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王子様を放送します  作者: 竹 美津
本編

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罪人の腕輪は壊されて



「•••そんな訳で、今はもう、コリエの父バヴァールは、罪人の腕輪を解かれて、罪人宿舎からも出て、王宮で用意したそこそこ心地よい仮宿で、今まで通り。けれど名誉は回復して、のんびり筆耕の仕事をしているわ。私たちの直接の謝罪と、一代男爵への実際の取り立ての儀式はまだなんだけれど、ハルサ様から直接の使者に、職場の皆の前で罪が冤罪であったこと、罰を取り消し偽りの借金を返金し、授爵をする宣言をさせましたからね。コリエとジャンドルは、立ち会ったのよね。」

マルグリット妃が、ニッコリとコリエとジャンドルに視線を配る。


ここは王宮の素敵な別室。

マルグリット妃が差配するそこは、ジャンドルの父ベルジェ伯爵フィアーバ、センプリチェ夫人。そしてジャンドルにコリエ。コリエが嫁入りの為に養子に入る、セードゥル侯爵家のアルグ、プリムヴェール夫人。竜樹と3王子もそこにいる、アイスボックスクッキーでお茶する、秘密の会合である。


いつの間に、ジャンドル、そんな事に立ち会ってたんだ!とフィアーバは戦慄した。チラリとも素振りを見せなかったじゃないか!

事態はとんとんと滞りなく既に進んでいて、もはや口が差し挟める余地もない。


まぁ、親戚として父同士になろうとまでしていた、いや、なるのか、馴染みのあるバヴァール氏が、冤罪から解き放たれたのは、良かった。明らかになってみれば納得である。当時もおかしいと思っていたんだ、あの彼が脱税だなんて。

フィアーバも鬼ではないので、そこは良かったなと素直に思う。センプリチェも、短くてふっくらした指を組んで、うんうんと、ホッとした顔をしている。ここにいる皆、嬉しそうだ。




バヴァールはその時も、必死で筆耕の仕事をしていたそうだ。王宮の使者と、罪人の腕輪を壊す器具を持った職人と、コリエとジャンドルが、職場に突然現れると、静かな代書屋は何事かと、異様な雰囲気に包まれたという。


バヴァールは、集中して丹念にペンを滑らせて最後のハネを、シュ、と飾り文字を書き終えた。ふー、と息を吐き、顔を上げると。

そこには、正式な通達の時の衣装を着た使者と、それから、少し歳をとった、娘。花街へ連れていかれた、コリエ、が。

やはり、少し歳をとった、青年ジャンドルと。


昔夢見ていた、そんな2人の姿が、何故ここに。


声も出ないで震えているバヴァールと、そこにいた、なんなら代書屋中から集まった同僚達に、使者はするすると宣言の為の羊皮紙を広げて、張りのある声で。

「王様からの、正式な通達です。読み上げます。今まで罪人として罪を償ってきたバヴァール氏。そなたの冤罪はここに晴れた。下級税務官クリムの策略により、陥れられた其方を、当時の税務長官、サパン公爵家のナルが見逃し、あまつさえ厳しく咎めた件について、王宮からもサパン公爵家からも謝罪と慰謝についての用意がある。これから詳しく話し合い、バヴァール氏との意思の合意に基づき、そちらは確定させるものとする。またバヴァール氏の名誉を回復させる為、元の子爵位には及ばないが、一代男爵として授爵し、取り立てる。領地などの義務はなく、職務、報酬についてもまた、話し合い決めていきたい。•••ここまでは、よろしいですか?」


ぶるぶると震えるバヴァールは、使者とコリエを順々に見て、何も言えない。そうだ。冤罪だ。あの時あんなに訴えた。だが、税務長官のナルに、鼻で笑われてこう言われたのだ。

「脱税の証拠の書類は出ているから。申し開きをしても、無理だな!領地の民の事を思うなら、大人しく罪を償うのだ!争えば争うほど、お前の領地の評判は落ちるだろうね。そして負けは確定している。素直に認めるなら、家族の行く末も、私が面倒見てやっても良い。」


そうしてナルは確かに家族の面倒を見たが、その結果はコリエを花街へ、妻は離縁して実家へ。元妻は再び嫁いだ。バヴァールと、仲があまり良くなかった貴族の元へ。

元妻の事は良い。バヴァールの事も、娘コリエの事も、自分可愛さには及ばなかったようだから。連れ添っても、そんな事があるのだな、と残念には思ったけれども。

だが、コリエは。


そのコリエが、ニコニコとして、かつての婚約者ジャンドルと、手を繋いでバヴァールの名誉回復を見守っている。

使者は仮宿の事など幾つか実務的な事を言い、そして少し砕けた口調になった。


「王様は、バヴァール氏の冤罪の事実に、大変心を痛めてらっしゃいます。見抜けず長年経てしまった事を、申し訳なかった、後日、バヴァール氏が落ち着いてから、直接謝罪の機会を設けたい、と。今日は娘さんもいらしてますよ。彼女も、今は訳あって、竜樹様の新聞寮で暮らしています。彼女は人に恵まれて、借金を払うために追いやられた苦界から、先ほど解き放たれたのです。詳しくは彼女から聞いてください。返してきた偽りの借金も、返金されますし、これからの生活も保証します。何も不安な事はないようにします。バヴァールさん、私からも、王宮の使者として、謝罪の意を表したいと思います。長年、申し訳ありませんでした。」

