追い縋っては女がすたる
ふわぁ、〜あふ。
妹シエルは、はしたない事に口を押さえつつも、小あくびをした。キョロキョロ、する。誰も見ていない。何故ならここは皆に傅かれた王宮ではなく、その中庭にある寮の、あてがわれた小さい自分の部屋だからだ。
子供達と順番を競いながら顔を洗ったり、部屋に戻り着替えの支度をして。そう、王女気分でゆったりしていると、顔を洗う事さえ。なかなか洗面所を使う順番が回ってこないのだ。トイレだって戦争だ!
昨夜寝ている時、子供達は頻繁にコロコロ動くし、布団を何度もラフィネや竜樹はかけたりしていて、ツバメのお乳やりや夜泣きで、ウトウトすればハッと起きる。今まで、整えられた住環境で、寝ている時に他人、側使いがいるのには慣れていても、自分に配慮もなく自由に大勢と一緒に寝る、雑魚寝など、した事がなかった。初体験を終えた妹シエルの、本日のコンディションは、低めだ。
朝、お化粧がしたくて、そう、お化粧道具さえ残しておいて貰えなかったので、ラフィネに言って、わずかに渡されたお金を払って、分けてもらった化粧水をつける。それだけ。
お化粧道具も、手に入れなきゃ!
妹シエルがそんな決意をしている中、竜樹とラフィネは。
自分の支度も早く起きて済ませて。子供達を起こし、トイレに行かせ、着替えや、朝ごはんの配膳の支度を手伝っていた。
朝早くから、侍女のシャンテさんも来て、ツバメを受け取ってニコニコあやし、お任せ下さい。と竜樹の負担を減らした。
「朝ごはん作らなくて良いだけでも、楽ちんだよねぇ。」
竜樹がニッコリ、ラフィネに微笑む。
「ありがたいですよね。」
ラフィネも、受けてニコッとする。
ウンウン。
当たり前に、真っ当に生活するって、大変なのだ。
ひそ、と竜樹が声を潜めて。
「昨夜は、びっくりしましたよ?笑っちゃったけど。」
うふふ。ラフィネは、恥ずかしそうに。
「思い上がった事を沢山言ってしまって、すみません。でも、女の園にいた時、不安から気が立って、誰にでも喧嘩腰に振る舞いがちな、新人の女の子って結構いて。」
おお〜、うんうん。竜樹に懐いて隣で、朝ごはんを貰うサンを撫でてやりながら、話を促す。
「誰か、面倒見がいい先輩が、ガツンと最初に言って、圧倒して後見して、誘導してあげないと、なかなか共同生活って、厳しいんです。虐められちゃったり。」
自由に生活できる場所じゃ、ありませんから。
ほうほう。女の園でも、そんな事あるんですね。
「ありますよ。仕事場に、いつでもプンスカしている、機嫌の悪い人がいるのって、誰でも嫌なんですよ。自然と、リーダー的な者や、フォロー役をする者が、できますね。ちゃんと尊敬されないと、いつまでも自分以外を下に見て、必死でプライドを守ろうとしますから。•••王女様と言っても、周りから婚姻で利益を求められるばかりなら、女の園に売られた少女と、境遇はさして変わりないのかもしれないですね。」
ラフィネはそう言って、交流室に戻ってきた妹シエルと姉エクレを見て、口の前に人差し指を、つ、と立てた。
ありがたや。
女性達のバトル、竜樹には荷が重い。
ぺこ、とラフィネに目礼をすると、うふっ、と笑って肩をすくめた。
「ジェム!あなた、昨夜は、可哀想にうなされて、ギフトとラフィネに縋りついていたわねぇ!」
超嬉しそうに、つつく所を見つけたと、妹シエルがジェムにオホホと上から目線。
「うなされて親の手を握るなんて、まだまだ子供ね!」
周りにいる子供達と、朝食を貰って机に置いたジェムは、はた、と妹シエルを見て、パチパチ目を瞬かせた。そして平温な様子で。
「そうなんだ。夕べは、まだ家が無かった時の、街で軒先や空き家に潜り込んで寝てた頃の夢見て、『思い出し怖がり』してたんだ。」
はっ!
と側にいたニリヤが、真剣な顔をして、パタンとトレーを机に置いて、ジェムをギュッと抱きしめた。子供達も次々にワラワラと、ジェムに抱きつく。
「こわかったねえ。だいじょぶだよー。」
「うん。」
え?と妹シエルは、目を見張る。
ジェムが、恥ずかしがるか、なんかすれば良い、と思っただけなのに、子供達が気遣わしげに集まるから、何だかシエルが悪者みたい?
「『思い出し怖がり』はね、街で子供達だけで暮らしてた時に、不安で怖いのを、感じたままで動けないと、死んじゃうから、その時に怖がれなかった分が、夢に出てくるのだって。」
「だからその時は、ギュッてしてあげて、大丈夫だよ、今は、寮にいるよ、って言ってあげるの。」
「みんな、ときどき、ゆめみるの。ジェムだけじゃ、ないの。」
オランネージュとネクター、そしてニリヤも、真剣な顔で妹シエルに言いつのる。
ジェムは、ありがとありがと、と皆とハグして。
「シエル姉ちゃん。俺、まだ子供なんだ。街にいる時は、いつ誰かに殴られるか、今日は飯が食えるか、分からなくて、いつもピリピリしてた。だから、安全に怖がれるようになって、やっと甘えて良くなったんだ。だから、竜樹父さんは、ちゃんと満足するまで何度でも怖がってね、ギュッとするからね、って言った。」
シエル姉ちゃん。
「姉ちゃんは、大人だろ?だから、子供の俺が怖がった時に、皆と一緒に、ギュッとしてくれよ。」
両手を妹シエルに差し伸べて、空色のゆらゆらウルウルした瞳で、下から見上げて。
な、なによ!か、可愛いじゃない!
