15日 救助要請、承ります
「あ〜、だいぶ泥が凄いから、おやつの前に皆で、お風呂だな〜。」
竜樹がチラ、チラリ、宰相とエルフを見れば、宰相はギョッとして固まり、エルフは身をギュッと縮ませた。
皆がそれを、ジッと見ている。
「か、簡単に泥を落としてから、寮のお風呂に入りましょ〜。」
どばばー!とチリの指先からぬるま湯が、宰相とエルフに、そしてそこにいる皆に降りかかった。キャッキャ、キャイキャイ!3王子と子供達は歓声をあげるが、宰相は。
「やめろ!パシフィストの連中は、ジュヴールを何だと思ってるんだ!侮ればただではおかな、こっちはいつだって転移でうぶぶぶばぶ!」
「はいは〜い、洗った洗った〜!」
容赦のないぬるま湯攻撃に、庭に小さな虹が出て、夏。
女性達は、濡れて下着が透けて、健康的なお色気いやーんになっていたが、ラフィネが綺麗に泥が落ちた人から、サッサとタオルを配り、ファサ、と肩からくるまったので、そっぽ向いて目線を逸らしていた紳士たちも、ホッと息を漏らした。
「•••汚されている、ってやっぱりエルフの君の方だったのか。」
竜樹が、小さく呟き、その小さな肩に手をかけると、ビク!と揺れる。
ブラウス1枚、濡れてピッタリと肌に張り付いて、その下、肌の紋様を禍々しく浮かび上がらせていた。
皆、ゴクリと唾を飲み見守る。
「お風呂に入って、洗おうね。ビシャビシャだから、ここで服を脱がせても、いいですか?」
(貴方に施された、刺青を、ここの他国も含めた皆で、確認する必要があります。恥ずかしいかもしれないけど、少し我慢してくれる?)
ひそ、と竜樹がエルフに耳打ちする。
しゃがんで幼いエルフに目線を合わせ、竜樹がブラウスのボタンに手をかける。縮こまったエルフは、青白い顔をして、髪からポタポタと雫を垂らし、竜樹をジッと見て、コクン、と一つ、頷いた。
宰相が、よせ、やめろ!と叫ぶが、フレや男性外交官達がまた、羽交締めにして。何なら宰相も脱ぎますか、と脱がせ始めて、わちゃわちゃと。
ぽち、ぽち、とボタンが外れて、エルフのブラウスの前が開き、胸が露わになる。白く輝く肌に、青黒く、所々紅色に。胸の真ん中に、目玉の模様がギョロリと描かれた刺青がある。周りを絡みつく茨が囲み、トゲが刺さり血を流したおどろおどろしい図。ぺったりと濡れた白布を剥ぎ取れば、痛々しい刺青は、身体中、服で隠れる、いたる所に広がっていた。
皆、息を潜めて。
「な、何て酷い呪いだ•••。」
チリが宰相にビシャビシャ当てていたぬるま湯をそのままに、ぽつり、呟く。そしてフレも宰相を脱がせる手を止めて、ムンとした口で刺青を睨む。
「呪い?」
竜樹が聞き返す。
「ええ。それは、呪った者が常時、視覚、聴覚、発声を監視し、戒め、時には思い通りに動かせる、自由を禁じた呪いの紋様ですよ。」
チリが、言いながらドビシャ!!と宰相に大容量の湯を当てた。
右肩には唇の紋様、左肩には耳の。
それを、竜樹は痛々しく思い、家事で少しガサついた、温かい手で、目玉の刺青がされた胸の端っこを、拭うように摩る。
「こんなに沢山刺青して、痛かったろうに。」
大人でも我慢できない、と言われる刺青を、こんな子供に。
すり、と撫でて、擦った時、ドロ、と紋様の端っこがとろけて、拭われて。
バチン!ぎゃああ!
