そして雫は、あるべき所へ溢れ落ちた
「今もいじめられてる訳じゃないなら、良かったよ。俺と仲良いのが意地悪の抑止力になるなら、いくらでも使って。」
「あ、ありがとうございます。あの、アビュ様のご実家や、アビュ様が結局嫁がれたそのお家とも、竜樹様のおかげで、今は仲良くできて。あの時にやるはずだった事業も、時を経て、話し合いでもっと良く、今に合った形に共同で出来てるので、親戚達も納得したみたいで。今は本当に、大丈夫なんです。」
俺のおかげ?
竜樹がはてな?を示す。
「はい。あの•••アビュ様、嫁がれたお家で、子供を3人産んだのですが、その子、長男がーーー。」
ピティエは、言い難い気持ちで俯いて。
「私と同じく、目が悪く生まれついて。」
ジェネルーが言葉を引き取る。
「生まれてしばらくして、目が悪いんだと分かった時、アビュ嬢がウチに、アシュランス公爵家に乗り込んできて。これは呪いだ、呪いを解け!と私やピティエに怒りを投げつけた事もあったのです。狂ったかと思うほどの荒れようでしたが、夫に宥められ、深く謝罪を受けて、こちらも問題にはしませんでした。」
勿論、呪いなどではない事は、神殿にも入ってもらって、立証済みです。
「ああ、それはお気の毒だったね。子を思うあまりに、って事か。」
ピティエが、当時を思い出し、苦く頷く。
「はい。それで、竜樹様が、貴族を集めて、沢山、そういう子達がいるよ、補助の道具を使って、普通に仕事したり、趣味の好きな事をして、生きていけるよ、未来はちゃんとあるよ、って教えて下さったでしょう。私にも、サングラスを下さって。」
うんうん。
「そうしたら、アビュ様の旦那様が、ウチに改めて謝りに来てくれて、サングラスも、長男に掛けさせてやりたいと。恥を忍んで、お願いに来たのです。アビュ様が、長男の灰色の瞳を見るたび嘆いて、家の中がずっと、落ち着かなかったらしいのです。」
ピティエは、昔、無体な事を言われたアビュに、その息子に、サングラスを作ってやるのを、嫌だとは言わなかった。むしろ、困っているなら、早く作ってあげて、私はこれで、救われたのだから、と兄ジェネルーにお願いをしたくらいだ。
「長男の子は、やっぱり幾らか眩しいと感じる事があったようで、サングラスを気に入ってくれて。私とも、仲良くできたら、ってお話してくれました。アビュ様も落ち着かれて、あの時は悪かった、貴方達家族の気持ちが、今、やっと分かった。と。」
私が悪かった、と言ってくれました。
うんうん。
竜樹は深く頷き。雫のように積み重なる事は、悪い事ばかりじゃなくて。今に至るまでに、皆が経験や気持ちを重ねて、あるべき所に溢れて落ち着いたんだね、と頬を綻ばせた。
「所で、所でなんだけど!」
こほん、と竜樹が咳払いをして。
「ピティエのルテじいちゃんの畑のお茶は、どうなってるの?」
と、ちょっと期待に胸を弾ませた声で聞いてきたので、ピティエとジェネルーは、あれ、竜樹様は、お茶に興味があるのかしら?と気づいた。
「今も領地で、お茶を作ってくれて、毎年送ってくれます。もう大分おじいちゃんなんだけれど、そう、なかなか、ルテじいに、これで私が畑を引き継ぐよ、って、言えないで。」
あの後、いじめられて、私、引きこもってしまったからーーー。
それでも、何かあれば、あの茶畑に逃げて良いんだ、と場所をくれたルテじいに、そして神々しいあの領地の畑達に。
ファッションショーでモデルをやる事になったピティエは、自分が目立つ訳じゃない、あくまで浴衣を見せる為の自分にならなきゃ、モデルってそういうことだと、気持ちを奮い立たせた時。何故かあの畑達が、そう、ピティエには、はっきり見える訳じゃなかったけれど、それでも、目に浮かんだのだ。
望まれて、それを、目の前の事から。
竜樹が言ったその言葉が、ピティエの中を巡る。
ルテじい。まだ待っててくれてるのかな。ラジオもやりたいけど、畑もちゃんと、やりたい。
恥ずかしそうに、今日、そんな事を思ったんです、と告白するピティエ。
うんうんうん、と竜樹は深く頷く。ちょっと嬉しそうに。
ジェネルーが、「竜樹様、ルテじいのお茶に興味ありますか?」と聞くと、待ってました!と。
「興味あります!そのお茶は、葉っぱを摘む前に、布で畑を覆って、日光を適度に遮断していたのだよね?」
「はい、そうです。」
「淹れ方も、熱々の湯じゃなくて、カップにお湯を入れて温めて、そのカップのちょっと冷めた湯を使って淹れて。綺麗な緑色のお茶で。」
「はい、そうなんです。熱々だと、苦味が出ちゃうんですって。」
「玉露、きたー!!!」
「「ぎょくろ?」」
「ししょうの、せかいに、ぎょくろおちゃ、あった?」
深刻な話に、黙って良い子してたニリヤが、やっとお話できる、と竜樹に聞いた。コクンと果実水を飲みつつ。竜樹は興奮している。
「あったあった!すごく美味しい、高級なお茶なんだぞ。紅茶があるって事は、緑茶もあっておかしくない。抹茶だって作れる!元の木は一緒だからね。ああ〜緑茶、飲みたいいい!」
「あの、でしたら。」
今日、水筒に、淹れてきましたけど。
お飲みになりますか?
