねえからなあ、せっかく身体もデケェのに、何をやらせるかねぇ、と残念がった。


お前は穀潰し。

首をギュッと絞められるような息苦しさを、感じながら育った。


それでも工夫して、色々な事に興味があって人の話を聞くのが好きだったモルトゥは、情報屋になった。魔法の力も少しあって、3軒隣の家の中で人の小声で話す声をも、モルトゥはその気になれば集める事ができた。

荷運びの連中は、何かプラプラしてるな、それで暮らしていけんのか、とか言っていたが、蜘蛛のように神経をそこかしこに張り巡らし、情報を集めるのは楽しかった。それなりに努力もしたし、この仕事に誇りも持っていた。下衆な興味が全く無かったか、といえば少し危ういが、自分で楽しむばかりで、悪い奴らには、その頃は情報を渡さなかったし。


単純な荷運び達は、父親にぶら下がって遊んでる、と思っていたみたいで。片手でも掃除とかなら出来るだろ、身体を使って仕事しろ、と良く言いにきた。誇りがそうさせるのか、彼らはどうしても、肉体労働至上主義なのだ。


それに黙って笑って、そのうちね、といなしていた。

掃除は出来るが、不自由だし、両手がある者ほど簡単には出来ない。好きじゃなかった。

得意で、好きな事で、結構、稼げてるのにな。

認めて欲しいな。


その思いは、胸に溜まってぐるぐるした。


父が身体を悪くして、そしてそれでも荷運びをやめなかったのは、モルトゥを心配だった事もあるだろうが、それが父の人生だったからだ。

でも、皆、遊んでるモルトゥの為に無理してる、と思っていたから、ちょくちょく注意しに来た。

父自身が、違う、そうじゃない、と言っても効果はなく、ため息をついて息子を庇う父の図、が皆の心の中には出来上がっていた。

説明下手な父と、そして息子モルトゥも、いけなかったのかもしれない。しかし、2人にはそれ以上、どうしようもなかった。


父は死ぬまで、お前のせいじゃない、俺がしたくて荷運びしたんだ、お前は立派に仕事している。一人前だ。そう言って。

でかくなったモルトゥの頭を、最後まで温かく撫でて、逝ってしまった。


モルトゥは1人残されて泣いた。

葬式でも皆に、これからは真面目にやりな、と口々に言われた。


もう、頭を撫でてくれる大きな手はない。分かってくれる人はいない。

胸が詰まった。

息苦しいな。


恋もした。

相手が悪かった。

勇気を出して告白すれば、右手がない事を笑われて、何でアンタなんかに、と。

近所の娘だった。その娘が荷運びに嫁に行き、その嫁ぎ先でも面白おかしくモルトゥの失恋は事あるごとに揶揄いの種になった。


荷運び達は、モルトゥを軽くみていた。悪気はない。それは分かる。だが、偏見や差別というものは、それがあるよと違和感をもった者が言い出さない限り、当たり前のものとしてそこにあるのだ。


お前の父親が早死にしたのはモルトゥ、お前のせいだ!

そろそろ働けよ。

モルトゥ、もう私は結婚したのだから、幾ら私が可愛いからって、あんまり声かけてこないでよ?ウフフ!

俺の嫁さんに、何かあんのか?


日常。

そんな事が何度も何度も。繰り返し繰り返し傷ついて。

耳が良いから、表の声と裏の声も知る事になり。

期待するから傷むんだ。

この世の中は、苦難に満ちている。

『弱い』愛して欲しい心なんか、分かって欲しい心なんか、押し潰して無くしちまえ!


俺は強い男だ。気のいい貧しい荷運び達じゃ、気持ちはあっても養えない、子供達も何とか食わせてやっている。親のない奴に、希望なんて持たせたら、裏切られた時に、この世を生きていくのが辛くなるばかりだ。


鞭をふるう。

当てる事はあまりないが、子供達は怯えて言う事を良くきいた。

愛はない。優しさはない。分かってもらえない。貧しさにそれらじゃ立ち向かえない。

お前らは俺みてぇに強くならなきゃ、生きていけねぇんだ!!


