12日夕刻、アルディ王子2
熊耳少年ルトランは、最後踊りをキメた時、ヒェッ、と息を大きく吸って止めた、止めてしまった。
コリーヌ嬢と、アルディ王子が、ツルルッと舞台を滑って、落ちたのだ。
コリーヌ嬢の車椅子が壊れてーーーきっと、乗って前に動かす以上の動き、踊りのターンや跳ねたりなどが、予想以上の負荷をかけたからだ、とルトランは落ちていく一瞬を目で追いかけながら思った。
サーッと血の気が下がる。
ファング王太子も、
「アルディ!コリーヌ嬢!」
と焦って叫んで、キメポーズを崩し、とと、と足を舞台の前の方に。そして、ギョッと止めて。
ルトランの目に、じわりと涙が浮かぶ。身体が驚き硬直して、動けない。
だから!だから、コリーヌ嬢は踊りをやめておけば、良かったんだ!
涙で舞台が霞む。
よた、よた、と子供達が舞台を、落ちた2人の居た場所へと、集まり。
最初に見えたのは、漆黒の尻尾と、白くて内側が桃色の、ピンと立った耳だった。
それが、じわ、じわ、と落ちた舞台の、見きれた所から、上へ、上へ。
アルディ王子の、ひこひこ動く黒いお耳、ピピンと立った尻尾、コリーヌ嬢のシャツブラウスがちょっとめくれて、バルーンパンツに白い兎尻尾のついた、お尻が見えてくる。
2人は手を繋いで横たわったまま、ふわり、ふうわりと、浮かんできた。
あっ と驚く観客達は、舞台に視線、釘付けだ。
アルディ王子とコリーヌ嬢の、腹側の下には、無数の魂達が。
キラキラ、光って。落ちた2人を受け止めて、ふわふわと、再び舞台まで、押し上げて。
ゆら、ゆら。ふわ、ふわ。
すう〜、とん。
ゆっくりと持ち上げて、舞台の上に2人を下ろすと、魂達は、ふわっと散じて、それぞれ縁ある人の所へ、その胸に皆がつけた、目印の鬼灯の元へと、戻った。
ブレイブ王も、ラーヴ王妃も、皆も。ドキドキする胸に、ホッと息を吐く。
舞台に下りた2人は、キョロ、と目を見張っていたが、やがて手を繋いだまま。アルディ王子は立ち上がり、コリーヌ嬢はぺたんと座って、皆に、魂達に。ペコリ、とお辞儀をした。
ドッ ワワッ!!!
歓声が夜空を轟かす。
子供達も皆、駆け寄って、落ちて浮いてきた2人を囲み、良かった、キレイだった、魂達が助けてくれるなんて!びっくりしたけど、大成功だね!と興奮して騒いで。
ルトランは、その場で、感情が振り切れて、ワッ、と泣いた。
助かった。
良かった。
2人が仲良しみたいに光って上がってきて、なんか胸が苦しい。
これで主役は2人みたいに。
きっと助けたアルディ王子を、コリーヌ嬢も。
好きになっちゃうと思う。
ルトランなんか、コリーヌ嬢のやりたい事を邪魔してばっかりで。
結局、踊りは、アルディ王子のお陰で上手くいって。
きっとコリーヌ嬢は、アルディ王子が好きになってる。
助かって良かった。
怪我がなくて、良かった。
でもでも。
「ふ、ふ、ふ、ふえぇぇぇ!」
泣き出したルトランに、周りの子供達が、笑顔で背中をトントンする。摩ってくれる。
驚いたよね、良かったよ、大丈夫だよ。皆、口々に。
違う、違うのだ。
ルトランは、こんな時にも、自分の気持ちが大事で、溢れて、コリーヌ嬢が好きで、好きで。そんな自分が、自分勝手な心が、情けなくて。
アルディ王子が、ヨイショと、自分の身長より少ししか小さくないコリーヌ嬢を、縦抱っこして、ひんひんと泣くルトランに、近づいてくる。
「ルトラン、泣かなくて大丈夫だよ。魂達が、助けてくれたから。」
「大丈夫よ、ルトラン。そんなに心配しないで。」
優しく言ってくれる2人は、どう見てもお似合いで。
「ふえ、ふえぇぇ!違う、ちがっ、ひくっ!コ、コリーヌ嬢、が、アルディ王子を、す、好きに、なっちゃ!わ、私、コリーヌ嬢が、す、すきなのに!」
ええ!?
