たった1点
『そろそろ前半戦が終わろうかという所、竜樹チームは、フードゥル騎士チームを圧倒しています!』
『本当、もう9点だもんね!それにしても子供達、すごいよぉ!本当に目が見えてないの!?って思っちゃう。ステューも目を瞑ってラジオしてみる?』
『何でだよ、解説できないだろ!』
『そうでした。俺たちがみんなの目の代わりだもんね。』
『そうだよ、ルムトン。皆さん、ラジオをよろしくお願いします。さぁ、さっき竜樹チームに点が入ったから、今度はフードゥルの騎士達チームからの攻撃!こんなに点差があると、逆に相手も応援しちゃうね!センターサークル、フィールドの真ん中、そこからキックオフです!•••て、フードゥルの騎士チーム、センターサークルに行くのに彷徨ってるよ。』
『ほんと、うろうろ、手探りで。』
『見えないの、大分大変なんだね。さっきまではセンターサークルの周りから動けてなかったんだよね。やっと守備に走れたか、と思ったら、戻るのも大変という。監督のカルネ王太子殿下が、声をかけて盛んに誘導しています。がんばれ!段々、成長してるよ!センターサークルに辿り着かないと、試合が始まらないよ!』
ルムトンとステューのラジオ番組が、商店街に流れている。買い物でわさわさしている街中、しかし今日は、あちらこちらで、ニコッとしながら、或いは真剣に、立ち止まって番組に耳を澄ませる人がいる。売りながら店員達も、たまにラジオに耳を傾け。何かやりつつ聞ける、というのが、ラジオの利点だと、知識として知らなくても自然に皆、やっている。
広場前大画面でも、生放送中のブラインドサッカー。司会のアルトが、燃えて解説。
『騎士達、試合が終わるまでに、果たしてゴールに近づく事ができるのか!?王女様達を諦めるな!全力で戦うんだ!しかし竜樹チームも全力で立ち向かうぞ!!』
パージュも。
『やっとセンターサークルに戻って来れましたね!さあ、キックオフです!』
はあ、はあ、はあ。
そんなに動いていないのに、息は荒い。
フードゥルの騎士、イブリッドは、こんなはずじゃなかった。ギリ、と奥歯を噛む。
暗闇で走るって、なんて怖いんだ。
すぐそこに障害物があるのではないか、人がいるんじゃないか。
怖い!
今も。カルネ王太子殿下の声は聞こえるけれど、本当にこっちでいいのか?どのくらい歩けば?と、怯んで、確かめる術もなくて、ふわふわと彷徨うばかりで。
さっきは大分、ええい!と思い切って走ってみた。足が地面に着く、その距離感さえ掴めなくて、パタンパタンと足が大ぶりになってしまう。怖くて怖くて仕方なかったけれど、カルネ王太子殿下は、「イブリッドそのまま、方向合ってる、走れ、ゴールを守れ!」と叫び、ボールの音も、はっと一瞬、近くに聞こえ。
しかし。
スルスル、チャリリリンと風。
振り切って走る子供達の、なんと軽やかなことか!
悔しい。悔しい!
こんなはずじゃなかった!
カッコ良く勝って、姉妹の王女殿下達を救って。
最初は、そんな妄想に、心の中をニヤつかせていたけれど。
試合開始直後、即座に吹っ飛んだ。
歩く事さえおぼつかない。
いやいや、今は、キックオフに集中だ。
「イブリッド!こっち!」
仲間のリーニュが、左から声をかける。
そちらに、とん、とボールを蹴ると、芯は捉えられなくて。チャリ、と軽く転がって。
リーニュ?が近づく気配がする。
チャリ、チャリリン。渡せたかな、とホッとすると。
タタタタ
「ボイ!」「ボイ!」
あああ!子供達がこちらに向かってくる!
ドッ チャリリン!
ぬか、れた?
「リーニュ!戻れ!走れ!!ボールを追え!良く聞いて!イブリッドも、守りに走れ!皆、そのまま振り返って走るのでいい!」
カルネ王太子殿下が叫ぶけれど。
オランネージュの声。
「ピティエ!真っ直ぐ!誰もいない!走れ走れ!」
ゴール裏、ガイドのネクター。
「ピティエ、キーパー揺さぶれ、シュート!」
ドゥン! チリチリチャリン!
