あなたに自由を、幸福を
今回、悲しい事が起こるお話です。
苦手な方は、1話飛ばしても。
ジェム達はザザッと4つに散開して、それぞれがクラージュを助けるという使命感を持って行動した。
それもクラージュが前もって決めていた方法だ。遅かれ早かれ、こんな事が起こるのではないか、とクラージュは予想していた。
殴られたり蹴られたりした後だから、片足引いたり、お腹を抑えたりしながら、それでも焦る気持ちを脚力に変えて。街中の警備見回り兵達を呼び。ビッシュ親父を呼び。そして若い商店街の戦力になりそうな若者達ーーージェム達にも優しくしてくれる、店の長男や次男などの顔見知り達を呼んだ。
そして残り1つ、サージュとロシェ2人が、クラージュの連れ去りを見張る為に、遠巻きにその場に残った。
「ビッシュ親父!クラージュが、連れていかれちまう!ろくでなし達が、頭のいいクラージュに目をつけた!俺たち殴られたんだ!連れていかれたら、奴隷みたいに酷い目に遭うのに決まってる!」
ジェムの訴えに、ビッシュ親父は目を吊り上げて、酒屋を女房に任せ、助けに来てくれた。駆け込んだジェム達に案内され、壊れた廃屋へ。
戻るとそこには、酷く殴られて倒れたクラージュと、その手首を掴んで引き摺った、狡い大人達が、去りかけていたが、まだ、いた。
間に合った、とジェムは思った。
「クラージュ、凄くあばれて、いっぱい殴られて蹴られた!」
「噛みついて頭ボカッとされた!」
サージュとロシェが、じだじだと足踏みしながら皆に叫ぶ。
ビッシュ親父や街の若い衆、警備兵達は、底辺の狡い大人をとっ捕まえて、吠えた。
「お前ら、ウチの街の子供らに、何しやがる!」
「悪さをしない子供らを痛めつけるとは、とんでもねえ奴だ!」
お縄を頂戴しながら、激しく抵抗し、狡い大人達は、言った。
「何だよ!俺たちが子供の時には、コイツらみたいに誰も優しくなんてしてくれなかったじゃねぇか!狡いだろ!」
「そうだ!少しくらい俺らが使ってやったくらいで、コイツらの味方をしやがって!何でコイツらなんだよ!俺たちだって助けて貰いたかったのに!」
こちらも叫びは必死で、ジェムは、ハッとした。
「うるせえ!お前らは、俺が何度も悪い事はやめろと言ったのに、盗みや恐喝なんかの、悪さばっかりしてただろ!ジェムやクラージュ達はそんな事しねえんだ!」
ボコ、とビッシュ親父が拳を落とす。
嫉妬だ。嫉妬だったのだ。
あれほど執拗に、ジェム達の商売を追い回して潰していったのは、自分らが街中で、親のない子供としてでも与えられなかった優しさを、妬んだからなのだ。
大人だ、と子供のジェム達は思っていたけれど、ビッシュ親父達と比べると、碌でなし達は、まだまだ若い。大人になったかならないか、という所だった。
自分達で、悪い道へ進んだ事は、どうにも言い訳できないけれどーーー悪い事をしないで今まできたジェム達は、まだ運が良い方なんだ、そして運が良いって事を、人が上手くいく事を、妬む者がいる。
しっかりしていなければ、引き摺り下ろされるーーー。
「クラージュ!大丈夫か!」
クラージュは酷い有様だった。
顔をボコボコに殴られて鼻血を出し、抱え上げると手足がブランとしている。
ビッシュ親父が、治療師を呼ぼう、と言ってくれて、若い衆の1人が走って行った。警備兵達が、頭を打っていたら危ないから、動かさない方が良い、と教えてくれたから、道の端、廃屋の扉だった板にクラージュを寝かせて。
「クラージュ、今、治療師が来るって。大丈夫だからな!」
ジェムが、寝ているクラージュの耳元で声をかける。アガットやロシェ達も、その周りで心配そうに見守っている。
クラージュは、ピク、と瞼を少しだけ開けると、首元へ震える手をやり、服の中から、小さな飴色の石を嵌め込んだ、プレートがキラキラしているペンダントを引っ張り出した。そこには何か、文字が刻まれている。
首から取りたいようだったけれど、震える手では上手くいかず、ペンダントごとジェムは押さえて、握った。
「こ、これ•••ちりょうだい、に。」
「そんな事は大人に任せろ!心配すんな!」
ビッシュ親父は言ってくれたけれど、清掃代だって、大分、親父の懐を痛めての事だと、ジェムもクラージュも知っていた。
「よかた•••よかっ、た。私、まだ、じゆう、だ。」
誰かに、押さえつけられて、捕まって、蔑まれたり、利用されたり、しない•••。
「そうだクラージュ!まだ俺たちはお前とやってける!大丈夫だ!」
だから、目を閉じるな!