丁寧に、深く腰を折って、使者は謝意を告げた。

そして、長くそのままでいたが、すっと姿勢を戻すと、再び礼をした。そして下がり、コリエを通す。


「•••お父様。私コリエよ。随分痩せたわね。」

コリエが、隔意なく、あの頃のようにキラキラとした、懐かしいぱっちりスミレ色の瞳でバヴァールに近づいてくる。そうして、立ち上がりペンを転がして、机からコリエに寄ったバヴァールの、手を取った。

確かなコリエの手は、心と同様、温かい。

「コ、コリ、エ•••。すまなかった、私の力不足で、お前に•••。」

ぽろ、と涙が溢れて、止まらない。

コリエに、謝りながら身を寄せるバヴァールは、随分と寂しい身なりをしていた。清潔だが着古したシャツ。ズボン。そして、痩せて、薄くなった、焦茶に白の混ざった髪。けれど愛嬌のあるその顔立ちは、変わっておらず、ちょこんと乗っていた代書屋の証の、青に金のリボンがグルリと巻かれた帽子は、ポトリと床に落ちた。


「良いのよ。何もかも、もう良いの。お父様、私、ジャンドル様と結婚する事になりました。彼は私を諦めなかった。ずっと一緒に借金を返してくれてたの。お父様には、孫もいるのよ。養子に行って、一緒には暮らしていないのだけど、ジャンドル様との子よ。ジャンドル様にそっくり、エフォールという名前なの。とても良い子。養子に行っても私たちと仲良くしてくれて、皆に愛されて育っているわ。今度一緒に、会いましょうね。」


「•••!!••••••!」


「お父様も、私を諦めなかったわね。私の老後のために、借金を早く返してお金を貯める、って頑張っていたって。ありがとう、お父様。それだけでコリエは、心が満たされる思いがします。お父様に愛されているのだって。ねえ、ほら、泣いていないで、笑って。私とジャンドルの結婚式は、王妃様が後援なさってくれるのよ。私たち、運命の恋人なのですって。嬉しいわ。お父様が一緒にいてくれたら、これ以上嬉しい事はないわ。ーーーー長年、お疲れ様でした。お話、しましょう。」


これからのこと。


ふわぁ〜!わわわわー!!!

バヴァールの同僚達が、囃し叫んで。拍手喝采。

「良かったね、バヴァールさん!」

「俺たち、人の良いあんたが罪人だなんておかしいって、思ってたんだ!」

「娘さんご結婚、おめでとう!!」

わー!

バヴァールの背中を摩って、コリエが晴れやかな笑顔で、同僚達にお礼を言う。皆さん、お父様に優しくして下さって、ありがとう、と。

そこに、すっと、藁色の髪、飴色の瞳の、記憶のままの。しっかりした、気のいいジャンドルが、笑顔で近づいてきた。

「バヴァールお義父様。事後承諾になってごめんなさい。大事な娘さん、コリエを、私に、お嫁に下さい。」

騎士団で鍛えて、針を器用に扱う指を手を、差し出して。


「•••ジャンドル君、ありがとう、あ、りが、と、う•••!コリエを、娘を、諦めないで、くれて•••!!」

バヴァールは顔をくしゃくしゃにして泣いている。ジャンドルの手も取って、その手は熱く、興奮に燃えて震えていた。

「なんでもない事です。私がコリエじゃなければ嫌だった。バヴァールお義父様、これからも、私たちをよろしくお願いします。後々は、新居で一緒に暮らしたいです。そんなお話もしましょうね。」


ジャンドルはニコニコと、今日の日を嬉しく迎えて、コリエとバヴァールの重荷が晴れた事を祝う。


「罪人の腕輪を壊します。」

魔法が施された特別な工具で、その場で腕輪が斬られ、捻って外された。

バヴァールは、昨日までの押し込められた気持ちから、新鮮な空気をすうっと肺に、沢山入れて。

そうして手放さずに済んだ温もりを、今度は大事に、今度こそ大事にと、心を改めて自由に踊らせた。



ーーーという事が、しれっと昨日あったのである。ジャンドルはフィアーバにもセンプリチェにも、何も言わなかった。昨日機嫌が良かったジャンドルなのだが、何故だろうとフィアーバはまた、首を捻っていたのだった。


「よかった、コリエさんのお父様、えんざいなくなった!」

「いっしょ、くらすの?いいねー!」

「エフォールも喜ぶね、新しいお祖父様ができて!」

3王子も嬉しそう。


一緒に暮らすなんて聞いてない〜〜〜!

いや、バヴァールは人が良いのは知っているし、冤罪だったなら、良いのか。良いのか?うん?それにしても、一言あっても良いのではないか!!

フィアーバとセンプリチェは顔を再び見合わせた。

はぁ、とため息。

こうと決めた息子に、何を言っても、か•••。今までだって、そうだったじゃないか。そして、悪い結果になった事は、一度もない。心臓に悪いだけで。

精々、これからの事後承諾が、あまり刺激的ではないものであってくれ、と夫婦は諦念と共に何度目かの覚悟を決めた。





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