来ても良いよ
ジェムが思い出の少年、クラージュに出会ったのは、1年ほど前。
ジェムが街の浮浪児になったばかりの頃だ。
「俺は父ちゃんと母ちゃんが死んじまって。酒屋のビッシュ親父が、父ちゃん母ちゃんとも顔見知りだったから、家はなくても、何とか単発の仕事をもらって、壊れそうな廃屋にねぐら作って、生きていけてたんだ。」
うんうん、と竜樹も元王女達も、頷きながら聞いている。
「家によんでくれたり、面倒みてくれる人は、いなかったの?」
元王女姉エクレが、躊躇いながら問う。
「皆そこまでの余裕ないし、何か父ちゃんが、お貴族様に楯突いたとかで、俺を家によんだりしたら、迷惑がかかるとこだったんだ。父ちゃんと母ちゃんが死んだのも、そのせいみたいだったんだけど。」
詳しくは、知らない。
その時ジェムは、ビッシュ親父に連れられて。破産宣告を受けたお貴族様の屋敷に、未払いの酒の代金がわりになるものを、取りに行ったのだ。
荷物運びと言えば聞こえはいいが、子供を連れて行ったのは、同じく債務を回収しようとする者達に、過度な争いを起こさせないようにという、ビッシュ親父の作戦だった。
屋敷に着けば、中は騒然としていて、人があっちこっち物を剥ぎ取り、移動させていた。物の値段を鑑定する白髪のじいさんがいて、それを一々どこどこ宛てか、幾らに当たるか、記録している、これまた背筋のキリッとした、口ヒゲ爺さんがいた。
そしてそれを、後ろから子供が、見ていた。
当時のジェムより何歳か大きい位の、ちょっと口角を上げて、何故か微笑んで。地味で年期は入っている、だけど仕立てのいい服を着ている。金髪に黒の毛が混じる、飴色の瞳を穏やかに光らせて、大人達のドタバタを、ゆったりと。豪華な彫りのある、クッションの効いた椅子に座って。
「その椅子、いくらするの?」
ジェムが話しかけると、ニパッと笑って、立ち上がり。
「ああ、そうだよね!すまないね、この椅子だって、未払いの何かに充てるお金になるんだよね!さあ、さあ、持って行って下さい!」
ビッシュ親父は、黙って2人を見守っている。
ジェムは不思議に思った事を聞いてみた。
「それは良いけど、何で子供なのに、こんなとこいんの?ここんちの子供なの?」
「うん•••うん。初めて、私の事、聞いてくれる人がいたね!」
嬉しそうに笑って。
「私はこの家の当主。まだ昨日譲られたばっかりの立場だけどね。でも、この家は、領地返上に爵位返上がされるから、今日1日の当主かな。だから姓は名乗らないね。クラージュと言います。」
「俺ジェム。何それ、ひどくね?子供に任せて、親達はどこ行ったのさ?」
「さあ•••どこだろうか、今頃どこにいるんだろうか。」
遠い目をして、うん?と顔を傾げる。
クラージュは、破産が不可避だとなってから、急いで当主の立場を譲られた。家の仕舞い、片付けを押し付けられたのだ。前当主と平民の愛人の間に産まれた、スケープゴートの当主だった。
前当主と正妻は、宝石など金目のモノをかき集めて、逃げた。
「ジェムは何のお代を取り立てに来たの?この椅子で間に合うかな?」
椅子の背に手を当てて、クラージュは、私は物の価値、分からないんだよね、離れの物のないとこで育ったから。と悩んだ。
「酒屋のお代だよ。ビッシュ親父の手伝いで来たんだ。俺は街で1人で生きてるんだけど、クラージュ、俺と同じ立場なのか?この家も売っちゃうんだろ?1人で、これからどうすんだ?」
ジェム、1人•••。
「うん、私も、この片付けが終わったら、1人だよ。王様が、この屋敷を売って爵位も領地も返上したら、私自身には、借金を背負わせないと仰って下さったからね。前当主•••父を見つけて、償わせると。」
コックリ、と深く頷き。
「なら、俺と一緒に来るか?」
ジェムは、何の気なしに誘った。
ゆらら、とクラージュの瞳が揺れて。
「貴方様には、隣の領地のピュール伯爵が後見人になると、申し出が来ていますよ。それから、家庭教師のジャンティ先生が、ひと段落したら、会いたいと。」
背筋のキリッとした口ヒゲ爺さんが、口を挟んだ。
ふっ、と何故かクラージュは目に影を乗せて、そうか、と呟いた。
「•••そうか。また、私は、どこかの家に、居候になるのか。」
家族にもなれず、異物のままで。
ジェムは、今、混乱と剥ぎ取りの今、現在に会おうとしない大人2人に、何かそれって。と釈然としない思いがした。
だから、言ってやった。
「まあ、行くとこがあるなら良いんじゃね。もし他に行くとこ無くなったら、俺んとこ来てもいいよ。」
クラージュは、パッと頬を赤らめて、瞳を震わせて、うん、うん。と頷いた。




