表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子様を放送します  作者: 竹 美津
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

211/692

傷も成長


ピティエは、今日、何だか落ち込んでいた。


竜樹がヤングコーンの皮をむしりながら、農業体験遠足の事を話していて、皆がふんふんと聞いていて。

いつもだったら、ヘェ〜、なんて頷きつつ、自分も行ってみられるかな、どんなかな、など、期待も込めて聞いていられるのに。


昨日あった、家での出来事のせいで、内気だった以前の性格が、戻ってきてしまったように感じた。

何もできない自分が情けなくて、でもどうしたら良いのか、分からなくて。




その日、ピティエは新聞売りと撮影隊の寮に泊まらず、家に帰ってきていた。夕飯を家族と。食後の果物を摂りながら、ゆっくりお茶を飲み、歓談する。

ピティエが、色々な事に積極的になり始めてから、このアシュランス公爵家の家族達は、和やかで温かな時間を過ごせる事が多い。日々、ピティエのささやかな失敗や、成功に、一つ一つ寄り添い、嬉しく思いつつ。


「明日の午後、ラジオの試験の録音をするんです。プレイヤードと、アミューズと一緒に。」

「そうなのか。頑張ってな!」

「テレビで放送するのよね。楽しみにしてるわ。それまでにウチもテレビ、買っておきたいわ。」

「うんうん、そうだね母様。それにしても、録音機を借りてから、少し時間が経っているね。吟遊詩人の手配なんかに手間取ったのかい?」

兄のジェネルーの問いに。

「フードゥルの王女様達がいらっしゃった事もあったし、球技大会もあったから、なかなか落ち着いてラジオの試験番組を作る雰囲気ではなくて。でも、竜樹様と子供達の寮も、落ち着いてきたから、そろそろどうかな、って。寮で録音させてもらうんです。使っていない個室があるから、そこで。」


うんうん、とジェネルーは頷きつつ、それにしても球技大会は、素晴らしかったね、と思い出しニコッ。

「ピティエがあんなに、ブラインドサッカーが上手だったなんて!スイスイと走って、翼があるかのようだった!本当に、熱くなったし、良かったなぁ。」

タオルを回すのも、観ている側も参加しているようで、とても楽しかったのだ。

ジェネルーにしてみれば、自分と歳の離れた、小さな小さな弟が。視力も弱くていつも俯いて、ジェネルーの上着の裾を、握ってついてきた子が、ようやくのびのびと成長を見せてくれて、本当に嬉しいのだ。


父も母も、遅くできた末っ子のピティエが可愛くて。でも何も生み出さない子だと、諦めて。今も将来も、面倒を見てやらなければならないはずが、ここにきて、ラジオ番組の試験を受けるなど、希望を見せてくれて、とても嬉しくて。

何故、こんなにも輝いている子を、ずっと家の中で燻らせていたのだろう?

今では、そんな風に思えるように。


「ふふふ。ジェネルー兄様、この間から、そればっかり。竜樹様が来年も、って言っていたから、私もそれまでに、もっと練習して、いい試合をやりますよ!」

「それは楽しみだ!」


その後も、竜樹から示され協力し始めた、遮光メガネやサングラスの事業の事を話したり。釣り用サングラスから、竜樹の世界では、テレビの釣り番組ってのがあるらしい、じゃあもし釣り番組をやるようなら、そこでサングラスの宣伝できるね、竜樹様に資金と人手を協力して、番組作ってもらおうか、などと話は弾んで、しばらく。

ふわぁ、とピティエが、半分降りてきた瞼に、噛み殺しつつも欠伸をした事で。


「もう、おやすみ。眠いのだろう、ピティエ。」

「•••はい。何だか、王子殿下達や貴族の仲間、寮の子と、遊ぶようになってから、夜はとても眠くて。沢山眠れて、頭も身体もスッキリして、気持ち良いのです。」


うんうん。良かったなあ。万感の想いを込めて、家族は頷く。

健康そうな、血色のいい頬のピティエは、今では早寝早起きになったのだ。


「おやすみなさい。」

「ああ、おやすみ、ピティエ。」

「おやすみ。」

「いい眠りを、ピティエ。」


コツン、コツンと白杖を振りつつ、部屋に戻る途中で、衣装部屋に寄り寝巻きと下着を持って。さっと風呂に入り、寝巻きに着替えて歯磨き浄化をし、さっぱりとしたら、フカフカの布団で寝るだけだ。