ドキリとして、胸が痛んで、そして末っ子で下から甘えられる事が初めてのシエルは。
「い、いいわよ!」
ぎゅむ!
シエルがジェムを抱きしめる。
ジェムはスカートにグリグリと顔を押し付けて。
そして、抱きつきながら横を向くと、竜樹とラフィネに。ニヤリ、パチン、とウインクして見せた。
子供達もそれを見て、ん?と止まって。
「ありがとう、シエル姉ちゃん!」
ニコッ、ジェムは照れながら笑み。
姉エクレも、悲壮な顔で、そそそ、とやってきて。
「ジェム。私にも、抱きしめさせてね。」
「ウン!ありがとう、エクレ姉ちゃん!」
竜樹はムフ、と笑いを堪え、ラフィネはニコニコと頷いた。
子供達は、朝ごはんが終わった後、ジェムから皆に、ヒソヒソ。
「元王女の姉ちゃん達、特にシエル姉ちゃんは、大人のじょせい扱いをされたいみたいだからさ。色々下手でも、大人のお姉ちゃん、て言って甘えて仕事させようぜ。竜樹父さんも、ラフィネ母さんも、甘ったれ元王女の面倒ばっかりみられないからな。面倒くさいけど、子供のぶきは、使っていこうぜ。」
「分かった!」
「「「わかった〜!!」」」
ジェムは、子供ながらに、街の浮浪児のリーダーやってただけの事はあるのだ。子供だけど、侮れない。
食器を重ねて片付け、朝は時間がないので食器洗いは王宮の厨房にお任せし、今日は球技大会だ、と皆でオーブの世話を済ませて。
こんな行事がある時は、新聞売りの仕事は、お助け侍女さん侍従さんが、代打に立ってくれる。密かに、平民より身分の高い王宮勤めの、上品な侍女さんや侍従さんが売り場に出るのを、楽しみにしている人もいて、ジェム達も職業に対する誇りは持ちつつも、ありがたく代打を頼んだ。
教会の子に頼もうか、という意見も出ているが、そうするとその子が、竜樹発案の開催するイベントに参加できないので、考え中。
教会の子供達にしてみれば、新聞売りは計算や読み書きが出来、今日のニュースを常連さんに説明したりと、知的な技量がある者しかできない、憧れの職業なので、時々でいいから、やらせて欲しいな、と思っている。
行くか、とその前に。
ラフィネがニコ、と微笑で姉妹に釘を刺す。
「さて、エクレ、シエル。今日は子供達と、体育館へ球技大会に行きます。貴女達のお兄様の、カルネ王太子様がいらっしゃると思うけれど。お会いしても、礼をするだけで、こちらから話しかけてはいけないわよ?」
え。お兄様に化粧品代をねだろうと思ったのに。妹シエルは、不満げな顔をしたし、姉エクレはその事について考えていなかったので、不思議そうにした。
「何故よ!?」
「どうして?」
「大人の女性は、一度切られた相手に、こちらから未練たらしく話しかけたりしないものよ。向こうから、話してみたいな、と思わせる、そんな立ち居振る舞いをしなくてはね?切られて悔しかったのでしょ?立派な大人として、ちゃんと子供達の面倒を見ています、と、態度で示すの。」
本当は、平民扱いの元王女達がワヤワヤ、カルネ王太子に話しかけたら、面倒になるから。も、あるかな?とラフィネは思案する。
甘ったれるだけじゃなく、実力を示す。
真っ当なプライドを、この姉妹には持たせるべき。とラフィネは思う。
意地もなけりゃ、では、いつまで経っても疎まれて軽んじられたままだ。
「カルネお兄様から話しかけたくなるような•••。」
「大人の女性の振る舞い•••。」
「そうです。今は話しかけてもらえなくとも、きっと声をかけてくださる時が来るわ。その時が貴女達の勝ちよ。女も、勝負すべき時があるわ。追い縋れば、惨めになるだけなのよ。」
ウンウン。
何故かジェム達が頷いている。
「街にいた姉ちゃん達も、ろくでもないヒモに引っかかって、いつまでも追い縋ってたなぁ。」
「あれ、もうあなたはいりません、てして、関係切ればいいだけなのにね。ボロボロになっても、分からなくてさ。」
さっ、とジェム達を見て、姉妹は考える。
確かに。確かにそうだ。
こちらから、助けて助けて、と追い縋れば、嫌がられるに決まってる。公の場でそれをすれば、振り解かれた自分達は、いかに惨めな事だろう。あの苛烈なカルネお兄様の事だ。許しはなかなか得られない。
そして、向こうから話しかけさせる、というのは、何とも魅力的だ。
「分かったわ!」
「そのようにするわ!」
フンス!と鼻息も荒く決意する姉妹に、ラフィネはウンウン、と満足の笑みを向けた。
竜樹は、ニハー、と、カメラマンで侍従のミランとタカラと、3人同じく口を綻ばせた。護衛のマルサは、ムフ、と後ろを向いて笑っていた。
この笑っている男達を唸らせられるかどうかも、これからの姉妹の成長にかかっているのだ。




