姉妹の寮入り
さて。王族と賓客達の健康診断が終わった後の事。
身の程をしらぬ王女達が、親から引き離される恐怖や不安、突然亡くす悲しさ、脅される絶望感を味わってから、何日か泣いたり叫んだり、寝込んだ所、やっと立ち直り。そしてどうなったかというと。
「ほ、本当に、私たちの侍女や護衛を、帰してしまうなんて•••。」
「しかも、こんな粗末な、足の出る服なんて!」
帰っていった侍女達は、服も髪飾りも靴も、フードゥルからパシフィストに持ち込んだ物は、全て!一点残らず持ち去ってしまった。姉エクレ王女と妹シエル王女は、豪華な賓客用の一室で、下着から平民のものに着替えさせられた。
侍女達は、兄カルネ王太子から、絶対に、お可哀想に、とか、慰めを言うな、甘やかすな!本人達の為にならない!と言われていたので、王女達の文句たらたらに、一言も答えなかった。
それでも着替えを手伝ったのは、自分達が可愛がってきた王女達への、最後のお仕えであったからだ。
今日の夜からは、着替えも自分で行わなければならない。
お助け侍従に、「こちらについておいでなさい。」と、丁寧だが王女にならありえない言葉で促され、寮へと向かう。
竜樹とラフィネが、サン、セリュー、ロンの小っちゃい子組と、手を繋いで、玄関前で待っていた。オーブもいる。
「ようこそ、撮影隊と新聞売りの子の寮へ。」
竜樹は、うっすら微笑んで、小さい目を、いつも通りショボショボさせていた。
ピヨピヨ達め、自分でも寝込むほどの残酷を、平気で子供に与える未熟さ、思い知ったか。と、少々ぬるい目である。
「新聞売りの子供達も帰ってきてるから、改めて挨拶しようか。でもその前に、この3人に許して貰わなければ、エクレもシエルも、寮に入れられないよ。」
何よ!呼び捨てを許してないわよ!それに、そちらが決めた事なのに、なんて意地悪!
とエクレとシエルは思ったが、小っちゃい子組に目をやると、ビクン!と、あの感覚が不意に戻ってきた。眉間の足跡が、ズキズキする。
大きくて温かい、絶対的安心感。それを奪われる、居場所をガリガリと削られる心の底からの不安。心細さ。悲しさ。無慈悲な言葉に、自分の思いとは別に、無理矢理愛情を注ぐ者から引き裂かれ、脅される恐怖。
ガクガク、2人の姉妹は震えて。
謝らずにはいられなかった。
「こ、この間は、本当にごめんなさい!」
「わ、私たちが、悪かったわ!酷い事を言って•••。」
サン、セリュー、ロンは、じいっ、と姉妹を見つめる。しゃがんだ竜樹に、「どうする?」と聞かれて。
3人でヒソヒソ、話し合う。
「おねえちゃん達、行くとこないんだって。」
「そしたら、しかたないか。」
「もとおうじょさまが、街中で、やってけるわけないもん。」
「ほうし、してもらお!」
「そうしよ!」
「ココ、コケコ!」
話し合いは結論が出たようである。
「いいよー。許してあげる!」
「でも、もう、いじわるいわないでね。」
「ぜったいだよ!」
優しいなー、と竜樹が3人の頭をニコニコと撫でたので、ふす、と鼻息荒くした3人は、エクレとシエルに駆け寄り、その手を取った。
え。
私たち酷い事を言ったのに、手をとってくれるの?
唖然とした姉妹は、むぐ、と口を閉じて。
小さな手のひらは温かい。そして力強い。
少しだけ、じん、としたのは何故なのか、姉妹には分からなかった。
「みんな〜。もとおうじょのお姉ちゃんたちが、いくとこないからまぜてだって〜。」
「サン達は、いいのか?」
ジェムが、勉強道具を出しながら聞く。
「もういじわるしないって〜。」
「そうか。ならいいか。」
子供の方がよっぽど心が広いのだ。
「はーい皆、今日から、寮のお手伝いをしてくれる、エクレとシエルだよ。元王女様だけど、今の身分は平民だから、普通に接して大丈夫だよ。むしろ、平民なりたてのピヨピヨで、まだ何にもできる事ないから、皆で色々教えてあげてね。」
「「「は〜い!」」」
ピヨピヨって、何よ!