「クラージュ!!」
「「がんばれ、クラージュ!!」」
しかし、身体全体がぶるぶると震えているクラージュは、到底普通の状態ではなかった。
「ジェム。みんなと、いっしょ、かぞく、みたいで、うれしかった•••。」
すうっ と力が抜けていく手、身体に、ジェムは焦って、ぎゅうぎゅうと手を握り。
「元気になったら家族になってやる!だから、だから、まだ、ダメだ!」
目を瞑っては!
うっすら、開けた瞳は、少し、可笑しそうに笑んで。
すーっ と。
閉じた瞼。
「ビッシュ親父さん、怪我人は!?」
はあはあ、息を切らせて、街の、痩せぎすのおじさん治療師が駆けてくる。呼びに行った若い衆が、先にジェム達が取り囲むクラージュの所へ来て、子供達を分けて、治療師を通そうと。
ジェム達は、黙って少し、治療師の場所を開けて。
荒れる息のまま、治療師は、手に魔力を纏わせて、クラージュの胸をさすり。
ハッとして、グッと唇を噛むと、クラージュの胸から、治療魔法をこれでもか、とかけるが。
「何で、まだ子供だろ、逝くのは早すぎる!戻れ、戻れ!!」
身じろぎもせず、見つめていたジェム達の前で、クラージュはどんどん、冷たくなっていった。
「ビッシュ親父、お墓に埋める代金、ありがとう。ちゃんと、少しずつ、返すから。」
「ああ。ある時に、少しずつで良いからな。だからお前らは、長生きしろよ。」
無縁墓地に、丸っこくて所々歪な、クラージュみたいな石、ジェムの一抱えほどの、それを土まんじゅうに乗せて。
空は青空。
クラージュは再び目を開ける事なく、逝ってしまった。
ジェムに寄越したペンダントは、治療師が石の所だけ、ペキ、と抜いて、プレートは返してくれた。そもそも、石を何かの時にお金の代わりにするように、と、赤ん坊が生まれた時に親が子供に作るものらしい。石も最初から抜けるように出来ている。
今でも細々と作られているが、一昔前に、流行ったのだとか。
残ったプレートには、クラージュの名前と、幸運を祈る言葉が書かれている、と治療師が教えてくれた。
そして、死人には何も出来なかったから、治療代をもらったからには。と、ジェム達、残った浮浪児の、殴られたり蹴られたりしてできた怪我を、全部治してくれた。
優しい人が、いない訳じゃない。
でも、悪い奴らは、やっぱりいる。
その悪い奴らも、全部が全部、最初から悪かった訳じゃない。
それでも、やっぱり、悪い。
その悪いのに、ジェム達だって、なる可能性がある。
クラージュが死んだので、捕まっていた連中は、3年ほどの労働刑になった。クラージュが暴れて、碌でもない連中も噛まれたり少し怪我をしたので、浮浪児達の喧嘩がいきすぎた為の事故、という判断だった。
クラージュが死んだと聞いて、連中は、すっ、と顔色を青くしたが、「あいつがあんなに暴れるから、こっちだって加減が出来なかったんだ!」とわあわあ喚いた。
墓石を前にしたジェムは、石の抜けたペンダントを、首にする。
服の中に、大事に隠す。
クラージュ。俺たちは、全然間に合ってなかった。
バカだな。そんなに暴れて、本当に嫌だったんだろう。少しいうことを聞いたフリをして、自分を守ったって良かった。
俺たちは家族だ、って言えば良かった。
たくさん商売考えてくれて、ありがとう、って、いつもいつも、思った時に伝えたら良かった。
もう何も、クラージュには届かない。




