かえしてよ
「何という事だ。何と•••。」
お墓参りと、神々の庭騒動と、そして『神の目』の映像を見た王は、報告に来た竜樹達に、驚き呆れて最後にぐっと怒りを堪えながら息を吐いた。
「神の目に、これほどはっきり映っていては、申し開きもできまいよ。この者を直ちに呼んでハンカチを取り戻し、ニリヤに返してやろう。」
「その事ですが、王様。」
にこーと竜樹は笑う。
「侍従侍女達を集めて、みんなで神の目の映像を観ませんか。王妃様、側妃様、王子様方もご一緒に。」
「ほう?」
王様も、ニヤリとして、顎に手を当てて頷く。
「皆で見られるようにできると?犯人は、さぞ居た堪れぬ思いをしような?公開処刑という訳か。」
竜樹はニリヤを腹に抱きしめて、ゆったり、顔を天に向けて手を胸に当てた。
「神の目に映っていると、これからも不届き者には厳しいその目があると、仕組みは分からなくても、現実に見せれば、みんなの気が引き締まるでしょうね。」
大スクリーンをチリさんが用意してくれました。編集した映像は、いつでも映すことが出来ます。
「と、とうさま、ヒクッ、エッ、はんかち、かえして、もらえる?ヒクッ。」
「おうおう、父様と竜樹殿と皆で、返してやるぞ。母様のハンカチは、ニリヤのものだ。いい子で一緒にいられるな?」
竜樹の腹に埋もれたまま、顔だけチラリと振り向いてニリヤが言うのに、王様は側に寄り腰を折って、ちんまりした肩をぎゅっと掴んで揺らしてやった。
「宴用の大広間に用意しよう。城で働く全員、とはいかないだろうが、主だった者は集められよう。すぐに支度を!」
さわさわ、と集められた者たちが囁き合っている。こんなに侍従侍女が大勢、一箇所に集められた事はない。扉を守る兵士達も、今現在仕事中の者以外が居る。これからお達しがあるのか。それは何か。良い事か悪い事か。
空の椅子が、大きく垂らされた布を前に、並べられている。その後ろに控えさせられた大勢は、宰相のホロウが佇む扉を、チラチラ見ていた。
王様一家と竜樹とニリヤとマルサ、そそと付き従い撮影するミランが入ってくると、ピタッと囁きが静まる。チリはスクリーンの前で、映像を流すタイミングを待っている。
「皆、よく集まってくれた。今日は、ギフトの御方、竜樹殿の発案で造られた、『神の目』の披露目を行う。まずは見てもらおうか。ではチリ、頼む。」
「はい。でははじめます。竜樹様。」
指名されて竜樹は説明を始めた。
「今日、私とニリヤ王子、マルサ王弟とミランは、部屋を空け神殿に出かけました。その間に、部屋から無くなった物があります。」
はっ、と息を呑み、大広間の大勢が皆、胸を突かれた。誰が、誰が。ギフトの御方のいらっしゃるお部屋なのに、まだそんな事を。
「皆さんを疑うのは心苦しいのです。しかし、私達は、『神の目』をいただくことができました。今日、留守中の私達の部屋の映像を、皆さんご覧下さい。」
ギイ、と扉を開く音だけがして、スクリーンは誰もいない部屋を映している。そこに、ある1人の侍女が、そーっと入ってきた。あちこちをめくり、祈りのテーブルの所に来ると、花をつついて、その後、置いてあったハンカチを胸にサッと入れた。
『このくらい、分からないわよね。出しっぱなしなんだし。』
扉の方を向いて窺うが、誰も来ない。
バサっとベッドのシーツを剥がし、新しくシーツを敷いて整える。
独り言さえハッキリ聞こえ、いそいそと洗濯物を取りにきた風を装い、抱え込んだシーツを持って画面外にはけた。
「••••••。」
その侍女は、集まった人の真ん中で、真っ青を越して白くなった顔、握りしめた手を、唇を戦慄かせていた。
視線が、白々と、その侍女に、集まる。
「はんかち、かえして!」
ニリヤがキラキラと瞳を燃え立たせ。憤然と、侍女を見据えた。
「ち、ちが、洗濯、洗濯を、しようと。」
どもりながら、侍女は言うが。
「せんたくしなくていいの!すぐかえして!かあさまのはんかち、かえしてよ!」