そうして、今の、子供達を鞭打つモルトゥが出来上がった。


竜樹が現れた時に。

そうして、子供達に優しくも愛情込めて育てていると聞くにつけ。

苛々する気持ちは膨れ上がっていた。

俺には出来ない事が、あいつには出来る。

デュランは獣人らしく身体がデカくなりそうな子供で、物凄く飯を食った。こいつ、これじゃあやっていけねえ、とは思っていた。ジュイエは引き取ると言ったが、バカを言え。あんな貧しい荷運びの家にもう1人こんなに、食う奴を。


母の醜い顔を思い出す。

スゥは気立ての良い、モルトゥにも嫌な顔をしない優しい嫁だが、貧しさは人を変える事もある。


デュランを鞭打ったのは、痛めつければ可哀想がられて、確実に竜樹にデュランを保護してもらえる、という計算の気持ちもあった。だが、純粋に心配だっただけではない。


父の大きな手を思い出す。

その手をアイツは持ってる。

アイツは本物。神にも認められてる。

俺には出来ない。

俺はニセモノ。所詮鞭でしか、言う事をきかせられない半端者。

早くあっちへ、行っちまえ!!


その苛々をぶつける気持ちも、あったから、かもしれない。




椅子に座り、ジッと耳を澄ませていたモルトゥが、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。


「おい、お前ら。今日はメシはいい。出かけるぞ。」


はっ、とモルトゥの方を見る子供達。1人は14歳、男、足を引きずっている。1人は8歳、女。何があったか、口がきけない。9歳男、左の親指が1本ない。5歳女、6歳男。まだ小さく、充分に働けない。

モルトゥに怒られはしないかと、鞭で躾けられて、余分な事は言わない子供達は、キョトンとして夕飯の支度の手を止めた。


「ついて来い。お前らは今夜限りで、ここからおさらばだ。何か持って行きたいものがあれば、すぐにポケットに入れないと置いていく。二度と戻らないと思え。」


モルトゥが言えばそれはそうなる。バッ!と子供達は散じ、小さい子も一生懸命にポケットに宝物の何かを詰めて、そしてすぐに集まった。

くぅう。と。

誰かの腹が鳴った。






「テール親分!」

フロンの父ちゃん、ジュイエが呼びかける。

人波割れる中歩いてくる、ガッシリした初老の男を迎える。白髪も混じる灰色のグラデーション髪、眉が垂れて皺くちゃの顔、日に焼け、肩など盛り上がり、ボコボコとしたそれは、荷運びに適応した身体になってしまって、異形。初見ではじっと目を奪われるような魅力がある。


「おう、ジュイエ。何だかすげぇ事が起こりそうじゃねえか。」

カッカッカ!

嗄れた声で笑う。

「ああ、テール親分!俺たちがずっと言ってた、遠かったり重かったりした時の事とか、もっとなんか、難しい事を、竜樹様がなんか、さぁ!言っててさ!俺じゃ分からねー、テール親分頼むぜ、話を聞いてくれよ!」

「俺が分かるか分かんねえが、良いぜ。俺たちの事も考えてくれるなんざ、ありがテェなぁ!」


「俺たちにも話を聞かせてくれよ!」

「気になるぜ!」

そうだそうだ、と荷運びの男達がワイワイ声を上げる。何なら男達の奥さん連中も、そして子供達も。ジュイエとスゥとフロンの家の周りは、もう囲まれて人だらけだ。

「だがよぉ、竜樹様に外で話してもらう訳にゃ•••。」


ガタガタ、ガタン!

「アンタ、竜樹様が外で話すって。王子様達も。」

ひょこ、と顔を出したスゥが困り眉で告げる。

椅子や木箱をそれぞれ持って立ち上がる扉の中、テール親分にニッコリした竜樹。クスクス笑う3王子、アルディ王子達なのである。フロンとデュランは、眉を下げてニハッとしている。


「アンタ達、声が大きすぎるんだよ、いつものことだけど。丸聞こえだよ、家の中まで。」

スゥは腰に手を当てて、フン!と息を吐く。

「こりゃすまねー。まぁ、でも、ありがテェ。俺たちの生活が、変わるかもしれねえんだ。うずうずすらぁ。それで、竜樹様、俺がテールってんだ、纏め役してる。初めまして、よろしくお願いします。」

「はい、ギフトの竜樹です。初めまして、よろしくお願いします、テール親分。」

「第一王子、オランネージュだ、よろしくたのむ。」

「第二王子、ネクターです。テール親分、はじめまして。」

「だいさんおうじ、ニリヤです。にはこび、だいじね!」

「ワイルドウルフの第二王子、アルディだよ。獣人の荷運びさんもいるのかなぁ?」



「もうさいけっかん?」


はてな?となったテール親分や、荷運び達に、竜樹はタブレットに無線で繋いだスマホの動画を見せる。椅子や木箱に丸くなって座った王子達も、どれどれ、と覗き込むし、周りの荷運び達も、夜空に光るタブレットを、顔に光を浴びながら見た。竜樹を中心に、人の円が狭まる。