と言いたい事はいっぱいあるのだが、何故だか口にする事はできなくて、姉妹は俯くように目礼をした。
「よ、よろしくお願いします。エクレです。」
「お願いします。シエルです。」
一人一人子供達が名乗るのを、姉妹がボーッと聞き終わると、「私はラフィネよ。今日から子供達の様子を日誌に書いて、毎日提出してもらうから、子供達の名前は早く覚えてね。」と、早速お仕事の注意点。
む。 平民のラフィネから平易な言葉で話されるのに、まだ、むっとしてしまう。
「私たちのお部屋は?」
「案内してくださらない?」
それでも精一杯丁寧なつもりで、実際には高慢に、ラフィネに聞くと、クスッと笑ったラフィネは、こちらですよ、と案内をする。
「竜樹様は男性ですから、聞きにくい事もあるでしょう。何かあったら私に聞いてください。子供達の面倒をみる、って、責任のある仕事なの。あれっ、と思ったら、報告すること。分からない事も、ちゃんと聞いてね。着替えなんかは用意してあるから、荷物を確認して、落ち着いたら、子供達のいる交流室へいらっしゃい。」
小さな部屋にびっくりしていると、穏やかにラフィネが注意事項を言って、踵を返す。
「ちょちょ、ちょっとお待ちなさい!」
「私たちの部屋よ?ここ1室だけ、って事、ないわよね!?」
ラフィネは不思議そうに。
「?多分、最初は2人一緒の方がいいわよ。ベッドも2台入れてあるし。だって。」
色々分からない事、相談できた方が良いのじゃない?
「「2人で1部屋なんて、ありえない!!」」
「なら、別々にしましょ。用意した一人分の荷物を、どちらかが持って隣に移ってね。」
何事もセルフ。ええー!?自分で持っていけと!?と驚くが、ラフィネはサッサと行ってしまった。
むぐ、と黙っていた妹シエルが、ふつ、と言葉をこぼす。
「お姉様が移ってよ•••。」
ギョッとして、姉エクレは。
「な、何故よ!シエルが移りなさいよ!」
姉妹で移る移らないで大騒ぎの喧嘩。騒ぎを聞きつけた竜樹に怒られて、2人デコピンをもらい、指示されて結局姉エクレが部屋を移った。
「という訳で、心細いなら仲良くすればいいのに、初日から姉妹喧嘩してましたよ。」
「は〜。何をやっているのか。竜樹様、面目ない。遠慮なく怒ってやって下さい。」
カルネ王太子に、ちょこっと報告したら、ため息をついていた。
「ピヨピヨだとは思っていたけど、予想以上に心が幼い感じなんですよね。寮の子だって、そんな事で喧嘩しません。寧ろ、寮の子は、助け合わないと生きていけなかったから、姉妹より大人な所があります。」
「おお。そうですか•••子供なのに早く大人にならなければといった環境は、大変だったでしょうね。妹達も、子供達を見守る事で、大人になってくれれば、良いのですが。」
いい影響があると思いますよ。
竜樹は、子供達にやいやい言われて、文句言いつつ、自分の食べたお皿を洗う2人を思い出して。
「身体は大人になりつつあって、心とアンバランスですよね。でも、姉妹でベッタリとくっついて、人を陥れているより、健康的かと思います。育つにも、自分のいる世界の、思い通りにならなさを、庇護を受けながらも自分で何とかしていく、って経験をしている所なのかなあ。」
寮の手伝いどころか、自分の世話をする勉強をしている。今ココ、ってやつだ。
面白くない。
妹シエルは、一人、寮の床をお掃除モップで拭きながら、ブツブツと文句を言った。お掃除なんて、掃除婦の仕事だ。自分はやんごとない王女だ。