「飲みます!!」
速攻で返事をした竜樹に、思わず、ふふふ、とピティエは笑った。
「いつも素敵なものを作られて、使わせて下さる竜樹様に、何かあげられるなんて、ちょっと嬉しいです。」
「いやいや、ちょっとどころの話じゃないです、俺、今、すっごく嬉しいです!」
ジェネルーが喫茶店の店長に、持ち込みのお茶を飲んでもいいか、断りを入れて。何なら店長も玉露?を飲んでみるかと提案して、恐れ入りながらも興味をもって店長も味見する事になり。それには、絶対飲んだ方がいい、すごく美味しいお茶だから!と断言した竜樹の興奮っぷりが後を押して、喫茶店でカップを人数分貸し出し、そうして。
目の前に、カップのほんの半分ずつくらい、竜樹と王子達とピティエとジェネルー、そして店長に、水筒のお茶が分けられて。
いざ。
すうっ、と吸い込み、舌の上で、ほろほろと空気を一緒に、味わう。
あ、これ、凄くいいお茶だ。
ほうっ、と、ついつい、ため息が出ちゃう。
「•••すごく、おいしいね。このおちゃ。あじが、する?」
「うん、飲んだ事ない、このお茶!すごくおいしい!」
「爽やかな後味が、するね!」
ニリヤもネクターも、オランネージュも、ふむふむとイッパシの食通かのように、ペロ、と舌を出したり、ふはー、と息を吐いたりして、味わう。
店長は、目を閉じて、ふーっと深く味わっている。
竜樹は、すす、と懐かしい喜びに、そして、このお茶の出来に、ホワホワと笑顔の花が咲く。
「ルテじいのお茶は、本当に美味しいでしょう?私、引きこもってた時も、毎年このお茶が楽しみで、家族に淹れてあげてたんです。」
「うんうん、いいね。素敵だね!とっても美味しい!です!」
ピティエが、引きこもっても、誰かにやつ当たって暴力を振るったり、家族との関係を切ったりしなかったのは、ピティエの気持ちの、とっても良い所だ、と竜樹は思った。
そんなピティエの優しさに応える、ルテじいのとっておきの味が、この玉露なのだろう。
「ジェネルー様、ピティエ。この味、途絶えさせたら、この世界の宝物が一つ、減ってしまいます!ルテじいは、もう大分高齢なんだよね?それでも、畑仕事は、まだ出来るくらい、元気?」
「ええ、大分、喋らなくなってはきたみたいなんだけど、茶畑だけは、息子にも手伝ってもらって、ルテじいが面倒みてるって。」
「明日行こう。ルテじいの所へ。」
え。
「あの、竜樹様がですか?」
「俺もだけど、ピティエが来なきゃ、話にならないよ。だって、ルテじいちゃんは、ピティエを待ってるんだから。こういうのは、話が出た時に、が鉄則だよ!高齢なら、いつ何が起きてもおかしくない。間に合わなかった、ていうの、一生残るよ。それに。」
もし、ルテじいちゃんが、こちらに来られるようなら。
「ピティエの晴れ姿、ファッションショーのモデル姿を、見せてやろうよ!」
「ぼくもいく!」
「私も!」
「私だって、新しいお茶の開拓なら、お仕事になるもんね!」
「え、は、は、はい!はい!」
ルテじいの所へ。
溜めた雫が、耐えきれず、ポロポロころん、とこぼれ落ちるように。竜樹にかかれば、溜めに溜めた、止まったピティエとルテじいの時間を、ハッと動き出させるのは、造作もない事のようだ。
驚くばかりに、物事がスルスルと動いてゆくーーー。
次の日、強行軍の飛びトカゲで、サクッと一刻でアシュランス公爵家の領地に着いた、ピティエとジェネルーと竜樹と王子達、そして護衛は、サクサクッとルテじいに会った。