指の中、細い毛細血管を、盛んに流れるツブツブの血液たち。忙しく健気に、働いているようにも見える。

「血の役割は、身体の隅々まで、ご飯を食べて取り込んだ栄養や、息をして取り入れた酸素っていう燃料を届けて、帰り道に要らなくなった二酸化炭素をもらって、吐く息に出したり、老廃物をもらって運び、おしっこに混ぜて出したりしてます。皆さんは、要らない物を運びはしないけど、栄養と酸素を届ける、この毛細血管の役割をしてるんですよ。」


へえ!へえええぇ〜!!!


「こりゃ、すげえなぁ!」

「はい、凄い事なんです。血が適度に活発に巡れば、燃料の酸素や栄養が良く行き届くし、要らない物も良く運ばれる。良い事ですよね。皆さんの仕事が活発になれば、良い事が起こる。転移魔法陣は太い血管だけれども、隅々まで巡る小さな血管や、一粒の血が、荷運びさん達が、大事な仕事をしてるんですよ。要らない物•••あ。帰りに要らない大きな物を受け取って、分離の魔法で分けて再利用出来るようにできないかな。リサイクル。生ゴミなんかはリヤカーが汚れちゃうし、ゴミ回収の生業の人がいるだろうから止めとくとしても、金属とか木とか石とか使った物ってどうなのかな?」


••••••••••••。

パッカン、とお口を開いた荷運び達である。


「竜樹、俺らは慣れてるけど、荷運び達は慣れてないから。まぁ、でも、思いついた事を言ってみな。」

荷運び達、竜樹っていつもこうだから、慣れろ。

マルサが、ニシャシャ!と笑って言った。メモするタカラも、撮影しているミランも、3王子とアルディ王子もニコニコだ。

デュランとフロンも、木箱に隣り合って座って手を繋ぎ、ふわぁ、と動画を見てお口を開けている。


「分離の魔法、何か凄く便利そう。ノンアルコールの飲料を作るのにも協力して欲しいし、やっぱり分離が使えるっていうピティエの親戚に話をすべきかな!まあそれは置いといて、皆さん、商会に所属して、7日に2日休む代わりに、残り5日は朝から夕方まで働く、っていうの、どうですか?給料制で、今より稼げるようにしたいと思うけど、休みなんかは仲間同士で融通付け合ってもらうようになるし、今までみたいに自分が休みって決めたら休みって自由度は減ります。雨の日も、雨避け道具を使って働いてもらうと思うし。荷物の補償をする都合も住所を読む都合もあるから、壊れ物かどうかとかも、伝票を読めないといけないし、地図も読めるようにならないといけない。勉強の機会は作ります。」


「その•••どれくらい稼げるようになるんで?」

テール親分は、ようよう口を開いて、一番重要な事を聞いた。


「具体的にはまだ分からないけど、皆が安心して毎日お腹いっぱいご飯を食べられて、時々晩酌も出来て、奥さんと子供達はちょっとした素朴なお菓子を毎日食べられて、ベッドや椅子や割れてないコップが人数分買えて、いや物を大事にするのは良い事だけど、陶器のコップも分離で再生出来ないかな、ええと休みには1月に1回位は家族で屋台やお店で外食出来て、病気や怪我があれば治療が出来るくらいにしたいかな。老後の生活資金も貯められるようにしたいよね。」


竜樹にとっては最低限の生活でも、荷運び達には違う。

「そんな•••夢みてぇな事が•••。」

「本当に?本当ですかい、それって!?」


「おべんきょう、がんばれる?ぼくもしてるよ、おべんきょう。」

ニリヤが聞けば。

「「「頑張ります!よろしくお願いします!!!」」」

男達も、そしてその奥さん達も、子供達も、ふわぁ!と盛り上がって歓声を上げた。

「おかしたべれる?ほんとに?」

「休みに外食、家族で?」

「確かに動けなくなってからだって、金かかるもんな。」

「晩酌!まじか!」


「すぐに読み書きは難しいから、伝票には果物です、とか、家具です、とか、壊れ物かそうじゃないか、大まかに丸すれば分かるようにして、補足を書いてもらうようにしようか。そうすれば、商会を整えてお勉強しながら働き始められるまでの、立ち上げの日数が早く出来るだろうし。商人達に理解を得る場も設けなきゃだから、今日明日ではないけど、話だけあって放っておかれたら皆不安になっちゃうだろうから、進捗をテール親分に毎日伝えるようにしようかね。荷運び達の代表として、聞き取り調査なんかにも協力してもらうかもだし、クレールじいちゃんとバーニー君とも会って貰わなきゃな。」

