命拾いと健康診断
『お母さん。私は、嫁ぐ事になりました。』
テレビ画面では、年頃の娘が、両親と、子供だった自分との、少し古くなった写真、銀のフレームを、そっと触る指先アップが映る。
感慨深い娘の顔、表情にカメラは移り。
『あれから、私も、お父さんも、頑張ったよ。でも、今でも思うんだ。あの時、健康診断があれば、それをお母さんが受けてさえいれば、お母さんに、花嫁姿を見てもらえたんじゃないか、って。』
子供の頃の娘が、台所で一生懸命に、ご飯をつくる。まだ届かない、包丁とまな板を乗せた台所。踏み台に乗って。心配そうに見守る父親。
画面は切り替わり、歳をとり、まばらな白髪頭になった父親にエスコートされ。娘は白いドレスに、花束を抱えて、スローモーションでふんわり新郎に近づく。
今日のよき日、娘は花嫁となる。
『お母さん、私、健康診断、受けたよ。病気が弱い内に、見つけて治す事が、できるんだ。私もきっと、お母さんみたいな、母になるから、子供とずっと一緒に、いてあげたくて。』
診察を受ける様子の娘。
『お母さん。私はこれからも年に一回、健康診断を受けるよ。どうか、新しく家族を作る私と、お父さんを、見守っていてね。お父さんも、少しお酒が過ぎてる、って診断で言われてたよ。気をつけてもらって、長生きして、孫を見てもらうんだ。』
大きい全身を見られるカラダスキャナー、CTスキャンの形の魔道具で、撮影、診察され、身体の中の映像を見ながら、医師に、注意されてる父親。
『お母さん。私、お母さんの分も、長生きするよ。お母さんーーー。』
新郎と笑う、娘のアップ。
段々とそれが光に解けていって、真っ白な画面に、年に一回、健康診断を受けましょう。とふんわり文字が出て、娘の、声でも読み上げられ。
広場の大画面前では、目を潤ませた親父どもと、ぐしゅんとしたおばさま達、若者に子供も、ドラマ仕立ての健康診断のCMに、見入っていた。
「くうっ!何度見てもこの宣伝、泣ける!」
「俺は、息子の話のやつもグッときたな。」
「親父目線のやつも!」
「独身で一人で強く生きてくやつも、なかなかよ。」
このCM、幾つもバージョンがあるのだ。映像にこだわった、ドラマ仕立ての物語を、初めてテレビで流した事で、皆それを食い入るように見た。健康診断は一気に有名になった。
「フードゥルの王太子殿下も、健康診断して、病気が見つかったそうだぞ。」
「ああ、早く見つかったから、癒しの魔法で、できものが無くなるまで、念入りに治したんだってな。」
「定期的にみなきゃだけど、命に別状はないって。」
銅貨5枚で、全身診てもらえる。
予約して、問診票を書いて、文字が書けないものは口頭で補助の優しいお姉さんに書き込んでもらって。前の日、夜ご飯を早めに食べて、当日朝ご飯は抜かなきゃだけど、それくらいで病気が分かるなら、安いものである。
そして、健康診断が終わったら、腹減りのところ、美味しいドーナツが一個もらえて。商会なども、雇っている者が健康診断を受けると、受けた人数に応じて、税金が少しだけ安くなる。
まず最初の健康診断。王宮で王族や竜樹、賓客で他国の面々、他関係者何名かが診断を受けた。ここは王宮の、診察室前の廊下である。
「た、竜樹様!全身カラダスキャン、徹夜でいっぱい作りました!荷車に積んで、移動する事もできますよ!いや〜面白いもの作れて、すごく、良かった•••!」
お久しぶりの、チリ魔法院長が、ニコニコといい笑顔で。
「チリさん、お疲れ様、ありがとう!でもチリさんの健康は、大丈夫なの•••?まあ今日一緒に健康診断受けるから、大丈夫か。」
「はいはい。チリめは、大丈夫ですよ。ご、ご飯、昨夜から抜いてます。準備も、バッチリです!」
いや、ダメだろ、それは。
くたびれた顔をした、何でも実現バーニー君も、よろよろと現れて、その細目で竜樹をキッと見た。
「竜樹様!また!また!急に健康診断とか言い出して!全身カラダスキャン、用意するの大変だったんですから!国中になんて、ほんっと、本当に!まだ仕事が、いっぱい残ってます!」
「あーあー。バーニー君、ごめん。でも、よんどころない事情がありまして•••。」
「嘘です!信じない!でも、凄く意義があって面白い仕事なのが、くく、悔しい〜!!つい本気で仕事してしまうううぅ!」