ワァァァァァア!
ゴールキーパーのポワンは何してるんだ!あいつ目隠しないだろ!
ピィーッ!
『10点目が入って、前半戦の終了です。いや、もう大人と子供が逆転する展開です!フードゥルの騎士達、後半戦は、意地が見せられるか?!』
『ハーフタイム、休憩ですね。後半戦に向けて、気持ちを切り替えて頑張ってほしいです!』
『カルネ王太子殿下が、騎士チームをフィールドから呼び寄せています。スーリール達が、両方の陣地に行って双方のチームの雰囲気を伝えてくれます。スーリールさん!』
手をフリフリ、スーリールが画面端に映る。フィールドのサイド外、特別に入る事を許されて。
『はーい!スーリールと撮影隊です!まずは、10点先取された、フードゥルの騎士チームへ。皆さん用意された水分をとりながら、項垂れています。カルネ王太子殿下からのお言葉があるようで、集まっています。』
シィーッ、と人差し指を口の前に立てたスーリールが、マイクを持ったままフードゥル騎士チームに近づく。大きなフサフサのついたマイクも、そそっと頭上から。
ぬん、と仁王立ちするカルネ王太子。
静かに、しかし威厳のある声で、騎士達に言い聞かす。
「•••お前たち、子供相手だと侮っていたな。相手は経験者、格上のチームだ!年齢は関係ない!何故、私の指示通りに動かない?理由があるのか!」
ポツリ、とイブリッドが。
「こ、怖くて。」
カルネ王太子は、片方の眉を、ピクリと上げる。
「怖い?」
「見えないのが。歩くだけで、精一杯です•••。」
ウンウン、と他の選手達も、頷いて。
「•••この競技は、見えている者と、見えていない者の、信頼感が必要だそうだ。協力しないとゴールできない。私の指示、ガイドの指示、ゴールキーパーの指示を読み取り、信じ、どれだけお前たちが動けるか。」
つまり騎士達は、カルネ王太子の指示を、信頼できていないのだ。
「私の未熟もあろう。だが、だがな。このまま、仮にもフードゥルの騎士が、怖い怖いで終われるものか!」
くわっ!とカルネ王太子は、発破をかける。
「1点。1点だ!たった1点、それを目指して行くぞ!仮にも妹を取り戻すと大言を叩いたのではないか!たかが1点、取れずにどうする!お前達は私に背いて、この試合をする事になった。だが、この試合の間だけでも、私を信じて、意地をみせろ!頼れ!聞け!1点ゴールに、連れて行ってやる!」
カルネ王太子は、熱く語る。
目の裏が熱くなり、イブリッドも、リーニュも、他の騎士2人も、そしてゴールキーパーのポワンも。じんわり口元を歪めつつ。
「「「はい!」」」
大声で返事をした。
『•••フードゥル騎士達チームの、一喝でした!1点取れるかどうか、必見です!さてそれでは、竜樹チームへとカメラは向かいます!少々お待ち下さい!』
スーリールが、そそそ、とフードゥル側から竜樹チーム側へと移動。
「良く休んで、水分もとって、後半戦も頑張ろうねぇ〜。」
「「「はい!」」」
ゆるゆるのオランネージュである。
「あと、ジェムとニリヤで交代ね。ジェムには悪いけど、少しだけニリヤで様子見させて。向こうも段々慣れてくるだろうから、少しは試合っぽくなるかもだし。」
「いいよ〜オランネージュ様。疲れたから休んでるよ。」
ジェムは、パタパタ顔の前で手を振り風を感じている。
「ぼく、がんばるから、ね!」
ニリヤが紺色のビブスを嬉しそうに着て、ピョン!と飛んだ。
『竜樹チーム側は、ジェム選手と、ニリヤ王子殿下が交代するようです!ニリヤ王子殿下は5歳。どれくらいの技量をお持ちなんでしょうか?フードゥル側も、狙ってくるかもしれません!頑張って、ニリヤ殿下!』