「ええ、ええ、お安いご用でさ!!何でもします!言いつけてくだせえ!頭の方はからっきしだが、俺たちゃ仕事にゃあ誇りを持ってる。何とか新しいやり方にも、食らいついていきますよ!なぁ皆!」


おう!!と応えがあり、興奮しながらも笑顔和やかなその円の中に。



「俺にもその良く回る頭で、金を稼がせてもらいてぇもんだな。」



ざわ、と一角が分かれて、鞭を持った隻腕、大きな丸めた背、黒緑色のくしゃくしゃな髪の、竜樹と会ったばかりのデュランのような、三角の目をした男が。子供達を連れて、竜樹をジロリ、睨んだ。


フロンの父ちゃん、ジュイエが、カン!と反応した。

「モルトゥ!デュランを鞭で打ちやがって!!ひでぇだろ!もうデュランは竜樹様の子供なんだ、取り返そうったって、そうはいかねえぞ!!」

そうだそうだ!と口々に言う男達に。


「そんな大飯喰らい、要らねーよ!コイツがどんだけ食うと思ってんだ!竜樹様ぁ、何とかしてくんねーかなぁ、クラージュ商会の洗濯屋よぉ。こっちの子供にさせてる洗濯仕事もあがったりだ。コイツら食い盛りなんでね、腹ペコの責任とって貰おうか。」


竜樹はジッとモルトゥを見つめた。

そして、その後ろに付いてきた子供達も。

血色は良い。それほど痩せてもいない。だが、黙って、やっぱり押し潰された、三角の目をしているように思う。


「責任、とは。何をすれば良いかな?」

「竜樹。一応聞くけど、俺が出ようか。」

マルサが、腰の剣を掌でトントンしながら、けれど本気じゃない風に聞いてくる。

ああ、マルサも分かってるんだな、と竜樹は思った。だから、大丈夫だよ、と竜樹は言って、モルトゥを、ショボショボした目で見つめ続け、言葉を待った。



文句も悪口も言わねー野郎は、却ってやりにきーな。

何だよあのちっせえ目。

ボサボサの髪。

ちっともありがたい感じがしねえ。

俺の父ちゃんみてえにデカくもないし、護衛に守られて弱っちそうだ。


けれども、ずっと聞こえていた、しっかりした落ち着いた声の、荷運び達を歓喜させた話の内容は。

きっと荷運び達の生活は変わるだろう。もう親のいない子供を食べさせてやらなくても、荷運び達が何とかするだろう。


もうモルトゥはいらない。

それはモルトゥを、何だかやけっぱちにさせた。

力を持って、認められるって事、どれだけ気持ちの良い事だろう。

俺はニセモノ。仕方ねー。

だけど、悔しいから、最後に。


「働かねえガキなんざ、俺は要らねーよ。皆引き取ってくれねーか。勿論タダとは言わねー。俺が払うんじゃねえぜ、アンタが払うんだ!それ相応の代金を貰おうか、アンタ、ガキども働かせて贅沢できてんだろ。数が多けりゃ多いほど良いだろ?これは子供の斡旋だ。正当な報酬だ。」


「子供達を食べさせて育てていくのって、それなりにお金がかかるんだよね。モルトゥさんも、大分お金がかかったでしょう。」

ニコリ、と竜樹は笑う。

デュランが竜樹の背中に、ドン!と抱きついた。震えている。

前に持ってきてやって、胸にギュッとしてやれば、首に齧り付いてくる。


ああ、あんな風に、抱いてやる事は、一度も無かったな。

何だよ、やっぱり、ギフトって、父ちゃんみてえなんじゃねえか。


どうしてモルトゥは、泣きそうに、懐かしくなんか、なっているのだろう。


「そうだよ。荷運び達じゃ、食わせてやれねーから、俺が使ってやってたんだ。」

「それは、今まで、ありがとう。」


でもねえ。

「鞭で打たなくても良かったよね。モルトゥさん、あなたに子供を任せられない。だから引き取って俺が育てるよ。」


ああ。

それが良い。


「それで代金の事なんだけど、俺もそんなに自由になるお金が無くてねえ。それに子供を虐めたら、俺が引き取って、その代わりにお金が貰える、って事になっちゃうと、まずいんで。これからも子供達にお金がかかるし。」

