陽炎の月12日 午前、パンセ伯爵家エフォール
ここはパンセ伯爵家、おぼんの、祭壇を作っている部屋で。
かた、かた、かたたん。
エフォールは、歩行車を押して、一歩、二歩と、慎重に足を運んだ。
「こ、これ、歩ける、かも!」
キラキラ!とした笑顔を、母リオンにパッと向けて。
三つ足で、車輪が付いており、疲れたら座る所もある歩行車を押して、かた、かたたん、かたん!と一生懸命に歩いて、髪を揺らして近寄ってくるエフォールに、リオンは、腕を広げて、腰を屈めて待った。
かた、かたん!
わぁ〜!と、たどり着いたエフォールを、歩行車ごと、ぎゅう!抱きしめて、リオンは、アハハ!と貴族らしからぬ、慎ましやかなど何処へ、満々な笑顔で。
「やったわね!エフォール!歩いたのよ!自分の足で!」
「はい!お母様!」
パチパチパチ!周りにいた、祭壇作りをしていたパンセ伯爵家の使用人達が、手を止めてじいっと見守ったエフォールの歩行を、拍手と笑顔で言祝ぐ。
ここまで来るのは、長かった!
いや、エフォールが竜樹に会って、治療をしてからは、怒涛の早さだった、と言える。使用人達も、エフォールの足の機能を取り戻すため、筋肉を増強するトレーニングを、日々手伝ったり。
エフォールは、中々思い通りに動かない足にイラつく事もなく、子供ながらに感心する熱心さで、時には疲れて休憩を挟みながら、コツコツと毎日、努力を怠る事がなかった。
ぐす、と涙ぐむ者もいる。エフォールに付いて、車椅子を押す事が多かった従者だ。その努力を、近しく見てきた。
「ありがとう!協力してくれた、皆のおかげだよ!」
ほやほや、とエフォールは笑って。
「いえいえ、エフォール様の努力の結果です!これから、その歩行車を使って歩くのに慣れて、ゆくゆくは、何もなくても歩けるように、きっとなれます!」
ぐす、と涙を拭いて。
「うん!疲れたら座れるし、私いっぱいこれで歩いてみる!今日、祭壇作るのも、お手伝いするよ!」
かた、かたん。
涙が止まらない従者に近づいて、頬の涙跡を、エフォールはポケットのハンカチで、ふき、ふき。
「竜樹様の、歩行車の情報、とてもありがたかったわね!エフォールに使ってもらって、より良く改変しながら、歩く事が困難な人達に、便利な歩行車を作って売って、使ってもらいましょう!」
母リオンが、エフォールの意見、重要よ!と息子の背中に手を当てて寄り添えば。
「うん!竜樹様は、レンタルと販売の、両方あると良い、って言っていたよ!確かに、怪我なんかで治してもらっても、筋力が落ちたりして復活する途中の人は、後々いらなくなるものね。儲からないと続かない、とも言っていたから、ちゃんと調査とかして、やってみようよね!お母様!」
エフォールも、リオンを見上げて。
「ええ、そうね!治療所にも協力を募りましょう。まずは使ってみてね。じゃあ、今日は、エフォールにお手伝いしてもらいましょう。鬼灯、お部屋に吊るすんですって?」
祭壇を組み立てている男手は傍に具合を確かめ、布をかけたり、飾ったりの使用人の女性が応えて。
「はい、こちらの鬼灯を、祭壇につたわせるのです。」
エフォールの手のひらほどもある、大きな鬼灯が、紐で繋がれて、床に準備待ちだ。
ひょい、と拾って、そっと手渡された鬼灯の紐を、エフォールは片手に、一緒にハンドルを握り、かた、かたんと歩行車で歩き祭壇に。従者がそそそ、と近寄り、背伸びして祭壇の上、結べるよう作られた、はてなの形をしたネジ、ヒートンに、紐をくくりつけようとするエフォールを支えた。
母リオンは、ニコニコと見守り、鬼灯のバランスを見てやろうと下がった所で。
とん、とん。
ドアがノックされた。
「どうぞ。」
「お母様、こちらにいたのね!」
「お母様、エフォールはどこに•••。」
「リオン、祭壇は出来そうかい?」
「マルムラードお姉様、アクシオン兄様、お父様!」
エフォールが、結んで、続いて並ぶヒートンに紐を順ぐりに引っ掛け終えて。
振り返って、かた、かた、かたたん!
