15日 人の死なない戦場に
エルフの王子ロテュスは、寮の男風呂、熱い湯船に浸かって、ふうぅ〜、と息を吐いた。
ようやくと、念願の救助要請が出せた。
本当に、ようやく。
バシャン!と、潤む涙を、お湯で洗って、ギフトの人、竜樹を見る。
竜樹は、一緒に風呂に入っていた、小っちゃい子組の髪を、順ぐりに洗い、目に染みないようにガードしてやりつつ、泡を流したりしている。
「うーむ、やっぱり、シャンプーハットを作るべき?」
と、よく分からない事を言いながら。
留学生、外交官達も、一緒になって風呂に入っているし、ハルサ王も湯船で良い気分に。パシフィストの3王子も、ジュヴールの王子達のように、いがみ合ってなどおらず。オランネージュがネクターの背中を、ネクターがニリヤの背中を、並んで仲良く泡泡と洗っている。
子供達が、湯船で、いーち、にーい、と数を数える。
先程、早速呼びかけに応え、転移でやって来た、元々はロテュスの近くでお世話を焼いていた3人。
戦士だったからと、冒険者をやらされ、危険地帯の樹海に送られて、無理難題に応えさせられていたフィラント。
魔法を教えるのは拒絶しても、ならばお前がすれば良いとばかり、あらゆる魔法事にこき使われて、悔しく同胞への呪いをも管理させられていた、魔法使いのファマロー。
宰相だったからと、奴隷のように何でもかんでも投げられて、しかも責任を負わされながら、睡眠も食事も途切れ途切れに命をすり減らし、ジュヴールの王に仕えさせられていた、サジタリアス。
皆、おっかなびっくり、お風呂に入っている。
3人の上半身にあった、呪いの刺青は、竜樹がきちっと拭って、取ってある。
ふう、と息を吐く。
「ここは、天の国か。」
様々な国の者が、分け隔てなく、気持ちの良い熱いお湯に浸かる。
ロテュス王子は、ジュヴールでは決して入らせてもらう事が出来なかった、お風呂というものを。
大変気に入って、ゆるゆると身体を伸ばし、パチャパチャと湯をはねた。
「皆さん、お着替えの用意が出来ましたから、よろしくなられたら、あがって下さいね。」
お助け侍従ズが、ハルサ王様のものから外交官留学生、エルフ達の分まで。急いで用意した、ゆったりの湯上がり着、じんべいと、乾いた新しいタオルを持って、準備万端にスタンバイ。
ハルサ王様が、ザバァと湯船から上がって。
「エルフのロテュス王子殿下、お仕えの3人、それから救助要請に応えた他国の代表の皆さん!これから、エルフ達5246人の受け入れの準備、対応となる!どうか皆で協力して、大事を乗り越えよう!風呂から上がったら、人の死なない戦場であるぞ!」
「「はい!!」」
「やってみせましょう!」
皆それぞれ、スタスタと脱衣所に向かう。タオルに顔を埋め、パッと首にかけ、パン!と頬を叩いて、気合いを入れるハルサ王である。
「竜樹殿!」
王様が声をかけてくれたから、竜樹だって朗らかに応える。
「はい!俺も、お手伝いしますよ!えーと、俺のいた元の国では、自然災害もあったから、そんな時は体育館に民たちを避難させたりしたんですよね!今回のエルフ達も、体育館に誘導したらどうでしょうか。広いし、トイレもあるし、飲み水や、顔や身体を拭く用として水道もあるし、空調もあるから、暑さにも対応できるし、不安を軽減するには情報が大事だけど、そこはテレビも見られるし。」
頼もしい!と皆が瞳をキランとさせる。
うむうむ、ハルサ王も、頭を拭きながら頷く。
「それは良い!一旦、王宮の庭に集まったエルフ達は、一角馬の馬車で順に体育館に連れて行こう!知らぬ者が迎えたら、不安に思うであろうから、ロテュス王子殿下、お仕えの3人とも、エルフ達に説明を頼みますぞ!」
「はい!」「「「はい!!」」」
「体育館に受け入れ準備の連絡をして参ります!」
侍従ズの一人が早足で行く。走ったらダメ。時間の制約はあるけれど、焦っては、何事も上手くいかないのだと、侍従ズも分かっているのだ。
ロテュス王子は、じんべえ一式に着替える。
「もし叶うならば、エルフの皆も、お風呂に入らせてやりたい!無理なら、諦めるけれど、たつきに、呪いを解いてもらわなければならないし•••。」
ふむ、と竜樹は腰タオルのまま。
「プール、使えますかね?設定温度を熱くして、水位を座ってくつろげるように低くし、洗う所はプールの槽の周りの床が水捌け、流れもするようにしてあるし。男湯が大人プール、女湯が子供プール、赤ちゃんや小さい子供が、赤ちゃんプールを使っても。皆が体育館に集まって、落ち着いてからが良いでしょうね。安心しないと、服なんて脱げませんから。」
「設定温度の変更、可能ですよ。私が使用許可貰いと、温度と水位の変更に向かいましょう。」
バーニー君も、ささっと着替えてプールに向かう。
そこで、チリ魔法院長が真面目な顔で。
「ろ、ロテュス王子殿下、エルフ達にご飯を食べさせねばなりません。今日だけでなく、皆が落ち着いて、次の事が考えられるようになるまで、多分、結構長い期間。夏とはいえ、布団も必要です。この国だけでなく、協力してくれる国々からも、必要物資を、急ぎ募りたいです。」
「うむ。そうだな!その為には。」
キュピン!と瞳が輝くのは、ハルサ王だけではない。
何だかドサクサではある、あるが、本当に今あれば、超便利!