それはそうだな、と荷運び達が頷く。

「モルトゥ。食い扶持が減るんだから諦めろよ。俺の顔を立ててくれねーか。竜樹様に、金なんか、この荷車通りで出させられねぇ!頼む。」

テール親分が頭を下げる。

荷運び達は、そうだそうだ!諦めろ!と腕を振り回す。

それでも腕に物言わせない所が、気のいい奴らで。そして苦く思っているとはいえ、昔から馴染みのモルトゥに、まだ、話をする余地はあると思っているのだ。


「嫌だね。俺の丸損じゃねえか。」



どうしようかね。

竜樹は、デュランをヨシヨシしてやりながら、ちょっと考える。

アルディ王子が、フコッ!と耳を尖らせ鼻息荒く、今にも飛びかかりそうに尻尾を膨らませている。

モルトゥは、皆を怒らせて、何だか拗ねた子供のようだ。と竜樹は思った。


「うん。これしかないな。」

「は?で、どうすんだ。出すのか、出さねえのか。」


立ちっぱなしのモルトゥに見下ろされた竜樹は、満面の笑顔で。

「うん。出さない。それより、もっと良い取引しない?」

「取引?」


「モルトゥさんは金輪際子供を引き取って仕事をさせたりしない。親のいない、虐められてる子供の情報が得られたら、俺にすぐ連絡する。情報屋なんでしょ、情報買うよ。」

「え。」


ポンポン、デュランの背中を優しく叩きながら続ける。月が出て、柔らかな光が、静かに皆に降り注ぎ、地面に濃紺色の影を落とす。円の真ん中で、魔道具ランプの灯がゆらゆら揺れる。こんなにも人がいるのにザワリともせず、竜樹の声は力強く響く。


「それで。それだけじゃ代金の代わりにはならなそうだから、その右腕を、治すのに力を貸そうかな。」


はぁ?!


「馬鹿言え、これは生まれつきだぞ!ない腕を再生したって、腐り落ちちまうっていうじゃねえか!そんな腕、要るもんか!」

カッと顔が赤くなる。そんなに簡単に、今まで、どんな思いで!


「身体の記憶って、あるらしい。」

とん、とん。

デュランの背中を叩く竜樹は、優しく続ける。


「からだスキャナが出来るまでは、神経が傷ついてなければ、生まれつきじゃない人が、怪我した腕や足を治療しても、無事に動くようになってたんだよね。元々。それって、毛細血管まで治ってたって事で良いよね。」

じゃなきゃ、腐って落ちちゃうものね。


うん、うん?うん。

皆、頷きながら聞いている。


「それで、無事な方の手足をスキャナで見ながら、対称に、無くした腕や足を再生出来ないか、ってしたら、出来たんだよね。まずは、生まれつきじゃない人から。怪我なんかで手足を失った人。今までみたいに腐らないけど動かない手足じゃなく、ちゃんと動いた。リハビリは必要だけどね。生まれつきの欠損の場合、再生した手足が腐って落ちちゃう、って、身体の記憶が足りない、情報が足りないって事でしょ。だからね、骨、神経、血管、軟骨、毛細血管、細胞までの知識を得た上で再生したら、どうなったと思う?」

直ぐには出来きらなくて、何日かに分けて再生したんだけど。


モルトゥは黙っていた。

話せなかった。

三角の目が、驚いて歪に見開かれて。


「触る感覚は分かるそうです。それで、ピクっと動く。指が曲げ伸ばしできる。•••って所まで今来た。まだまだ、リハビリを実験中で、だけど今の所、手足が腐り落ちる事もなく、患者さんは皆、健康な状態だそうだよ。その治療への紹介状を書いてあげられるかな。」


ニコリ。


父ちゃん。俺は。


「あぁ、でも、もう子供達に鞭打たないって魔法誓約してほしい。あと、打たれてどんな気持ちがするんだか、うちの神鳥オーブに、ちょっと夢の中で、実際味わって反省して欲しいかな。やり方は悪かったけど、子供達は、痩せてもないし、多分、本当に、荷運びさん達では子供達を養えなかったんじゃないかな、ご飯食べさせられなかったんじゃ、って俺は思うんだけど。」


ガクン。

モルトゥは、立っていられなくて膝が落ちた。

何だよ、コイツ、何なんだよ、コイツ!俺にまで!

