ルージュの実
今回もトイレ話。しばらく続きます。
すまぬです。
「プラン?怒らないから、竜樹父さんにお話してごらん?何か、いつもの皆とのご飯じゃないもの、貰ったかなんかして、食べた?」
竜樹は、すー、ふー、と息を吸って吐き、ひとまず気を落ち着けると、プランが話しやすいように、背中を撫でながら柔らかく聞いた。
プランは、上目遣いで、しょげしょげにとほほで、竜樹の胸の中で。
「タ、タベタ。きのう、ルージュの実って、おじさん言ってた。」
はああああぁ〜っ。
ガクリ。肩の重みが降りる。
何だ、なんだよ、そうかそうか。
「よ、良かった、良かったよ。あーびっくりした、本当良かった。病気じゃないんだね、シャンテさん!ルージュの実を食べると、うんちが赤くなるんだ?」
ぷっ と吹き出して笑いを堪えて、くふふ、と口に手をやりながら、シャンテさんは。
「ええ!ええ!病気じゃありませんとも!ルージュの実、美味しいんですけれど、生で食べると、本当に血が出たかと思うような、赤いブヨブヨが所々混じったうんちが出ますのよ。私、それでびっくりして、子供をお医者に連れて行った事がありますわ!だから、もしかしてって。」
くすくす、笑う。
小さくて種子があって、美味しいけれど手間だし、やっぱりうんちが赤くなるのが嫌われて、あんまり普及してる実じゃないので、知らない人が多いのですけど、ね。
何だぁ〜!もう!もう!人騒がせな実だな!だがしかし。
「プラン、それで、他に身体は本当に何ともないの?お腹痛いとか、だるいとか、ないか?」
ちょうど偶然に、ルージュの実と合わせて具合が悪くなってた、なんて事が万が一、あったら嫌である。
う〜ん、と身体について自分で感覚を探っているらしいプランが、緑がかった焦茶の髪にぽりりと手を差し込んで、とほほなまま頭を掻き。
「ウン。何ともないの。お腹いたくない。だるくない。いつものふつう。」
見た所、顔色も悪くなければ、目も赤くなったり黄色くなったりもしていない。確認もして。
「良かった〜!」
ぎゅ〜!とプランを抱きしめる。
王子達も、黙ってお目々をクリクリとして見守っていたが、ジェム達他の子供達と、何だぁ、るーじゅのみだって!うんち赤くなるんだ、とワイワイ、ホッとしている。
そして、うんち赤いの見たい、とトイレにトコトコ行ってた。うん、見たい気持ちも分からんではない。
「ごめんね、竜樹とーさ。おしごとだったでしょ。」
プランはばつが悪そうに言って、でも気持ちよさそうに竜樹に抱かれ、やっぱり本人もくたくたホッとしている。
「良いんだよ、良いんだ。プランが病気でなけりゃ、全然良い。それに、良く皆に相談したね。黙ってたら、分からないで、悩んで大変な事だった。シャンテさんに、うんち見てもらったから分かったんだもの。良く言えました。」
竜樹がかつて、そうだったように、具合が悪い事を隠すような子供になって欲しくない。竜樹はプランを褒めた。
ほほほほほ、と声が聞こえて。
まだ繋ぎっぱなしだった、王宮とのテレビ電話でーーー心配だろうからと、エルフのマレお姉さんがそうしてくれたのだがーーーマルグリット妃が、お腹に手を当てて、腰を少し折って笑っていた。
「ふふ、ふふふ、良かった、良かったわね!それにしても!か、かわ、かわいいわ!プラン、ルージュの実をもらったのね。美味しかった?でも、びっくりしちゃったわね!食べ物もらったら、竜樹お父さんか、エルフのお兄さんお姉さん達か、ラフィネお母さんにお話しないとダメよ?竜樹お父さんもお礼がしたいかもだし。」
そんな事を言ってくれる。
うん、そうだ。
これが本当に好意だったら良いけれど、悪い人もいるし、アレルギーの子なんかだったら、知らないでアレルギー物質の入った食べ物を、好意だと思って食べちゃっても困る。
外に出て働くのは、ある程度大きくなった子だから、はっきりアレルギーと分かる物なら食べないだろうし、段々と自分で判断しなければになるけれども、それはもっと大きくなってからで良い。
今ならエルフ達が、持ち帰った食べ物を、鑑定で良く見てくれるし。
まあ、だからといって、街で可愛がってくれる人たちを、無碍にもできない、って事もある。むしろ受け入れて、可愛がって欲しい。
そこの所、何とかしなければな。
「ありがとうございます、王妃様。そうだね、食べ物貰った時は、持って帰って一回教えてくれると嬉しいな。溶けたりしないものなら。もし食べちゃっても、教えてくれたら良いよ。皆もね。」
「「「ウン、わかった〜!」」」
今回大事になったので、子供達は素直である。ワーワーと、プランと竜樹の元へ集まって、よかったなー、ぽむぽむ、なんてプランの肩を叩いたりしている。
王妃様達が心配から安心した所で、テレビ電話通信を、ありがとうございます〜と切った。
切った先の王宮では。
むぐ、ぐぐぐ。
ぶはっ!
