ランウェイへ
「生地に柄を印刷する工房は、事業を拡大し。各デザイナー毎に技術を駆使して、教えていただいた注染や捺染の方法、地方から上がってきた染め物の情報や協力を得て、ただ今絶賛、試行錯誤しています!」
生地見本の端切れを、折りたたみ机に広げたフィル達デザイナーは、それぞれ子供達に端切れをあてたり、生地を眺めてううぅん、と唸ったり。その生地の華やかさに、子供達も、シャンテもラフィネも、そして元王女エクレとシエルも、ふわわ、と見入っている。
デザイナー達は言う。
「元々、フィルさんが水着の柄を印刷で始めた時に、私達は刺繍でも織りで出した訳でもない、大胆で自由なプリントの柄に、これからの服のデザインの可能性を広く思いました。本来なら、デザイナーと工房で、秘匿し教え合う事のない技術ですが、ギフトの御方様案件ですから、これ幸いと私達も飛びついて学んだという訳です。」
30代くらいと思われる、耳の横に一房、ウェーブを描いた若草色の髪を垂らし、他は纏めてお団子にキリッと結った女性。お鼻の小さな、個性的で、でもピンクの口元が魅力的なクロース。
「私は、プリントした柄の華やかさに、とても惹かれています!派手に見えて、直線的な浴衣のラインで絵画のよう、帯がピリリと締めるしっくりくる合わせ方で、決して浮いてはいない、花咲く浴衣!」
ニコニコ!と笑顔で、プリント生地をさすり、サンの顔の前で合わせたりする。
「男の子も可愛いけど、この生地は女の子に合わせた方が良いかしら。」
元王女のシエルとエクレに目を遣り、目が合うと、双方ニコニコリ!とした。
若い男性デザイナー、褐色の短髪に瞳の小柄なトロンが、さす、と生地をさする。手触りの良い、綿に麻。
「私は、絞りが美しいと思いましたね!竜樹様の見本の、精緻な絞りはまだまだ無理だけど、大胆に絞りの模様を入れた、紅に藍。不規則に色が揺れる所も。」
紅は情熱的に、そして藍は夏のブルーが、目に心地よい。
藍染の原料に似た植物は、このパシフィストの国の地方に、わんさか生えていた。何なら染めも、細々とやっていた。生の葉っぱがなければ染められない、染めの時期が決まっている藍染。だが、発酵させて温度管理すれば、一年中できる。
時止めの魔法があるなら、時を進める魔法もあるの?と竜樹が聞いた事で、今まで役に立たなかった時進めの魔法持ちが、嬉々として藍染に魔法をかけた。自然の時間を待ったものと、比べてみよう、と地方の染めの職人達も、張り切っている。
発酵や熟成に使えるなら、醤油に味噌、お酒にチーズもできるじゃん。
竜樹の言葉に、魔法院も沸いた。
何故魔法院で、時進めの魔法と発酵熟成の食べ物達が繋がらなかったか、というと、やはり情報である。
テレビや本、スマホでチーズの作り方などを聞き齧った事のある、情報豊富な竜樹に比べて。魔法院の者達は、個々の食品の作り方など、今まで耳に入っていなかったのだ。
それはさておき。
頷き合っては布を触るデザイナー達の中で、1人、落ち着いた年配の男性デザイナーがいた。
何故か順番に話す形になり、いつしか黙ったままの、その年配のデザイナーに視線が集まる。そしてそのデザイナーは、ここにいる、たった1人を、じいっと見ていた。
「トラディシオンさん?」
フィルが、年配のデザイナー、トラディシオンに声をかける。
髪全体がシルバーで茜色を毛先に残したグラデーション、肩甲骨までのストレートを、後ろでくくっている。その前髪をくしゃり、掻き上げて握って、躊躇いながら、考えながら。
「あ、ああ、フィルさん。いや、すまない。だが、ーーー。」
すっ、と身を進めて、ほけ、と生地見本を触らせてもらっていた子供達の中の。
ピティエの前で。
「貴族の方とお見受けします。貴方様は、その服と髪の結び紐、靴やチーフ、そして色付きの眼鏡は、自分で選んだのですか。」
「え?」
もしかして、私に話しかけてる?