そんな優しげな顔で、笑うな!!


ぽんっ!チラリ。はらはら。

黄色の薔薇が、竜樹の目の前で咲いた。

「おはなだ!」

「神様!」

「神様だね!」


その時、ブワア、と。

モルトゥを覆い隠すような、大きな大きな掌が、空に忽然と現れて、ゆっくりとモルトゥを押し潰、そうと。


ヒイ!わぁあ!

荷運びと女、子供達の悲鳴が聞こえる。


死ぬ。

罰が当たったんだ。

神様の罰が。


ヒュ、と息を吸って、掌から目を逸らせない、片手を頭の上に庇うモルトゥを大きな、温かな掌は。

ゆっくり、ゆっくりと包み込んで。



撫で、撫で。


撫で、撫で。


呆気にとられた皆を他所に、掌はモルトゥを労る。

カッ、と顔が、胸が熱くなる。ぶわり、と三角の目から出てくるものは、固くぎゅうぎゅうに押し潰された胸から溢れ出るのは、涙なんかじゃない。


「な、なんでぇぇ•••うぇぇええぇ!」


モルトゥはすっかり地面に伏せてしまった。


掌は、泣き伏すモルトゥから、竜樹の元へスゥ、と動くと、ふへへ、と笑う竜樹も、二度三度と撫でた。

マルサがびっくりして、腰の剣に手をかけたまま、口をあんぐりしている。


「かみさまの、おてて!」

「私も撫でてぇ!」

「モルトゥ、悪いやつじゃなかったの?」

「デュランにごめんね、って言ったら許してやるかも!」

3王子とアルディ王子は、わーいわーいと掌にぴょんぴょん飛びつき、撫でてもらっている。



ブルルルル。


ペール神

『良き良き。私の息子達。

私はペール。父性を司る神である。

竜樹、モルトゥを頼んだぞ。

不器用な、優しくも弱い息子よ。

もっと強く、優しく生きよ。

お前の右腕は、時間はかかるが、努力を惜しまなければ、荷運び出来るまでにはならないが、過不足なく治るだろう。

皆に、分かってもらって、仲良く暮らしなさい。

人を愛して、自分も愛をもらいなさい。

私が出しゃばると、力がありすぎて支障があるから、この辺で。

竜樹、そして私の息子達、娘達。

いつも見守っているよ。』


ランセ神

『ペール神!見てるだけって言ったでしょ!もう!

竜樹、ちょっと荷車通り一帯が、しばらく神気に包まれて、皆充てられてポワっとしちゃうと思うけど、ごめんね。

あと、多分沢山の神殿とか教会が、今頃ざわついてると思うけど、大丈夫だって言っといて。

ちょっと過剰に花が舞うけど、良いようにしてね!』


ペール神

『私だって何かしてやりたかったんだよー。

いいね、1000000000000000000くらい、要る?』


ランセ神

『多すぎ!5000くらいで!』


メディコー神

『良くやっているね、竜樹。

医療に従事する私の可愛い子達にも、よろしく言っておくれ。

私からも、いいねを5000。

何でも過剰は良くない、ペール。

やりすぎ注意。』


ペール神

『加減が難しいなあ。

では5000で。

ほんのちょっとで良いんだねえ。』


竜樹

「ありがとうございます。

ペール神様。ランセ神様。メディコー神様。」


ペール神

『良き良き。

ではまたな、竜樹。』


ランセ神

『またね、竜樹。』


メディコー神

『これからも頼むぞ、竜樹。ではな。』




神々の庭のメッセージを読み終えた途端に。

黄色の薔薇が、ふわふわブワア!と。

荷車通り一帯に降り注いだ。


温かい、守られたなんとも言えない安心感に包まれた神気に、皆ポワポワである。


スマホを見れば。

「いいね、5000じゃないよ。ペール神様の分、500000だよ。」


大らかな神は、ちょっと細かい力の制御が苦手なようである。


モルトゥが、無心な子供のような顔で、もう三角目じゃなく。ひっく、ひっく、と涙を拭い、いつまでもいつまでも、しゃくりあげていた。



また更新、週休2日で大体やりますよ、って活動報告にも書きましたが、ここにも書いておきますね!

よろしくお願いします(^^)

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