「は、話し合おう、協力を願おうとしていた事でもあります!余裕がある場所、国の地方から食材等を運べる、そしてそれを国を跨いで可能にする、転移魔法陣を、急ぎ作る訳にはいきませんか!」
「私からも、お願いする!」
私たちからも、私達の国からも!
外交官、留学生達も、続いて願う。
きょん、と驚き、ロテュス王子はもう少し詳しく説明を、と、寮の庭へ向かいつつ皆に頼む。
ハルサ王とチリ魔法院長が、交互に説明する。
ルート神の名前を用いた、国の物流、循環を良くする為の。悪意に利用されない、国の道を途絶えさせず、正しい規制を盛り込んだ転移魔法陣の話をする。
「無論、エルフ達の受け入れに間に合うよう、最初は要所のみでかまわない。最低限の守りごとだけ乗せて、試験運用として。いかがであろうか、他国と、不足なもの、供出できる物などをその都度、相談しながら、必要なものだけを効果的に集め、配布したいのだ。」
ロテュス王子は、少し考えると、コックリ頷き、応えた。
「転移魔法陣の協力、是非、致しましょう。ファマロー、魔法陣の相談にのれるかい?」
「勿論。私はエルフの魔法使い、同胞を助ける為の魔法であれば、何でも聞いて下さい!」
どん!と胸を叩くファマローである。
「ま、魔法に長けたエルフに教えを請えるなど、光栄です!私はパシフィストの魔法院長、チリと申します!よ、よろしくお願いします!」
と手を差し出して、2人はグッと握手してぎゅ、ぎゅ、組んだまま拳を熱く揺らした。
「エルフからの救助要請の経緯を、テレビで放送して、民にも、テレビを配布した国々のトップにも、知らしめたいです!ロテュス王子の刺青、解けた呪いを、ミランが撮影していましたから、整理して夕方の番組に。」
「テレビ?」
ロテュス王子は、まだテレビを観た事がないのだ。ないのだが、竜樹が言うように、秘密じゃなく、知らしめるのは良い事だと思えた。
「そのテレビとやらで、情報が公になるなら、お願いします。」
「ロテュス王子殿下の裸は、ちゃんと刺青があるな、と分からせながらも、モザイクで隠しますからね。」
刺青は、絵として発表してしまうと、模倣したい悪人に覚えられても困りますから、ぼかしましょう。
皆、キリリ、と引き締まった表情で、寮の、先程まで泥合戦をやっていた庭に出た。女性達も、湯上がりで浴衣姿で合流、ちょっと、いかに紳士達でも、ほわ、となるのは仕方ない。
それも良いじゃないか、リラックスして、真剣に。
用意されたサンダルをつっかけて。
「それぞれに配られたテレビ電話で自国に報告の後、テレビ電話を持って王宮の一室に集まりましょう!どんな物がどれだけ集まって流せるか、自国に確認し、皆で調整してすり合わせる基地が必要です!」
ヴェリテ国外交官のフレが物流センターの司令塔を立てる案を。
「なら、私たちは、エルフ達から、どんな物を必要としているか、聞き取って基地にあげる係をやりますわ!」
フレの妹ナナン王女達、外交官がいて自国と連絡を任せられる者がいる、留学生が立候補する。
ハルサ王様が女性達にも、湯上がりの脱衣所で話してきた情報を説明する。
「それで、エルフは体育館に移動させる事になった!聞き取り係達用にもテレビ電話を持たせるから、連絡は密に!迅速に頼む!」
「「はい!」」
「ご飯を作る料理人を集めましょう。大人数の調理には、経験とコツが必要です!ゼゼル料理長に連絡を?」
竜樹が言えば、はい!と、お助け侍従ズがまた一人、早足で行った。
「私と王妃は、緊急テレビ電話会議でこれから貴族達への説明だ!国費の融通もあるし、選んだ商人とも折衝せねばならん。」
ハルサ王様と王妃様は、連れ立って、急いで王宮へ。
きっとエルフ達も、準備もあるから、お風呂に入る時間くらいはあるだろう。ロテュス王子が言った通りに、庭にはまだエルフの避難民はいない。
それに、ロテュス王子が、共感覚の魔法を発動しているから、さっきまで、お風呂に入っていたのも、皆、知ってるはず。
庭で、すーふ、ロテュス王子が息を吸って吐き、落ち着いた所で。
キラキラし出した、そこかしこ。
まず現れたのは、子供のエルフ。
「ロテュス殿下!」
「ろ、ロテュス様ぁ!」
「森に大人が一人もいなくなっちゃって、すごく、すごく、不安だったよう!」
「うぇええええん!!!」
粗末な服を着たエルフの子供達は、マルミット国の森のエルフだった。
ウンウン、よしよし。ロテュス王子は、小さな手で胸で、受け止める。
「私が捕まってしまったから、皆には辛い目に遭わせてしまったな。すまない、本当にすまない!」
5000人からのエルフの受け入れは、こうして始まった。




