雫が留めておけないように
「こんな遊び、した事ある?」
竜樹は、この世界では珍しく氷の入った、果実水のグラスを持ち上げる。その滴る雫を、一つ、左手の甲に、そっと置いた。
雫は、まあるくドームを作り、竜樹の甲に留まっている。
「手の甲に、今はグラスからだけど、外では葉っぱやなんかの、朝露をそっと乗っけてね。」
「はい、乗っけて。」
向かいに座る、ピティエの手をことわって取り、そこにもグラスの雫を、ちょん、と乗せる。
「段々、雫をそこに足していって•••。」
冷たい。ピティエの甲に、ポッチリ、雫が乗って、乗って、乗って、
「あ!•••つ、冷たいの、流れた。」
「やっぱり若いと、肌が水を弾くよねぇ。俺なんか2滴で流れたよ。」
竜樹が、はは、と笑う。
ここは体育館に併設された喫茶店。
ピティエと、兄ジェネルーは、途中で何があるか分からないので、なるべく早くと体育館に来た。そうしたら、竜樹と王子達、撮影隊がもう来ていて、入り口で会ったのだ。
喫茶店の飲み物や食べ物を、少し竜樹がアドバイスしたとかで。お客様となって試食する会に、ピティエとジェネルーも一緒にどう?と招ばれた。
「まあ俺の若さについては、置いといて。雫が玉になって、足して、足して、そうして限界を迎えて零れ落ちるみたいに、細かい事の繰り返し、積み重ねがあって。それは、まるで最後の一粒で物事が起こったように見えるかもしれないけど、それまでの何かが、幾つも関係しているのかも。」
だから、ピティエのお兄さん、ジェネルーさんの婚約破棄も、幾つも積み重ねがあっての出来事かもね。
ピティエは、何故か竜樹には相談してしまう。
それは、見方がこの世界の人々と違う、ピティエがびっくり、はっと開くような事を言ってくれる、という事もあるし、家族以外に年上の、社会に出ている人で、忖度せず相談できる人が、ピティエの周りにほとんどいない、という事もある。
「そうですよ。私は、アビュ嬢とは、合わないな、しっくりこないな、と常々思っていました。でも、政略結婚だから、私は家を継ぐ嫡男だから、仕事の関係で都合が合う女性と結婚するのだと、我慢していたのです。多分、アビュ嬢もそれを察して、だから私とピティエを引き離して、自分の所に引き寄せたかったのではないかな、と今なら思います。」
「うんうん、そうなんだ。まぁ、でも、合わないなら、結婚しなくて良かったかもだね。」
「ーーー今なら、私も、そう思えます。兄様も、好きになった女性と結婚して、仲良く暮らして欲しいから。」
でも、子供の頃の私には、まだ、分からなかった。
「そうして、アビュ姉様、アビュ様と、ジェネルー兄様が結婚して、両家で協力して事業を広げる話になっていたから。それで恩恵を得るはずだった親戚や、その子供に。何で目が見えない私の事なんかで、と、随分嫌味を言われたり、意地悪をされました。」
やはりそうだったのか。
ジェネルーは悔しそうにピティエの方を見て、拳を膝の上で握りしめる。
その嫌味や意地悪は、いつも家族のいない所で行われる。そして、ピティエも告げ口めいた事はしないから、侮られて、会うたびに意地悪くいじられる事になっていた。
「まあ、今は、竜樹様と仲良くさせていただいている、というのが広まったのもあるし、サングラス事業や、竜樹様が、視力弱い者達への見方を変えさせて来た事が功を奏して。掌を返したように竜樹様とどうやって仲良くなったか、紹介して欲しい、と連絡があるくらい。ウチにそんな力はないのだがな。」
短めご容赦です