自分で着替えなければならない。最初は、何からどう着ていいのか分からない所があって、部屋の中からラフィネを大声で呼んだ。が、来たのは子供達。
ひゃあ!と恥ずかしがるシエルだったが、子供達は小さい子の面倒みるように、最初はこの下着、それからこのシャツ、ボタンちゃんとして、とテキパキ指示していき。
「もう大きいんだから、ピヨピヨでも最低限、自分のケツは、自分で拭けよな〜!」
何とか着替え終えた、シエルのスカートを、ポン!と叩いて、ニシシと捨て台詞を残し戻っていった。
腹立たしく部屋を出て廊下、姉エクレの部屋から子供達が出てきて、「自分のケツは自分で拭けよなー!」と、正に言われている所だった。
顔を合わせた姉妹は、むぐぐ、と口をモゴモゴ。
オランネージュ、ネクター、ニリヤが、お兄さんのごめんねを聞きに行って、子供達に「じぶんのけつは、じぶんでふけ!って!」と報告したので、今その台詞が子供達の間で、流行っているのだった。
「といれいって、じぶんでおしりふかないの?おうじょさまって。」
と一部で?と思う子もいたのだが、ジェム達大きい子組は、ニシシと笑いつつ、助け合いつつも、自分が育つ為の心構えとして、その言葉を心に刻んだ。
竜樹は、大人になっても、自分でやったり、助け合ってやったり、どっちもするのが大人だからね。まだまだ俺たちに、頼ってね。と子供達に言い、ニヘヘ、と照れくさく笑われた。
車椅子のエフォールは、私も自分でトイレに行けなかった時は、恥ずかしかったな。と姉妹を温かい目で見た。
無論、姉妹が1人でトイレに行けない訳じゃない、とエフォールも知っている。でも、自分で自分の事をやりたいのが、できないって、屈辱だよね。
と、またスカートを優しくポンポン。
姉妹で、むごご、と口ごもった。
「私だって、自分の事くらい、できるんだから!」
それにしても、竜樹の顔は、腹立たしい。絶対こちらを子供扱いしている。
私は大人で、しかも美人で、魅力的なんだから!
もっと優しくチヤホヤされるのが当たり前だったシエルは、相手にもされない、というのがこんなにも惨めだとは思わなかった。しかも、あの見させられた夢の中、竜樹は圧倒的に安心感をもたらす人だ、という感覚が、シエルにもエクレにも根付いている。
つまり、勘違いしそうな好意を持ってしまったのである。
「あれ、シエル1人なのか。エクレは?」
「子供達と遊んでます!」
私が掃除しているのに!
シエルはそこも腹立たしかった。
姉エクレと喧嘩した後、エクレとシエルは別の方向に態度の舵をきった。
エクレ曰く、言う通りにしてたら、早く足跡が消えて解放されるかも。と。従順路線に走った。
内心はどうでも、模範囚は刑が軽減される、とばかりに、良い子ちゃんを演じているのだ。
そこへ行くとシエルの立ち位置は微妙である。ここで我儘言っても、何一つ思い通りにならないのだ。しかも、大抵「ハイハイハイ。またなのねー。イライラしないんだよー。やるべき事は、やらなきゃねー。」と子供扱いで流されて、結局は言われた事をこなさなければ、になる。
「掃除えらいえらい。頑張ってねー。あー、そろそろおやつの時間だから、皆来るかな?」
竜樹に言葉で、適当によいよいされ、シエルはカッとなった。
ピン!と思いつく。
竜樹が、逃れられない状況を、作ってはどうだ!?と。
結局、強引でもギフトを得られれば、自分の立場も見直されるのでは!?
