閑話 花の兄11
竜樹は誕生会のその夜、夢を見た。
ぼんやりと、光が射す、緑麗しい庭で、ポツンと1人、竜樹は立っている。
ああ、亡くなった人の関わる、いつもの夢だな、という感覚がしたけれど、花々も自然に咲き誇り、でも押し付けがましくない、こんな素敵なお庭だった事は初めてで、気持ちよく、誰かが来るのを待った。
一番綺麗な場所に、丸くて綺麗な自然石があり、花が供えてある。誰かの墓標だ。
ちょうちょが、ひらひらと飛んでいる。
ふいに、ふわっとした光とともに。
透き通るような、儚げな光を纏って、1人のエルフが現れた。
神経質そうな表情、細身の身体に、でも、ゆったりと満足そうな、嬉しそうな笑みをたたえて、魔法使いみたいなローブを着たその人は、どこかで見た事があった。
「こんにちは。」
竜樹は、躊躇いなく話しかける。
何か話したい事が、あるのだろう。きっと。だから。
それに、本当に、今にも消えてしまいそう。何となく、早くお話しなくちゃ、と思った。
「こんにちは。はじめまして。私はカルム。フィノメノンの悲願を、叶えてくれてありがとう、竜樹。」
ニコリ、笑いかける。
カルム•••フィノメノン•••どこかで。ああ!慟哭のカルム!
美術館で見た、ギフトの御方で親友、フィノメノンを、各国の争いで虐め抜かれて死なされてしまい、慟哭し誓約魔法をかけた、大魔法使いのエルフ。
そんなカルムが、その古い魂が、竜樹の所へ。
「今日の誕生会、とても素敵だった。各国の皆も、子供達に会を譲って、そして参加した者達も、どの国の者も、お祝いのこころで、満たされていた。•••私の、フィノメノンに作ってやりたかった、そんな毎日が、きっと竜樹には訪れる。君には、今までもそうあってきた。それが、とても、うれしい。」
つう、と涙を一筋。
美しい涙である。
この人は、このエルフは、本当にフィノメノンの事が、大好きだったのだ。
「カルムさん達、先達がいてくれたから、ですよ。こちらこそ、本当に、ありがとうございます。」
竜樹のお礼返しに、ふふふ、と涙を拭きながら笑いを溢す。
「本当にフィノメノンみたいだ。いつも穏やかで、優しい。弱い者に、目をかけずにいられない。私も随分、フィノメノンには助けてもらったものだよ。昔は、こんなに流暢に、話が出来なかったんだ。彼が、辛抱強く聞いてくれて、話せるようになった。ーーー竜樹、ジュヴールから同胞、エルフ達を助けてくれたお礼も、言わなくては。ずっと心配していたんだ。ジュヴールの事が片付いたから、私の気持ちに整理がついた事もある。」
整理。ああ、この人は。
「そうだよ、竜樹。ずっと魂として残って、未練にギフト達の行く末を見守ってきたけれど、私もついに、魂の輪廻の輪に入る時がきたようだ。自然とやってくるものなのだね。でも、こんなにもうれしい。さっぱりとした気持ちがする。」
「•••なら、良かった。転生した先で、フィノメノンさんと、会えると良いですね。」
「ああ。今度はきっと、2人また親友になって、あれこれ言いながら世の中に良い事を少し、お互いにやって。この生のように、大きな事でなくても良い。小さな幸せを、2人で、お嫁さんももらって、子供達を仲良く遊ばせてーーー夢だけど、叶うと良い。叶わなくても、今度は良いんだ。いつかは、フィノメノンの魂に、輪廻の中で会えると信じている。それだけでいい。今、とても嬉しい。」
ほろ、ほろ、と再び流れる涙を、止めるすべは誰にもない。
「この庭は、私の森の家、フィノメノンと私が愛した庭。それを竜樹に見てもらえて、嬉しいよ。•••ああ、もう、時間切れだ。これからも、沢山の人が、竜樹の力を頼ってくるだろう。でも、竜樹も人に頼って、人を愛し、愛されて、人と関わり生を終えるのだよ。見守ってはあげられないけど、少し、安心もしている。今日の誕生会を見たから。ああ、本当に時間がきた。」
「カルムさん!見守ってくれて、ありがとう!心配しないで、俺たちは、ちゃんと、少し間違ってもやり直しできるように、生きていくからね!!世界をほんの少し、良くしておくから、また生まれてきてね!」
ありがとう、ありがとうーーー。
消えていくカルムは、最後まで泣きながら微笑んでいた。
竜樹もグッときたが、その時。
ふわり、ふわり。
小さな、ふっくらとした春を告げる香りの、なんとも言えないニュアンスの白色の花。
「梅の花•••。」
天から降る梅の花は、厳しい寒さを経て、柔らかな春の訪れを、その先ぶれを、優しく告げる花。
手を差し出せば、1輪、2輪と、手に乗って、香っている。
「また来てね、カルムさん。みんな、この世界も、貴方を、待ってるからね。」
呟いて目を瞑れば、すっ、と深い眠りに、竜樹は誘われる。
目が覚めたら、ぶぶぶ、とスマホが震えた。広間で敷物の上、子供達まみれに布団が温かい。
スマホを見れば、神々の庭である。
ランセ神が、他の神々に、ずるいずるいと言われているのには笑ってしまった。そして。
モール神、死を司る神と、レナトゥス神、再生の神が、カルムの事でお礼を言ってくれていた。
