陽炎の月12日 午前、元王女とピティエ
この世界、初めての、おぼん。
陽炎の月12日から16日と決まっている。
魂たちが冥界から降り帰ってくるのは、12日の夕方から夜にかけて、と神職達に予定が神託されていたので、テレビや新聞でも周知徹底がされて。
そして当日の今日、12日、午前である。
「リーヴちゃん!クーランも!お待たせ!」
「良く王宮前まで来てくれたわね!嬉しいわ!」
元王女、エクレとシエル。
ニコ〜!と手を振って、王宮前の門番のところでリーヴとクーランに落ち合った。門番は目を白黒しているが、黙って見守る。もちろん、元王女達には、見えないように護衛と、こちらは堂々と付き添いの侍従、ユミディテも一緒である。
「あんまり、街を知らないって言うから、ここまで来たわよ。待ち合わせ場所がわからないなら、仕方ないものね!」
ツン!と鼻を上に、といっても、元王女達の方が背が高いので、近づくと自然そうなるのだが。リーヴが悪い気はしてない風に応える。
そう、今日は、重大責任の任務があるのだ。
「きっと、いいお供え物を、手に入れてみせるわ!」
「あの八百屋のおばさんなら、信頼できるし!」
エクレとシエルは、新聞売りと撮影隊の寮に、今この午前中に作っている、お盆の祭壇に、捧げるお供物を買う。
その為に、街育ちのリーヴと、花街出身でちょっと街には疎いが、この中で一番世慣れているクーランとに、付き合ってもらう事にしたのだ。
ちょっとふくよかで、親切で、ニコっとした時、目尻に笑い皺ができてて、右眉の外側にほくろがある、話好きなおばさんの八百屋さん!髪は褐色で長くて、後ろで一つにまとめて、ヘッドスカーフをしてる!
「何それ!道がどことか、お店の目印とかじゃないの?まあ分かるけど!」
「分かるの?リーヴちゃん。」
クーランが、リーヴを覗き込んで。
「多分、パルミエおばさんだわ。私、お母さんと良く買い物に行ったのよ。いつもオマケくれる良い人だわ。」
そこでユミディテが、そそそ、とリーヴに手書きの地図を渡した。
この間、元王女達が行った、八百屋への地図。
フンフン、とリーヴは地図を読み、「やっぱりパルミエおばさんで合ってるわ!ありがとう、侍従のお兄さん!」ユミディテと、ニッコリし合った。
「な、何で私たちには教えないのに、リーヴちゃんには教えるの!?」
「そんなのアリなの!?」
元王女達の、ちょっとズル!?の視線に。
「アリなのです。」
ユミディテは、重々しく、しかし笑顔で頷く。
「だって、せっかくリーヴちゃんとクーランちゃんが、来てくれての楽しいお買い物なのに、道が分からないで、沢山歩かせちゃったら悪いでしょう?そもそも、お供え物を買うのだから、迷って遅くなるほど、良い物が先に売れてしまうでしょうし。」
初めてのおぼんですから、特別ですよ?
「ムムム。それはそうね。」
「次も、教えてくれていいのよ?」
手を、胸の前で組んでおねだりの2人。
いやいや、それは。
「意地悪で教えないんじゃなくて、本当は、自分で迷った方が、道を覚えるのですよ。失敗を避けすぎると、貴女達のためにならないし、きっと楽しくないんです。」
街を、自分で発見して、馴染んでいったら、自分達の地図が、頭の中に、できるでしょ?
「疲れた時、すももが美味しい八百屋さん、とかね。」
「「ムムム、ムム。」」
確かに。全部決まってて、やってもらって、だと楽しくない。と、元王女達は、知りつつある。
「ムームー言ってないで、早速行ってみましょうよ。私もパルミエおばさんと会うの、嬉しいわ!」
ラン♪ とスカートを揺らし、嬉しそうなリーヴである。シエルと手を繋いで、さあ!と歩き始める。クーランはエクレと手を繋いで、やっぱり嬉しそう。
こんな風に、結構仲良くやっていってる4人なのだった。
さてこちらは、街中の、小さな小さな、宝物のピティエのお店。
玉露を味わって、気に入ったら購入してもらう為の、カウンター席が5つしかないお店だ。渋く光る木肌の白と、観葉植物と壁紙が落ち着いたグリーン。
窓が大きく、日の光は存分に入るが、曇り色付き紫外線対応ガラスで、中は意外なほど落ち着く、ほの暗さ。空調も暑くなく寒くなく、万全である。
本当は3席にしようとしていたのだが、それだと、一つのグループさえも入らない事がある。竜樹が3王子と来る事が出来ない。
理由はそれだけではないのだが、5席ならできるかな•••と、ちょっと頑張って。
椅子も、木と布張りの、シンプルなものを。
今日は、竜樹と、ルテ爺と、ルテ爺のお孫さん夫婦だけが招待された、仮開店のお祝いの初日である。
席が少ないから、日を違えて、順に王子達も、そして仲間や世話になった人も、招待していくつもりのピティエである。
寮の子供達は、人数もあるし、まだ小さいのに窮屈なのも悪いからと、今度、玉露とお菓子を持って、寮でおもてなしする予定。
そう、仲間はずれは嫌だな、とピティエが、悩んで悩んで、竜樹に相談して。
でもこういう事で悩むのって、嬉しい悩みだね、と言われて、ふっとピティエの気持ちは軽くなった。
仲間はずれかどうかで悩むより、招待した人、ジェム達が本当に心地よく味わって喜ぶ事が大事で、そしてお店はピティエの城だから、全員招ばなきゃ、っていう、しなきゃ、の気持ちじゃなくて。