すうっ
息を吸い。
「きゃーーーーっ!!」
突然大声を出したシエルに、竜樹もびっくりして目を見張る。
とたたた!とこちらに来る足音がするのを聞いてから。
「竜樹様が、私を、私を!!」
スカートを自分で捲り上げ、床に座り込んで、胸を押さえて。
竜樹は、びっくりしたまま、ショボショボしている。
「どうしたの?」
「シエルお姉ちゃん、何かあった?」
ラフィネも、子供達も、王子達、アルディ王子も。そしてエフォール、プレイヤード、ピティエも。エクレもだ。
ゆっくりと全員が集まってから、機を見て、シエルは泣き出した。
「竜樹様が、私にご無体を!胸を、掴んで!•••も、もうお嫁に行けません!責任を、責任を取ってください!」
ほへー。
ジェムが、シエルのはだけたスカートをピラッと元に戻してやり。
「こういう事する女、街でも、いたなあ。」
「ああ、これでお金せびるんだよね。竜樹父さん、何もしてないんだろ?」
竜樹は、ふー、と息を吐いて。
「何もしてないよー。」
「う、嘘よ!すっごく、すごい事されたんだから!責任よ!自分のケツは自分で拭けだわよ!」
シエルは、信用されない、とは微塵も思ってなかった。ので焦った。
「じゃあ、神の目で証拠見てみる?」
え。
子供達に何かあっては、と、寮の交流室には神の目、監視カメラがつけてある。
すっく。と立ち上がり、シエルは。
「か、勘違い、勘違いでした!」
ぷっ。
笑ったのはマルサである。
そうなのだ。一緒にいたのだ。シエルの後ろに。全部見てた。何ならミランもカメラで撮ってた。
竜樹は、シエルのこめかみを両方グリグリしつつ、「こういう冤罪を起こすの良くない!人によっては人生が詰んじゃうだろ!自分の人生も大切にできてない!」と本気で叱った。
「イタイ!いた、イタタタ!やめて、やめてよ!」
「悪い事したら叱られて当たり前!」
「何だかシエル姉ちゃんは、子供みたいだなぁ〜。」
「やっていい事と、いけない事の区別が、俺たちより、ついてないよなぁ。」
うむうむ、とジェム達が感慨深そうにしている。
エクレは、残念なモノを見る目で、シエルを見た。
エクレは、心の中は従順になど、ならないつもりだった。だが、子供達と遊んでいると、何だか楽しいな、と気づき始めている。
美人な妹、シエルと比べられる事もない。シエルの我儘に、いいな、と便乗して、自分に物事を引きつける必要もない。そもそもシエルの我儘が通用しない。
本音で生きていて、いいのだ。
そして時々だが、竜樹に褒められる。
えらいえらい。
子供達と同じ褒め方だが、そんなので喜ばないわよ!と内心思っていても、ふわ、と浮き立つ思いがする。
竜樹の妹のサチが、時々電話をかけてくる。姉妹にである。
最初ザックリと貶してきたサチだが、あちらの世界で、進路について、こんな事悩んでる、とか、バイト代で学費貯めてる〜、とか聞くと、私は何ができたかな、と不安になる。お皿を洗った、とか、下着を洗濯した、とか、些細な事でも、「お、えらいじゃん。」と言ってくれる。
「最初は何にも出来なかったんだから、ちょこっとでも頑張って、できるようになったら、えらいよ。」と。
サチは竜樹に、コッソリとこんなメッセージを送っていた。
『あの王女様たち、絶対本当の友達、いないと思う。友達とはいかなくても、知り合いくらいの感じで、私少し話してみるよ。異世界に知り合いがいるって、何か素敵だしね!』
畠中の兄妹は、面倒見良かったのだ。
姉エクレと、妹シエルは、こんな風にして、寮に馴染んでいった。
ラフィネは、甘くも厳しくもなく。姉妹に静かに「大人の女とはどういうものか」を見せて、ピヨピヨと後ろにつかせた。
大人の女性には、敵わない!と2人が思うのは、そう遠い未来ではなかった。