古い、転生しないカルムの魂を、2柱の神は心配していたのだそうだ。このままでは、魂が摩耗して、消えてしまうと。でも間に合った。
いいねは、あげられないけど、この世界の人中の夢の中に、梅の花を降らせてやった。
どうだ!と嬉しそうに。
いいねより凄そうな、そんな夢を、竜樹は良い機会だと思った。春の訪れを、皆が予感する。そんな日になったなら、幸いである。
神々の庭にお礼のメッセージを打って、起きると、ふわぁ〜あ!と背中を伸ばし腕を上げて、あくび。
今日も一日の、始まりである。
子供達が新聞売りに行ったり、広間の飾り付けの片付けを、侍従侍女さん達と協力してやったりしている中、竜樹は王様に謁見願った。
忙しい王様だが、ちょいの間を使って会ってくれるそうなので、勇んで会いに行く。ちなみに3王子は、お片づけを手伝っている。
「祝日?」
「はい。お誕生日のお花のお礼に、何ができるかな、って考えたんですけど。自分の誕生月に祝日、ってすごく恐れ多い、って気持ちがあるから、そういう事じゃなくて。昨夜、神様が、夢に梅の花を降らしてくれたでしょう?」
「ああ!ああ!あれは何とも素敵な夢だった!これからの良い事を予感させるような、スッキリとした、本当に夢みたいな。」
目を細めるハルサ王である。
ええ、ですから。
「祝日って、確かこの時期、なかったですよね。お休みって、嬉しい。でも、皆が皆嬉しい訳じゃないのかもしれないけど、仕事しないと毎日のご飯に困るような人はね、でも、祝日、お祝いなら、働きたい人は特需があるかもだし、大多数の人らは、ゆっくり、来るべき春を迎える準備、冬を越えてきた身体の疲れを休める、そんな日になったら良いな、って、そんな、お返しの提案が、できたらなって、今日来てみました。」
ハルサ王は、竜樹の誕生月の祝日で、みんな納得すると思うけどなあ、とも思ったが、恥ずかしがるであろう竜樹の事も思い、うんうん、と頷き。即決した。
「分かった!では、来年から、この月の、梅の花が咲くくらいの1日を、祝日としよう!手続きはこちらでするから、竜樹殿はテレビやラジオで話をしてくれるかな?」
「え?王様を差し置いて、そんな。」
いやいや、頼むよ。
ポンポン、とニンマリ肩を叩かれて、まあ、発案者だし良いか、と頷いて。来年からの芽孕み月の祝日が決まった。
『こんにちは。ギフトの畠中竜樹です。今日は、お礼と、祝日の話をしたいと思います。』
テレビと、ラジオのニュースで流れる、ニコニコとした竜樹の声に、皆手を止めて、大画面広場、街中、家庭で、お店の中、注目する老若男女。
「竜樹様のお誕生月の祝日でも、できるのかねぇ。」
「かもねかもね!」
ゆっくりと竜樹は喋る。
「皆さん、お誕生月のお祝いの花を、沢山、ありがとうございます。沢山、本当にたくさんの、皆さんの気持ちに、涙が少し、出ちゃいました。嬉しかった。勿体無いけど、沢山眺めた後は、また、孤児院の子達と押し花にして、皆さんにお届けできたらな、って思っています。」
うん、うん、とニコニコの街中の皆である。来年が楽しみだ。
「昨夜、夢の中で、梅の花が降りましたよね。あれって、神様がしてくれたんです。皆がみられる素敵な夢、神様にしかできませんもの。梅の花は、私の生まれた国では、花の兄と言われています。寒い中、真っ先に春の訪れを感じさせて咲く花。この世界も、厳しい冬から、冬の間蓄えた力を発揮できる、萌出る春の時代へと、皆さんでしていけるように、って、俺は思いました。そこで、祝日の提案をさせていただいたんです。」
あ、竜樹様の誕生月の祝日じゃないんだね。でも、春を迎えるって、いいね!と口々に皆が言い合う中、竜樹は続ける。
「来年から、芽孕み月の1日を、グランフレーレ・フルールの日、花の兄の日、として、祝日といたします。」
ヘェ〜、と皆、ちょっと嬉しく祝日の名前を聞いて。
「本来なら王様から、お伝えすべき事ですが、この度、王様から言付かりまして、竜樹がお伝えします。春の訪れを、待ち侘びた。けれど、やっと春がやってくる。そんな祝日を、皆さん楽しんでくれる事を、祈っています。それでは、ギフトの竜樹からのお礼と、祝日のお知らせでした。皆さん、いつもありがとう。これからもよろしくお願いします。ではまた。」
放送後、ホワホワとした街中の人々の話題は、祝日一色となった。3王子達も、きのうのゆめのおはな、きれいだったねぇ。ステキだった!祝日になったね!とニコニコ、昨日のお祝いの広間の、紙のお花を取ったり、布を取ったりした。
カルムさん。
貴方が築いたこの幸せを、皆が享受できる、そんな時代に。
コウキとサチ、お兄ちゃんにしてくれた2人に、きっと毎年お礼を言う。
お誕生会を毎年やるかは分からないけど、もうやる気まんまんな3王子達や子供達、貴族組に各国王子達にも、祝日を。
芽孕み月1日は、花の兄の日。
梅の花の夢を見た各国も倣い、どの国も祝日とする事になった。
花の兄は、とても嬉しい、皆の記念日になった。
これにて閑話 花の兄は終わりです!
長らくお付き合い、ありがとうございます。
また本編に戻ります〜!




