14日 ピティエのランウェイ
「皆さんこんばんは、夕暮れて夏の夜、少し涼しくなって参りましたね。ここは大画面広場、これから特別なファッションショーが始まります。解説は私、アナウンサーのモリュと。」
「初めまして!ちょっとファッションにはうるさいです、私、カヴァアール侯爵家のオリヴィエです!」
「カヴァアール侯爵家、といえば、繊維業で一番と言って良いくらいの領地を持つお家ですが、オリヴィエ様は、ご次男でらっしゃるのですよね。」
「はい。そして、貴族向けのドレスメーカーをさせてもらっています!今回、ゆかた、じんべいのデザインのお声がけも頂いたんですが、ギフトの御方様から、デザインの解説、全体を贔屓目なく見られる人がいないか、という事で、デザイナー達から推薦いただき、デザインではなく解説を務める事になりました。どうぞよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。という事で、まず、今回の夏服、ゆかたとじんべいについて。オリヴィエ様は、ご覧になっているんですよね?」
「はい、解説をする為に、事前のカタログ撮影の時に、見させてもらいました。とっても素敵でした〜!ゆかたは上品に、女性も足のくるぶしまで布が覆っているにも関わらず、とても涼しいんだそうです。男性も女性も、ゆかたは何とも色っぽいんです。そしてじんべいは、家や、ちょっとそこまで、の寛ぎ着となりますね。涼しげな見かけだけでなく、気持ち良く空気を通します。デザイナー達の想いや、デザインの意図、新しい布の染め方についても聞いておりますので、たっぷり情報を交えながら、解説して参りますね!」
「楽しみです!」
大画面には、解説のデスティネ伯爵家モリュ、竜樹が貴族を呼んだ意見交換会で目をつけて、スカウトした、ファッション好きおしゃべり好きのお姉様と。
ドレスメーカーのオリヴィエ様。オネエ、では、ない。が、本人にとっても良く似合う、ちょっと個性的なリボンやアクセサリーなど、女性用のアイテムを華麗に使いこなすお兄様。
2人のコンビは歯切れ良く、ファッションショーのテレビ番組を進行してゆく。
「グリーズ。招待券を渡しなさい。」
テレビ番組が賑やかに始まった頃。
グリーズは、受付でギョ、と立ち止まる。父親であるマージ商会の会長、カクテュスが、いつもより上等な服を着て、厳しい顔をして、受付の中で待っていたからだ。
母スリジエまで、いつもの地味な服を、ガラリとよそゆきに変えて、目を三角にして怒っている。
「い、嫌よ!アロンジェと、ファッションショー、見るんだから!お父さんとお母さんが、帰れば良いじゃない!どうせショーで出た服なんて、良い歳した2人は着れないでしょ!」
抵抗するグリーズに、ニコリと笑った受付が。
「もしよろしければ、キャンセルが出た分、お嬢さん達お二人、融通致しましょうか。商会用の席は指定じゃないので、4人様並んでは座れないかもしれないし、この時間では良い席で見られるとは言えませんが。」
不測の事態に備えて、予備の席、というものがあるのだ。受付は、ここで揉められるより、と進言した。招待券を娘に盗まれ、招待状のみ持って待っていたご両親が、可哀想にも思えて。
アロンジェは、話が違う、と目を細めた。こういう厄介な事があるから、外でお嬢様達と会うのは、嫌なんだよなぁ。お嬢様達は可愛いけれど、可愛いだけじゃない。まだ若いからこその、衝動的な危うさも持っている。
「あの、グリーズ様のご両親でらっしゃいますよね。私はアロンジェと申します。不躾に、お嬢様とファッションショーに来てしまい、申し訳ありません。ご両親から、券をいただいたものだとばかり、勘違いに思っていたものですから。」
私は、ファッションショー、ご遠慮致します。
「え!何でよ、帰らないでアロンジェ!」
グリーズが取りすがる。
グリーズを取り付かせたまま、さらりと前に紺の髪を落として頭を下げる、アロンジェに。マージ商会会長カクテュスは、ぱ、と視線を移し。そして、何がなんでもファッションショーを見たい娘、グリーズと、無言で怒る母スリジエ、それから、何だ何だと面白そうに見ている野次馬を視界にいれ、ふすーっ、と深く息を吐いた。
「受付の方、無理を言うようだが、ご親切を受けたく思います。4人分、入れてもらっても?」
受付は静かに微笑み、ではこちらへどうぞ、と4人を通した。
えーっ、揉めてるらしき親と一緒なんて面倒くさそう、帰りたい。でもカタログが手に入るなら、我慢、か。う〜ん。
アロンジェは内心を表に出さず、ニコニコしながら、申し訳ありません、ご配慮感謝致します。と、また頭を下げた。
グリーズは、お父さん達と一緒なんて!とぶすくれている。
あんまり良くない、ランウェイから遠い席に座った4人は、誰もが居心地悪く、緊張して固くなっている。
ざわざわしている会場、テレビの音が響いて。
「グリーズ。お前がおねだりをして飼った、バロンの事を覚えているか。」
マージ商会長カクテュスが、ふと、溢すように口を開く。
はぁ?何で今、犬の話?
