ぼくがそだてる
「後はあれだ、お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとうございます〜、あの時こんな事がありましたね、あんな事がありましたね、そんな私も結婚して、お父さんとお母さんのような温かい家庭を、って感謝と感動のお手紙なんか読んだりしてさ。」
ふぉぉぉあああ!うんうん!
エルフが、涙ぐんでどうするのよ。もう、感情豊かなんだから。
呪いで感情表現が止められていた事もあって、エルフ達は今、自由な感情が溢れ出るのを、楽しんで癒しているようだ。
「そんな手紙を皆の前で読んだりしたら、父母はぐうの音も出ないでしょうね!」
ジャンドルも良い笑顔で、父母を嵌めようと。うん、良いんだけど。
オランネージュが、悪い顔でくすくすしている。
ウェディングマーチってあってさ、バラン王兄は興味あるかな、ああそりゃ絶対だ、などとマルサと話し、音楽大好きバラン王兄の協力もとっつけようと話などをしていると、ニリヤが。
「けっこんしき、いつやるの?テレビ、にゅうしゃしけん、あと?」
小さな指で竜樹の手を握りフリフリ、振り返って聞いた。
うむ!そうだ。
「そうだなぁ。よく気づいたねぇニリヤ。準備もあるし、テレビの放送局の人員も益々必要だし、入社試験の後だよな。歌の競演会もあるし、お酒の品評会も企画してるし、でも、なるべく早くしたいよね。冬だと寒いし、本当は気候のいい春が良いけど、それじゃ遅すぎるかな?」
「いえ、それくらいで丁度良いと思います。コリエや私が落ち着くにも、結婚資金を貯めるのにも!少しは蓄えもあるんですが。幸い、縫いぐるみの本がとても売れているそうで、テレビで番組が放送されるのに合わせて増版されるそうなので、当てはあります。」
あ、そうね。先立つものが必要である。それにしてもジャンドルは、借金も返しながら堅実である。真面目だし、柔らかい所もあるし、一筋だし、コリエは幸せになりそうだ。
「エフォールもリングボーイとかしても良いかもね。2人の、大切な結婚指輪を運ぶ役目だよ。もし歩けるようになっていたら、こんな嬉しい事はないし、歩行車でも晴れがましいと思う。」
竜樹の笑顔に、エフォールがぱあぁあ!と顔を明るくして、うんうん、うんうん、と頷いた。
「私にできる事あるの!?がんばる!目標、できた!!結婚式までに、なるべく、歩けるようになるって!!」
歩行車だったとしても、できるだけスムーズに!
リオン夫人も、ニコニコのニッコリである。
じゃあそんな感じで、王妃様に竜樹の世界の結婚式を、運命の恋人達の結びを、一押ししてみませんかってお知らせしてみようか、とタカラに目配せすれば、承りました、とニッコリ伝えに。
リオン夫人は、娘の結婚式が来年の夏なんだけど、やり過ぎない程度に、参考にしても良いですか?王妃様に一言許可も取るし、相手側のお母様も話が分かる方だから、と両手を組んでお願いモード。竜樹は、コリエさんとジャンドル様の後だし、2人が良ければ良いんじゃない?と言い、コリエとジャンドルは、勿論!むしろ結婚プランナーの仕事をするのに、新しい結婚式が広まってくれたら嬉しい、と笑顔だ。
そんな和やかな時に、ブォン、とエルフのテレビ電話が新たに繋がった。見れば、ヴィオロ地方教会にお勤めしている、お世話人の辛子色スモックエルフと、その地方の魔法陣番エルフが、跪く、ほろほろと涙を溢す黒髪碧目女性の背中に手を置いて、心配そう。教会の子供達のいる、いつものテレビ電話じゃないのは、少し場所を置いて廊下かなんかだからのようだ。しかし、子供達も遠巻きに、しゅーん、とした顔で見ている。
『竜樹様、この方貴族の方らしいので、司祭様もお出かけしているし、ちょっとテレビ電話繋げてみましたぁ。助けて欲しいんですって。』
『お願いします、何でもします、お助けください、他に行く所がありません!哀れにお思いになってどうか、どうか!』
あ、あー。
女性は、そう、大きなお腹を抱えて、それを床につかんばかりに頭を下げて。
『危険な武器や毒なんかは持っていないし、悪意も敵意も、魔法反応も、呪いも察知されません。お腹の赤ちゃんも本物です。そちらにはマルサ殿もいらっしゃるし、追われてるそうだから、転移でお話し聞いてもらっても良いかなぁ、って思って。』
何より、この女性、この地方にいると追っ手が心配で、落ち着かないらしいんです。お腹が心配でしょ。
エルフは赤ちゃんファーストなのだが、竜樹もそういうのは嫌いじゃない。勿論こちらの安全には注意してくれてると思うので。
「良いよ。転移でこちらに送ってあげてください。お話聞いてみましょう。」
竜樹が聞くと言えば、皆そのように動くのである。
女性は、くるくるとした巻き毛の黒、濡れたまつ毛にうるうるのタレ目がちょっと可愛い、儚げなまだ10代らしき妊婦さんだった。交流室だから靴を脱いでいるのかと思いきや、裸足で逃げてきたそうで、足には血が滲んでいる。ラフィネが、あらあらあら!と早速手当を始め、見た目よりしっかりしているのか、ありがとうございます、と泣きながら、女性はちゃぶ台に着いた。泣き腫らした瞼は赤く、痛々しい。
そして、それでも一応、マルサが側で注意して見ている。お仕事ご苦労様です。
「貴方、ヴィオロの、確か子爵の、娘さん〜、だったかしら?記憶によれば。可愛い、って評判のお嬢さんよね。お名前、何でしたっけ。」
リオン夫人は、ちょっと記憶にあるらしい。
「ヴィオロ子爵が娘、コクリコと申します。あの、あの、失礼ながら私、御婦人のお名前を存じ上げなくてーー。」
「良いのよ。私はパンセ伯爵家の妻、リオンです。どうされたの?一体。結婚なされていたのですっけ?」
ポロポロころん!
