16日 エルフに報いる
『ーーーさて、皆、話しにくいから、立って顔をお上げ。人もエルフも獣人も、生きとし生けるものは、神にとって皆、可愛い愛し子。私にその表情を、見せてくれるかい?』
この場を支配する、神の言葉に、逆らえる者があろうか。
躊躇いながら、皆、顔を上げ、パラパラと立ち上がる。空中で優雅に、ゆるりとした天の衣、麗しの黒髪をたなびかせている神を、歓喜、焦燥、畏怖、尊敬。それぞれ様々な思いで、見つめた。
『エルフ達。今までこの大陸全土の盟約に係る国々、その平和への調停者を、長く務めてきてくれて、ありがとう。なかなか難しい仕事だったと思うが、エルフ達の努力で、起こらなくとも良い諍いが、避けられた。神々もその働きを嬉しく思っているよ。』
ニッコリと笑う、クレル・ディアローグ神様である。
『お言葉、ありがたく頂戴いたします。今後も、励んでまいります。』
リュミエール王が、頬を興奮に染めて、神の言葉を受ける。
誇りをもってやってきた仕事だ。エルフに、調停者をやったからとて、即物的な得はない。平和に貢献した満足感と使命感を胸に、変わらず国々に接してきた努力を分かってもらえれば、嬉しくもなる。
パシフィストの体育館にいるエルフ達も、神の言葉に、ふわっと上気し、報われたと喜びが浮かぶ。
『ーーー今後も、と言うのだね。今回、残念な事が起こってしまったけれど、そして神といえど、人とエルフの揉め事に、簡単には直接介入出来ないが故に、12年もエルフ達の窮状をそのままにしてしまったというのに。それでもエルフ達は、これからも調停者を続けてくれると?』
少し心配顔のクレル・ディアローグ神様に、リュミエール王も、そして体育館のエルフ達も、微笑んで。
『調停者をお任せいただけるのは、エルフの誇り。そして、今までの行動あったればこそ、盟約があるから仕方なくなどでなく、それを評価してくれた各国に、今回当然のように手を差し伸べられ、助けていただけました。』
リュミエール王は、続けて。
『エルフは今後も、調停者を続けて参ります。』
神は万能か。
いや、ならば何故エルフがこんな目に遭うのか!
そう怒っても良いのに、とクレル・ディアローグ神は眉を下げる。そして、パチリ、と瞬きをする。
ビクン!とリュミエール王が、背に電撃が走ったかのように身体を震わせる。ピリ、として、神力が、じわぁと身体中、そしてエルフ達、皆に広がってゆき、サワサワ、と体育館でも、その感覚を不思議がる。
『あまり、神の力を安易に与えてはいけないのだけれど。突出して強くなった者が、過ちを犯さないとも限らないから。しかし、エルフ達の長年の貢献と、そして、1人も同胞を見捨てられない、エルフの弱さを、少し補完する為だから、良いだろう。』
竜樹達は、胸に手を当てて上気するリュミエール王と、深く優しい表情のクレル・ディアローグ神を、交互に見た。
『今後、エルフ達に、呪いは一切かからない。全てが、呪いをかけた者に返る。』
ふわぁ!と歓声を上げるエルフ達。
リュミエール王は、顔を上げろと言われているから、控えめに目礼をして感謝を伝える。
竜樹達や、各国のトップ達、放送を見ている大陸全土の皆も、これで、色々危なっかしい(だからこそ、人の中にあまり出て来なかったのかもしれない)今後のエルフの、呪いによる従属は阻まれた、とホッとした。どこかの国がエルフを手中にして、他国に争いを仕掛ける事も、阻まれた事になる。
『ジュヴールの民達よ。』
クレル・ディアローグ神の問いかけに、ジュヴールの皆は、ビクッとする。
『エルフに呪いは、もうかからない。ジュヴールの地は、エルフの王に、無理に力を注がせて、作物を育てたせいで、これから不毛の地ともいえる有様になろう。』
悪い事を言われているのだ、という事は分かるけれど、エルフが逃げてからの急な展開に、ジュヴールの民は、気持ちが追いついていない。
皆、吐息が速くなる。
だって、民達だって、呪いで管理されて、上から言われるがままにやってきたのだ。
呪いは、管理され自分で考えなくても良い、という安心をもたらすものでもあった。けれど。
誰かに思考を預けきってしまう、それはとても危険なこと。
クレル・ディアローグ神によって、エルフにかけた呪いも、ジュヴール国民にかけた呪いも、皆、返されてしまった。
責任者であるはずの、ジュヴールのキャッセ王達は。神に尋ねられもしないし、冷や汗をかき黙って震えて立ち、一言も発しない。
『それを何とかするには、今までのように、閉鎖的ではいられまいぞ。エルフはやはり植物を、土地の力を育むのに長けているから、お前たちが蔑んでいたエルフに、頭を下げて土地の力を整える必要も、あろうな。』
ああ、ああ!そんな!
『だが、エルフは力を貸してくれるかな?どうしてもエルフが必要だ、欲しいとジュヴールが言うならば、呪いも脅しにも頼らずに、エルフ達に、思った所を伝えてみなさい。』
え。
突然、言ってみな、と突っ放されて、ジュヴールの皆は。
エルフの魔法使いが、シュ、と転移して、ジュヴールの民達が集まっている、街中に、空中に飛ぶ、神の目カメラを仕掛けた。
ビュン、とまた一つ、大きなスクリーンが各地に現れて、固まったジュヴールの民達の様子も、放送され始めた。
『ジュヴールの民達よ、良いか。一片たりとも嘘は許されないから、心してお話し。』
すう、と体勢を空中で、座るように変えたクレル・ディアローグ神は、頬に手を当てて、見守りに入った。
『••••••••。』
『••••••••。』
『••••••••。』
『••••••••。』
『••••••••。』
うん。
すう、と息を吸って、竜樹がハイ!と手を上げる。
『竜樹、何か?』
面白そうな顔をした、クレル・ディアローグ神に指名されて、竜樹が口を開く。
『ジュヴールの民も、いきなりでは話し辛いでしょうから、この場では、俺が司会のような事をしても、良いですか?』
サラリ、サラリと黒髪を揺らしながら、うむうむ。
『そうだな、任せるぞ、竜樹。』
スーリールが、そそそ、とマイクを差し出す。握って。
『はい!ではね、司会を任されました、竜樹です、皆さんよろしく。ジュヴールの国民の皆さん、結構、ジュヴールこれからヤバそうだけど、実感ある?はい、そこの青い布を頭に巻いてる彼、どうですか?』
え、俺、俺!? と慌てた1人の、スクリーン内のジュヴール国民が、慌てて。
『あの、あの。俺ですか?ええっと。』
『ウンウン。そう、君だよ。』