グリーズが12歳位の時、しかも途中で他所にあげてしまった犬である。
「それが何なの?」
『それでは、夏のファッションショー5011を、開催致します!』
ワッ!と会場が沸き立ち、グリーズ達も慌てて拍手する。
『まず最初は、王子殿下達の登場です!』
テレビの音が、会場に響く。踊り出したくなるような、ポップな音楽が、王子達の足を弾ませる。元気に、会場に手を振り、スキップして。
ニリヤは白に水の、波紋柄のゆかた。ふわふわとした、赤いへこ帯が揺れて、裾に1匹だけ、黒い金魚がゆらめく図案。
ネクターは、夏の果物、スイカ柄。
へこ帯は青と緑のグラデーション。
スイカの赤と緑、ハッキリとした柄なのに、布にポコポコと凹凸加工があり、柔らかいから、身に着けてしなやかに、涼しげに。
オランネージュは、1人じんべい。水色の細かな縞模様は、一色に見えるけれど、筆書きの線が自然で、表情が豊か、深い色合いに。裾にチラりと、小さく太陽に似た花、ひまわりが一輪、咲いている。
帯はないが、腰で紐がリボンに、肩からすぐの所の透かし織も繊細で。ズボン部分もゆとりがあって、全体的に風を感じさせる。
足は皆、それぞれ着ているものの中から1色を抜き出して合わせた、サンダルで。
『なんとも元気に、そして賑やかなデザイン!それでいて煩くない、絶妙なバランスです。ゆかたやじんべいの布は、1つこの、鮮やかなプリント柄が使えるのも魅力なんです。デザイナーはクロース、プリント柄に惚れ込んで、柄物で全体を纏めるのは難しいんですけれど、果敢に挑戦して成功しています。テーマは、「賑やかに、爽やかに、可愛らしく。」大人なら派手過ぎるかもしれない柄も、王子殿下達くらいの年齢なら、溌剌と着こなせていますね。シルエットも完璧、ゆかたにじんべい、目に麗しい!』
『殿下達が、ランウェイの1番先でポーズをとっています!歓声が上がりました!ニリヤ殿下が、くるりと回って。後ろの帯、ふわっふわに結んであって、なんて可愛いんでしょう!腰に手を当てて気取るネクター殿下、銀髪をちょっと後ろに縛って、丸い赤の珠で結えて。スイカの赤と、合っていますね。オランネージュ殿下は、比べると色味を抑えて少しお兄さんぽく。じんべいはスッキリしたシルエットで、いかにも気持ち良い肌触りを思わせる布です。ポーズも2人の殿下を見守り肩に手をかけて、少年ながらに威厳があります!男の子ならではのやんちゃ感もありつつ、子供な可愛らしさも。ニリヤ殿下とネクター殿下がゆかたで、オランネージュ殿下がじんべいですね。』
『ええ、素敵です!』
帯を揺らして、半ズボンで、颯爽と去っていく後ろ姿も可愛くて、観客達は、口々に褒め称える。あれ、ウチの子にも着せたい!と。
その後に出てきたリーヴとクーラン、2人の少女、2色使いの花柄で華やかなゆかたも、目をひいた。派手な柄でも、真ん中に入る帯がそれを引き締めてくれるのだ。へこ帯と違って硬い帯は、文庫結び。すらっと見える、少女達の細い首、頸、後毛がなんともいえず可憐である。赤いサンダルに素足が、貴族のマナーとしてはいけないのだけれども、凄く魅力的なのだ。ふわわぁ、と女性達のため息に、男性達の、かわいいな!という視線も集めて。
元王女、エクレとシエルの、大胆な絞りの柄も、観客の歓声を浴びた。絞りに魅力を感じた、トロンのデザインである。あんなに大きい柄を、ドレスではなかなか目にする事ができない。紺と白、オレンジ黄色と白に染められた、渦の模様が、大胆に配置されて。花弁が散って風に舞うように見える絞りは、元王女達の若さに合って、躍動感を感じさせる。
尚、2人の罪の印、オーブがつけた眉間の足跡には、小さな宝石がつけられて、それも美しかった。
手に持つ巾着袋、2人お互いの色をして。帯も同様、差し色になり。
続々と煌めいてランウェイを泳ぐモデル達、マナー違反なのに素足の美しさ、うっとりと見入る者達に、王族特別席で見ていたマルグリット王妃も、ニヤニヤである。
これで、素足にミュールの夜会も、近づいた!