ふ、と伏された目、涙が新しく頬を伝い。
「わ、私、騙されてしまったんです。」
ああぁ。ろくでもない話の予感がする。
コクリコは可愛いと評判の娘だった。家族は父と娘だけの、2人暮らし。兄もいるが、結婚していて、家は離れで独立している。それというのも母親の違う年の離れた兄妹だからで、少し隔意がある。ヴィオロ子爵は嫁に恵まれなかったらしく、どちらの兄妹の母だった連れ合いも、病気と事故で亡くした。
勿論、使用人などはいるが。
「侍女のポワが、おそらく騙した相手の手先だったのです。私に、隣国の貴族の方だと、安心して父の代わりに会うべきだと言い、何かと訪ねてくる相手に2人で会うのに協力をして、こうなってからは、私、王都の父に恥を覚えながらも手紙を書いて助けを求めたのですけど、ポワに手渡していたからきっと、握りつぶされたんです。返事もなくてーーー。」
私、私、用心していたから、いつもポワと一緒で2人で会う事がないようにしていたのに。決定的な事があった時、ポワに助けを求めたら、ニッコリ笑って、確かな方ですから身を委ねなさってお嬢様、って。
「私、私、嫌だったのに!!!」
それからは針の筵の上のような生活で。
「相手は、隣国の貴族の、アリコ・ヴェール子爵と名乗りました。でもそんな名前の貴族、隣国の貴族名鑑を取り寄せても無かった。お兄様は、私に関して面倒な事を嫌がりますから、言い出せなかった。いつ相手が来るか、本当に嫌で。」
うっ、うっ、うっ。
おお〜ぅ。
エルフ達が険しい目になってくる。我が身を思えるようなのだろう。
「その内、この身が2つになりました。私はもうどうしても、と監視の目を盗んで王都にいる父に、自分で郵便を出して助けを求めに、何とか出かけたのですけど、郵便局に着く前に見つかって、相手が本性を現したんです。」
こう傷物になっては、貴族ではいられねぇな。
子供が堕したければ、薬代を払いな。
その分、花街で働いてもらうから。言う事を聞けば優しくしてやっても良い。それとも子供を産むか?引き取ってやっても良いけどね。
俺、本当に隣国のアリコ・ヴェール子爵だと思う?
ニヤッと笑って。
「もう戻れるとは思うな、と。私、儚げに見られますけど、お転婆だし身体はすごく丈夫なんです。引っ立てられる途中で、暴れに暴れて逃げてきました。! 子供達がいる所なのに、ごめんなさい!他に、逃げる所、なくて。」
はっ、と気づいたように、周りで静かに話を聞いている子供達を見て、慌てて謝る。
『うん、捕まえたから大丈夫〜!』
頼り甲斐のあるお世話人エルフは、ヴィオロの教会に押し入った、自称アリコ・ヴェール子爵とその一味をとっ捕まえたようである。仕事が速い。子供達が、拍手パチパチしている。
「あー。多分その男達は、転移させると牢屋に直行で送られそうだな。こちらから騎士団員を送るから、少しそのまま拘束ってしておけるか?」
マルサの依頼に。
『お任せください。魔法で何とでも。』
子供達が、モゴモゴ言いながら魔法の蔦で縛られている自称アリコ・ヴェール子爵達を、ペチ!ペチ!と叩いている。メ!なのである。
「落とし屋だな。」
ジェムが、腕を組んでフム!と鼻息を吐いた。
「落とし屋って?」
ネクターが問うと。
「貴族のおじょうさん、って、花街でにんきあるんだ。だから、あんまりえらくない貴族のむすめを、色仕掛けとかではめて、いうこときかせて花街にひっぱってきちゃうんだ。それせんもんの悪いやつ、ってのがいるって、きいたことあるよ。貴族は、外聞が悪いからむすめは大抵切っちゃうし、反撃できない相手を選ぶ、って聞いたことある。子供ができちゃうようにするかは、知らなかったけど。」
「よっぽど相性良かったんだな、俺と、って言われました。」
ふ、と皮肉に笑うコクリコに、トコ、トコ、とニリヤが近づく。
「あかちゃん、おろすの?ダメだよ!おろすのだめ!」
必死でコクリコに取り付いて、お腹のドレス布をギュッと握り、ゆさゆさする。
コクリコは戸惑って、ニリヤの手に、手を置いて、あの、あの、と口籠もっている。
「おろすの、ねんねして、おきれなくなっちゃう!ぼくのかあさま、もうおきれない!ねえ、ダメ!ね、ぼくがそだてるから、あかちゃんうんで!?」
お願い!と言い募るニリヤに、竜樹はそっと肩を抱いた。
そうだ。ニリヤの母、リュビ妃は、堕胎薬を飲まされて亡くなったのだ。
「弟子が赤ちゃん育てるなら、師匠が面倒見てやらなきゃなあ。ニリヤ、分かった、分かったから、師匠にお話させてごらん。ちゃんと説明するからな。堕胎薬は、危険だよって。」
ニリヤは竜樹と顔を見合わせて、ふす!と鼻息荒く、そして竜樹の肩口に顔を寄せてしがみつき抱きついた。
抱っこの竜樹は、距離を置きながらもコクリコの隣に座って、話し始めた。
土日と休みなのですが、お話がキリの良いところまで、できるだけ更新できたらと思います。