サングラスをベッドヘッドに置き、白杖をサイドテーブルに。枕のいい塩梅を探して、左右にモゾモゾリ。丁度良くして、秒で眠気に包まれて。


今までは、何もかも、されるがままに支度されていた。やる気もなかった。

だがもう、ピティエは、これだけの事を自分一人で、立派にできるのだ。もちろん、寮にいる時も、子供達に助けてもらいながら、時にはちっちゃい子組のお風呂や着替えを手伝ったりもする。

それはとても嬉しくて、くすぐったい事だった。





侍女のグリーズは、ピティエを囲んで談笑していたアシュランス公爵家の皆を、何でもないような顔をして、心の中で罵倒していた。仕事があった場合に備えて、部屋の隅で控えていながら。


何だっていうのよ。何でピティエが家族の中心になって、和やかに話なんかしてられるのか。ブラインドサッカー?ラジオ番組?知るか!要するに、お貴族様だから、おまけで色々やらせてもらえてるんでしょ。サングラスだって、顔の表情が見づらくなって、じっと見られると、見通されている感じが何だか怖い。


ピティエは人が話す時、見えていないのに、そちらに顔を向けて集中して聞くのだ。

素顔でも何か深淵を感じさせて苦手だったのに、それがサングラスをしていると、何を考えて聞いているのか余計にわかりづらくて、グリーズは知らず恐れていた。


いつか、自分のしていたイジメが、アシュランス公爵家の旦那様や奥様、それから一番厳しいと思われる、ジェネルー様に、言いつけられるのではないか。

そんな恐れもあるが、自分をまるっと見られているような、心地悪さが元々あった。


サングラスなんて、良くないに決まってる!あんな物何がいいのか!



球技大会も観に行かず、ラジオについて、サングラスの意味も良く知らないグリーズは、それでもピティエが着々と自立し、力をつけてきていることを感じて、焦っていた。

このままでは、ピティエ付きの特別報酬がある楽な仕事は、2度と貰えないだろう。しばらくすれば、泣き言を言ってやっぱりグリーズに世話を頼むと思っていたのに。

見られたくはないが、ピティエを見下し利用する事からは、離れられない。グリーズのこの気持ちは、どこからくるのだろう。


執事カフェに、一度行ってしまったのがグリーズの間違いであった。

何せチヤホヤしてくれるのである。

何度でも行きたい。執事カフェは明朗会計、しかし何度も行くには、グリーズの懐は少し痛い。サービスを考えれば妥当なお値段だが。

その上、ファンの女の子達が、こぞって贈り物をするのを知っては、負けてられないと思った。


ただお高い物をあげても、ニッコリと「規則で受け取れません。お気持ちはいただきますね。」と言われてしまう。お手製の刺繍ハンカチなど、高くなくて努力の跡が見える物なら受け取ってくれるが、同じ事をしていても特別にはなれない。


グリーズが入れ込んでいる執事、アロンジェは、紺の髪色で、スラリとしている所も、どこかピティエに似ているのだった。


この間話したアロンジェは、テレビを欲しがっていた。グリーズには、「興味がございます」と控えめに言っただけだが、ならば贈ってやろうと思う。

それに合わせて、アロンジェの1日買い切りをしたい。できるか分からないが、お金があれば大抵の事は可能だろう。ピティエの面倒をみる特別報酬をもらって。


その為には、ピティエが溌剌と生きていては困るのだ。


アシュランス公爵家の皆が、自室に下がる。少し時間を置いて、グリーズはランプを持ち、そうっとピティエの部屋に近づく。

ギュッ、ギュッと、音が出ないように廊下の絨毯の上を歩く。

ノックをせずに、ドアを、ゆっくり、ゆっくり、開ける。


ピティエは、すうすうと、健やかに寝ていた。


何で私に縋ってこないのよ。

グリーズは、更に増してピティエを憎らしく思う。最近、お世話をしていた時よりおしゃれになったのも、腹立たしい。まるでグリーズが手を抜いていたみたいではないか。その通りなのだが、それを明らかにされるのは困る。

背中を丸めて生きていたのに、ピンッと張るようにもなった。嬉しそうで、楽しそうで、輝いて。

まるで、グリーズとは、別の世界に羽ばたき、生きていくと決めたように。


ベッドのサイドテーブルに立て掛けられた白杖を。

取ろうと。



「グリーズ。」


ヒッ


寝ていると思っていたピティエの、突然の誰何に、出しかけた手を、引っ込めて。


何で、私だってわかるのよ!!