ルテじいの息子夫婦は恐縮していたが、誉れあるギフトの御方、そして、王子達の訪れに、目を丸くして一行を迎えた。
ルテじいは、小さく丸くなった身体で、ちんまりとしていたが、だがニコニコと嬉しそうにピティエを、その背中を、とんとん、さすさす、と昔みたいに撫でた。黙ったままで。
ルテじいの手は、こんなに、小さかったか。背中を撫でてくれる手をピティエは、とても大きく感じていたのに。
何だか、胸がいっぱいになった。
「ルテじい、ルテじいの茶畑を、ギフトの御方、竜樹様が、ご興味あるって見に来てくれたよ。私も、随分、ルテじいを待たせて、悪かったね。お茶、段々に、学んでいきたいよ。」
うんうん、と頷くルテじいは、あたふたと家の中に戻り、何冊ものノートの入った箱を引きずってきて、ピティエに、どうだ!と見せつけた。
中は辿々しい文字。
ちゃんと文字を習った訳ではないのだろう、ルテじいの、誤字や脱字のある、少し読みにくい、だが真面目に正直に綴られた、心のこもった。毎年、毎日、つけられた、茶畑の記録。
「これは物凄い宝物だよ。」
竜樹が、ルテじいちゃん、すごいお宝を隠していたねえ、と、ルテじいの背中を摩りながら言えば、ふぉふぉふぉ、と嬉しそうに笑った。
ピティエは、涙が溢れ落ちそうだった。
ずっと、ずっと。
待っててくれた。
いつになるか、分からない、ピティエのおとないを。ノートに、秘密を、記しながら。
茶畑で、淹れたての玉露を味わって、話をして。これから、このお茶をどうする、量はとれないから、ピティエ、王都で、カウンターで3席くらいだけの、喫茶販売店をやったら?と竜樹が言えば。限られた、本当にお茶が好きなお客様に、細々と販売する、ピティエの隠れ家のようなお店に、一同胸を馳せ。ピティエは勿論、そんな素晴らしい事ができたら、とワクワクし。
そして。
「ルテじいちゃん、ピティエは、今度、ファッションショーに出て、モデル、っていうのをやるんだ。ピティエの晴れ舞台だよ!王都の、玉露の喫茶販売店を見にくるついでに、それも見に来ない?」
と軽くあっさり竜樹が誘った。
「ルテじい、どうかな。私の、頑張っているところ、見に来てくれる?」
ピティエは、ドキドキと誘う。
ルテじいは、コクコク、と顔をくしゃくしゃにさせて笑いながら、頷いて。
「ピティエさまの、はれぶたい、みにいきます。」と、掠れた声で言った。
それからが大変だった。
まさかルテじいだけを招く訳にはいかず、高齢な事もあって、心配したルテじいの孫夫婦が、お世話をしに着いてくる事になった。畑仕事などの調整は、息子夫婦がしてくれる、と。
大事のノートは、一緒に持って行く事にして、毎日ルテじいに、ピティエが聞きながら、文字を読み上げる魔道具、本読みトーカで読み取り、勉強する事になった。
ルテじいは、ずっとニコニコして、嬉しそうだった。
翌る日、ルテじいと孫夫婦を増やした一行は、王都へと帰る。
領地の執事、ラーブルは、竜樹の、「突然のお邪魔で申し訳なかったね、とても快適に過ごせました。」との、手を取って握ってのお礼に、急な事で、てんやわんやだった何もかもを喜びに変え。
「ピティエ様を引き立ててくださる、ギフトの御方様と、王子様方をお泊めでき、お世話できた事は、私の一生の誉れです。」と涙の滲んだ瞳で、深く礼をした。
喜びの帰り道は、ワクワクと逸る。
これから楽しい事がいっぱいの夏に、ピティエもジェネルーも、王子達も、王都が初めてのルテじいも孫夫婦も、そして勿論、竜樹も、みんな。
飛びトカゲに翻弄されつつ、花を撒き散らすが如く、ご機嫌に。