と、あわあわして。
「は、はい!自分で選びました!色付き眼鏡、サングラスっていうんですけど、あの、私、目が悪くて、光が眩しくて、それを遮る眼鏡をギフトの竜樹様から譲り受けました。兄がやらせてもらうようになったサングラス事業でできたもので、今日は銀枠に丸い形の、淡い空色の新作をーーどこか、何か、変ですか•••?」
本職のデザイナーから見れば、ピティエのおしゃれなどツッコミ所満点だろう。けれども、ふんふん、トラディシオンは頷き、ふん、ふん、とピティエの周りを、ゆっくり回って全身を見回した。
不躾ともいえるその行動だが、真剣なトラディシオンに、誰も何も言えない。
一周見終わると、うん、と一つ頷き、唇に指を、トントン、と叩いて。
「髪紐は、ふさのついた空色で、髪色と似合っていますね。欲を言えば、もう少し太い紐か、リボン、布が良かった。セットアップも薄い空色に、ポイントが締める藍で、襟に銀の刺繍を少しだけ刺した白いシャツが、清潔感あります。シンプルなのが、とても良い。飾りは極力ないけれど、胸のチーフも白に銀で、落ち着いています。良くお似合いです。」
「あ、ありがとうございます。」
プロに、褒められちゃった、とピティエは頬を赤くした。テヘヘ。
トラディシオンは、ふ、と目線を下げて俯く。
「私は。このお話が来た時、実は、厄介な事になったな、と歓迎はしていなかったのです。」
ふー。ため息を溢し。
トラディシオンは、年配の方向けのデザインをしているデザイナーである。
独創的な冒険はせず、落ち着いた、歴史ある伝統的なデザインを、今でも通用するよう、守りながら、絶妙な匙加減で変化を加えながら、地道に根強い顧客を守ってきた。古臭い、と揶揄されながらも、正式な場に行くなら、トラディシオンで間違いない、と言われて。
「今までの刺繍や織、伝統ある染め物が廃れてしまう、そちらもまた素晴らしく、馴染みがあるのに。と半分は若い力のあるデザイナー達にやっかみもあったかもしれませんが、そうも思っていたのです。」
でも、浴衣や藍染を見てしまって、魅了されてしまった。
「藍は深い深い色です。色見本のグラデーションを、家でも仕事場でも、つい見つめてしまう。この色で、手触りの良い生地で、あの不思議な、浴衣なるものを、作ってみたいーーー。他の印刷の、インクの明るい色も、華やいで素敵なのですけど、藍染は、また一段、浴衣にしっくりきていると思いました。」
さらり、さらり、生地を触っていた手をギュッ、と握り。
竜樹は、藍染を気に入ってもらえて、ちょっと嬉しくなった。
「藍染の色は、俺の出身国、ジャパン・ブルーとも言われて有名だったんですよ。俺も馴染みがあるし、爽やかで、しっとりもしていて、色の濃淡も、美しいですよね。」
「本当に•••。」
デザイナー達も頷く。
「そうして、この場に来たのは何故か、神のお導きを感じています。」
トラディシオンは胸に手を当て。
ピティエの前に、丁寧に礼をした。
「どうか、この藍のお髪の貴方、是非私の作る浴衣を、ファッションショーで着て頂けませんか。その、空色の眼鏡もまた、素敵で、隠れた瞳を想像させて神秘的。年配の方に向けてデザインしてきた私ですが、貴方と会って、少年から青年になる狭間の美しさに、私は、私は。」
今、とてもとても、創造的な気持ちが湧き起こって、震えるほどになっているんです!
本当に、ふるる、と感動に震えた手を、見る事はできないピティエは。
え、え?と疑問でいっぱいだった。
「ピティエ様、モデルになってだって!」
ジェムが、ポンポン、とピティエの背中を叩いて促す。
トラディシオンは、藍色の染めた様々な柄生地を、そっとピティエの顔前に掲げて合わせて、うっとり。
「この藍色が、髪とも相まって、何とも涼しげなのですよね。夜空の染まりくる色、そして明ける色•••。濃いのも、また引き締まって。藍染の布を作ってもらう事ができるのは、本当に幸いでした!」
ピティエは、未だ、え、え?と分からないでいた。
プレイヤードとアミューズが、にししし!と笑って。
「なりなよ、モデルに!」
「目が悪くても、モデルになれるよ、って、証明してみせようよ!」
「う、うん。」
曖昧なピティエの返事。だが、その曖昧な気持ちのまま、ここからピティエの、ランウェイへの挑戦が始まるのだった。
「で、できるかな、私に。」
「出来ます。サポートします。初めてのファッションショーなのですから、モデルだって皆初めてです!お名前をお呼びしても、良いですか?どのようにお呼びすれば?」
そうだ、トラディシオンは、まだ正式には、ピティエの名乗りを受けていないのだ。
「アシュランス公爵家の次男、ピティエと言います。トラディシオンさん、とお呼びしても?あの、本当に、私見えなくて、それでもモデル、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫に、します。」
ピティエ様。あなたの英断に、感謝を。
私は、貴方に、私のデザインした藍染の浴衣を、着てもらいたい。
その為なら、何でもします。
他のデザイナーも。自分のあらまほしいイメージを、確固として掴んだトラディシオンに、負けるまい!
ふーっと王宮の寮、局地的に、血潮が沸き起こった。