「え•••!?」
「あっ•••!」
「エフォール!!?」
ふふふ、と母リオンは得意気だ。
「どう!?どう!どうかしら、貴方達!エフォールが、やってみせたわよ!」
どうだ!と腰に手を当てて、ふぬ!とドヤ顔。
エフォールは、かたたん、とドアの側で渋滞している、姉、兄、父に近くで。
「やったよー!」
キラキラの、ニコニコだ。
「す、す。」
「す?」
「凄いわ、エフォール!!」
「私は、エフォールならやると思ってたよ!流石だよ!」
「よく、よくぞここまで•••。」
くくく、く。
父のエスポワールが、口をふるふる、震わせて、くっ、と唇を噛み締めて涙ぐむ。
「お父様、あの時、竜樹様に会いに、連れて行ってくれたからだよ!ありがとう、お父様。」
父の涙も、ハンカチで拭き。随分、湿り気のあるハンカチになってしまった。
「マルムラードお姉様は、編み物を一緒にしてくれて、筋肉をつける練習の息抜きになったし、アクシオン兄様は、練習に付き合って腹筋とかしてくれて、面白かったし。ありがとう!」
みんなのおかげだと、エフォールは本当に思っている。
ぐす。姉のマルムラードは、そんなのなんて事ないわ、楽しかったし。と涙うるうる、エフォールの肩を抱いて。
「そうそう、そんな努力家のエフォールに、頼みたい事があるのよ、私。」
「何ですか、お姉様。」
自分にできる事なら、なんでも、とワクワク顔で。
「私、来年、お嫁に行くでしょう?」
さらり、焦茶にオレンジが入った明るい髪を、肩から溢れさせて、少し恥ずかしそうに俯く。ポポ、と頬が赤らむ。
優しくて穏やかな姉が、お嫁に行っちゃったら、寂しいな、と家族は思いつつ、嬉しそうなマルムラードに、周りも微笑みが浮かぶ。
「結婚式の時の、花嫁衣装のベール布の、縁飾りを、エフォールに編んでもらいたいと思って。」
「え。」
そんな、大事な布に?
「私の編んだので、良いの?」
「エフォールが編んだのが、いいの。薄い布地に、プロが刺繍をしてくれるから、その前に。この間、エフォールに布の端を絡めながら糸を編むやり方で、縁飾りを付けてもらったショールがあったでしょう?それをデザイナーが見て、売り物になります、って。弟が編んだんです、ベールに編んだらダメですか?って相談したら、凄く良い考えです!って!」
「まあ、本当?マルムラード。」
母リオンが驚き、父エスポワールと兄のアクシオンは、良く分からないが凄そうだ、と目を見張った。
「エフォールが編んでくれたベールで花嫁になれたら、私も新しい生活、旦那様と、楽しく協力してやっていく事を、がんばれる気がするのよ。」
「マルムラード姉様•••。」
エフォールの胸に、ジワリと温かい気持ちが広がる。この家族は、血が繋がっていないけれども、エフォールの大切な、大切な家族だ。
ふと、エフォールの分身のぬいぐるみをフリーマーケットで買って、嬉しそうに帰ったコリエを思い出す。
あの人も、エフォールが幸せだと、歩行車を使ってでも歩けたと、喜んでくれるかしら。
「マルムラード姉様、私、やってみたい!やらせてください!姉様にピッタリで、美しい縁飾りの編み物を、私、考えるよ!」
「だから、だから。」
「だから、結婚した先でも、幸せになってね。」
あの人、コリエさんみたいに、大好きな人の子供を産んでも、育てられなかったり。
大人しか行けない、花街で働かなければならなかったり。
あの人は、幸せそうに、微笑んでいたけれど。
姉には、大好きな旦那様と、生まれるかもしれない赤ちゃんと、幸せに。
幸せにと、エフォールは祈り、ベールの縁飾りを、一目一目、編みたい。
ぎゅぎゅ!と、姉マルムラードと、何故か便乗して兄のアクシオン、父エスポワールも、3人に抱きしめられた。
母リオンは、そんな家族を、うふふ、と笑いつつ、見守り、そして号令をかける。
「そうと決まれば、今日は皆で、おぼんの支度をしましょう!ご先祖様をお迎えして、夕飯を摂った後、ベールの編み物や刺繍の具体的な話を、皆でしましょ!エフォール以外の男達も、こんなのだと素敵だな〜、とか意見を言うのよ!引いた目線からの意見も必要ですからね!それから!」
エフォールと売り出す、歩行車の事も、打ち合わせよ!
「ご先祖様も、きっと楽しく聞いて下さるわ、私たち家族の、大切な会議を。」
ニニン、とリオンが口角あげて。
「は〜い!」
「分かりました、お母様!」
「頼むわね、エフォール!皆!」
「うんうん、相談、しよう。」
パンセ伯爵家のおぼん初日は、大切で楽しい、家族会議となりそうだった。
まだまだおぼん話は続きます