それに、最後に。
くふふ、と扇で口元を隠して笑う王妃なのだった。
ハルサ王様は隣で、楽しそうだね、とチラリ、妻を見て、それからランウェイのモデルに目をやった。
うんうん、身体にピッタリ添うゆかた、どこもかしこも覆って、禁欲的なのに色気がある。それは女性だけでなく、男性もだ。
ファッションショーって、楽しいなー。夜会みたいに挨拶ばかりに囲まれないし、綺麗な服を見るだけで、純粋におしゃれを楽しめていいし。
妻にも今度、ゆかたを着てもらいたい。
そして、私はじんべいが欲しいな。
超ラクそう、気持ち良さそう。仕事が大変でも、寛ぎの時間に、パーっと身体も心も解放できそう。あれで布団に、わーっと飛び込みたい!
ふふ、とハルサ王様も笑った。
グリーズはランウェイに釘付けだった。
華やかで、美しく。
きっと私だって、そんなに悪くない。磨いてもらって、着飾ってあそこに行ければ。一流の人に、手がけてもらえれば。けれど、商会の娘なだけでは、きっとあそこには行けない。何で私は、ケチ臭い父、カクテュスの娘、美しくも不細工でもない平凡な、母スリジエの娘でなどあるのだろう。
うっとりし、見つめ続けていると、流れていた音楽が変わった。
落ち着いて、聴かせるリュート。
ピティエは、息をゆったり、吸って吐いた。
次が自分の番だ。
コンコルドが、合図してくれたら、歩き出す。
サングラスで、照明も中和され、煌めいている人混み、観客席はぼんやりとカラフルに見える。
ざわめく向こう側は、見た事のない、話に聞く、海のようだ。
ざぁーっと、波の音がして、寄せたり、引いたり。
自分が見られるのではない。
海を、私が見に行くんだ。
コンコルドが、出て下さい!と囁いて、ピティエの腰の所を、ぽん、と押した。
ピティエは、夢見心地で、力を抜いて。
けれど精一杯に教えてもらった姿勢、歩き方で、胸を張り、顎をちょっと引いて。
堂々と、歩き出した。
その人が出てきた時、観客は、あれ、と口を噤んだ。
一色、紺。
底深く、味わいのある色、しっかりとしているのに当たりの円やかそうな布。
髪も、やはり紺の紐で1箇所、結い上げられて、毛先が、さらり、さらりと歩きにつれて揺れる。
最初、なんだ、単色のゆかたか。
今までの華やかさと比較して、そんな声も聞かれたのだが。
ふわり、ふわり。歩いて近づくに、整った顔を隠す、薄い水色に銀縁のサングラスが、神秘的で。身体に合ったゆかたの紺が、とても良く似合っていて。
一色のも、何だか素敵ね。
カッコいいかも。
そんな声が聞こえてくるように。
そしてランウェイの突端で、照明と注目を浴びながら。
くるり。
背を向けた。
袂を片方、見せる為に、スッと横に腕を伸ばして。
力強い筆で描かれたのは、右、片羽、白い翼。
背中から袂にかけて、ざっと勢いもあり、筆が、羽が、走っている。
『片羽の、天の御使、ですねーーー。』
ピティエは、何度も練習したランウェイでの歩きを、半分までこなせて。
そこで、海を、その煌めきを、一瞬、生の目で見たい、と思った。感じたかった。半分振り向き、空いた左の手でサングラスをちょい、と持ち上げて。
少し焦点の合っていない灰緑色の瞳が、チラリ、覗く、深淵。増して人ならざる者を思わせる。
アップでテレビの大画面にも映った。
海は、キラキラして、ピティエを包んでいる。
ほうぅぅ。
観客席から、ため息が漏れる。
『片羽の、天の御使様が、飛び立ちましたーーー。片羽だからこそ、完璧ではないからこそ、近く人の力を借り、人の中で、そして羽ばたく。テーマは片羽の御使様、トラディシオンのデザインです。トラディシオンは、年配の方向けと言われる事が多いのですけれど、落ち着いた、紺に惚れ込んで、しかもそれだけでなく絵画とも思える鮮やかな羽の意匠、素晴らしいです!』
アロンジェは。
「かっっっ、けぇぇぇ!」
と、執事の皮を纏いきれずに、素で感嘆した。
そして横を見ると、ギョッとして、ハンカチをグリーズに渡した。
グリーズは、ハラ、ハラ、と涙を溢していた。何も言わずに、ハンカチを受け取って、ぐいぐい、ぐすぐすと泣く。
ピティエは、出てきた時と同じく、ふわり、ふわり。羽をピンッと腕を伸ばして見せつつ、ランウェイを戻っていった。
父カクテュスが、ふつ、と呟く。
「バロンをおねだりしたのは、お前だったのに、グリーズ。お前は、バロンに命令ばかりして、言う事をきかないと、叩いたり石を投げたりして。」
仕舞いには、逃げたがるバロンに無理強いして、耳を引っ張って、嫌がられて噛まれたんだ。
バロンは賢い犬だったから、本気噛みではなかったけれど。危ないな、と。グリーズには尻込みするバロンなのに、その子には懐いていた、優しくバロンに接する近所の子供の家に、やる事にした。
「その別れの時もお前は泣いていたよ。自分が散々、バロンに酷い事をしていたのに、バロンが好きだったんだ。」
私は、ピティエが、好きーー?