本当にお店で、落ち着いて味わってもらえる人だけを招く、この店をどうしたいか、それをジェム達に、悪い気持ちにさせないように説明するのも、大事なお仕事だよ。
「大人になったら、是非来てね、で良いんだよ。」
と竜樹の言葉に、ピティエは真剣に、そしておずおずとジェム達に伝えた。
仲間はずれには、したくない事。
でも、席が5つしかない事。
3王子やアルディ王子、エフォールやプレイヤードなどは招くのだけど、ぶっちゃけお茶を買ってもらって、飲める人達でもあるので、商売上の理由もある事。
小さい子達は、お行儀良くして、少ない人数でお店でお茶をするのが、多分難しいんじゃないか、という事。
ジェム達に来てもらえるのは、ピティエとしては嬉しい気持ちな事。
「高いお茶なんだろ?そんな高い、綺麗なお店に入って、汚したりするのもおっかないし、どうしたら良いか、俺たち分からないぜ!でも、大人になったら、お金も持ってるだろうし、そんなお店でカッコ良くお茶が飲めるようになるから、絶対いくね!」とジェムは言ってくれた。
「うん、大人になったら、いける店!」
「カッコいいねぇ!」
「楽しみ!」
ジェム達は、仲間はずれになった!なんて、ピティエを困らせたりしなかったのだ。
ピティエは益々、ジェム達の事が、好きになった。
「ご招待、ありがとうございます。ピティエ、お店開店、おめでとう!花輪を持ってきたよ。良かったら、扉の外に飾ってね。」
竜樹が、ニコニコ花輪を差し出す。ピティエの好みもあるし、ましてや飲食店だから、匂いのない花とグリーンを花輪にしてもらった。
「ありがとうございます!まだ、仮開店だけど、竜樹様に来ていただいて、嬉しいです!」
花輪を受け取って、嬉しそうに手触りと匂いを確かめるピティエ。
「今、扉に付けてみて、いいですか?」
「どうぞどうぞ。魔法でピタッと着くらしいから、釘とかは要らないよ。」
「ヘェ〜!そんなのあるんですね。便利ですね!」
知らない事が沢山ある。
プレイヤードが、ワクワクして、ジッとしていられない、という気持ちを、最近のピティエは、時々分かるようになった。
嘘みたいに、幸せだ。
「コンコルド、一緒に花輪を着けてくれるかい?私が着けるから、ちゃんと真ん中かどうか、バランスを見ていてくれる?」
「はい、ピティエ様。」
コンコルドと呼ばれた少年は、ピティエの半分くらいの背の、オランネージュと同じ歳、10歳だ。
クラージュの話を聞いてから、ピティエも何か心に響いた事があったようで、親戚の庶子の子供を、コンコルドを、引き取りたいと突然、申し出た。
主にピティエの兄のジェネルーが、後押ししてくれて、ずっとピティエを補助する役目の者に育てたい、として、元の親戚の家には大金を支払い、コンコルドを貰い受けた。
「コンコルド、私の家に来て、私と一緒に仕事をして、私を助けてくれないかい?」
ピティエは、真摯にコンコルドにお願いした。
「わ、私が?できるかな•••。」
コンコルドは躊躇ったが、お試しで家に来てみる?と誘われて、7日ほどピティエと過ごした後、覚悟を決めた顔で、「もし私で良かったら、ご一緒させて下さい!」と言った。
ルテ爺は、そんなピティエとコンコルドの様子を、じいっと見て、ニコニコしている。
ルテ爺の孫夫婦は、綺麗な新しい木の匂いのする店内に、興奮して落ち着かない。
さて、と仕切り直して、ピティエがなるべく一人で。夏だから、氷出しした冷たい玉露を、そっと人数分、茶碗に注ぐ。
コンコルドが、それをジッと見ながら、お菓子の準備をする。
竜樹がオススメする、そして試行錯誤してピティエの王都の家の料理人に作らせた、和菓子、目にも鮮やかな花の練り切りを、1人1つずつ、洒落た小皿で出して。
パクリ。
沈黙。
すう、とお茶を一口。
本当に、しみじみ美味しい時は、何も話さなくても良いのだ。
ピティエもニッコリ。
コンコルドだけは、心配そうに。
ルテ爺は、本当に嬉しそうに。
「美味しい、ですなぁ。」
ふう〜っ。
感嘆のため息で、コンコルドをも笑顔にさせた。
「今日は、王子達と、貴族組と、ジェム達と、皆別々で迎え火だね。俺は王子達とまずは迎えて、その後ジェム達と合流するんだけど。」
竜樹が、とろん、と美味しさにとろけたまま。
「はい。私たちも、それぞれの王都の家に、魂をお迎えします。ルテ爺達は、私の出るファッションショーを見てもらう都合で、帰してあげられなかったけど、ウチの迎えに一緒してもらって。」
「いえ、良いんですよ!王都を楽しむ、こんな機会、滅多にないんですから。それに、ルテ爺ちゃんは、こっちに来てからずっと、嬉しそうだし。」
孫夫婦が恐縮し、ルテ爺は、ウンウンと頷く。
「来年は、私も領地で、迎え火するね。その時はまた、よろしくね。」
ピティエが笑って来年の事を言う。
まだ今年のおぼんも終わってないのに、来年の話ができる事は、なんと幸せな事だろう。
竜樹は、すうっ、と玉露を味わって。
「今度は、温かいのを一杯、もらって良いかい?」
汗の引いた体に、温かい茶をいれたくて。
「はい!お湯を沸かす所からなので、少々お時間ください。」
ニッコリ、客への応対も練習したらしい、ピティエの立派な姿を。
ルテ爺共々、満足して堪能した。