こういう所が恐ろしくて嫌なのだ。


声を出しさえしなければ、はっきりグリーズと決めきれないに違いない。ピティエが何を言っても、見られないのだから証拠はない。


ガッと白杖を掴むと、さっきまでのそろりそろりと違い、音が出ようが構わず走って、バタバタとピティエの部屋を出る。


こんな白杖などなければ、またグリーズに頼らなければならなくなる。

そうしたら言ってやるのだ。

あんなに偉そうに、世話がいらないって言っていたのにね、って。

これからは私の言う通りにしてもらいます、って。

ピティエなんかに馬鹿にされて、そのままでいられはしない!


外の庭に駆け出し、白杖を振り上げて、花壇を囲う煉瓦に叩きつけ•••


「何をしているんだ、グリーズ。」


誰!?


白杖を振り上げた手を握り止められて、グリーズはビクッと振り向いた。

冴えざえとした月光に照らされて、そこにいるのは。


「ジェネルー様•••!違うんです、これは、これは!」

「それはピティエの白杖だな。煉瓦に叩きつけて、どうしようと?」


グリーズは一番見つかってはいけない人に見つかってしまった。ジェネルーは、宝物のようにピティエを大事にしている。本当の事を言えば、グリーズはこの家にいられないだろう。

ジェネルーの顔は、険しく、掴まれた手首が痛い。ゆっくり下ろされた手から、白杖がむしり取られる。


「その、あの•••虫!虫がいたんです!私はそれを払っていて!」

「暗い中、用もないのに、わざわざピティエの部屋に?しかも、その細い白杖に?」

「よ、呼ばれたんです!ピティエ様に!そうしたら虫がいて、払ってきて欲しいと!」

焦って嘘を重ねる。


「私、そんな事、頼んでないよ!寝てたんだ。」


寝巻き姿のピティエが、室内ばきのままで、ひょこひょこ庭に出てきた。

ピティエには今の状況が良く分からない。眠っていたのに、ひっそりと歩く足音に、フッと目が覚めた。あの足音はグリーズだな、とピティエには分かる。家の中の者なら全て、体重や、どう足をつくかなど、歩き方の癖で足音が違うから。

仕事をしている時のドタドタした音ではなく、確かにグリーズなのに、いつもと違う潜んでくるのが、気にかかって目覚めたらしい。


庭でもめる、音のする方へ向かってきた。家の中なら、壁を触りながら、ゆっくり出て来れる。

ピティエは、何故グリーズが白杖を持ち出したのか分からなかった。パタパタ、とサイドテーブルを触っても白杖がなくて、庭のやり取りが聞こえて、白杖を取られたのだと。


「ジェネルー兄様。グリーズは、何をしようと?」


険しい顔をしたままのジェネルーは、グリーズの手首を握って離さない。


「白杖を、壊そうとしてたんだ。」

「えええ?な、何で•••。」


訳が分からない。


「グリーズ、何で?私、何もしていないのに。自分で自分の事やってるし、もう面倒もかけていないじゃないか。白杖を壊したら、出かける時に不便で困るよ。」

特に明日は、大事な録音の日なのに。


ピティエには、複雑な悪意が分からない。自分にはないものだから。そして持っていなくてもそれをあるなと理解する程には、まだ心や対人関係の経験が育っていない。自分が何もしていなくても、一方的に悪く思われる事があるなんて。


サングラスをしていないピティエの瞳は、灰緑色が月光に、キラキラとしていた。幼子の、なぜなに、に、大人は全てを答えられない。羽ばたき始めた所だ。まだその時ではないのに、汚してしまうのを恐れて。


ジェネルーは、そんなピティエに、悪意をぶつけるグリーズが許せなかった。


「ピティエに許可をとって、部屋に神の目をつけてある。先ほどグリーズがピティエの部屋で何をやったか、父と、母、執事や侍女頭も呼んで見てみようじゃないか。」

私は、この家でピティエに悪口を言うのが誰か、ずっと探していたんだ。

ニヤリ、と獰猛に笑う。


ピティエは来なくてもいいよ。眠いだろうし、明日は大事な日だろう?

ジェネルーはそう、優しく言ったが、ピティエは、何故グリーズが白杖を壊そうとしたか、知りたかった。

何もしないで、傷を負わないで、ただそっと甘やかされている時期は、終わったのだ。

「自分の事だから、知りたいよ。ジェネルー兄様。」


グリーズの拘束を執事に任せて。

弟の藍色のサラサラした髪を撫で、ジェネルーはため息をつく。


誰がわざわざ綺麗なものに、傷をつけたいだろうか!


しかし、その傷さえも、成長なのだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