「くくくくく。死んじゃうかも、なんて、笑、笑っちゃわるいけど、あの萎れた顔。か、可愛いすぎ。あーおかしい。あははは、ふふ!」
マルグリット妃がお腹を抱えて、テーブルに伏せて笑った。
一緒にいたプリムヴェール夫人も、涙を滲ませて、指先で拭きながら、くくく、と笑う。
「本当、何事もなくて、くふふ、良かったですわ!うちの息子も小さい時、お熱を出して、死んじゃうかも、なんて言ってましたわよ!心配したわねえ、子供って、もう、大騒ぎで、仕方ないですわねえ!」
センプリチェも。
「ふふふ、うちのジャンドルも、12歳くらいの頃、夏にお腹を出して寝て、冷えてお腹を壊しただけなのに、コリエとけっこんするまで、私はしねない!なんてお腹を押さえて必死に、大きな事を言ってましたっけ、ふふふ!懐かしいわ!」
ニコニコしていたコリエが、ぷっと吹き出す。ジャンドルは照れ臭くて、鼻の頭をかりり、と掻いた。
男性陣、入婿のセードゥル侯爵家アルグも、フィアーバも、プランの失敗や懐かしいエピソードに、はははと朗らかに笑う。
詳しくはまた後日になるだろうが、和やかに、ブライダル事業とジャンドル、コリエの結婚式の話が出来そうだった。
「プラン、ルージュの実を誰にもらったか、その時の事、詳しく教えてくれる?」
こちらは寮に戻って、竜樹達である。
「ウン。あのね、きのう、新聞売りのお店で働いてたとき、買いにきた、いつも来るお客さんのおじさんが、帽子をぬいで忘れてったんだ。」
「あれ、おじさん帽子忘れてるよ。」
お店のカウンターに、常連のお客さんが来て新聞を買った後、見慣れた帽子が、ポツリ、残っていた。
朝の忙しい時間を過ぎて、いつも、のんびりした時間帯に来るおじさんだ。今日もそうだった。気づいたプランは、なかなかの気遣いさん。はしっこく。
「多分その辺にまだいるよ!おれ、わたしてくる!」
「あんまり遠くまで行くなよ!」
ジェムが心配して言えば、プランは駆け出し、振り返って。
「ウン!すぐそこまでで、いなかったら帰ってくる!明日も来るかもだもんね!」
タタタ!と走った。
「おじさん!新聞買ったおじさん!」
プランの呼びかけに、歩いていたおじさんは、ん?私?と振り返った。
プランが、新聞売りの売り子の、特徴あるキャスケット帽を被ったいつもの子が、とたとた走り、見覚えのある灰色の中折れ帽を持って追いかけてくる。
ああ!帽子、被ってない!と今気づく。道理で何か心許ない気持ちがすると思った。
「ああ、ごめんごめん、ありがとう。帽子持ってきてくれたんだ。」
「ウン。おじさん、いつも来てくれるから、追いつかなかったら明日って思ったけど、よかった!」
はあ、はあ。
息を切らして、プランが、はい、とおじさんーーーアルジャンに、灰色の中折れ帽を渡す。白髪と混じった、茶色みのある銀髪に、中折れ帽はしっくりと似合う。それがなければアルジャンじゃない、そう言われるほどに、いつもの、お気に入りの帽子。
追いかけてきた息弾ませ赤い頬のプランが、何だか小さかった頃の息子にも思えて。
「じゃあね、おじさん!」
「あ、待った待った!」
ついアルジャンは呼び止めてしまった。ん?とプランは素直に立ち止まる。