目を見張る2人は、顔を見合わせて、そしてまたルトランを見た。熊耳がしょんぼりと折れて、号泣するルトランは、必死に言い募る。
「わ、私、結局、コ、コリーヌ嬢に、意地悪しかできなかっ、かった!」
「何で、コリーヌ嬢に、意地悪なんかしたの?好きなのでしょ?」
アルディ王子が、不思議そうに問いかける。
「コ、コリーヌ嬢が、お、踊れなくて、皆に、色々な事を言われちゃうの、み、見たくなくて、ま、守りたくて、だから、やめたら、苦しまなくても、すむって、お、思って。」
ぐす、ぐす。
「だから、ルトランが、やめたらってばっかり言ってたのか。」
アルディ王子と、ファング王太子も、ため息、驚くばかりである。
人を好きになる、って、とっても、難しい気持ちになるんだね!
す〜、ふ〜。
コリーヌ嬢は、アルディ王子に抱き上げられたまま、湧き上がる怒りの気持ちと、少し恥ずかしい照れる気持ちとを、持て余して息を吐いた。
「•••それで、やめたら、やめたら、って、言っていたのね。あのねぇ、ルトラン。」
びくり、とルトランは肩を揺らす。
怒りを堪えた声に、慄いて。
「私がやりたくてやってる事を、辛そうだから、って潰していったら、私は何も出来なくなるでしょ!それって、苦しい所を見たくない、っていう、ルトランの気持ち優先じゃない!好きなら、私を、応援してよ!」
「ご、ごめんなさ、ごめんなさい、ひっく。」
ルトランは項垂れて、目を擦るばかりである。
「でも、意地悪な気持ちで、やめろって言ったんじゃない、って分かって、良かったわ。」
ふー、と息を吐き、コリーヌ嬢は、微笑む。
「ちょっと、落ち込んでいたのよ。嫌われるのって、気持ちを削るとこあるから。」
「い、意地悪、なんて、したくなかった。嫌いじゃない。わ、私も、く、苦しかった。」
グシャグシャに泣いて。
はい、とコリーヌ嬢は両方の手を差し伸べる。
? ルトランは分からなくて、涙をコロリと零す。
「アルディ殿下だと、私と同じくらいの背だから、運ぶの大変よ。ルトランが、舞台を降りるの、手伝ってよ。」
ちょっと恥ずかしそうに、でも、手はそのままに。
「え、あ、う、うん。」
縦抱っこで、アルディ王子は、ルトランにコリーヌ嬢を託した。ルトランは、照れて、鬼灯みたいに真っ赤になる。
何だか仲良くできそうで、良いじゃない!とアルディ王子は、ニッコリ笑って、尻尾をぶんぶんした。
そして、身軽になった所で、再び、舞台の上から、皆に向き直り、ゆったりとお辞儀をした。
それを見たファング王太子も、そして踊り手の皆も、そしてルトランとコリーヌ嬢も、ペコリ、お辞儀をして。
わああっと、拍手が沸き起こった。
「アルディは、とんだ当て馬だな。」
くふふ、と笑いを堪えて、ブレイブ王は、魂達を受け止めつつ。
「本人は、何とも思っていないようだけれど。ふふふ、まだまだ、恋愛の好きも嫌いも、始まったばかりの子供なんだね。」
後ろで、ラーヴ王妃も、目尻に涙を浮かべながら、笑いを堪えている。何とも可愛い子供達である。そして、魂のお迎えの踊りは、大成功である!
コリーヌ嬢の父だけが、ムン!と何となく、娘の踊りが無事にでき、そして危機にひやっとし、助かってホッとして、そうしてルトランに抱っこされた面白くない気持ち、をごちゃごちゃに複雑にお口を尖らせていた。
まだまだ早い!恋愛は!の父ゴコロである。
「さあ!皆!魂達を、家へお迎えしよう!」
ブレイブ王の一声。王が、沢山の魂を引き連れて、王宮までゆるりゆるりと歩く。護衛が付いて、そこにも魂がふわり。
それぞれ、皆に、縁ある魂達が寄り添い、道の端で鬼灯を胸に、王と王妃を見送る人々も、光の渦に手を振って、そして家に帰っていく。
アルディ王子にも、ファング王太子にも、そして踊り手の子供達にも、魂は付いて。
皆ニコニコと、ワイルドウルフのおぼんが、無事に始まった。