遠くから声がしたように思った。
エルフも目を見張り、竜樹も驚いた。
竜樹の手で拭った所が、肌の下、刺青なのに、じゅわ、と色が溶けて流れている。ポタ、と刺青の青黒いインクが、ぬるま湯に流れて滴り、泥と混じった。
小さな手を、その溶けた所に当てる。
コシコシ、と擦るが、エルフが自分の手で擦っても、何ともない。
はた、と竜樹と顔を合わせ。
ガバッ!小さい手を竜樹の手に乗せて引っ張り、胸を、腹を、ゴシゴシ擦る。
竜樹の手の通った跡の紋様が、ぐしゃぐしゃにかき混ぜられて、マーブルになり、ポタポタ、ポタリと肌からインクが染み出し溢れる。
肩も、背中も、ゴシゴシ。一生懸命に、消えますようにと、念じながら、竜樹も擦ってやる。
要所要所を消す毎に、バチン!バチン!ぎゃああ!と音がして、エルフの頬は次第に赤く上気した。
下履きも躊躇なく脱ぎ。あらら、女の子だったのか!と、ついてない股間をチラリと見た竜樹は、ちょっと居心地悪く思い、3王子やジェム達は、おめめを手で塞いだけれど。エルフは呪いを脱ぎ捨てるため、躊躇いがなかった。
内腿にさえ、茨が這うのだ。
宰相は慄きつつも、苦りきった顔で、うーと唸っていたが。
「こちらにも、小さいですが、ありますね!」
とフレが宰相の鎖骨の辺りを指す。
焦って暴れるのを押さえつけて、宰相の身体にある、目の模様の小さな刺青を、竜樹が擦ると、やはりバチンという音と共に、それは消えた。
ひいいい!と宰相が悲鳴をあげる。
「何て事をしてくれたんだ!これでは私は、国の管理から外れた、はぐれ者ではないか!反逆者扱いされる!もう国に帰れない!家族もいるのに!」
宰相が、髪を掻きむしり、へたり、座り込む。
コケーッ!とオーブがひと鳴きし、ゲシ!と宰相の膝を蹴った。
「へー、呪いでジュヴールは、人を管理してたんだ?」
フレが、腰を折って顔を寄せて聞けば。
「•••私はパシフィストに、亡命を希望する!委細は受け入れられてから話す!」
やけっぱちで叫ぶ宰相は、護衛のマルサに任せておこう。
ラフィネがエルフに、優しくパサリとタオルをかけてやる。
竜樹も、もらったタオルで滴る雫を拭ってやり、綺麗になった身体を隠してやると、エルフはブルリと震えて竜樹にしがみついた。よし、よし、と濡れた髪を撫でる。
「脱がせちゃって、恥ずかしかったね。ごめんね。刺青は全部、落ちたかな。皆が、呪いを見届けたから、エルフをジュヴールが呪っていたって、知ったからね。皆で、助けてあげられるからね。調子が悪い所があったら、言ってね。」
「う、うん。わ、私、喋れる?喋ってる?」
頬は上気しているのに、ぶるぶるる、かちかちと、震える唇に、合わさる白い歯。興奮に潤む瞳、タオルで頬をさすってやりつつ。
「喋ってるよ。今まで上手く喋れなかったの?」
コクリ、頷いて。
「あ、貴方は誰?」
竜樹はお決まりの自己紹介だ。
「俺はギフトの人、畠中竜樹です。竜樹って呼んでね。」
少しでも安心するように、ショボショボ目をパチパチ、ニコリとする。
ふす、とエルフの鼻息が顎にかかる。
「たつき、ここは、パシフィストの国の王宮だよね?国王様のいらっしゃる所、を念じて、転移して来たのだけど。」
王宮だけど、その中の庭にある寮なので、雰囲気が王宮っぽくないのだ。エルフは戸惑い。
「ちゃんとここに、国王様も、いらっしゃる?」
そうだよ、とハルサ王様を指し示す。フリフリ、と手を振る、毎度ノリの良い王様である。
「他の国の、外交官や留学生達も、急な会談って事で、パシフィストにいた方々が、お国の代表として集まってくれたのが、ここの皆だよ。」
あと3王子と子供達もいるけれど。
ぱち、ぱち。カッと見開き瞬き。
ぐるりと人々を見回して。
ぶわりと若葉色の髪が広がったかと思えば、クワン!と響く声。
『我はエルフ、エルフの王子、ロテュス!この大陸の国々の、諍いを止める調停者なり!』
調停者?
『古の盟約により、パシフィスト国王、それから、盟約に係る全ての国に、ジュヴールに貶められ汚された、我々エルフの救助を要請する!』
ハルサ王様が、胸に手を当てて。
「パシフィスト国王ハルサ、調停者エルフの救助要請、承った!」
フレも、ナナンも、そしてマルミット国アルモニカ第二王女も、他国の外交官留学生達も、ピシッと胸に手を。
「ヴェリテ国外交官フレ、国王代理にて調停者エルフの救助要請、承り!」
「マルミット国王代理、アルモニカ第二王女、救助要請承ります!」
次々に、救助要請を受けた宣言をしていく。
全ての国が受けたのを確認して、エルフの、王子?ロテュスが天に向かって、拳を突き上げ叫ぶ。
『我の呪いは洗い落とされた!苦境に止めおく鎖は、ここに解かれた!エルフの同胞よ、みんな、ここに、集まれ!!!』
集まれ!れ、れ、れ、れ!
とエコーがかかったのは、魔法効果なのだろうか?
キラキラ、ピカリン!
エコーが収まると同時に、泥だらけの庭に、光が3箇所。輝き出したそれは、シャワッと音と同時に収束し、金髪尖り耳、そしてどこか薄汚れた、大人のエルフ達が3人、転移で現れた。
「ロテュス様!」1人は、古びた胸当てをした冒険者の格好で。
「ロテュス殿下!」もう1人は、古い繕いのある、ローブを着て。
「ロテュス王子殿下!」そして最後の1人は、年配の、目の下にクマがあるが美麗なイケオジエルフが、地味で手足の袖裾が短く合っていない、執事などお仕え部隊に見える服を着て。
「良くご無事で•••!」
感極まった様子で、ロテュス王子の元へ集まる3人に。
「みんな集まれ、って、どれくらい捕まってたエルフ、いるの?そして全員、ここに来るの?」
オランネージュが、はてな?と首を傾げる。
「全部で5246人だ。」
ロテュス王子が、事もなく、言った。
「あ、でも妊娠している者もいるから、後々増えるかも。ーーー全部、ここに、呼んでしまった。•••ちょっと、狭いかな?」
さあ、それからが、大騒ぎで。