「大事なものを、大事にできない、お前の愛し方では、大切なものは手に入らない。今後も、絶対に。元から身分違いではあるが、完全に飛び立って行ってしまっただろう。ピティエ様も。」
グリーズでは、絶対に手の届かない、高い所へ、力強く美しく、飛び去っていった。
あそこに私だって行ければ、悪くはない、だなんて。
どうして思えるだろう、あの神々しい、ピティエを見てしまっては。
隣に立つのは、きっと高貴で優しい、お姫様のような貴族の女性だ。
「ーーー好きなんかじゃない、好きなんかじゃ!!」
フルフルと顔を振り、涙を散らし、父カクテュスを睨むグリーズだが。
「なら、何で泣いているんだ。手が届かない、美しさを、お前もつくづく思い知ったからだろう。」
泣いてなんかない、泣いてなんか。
アロンジェのハンカチは涙を沢山吸ってしおしおだ。
父カクテュスは続ける。
「お前には2つ選択肢をやる。花街で、虐められるのが好きな変態ばかり、しかし秘密に高貴な方も訪れる店に、住み込みで働くか。」
「それとも、平凡だが優しい、年上の夫に嫁いで、子供を産まず、大人しく小さな幸せを得るか。」
うん、うん、と、母スリジエも頷く。
母は、平凡な幸せ推しだ。
この性格のグリーズに育てられる子供は、どう見ても幸せと縁遠い。
「どっちも、イヤあぁ!」
グリーズは泣く。
ピティエに置いていかれて、好かれる努力もしなかったから、置いていかれて当然なのに、泣く。
「じゃあ、ウチの商会の手伝いでも気の済むまでやって、行き遅れでも気にせず、自分を貫くのだね。虐めや見下した下の者にちやほやされたい欲は、花街か執事カフェだったか、そういう、店にでも行って、金ずくで発散しなさい。勿論、商会では一番の下っ端から始めて、商会長の娘だという縁も、使わせない。夢をみるのは勝手だが、ただ運良く自分は見出されるだなんて、ある訳がない。あったとしても、その人は努力をしなければ、そこに居られないし、高みになんて行けないんだ。」
「現実を見なさい、グリーズ。」
いつまでも、自分に都合の良い夢を見ていられるほど、世の中は甘くないのだ。夢をみるなら、努力もしなければ。それでも叶うかどうかは分からないが、こんな風に情けなく泣く事も、無くなるだろう。自分の中で、腑に落ちるまで努力すれば良いからだ。
アロンジェは、このお父さんとお母さんは、結構分かってる、良い両親なんだな、と思った。なのに、娘は全く分かってない。
執事カフェに来られるお金を貯めるのは、商会の一番下っ端ではなかなか難しいだろう。けれども店に来たら、ちゃんとお迎えしますよ、とアロンジェはランウェイに視線を戻した。
どうしようもない自分を変えられず、碌でもない奴でも、時々夢を見にやってくるから、現実がやっていける、って事もあるから。
それでお金をもらう、アロンジェはアロンジェで、プロなのだから。
それにしてもカッコよかった、あのモデル。俺もサングラス、買ってみよう。
アロンジェは益々ピティエに寄せて、今後、似ていくのかもしれない。
ランウェイでは、王太后様がミュールを履いて。素晴らしく豪華なプリントの、大柄、黒と赤の薔薇模様のゆかたで、圧倒的な美しさ。
オール先王様が、一際渋く、そして粋な、光で表情を変える白に、紺の帯のゆかた。
あの王太后様まで、素足をお見せになるなんて!と、マルグリット王妃の目論見通り、年配からの咎め立てを黙らせる企みは、バシッと最高に決まった。