「あ、あー、あの、ありがとうね。」
えーと、と、新聞の他に、バッグに入れている紙袋を思い出した。ガサガサと取り出す。
「これ、新聞売りの皆で食べたらどうかな?ウチの庭に沢山生ってる、ルージュの実なんだけど、息子が好きだったから沢山植えちゃって、でももう大人だからあんまり食べないんだよね。実が落ちるばっかりで、勿体ないんだけど、仕方ないから私が少しでも、って仕事場のおやつに食べているんだ。毎年だから、飽きちゃって。食べるの助けてくれたら、助かるなあ。」
腰を曲げて差し出せば、プランは一度、アルジャンの顔をじっと見て。
「種子が面倒だけど、甘くて美味しいよ。」
アルジャンは、どうかな、と。
「ウン!おじさんありがとう!皆で食べるね!じゃあ、また明日もきてね!」
ニパッと嬉しそうに笑った。ガサ、と受け取る。
「ああ!気をつけてお帰り!」
はーい!
タタタ!手を振って走りだすプランは軽やかで、あんな頃が、息子にもあったなあ、可愛かったなあ。なんて。アルジャンは仕事場に再び歩き出した。
「って、おじさん言ってた。」
「そうなんだ。」
プランがしどろもどろに説明するに、純粋にお礼のようだ。
「それで、一角馬車で帰りながら、皆でルージュの実、わけっこしてたべた。甘くて、美味しかった。皆もたべたのに、何でおれだけ、赤いうんち?」
不思議そうなプランである。
「食べてから、ご飯がうんちになるまで、人によって少し時間が違うからかなぁ。多分、一番早くうんちが出たのがプランだっただけで、皆もこれから、赤いうんちが出ると思うよ。」
ええ!?とびっくりするジェム達である。ちょっとドキドキ。
エルフのベルジュお兄さんは、それで昨日、見かけない茶色い紙袋のゴミが、交流室のゴミ箱にあったんだなあ、と合点した。あれっ、と思っていたのだ。
「そっか。もし良かったら、明日、皆と一緒に新聞売りに行って、そのおじさんと話をしてみても、良いかい?」
「え、おじさん親切だったと思うからさぁ。おいしかったし、赤いうんちが出るなんて、俺たちが知らなかっただけだし、怒らないでぇ。いつもやさしい人なんだよー。」
プランが竜樹のシャツを握ってフリフリする。八つ当たりしない所はエライ。
タハっと笑って。
「怒らない、怒らない。ルージュの実が、余ってるんでしょ、そのおじさんは。だから、お話して、貰ってこようと思って。こういう実がある事、皆知ってた方が良いじゃない?食べてみたいじゃない。それに、プラン達を可愛がってくれて、ありがとうーって、お話するんだよ。」
そう、竜樹は少し企みがある。
「シャンテさんが今回、知っててくれたから、本当助かった!経験もあるし、赤ちゃんのうんちを毎日見て、健康を確かめているシャンテさんだからこそ、分かった事だね。そう、うんちって、毎日見た方が良いんだよ。」
大人も、子供も。
転移で置いていかれた、お助け侍従のタカラとカメラのミランと護衛のマルサ、ルディが、ちょうどそこに徒歩で急いで入って来たので、うんち!?何事!?と驚いている。
護衛を置いていくなよ、とマルサは文句を言いたかったのに、出鼻を挫かれて、おとと、となっていた。