くくく、と悔しがるバーニー君を、まあまあ、まあまあ、とオランネージュ、ネクター、ニリヤにアルディ王子が宥めた。
「ま、まあ、今日健康診断一緒に受けて、バーニー君も健康に留意してもらえたら。お仕事ほどほどになるように、他国からも魔法院に、応援と学びの留学生が、来るそうだから。この国の魔道具作りの技師も、増やして育成して産業にするそうだし。」
「本当ですか!?めちゃくちゃコキ使います!技術を独占しない竜樹様システムは、さすがですね!これ、一国でやるには、大きすぎる案件ですよ。テレビも作らなきゃだし、その前に、ラジオも!面白辛い!」
「ご、ごめん。」
竜樹が、発案して形になったもの、ことは、一定の、高額すぎない有償で他国にも伝えられる。ギフトの御方様を、独占しないための決まりである。だが、発案する所の国には、物も人も集まるし、特許もあってお金も流れるので、やはりギフトの御方様がいる国は、お得ではある。学びの面倒をみる手間くらいは、ギフトの御方様をいただいた誇りをもって、引き受けるのだ。
「ししょう〜、おなかすいたよ〜。」
ニリヤが、きゅう、と鳴るお腹を、診察用の被って着る簡易な服の上から、さする。オランネージュとネクター、アルディ王子も、何となくお腹をさすって。
「子供には朝食抜きは、辛いよな。早く診てもらって、ドーナツ食べよう。撮影したら、診察までに時間あるから、その間に食べられるからな。もうちょっと頑張ってな。」
頭を撫でると、ウン、と皆して頷いた。
癒やしと浄化の魔法が使える、ルルー青年が。いい体格を、治療師の薄いグリーンの服に包み、丸メガネをくっと位置直しして、竜樹達を出迎えた。王宮の空き部屋を、充分に使って、まずは口頭で診察。今日は他にも、色々と魔法で治療を行える治療師、医師が集まって、万全の体制で健康診断にあたる。因みに、厳密に分かれてはいないが、治療方法が魔法寄りなのが治療師、お薬や切開などの方法で治すのが医師である。
「竜樹様、王子殿下方、アルディ殿下、ようこそ、健康診断出張所へ。今日は、錚々たるメンバーが集まっていますから、安心して受診してください。」
「久しぶり、ルルーさん。銅貨5枚で、って決まったんだって?料金。」
竜樹はニッコリ、と微笑み、補助のお姉さんに、王子達の分も問診票をチェックしてもらいながら。
「ええ。こちらとしても、健康な人のスキャンのサンプルも取れて、沢山スキャンの機会があって、勉強できる健康診断、是非普及してほしくて。利益は出ますが、受けやすい金額にしました。オマケのドーナツも、美味しいから、期待して下さい!」
ニココ!とルルーの笑顔で、始まろうかというところで。
バタバタバタ!
治療師と医師達が、隣の診察室に集まっていく。出たぞ!腫瘍だ!と囁き合う。
ルルーが、シーッ、とすると、ハッとして頷き、だが慌てて駆け込む。
たらり。
早速、何かが出たか。竜樹も冷や汗かいていると、ルルーが落ち着いて、王子達を呼び寄せ、診察室へと1人ずつ呼び入れ、詳しく問診をした。
竜樹も受けたが、今、違和感を感じていたり変わった事はないか、睡眠、食事、体重に変化はないか。聴診器で胸や背中の音を聞くのも、竜樹のスマホからの知識。こちらの世界では、魔法で探知し身体の異常を分かる、という治療師も多いのだが、全身を、全員に、としていけばすぐに魔力が尽きてしまうので、現実的ではない。カラダスキャナーで診て、問題の箇所が分かれば、ピンポイントでマーカーが付けられる。
問診の後、身長、体重、血圧、視力、聴力、腹囲、採血、尿検査と測って採って記録し、最後に全身カラダスキャナーに入る。
「息吸ってーはい、息止めてー。」
グルングルン。輪っかになったスキャンする部分が、魔道具の中のベットに寝ている竜樹の、頭の先から爪先までを、案外素早く通っていく。
「はーい、お疲れ様でした。美味しいドーナツは待合室にありますよ。ゆっくりお茶を飲んで、食べてて下さい。」
「待合室こちらでーす。」
補助のお姉さんが誘導してくれて。王宮の一室が待合室になっている。大学の学食のようにテーブルと椅子が沢山に、いっぱいのドーナツと、お茶を自由に淹れて飲めるようにした配膳台がある。真ん中辺りに、王子達も座っていた。
「すきゃなーのまどうぐ、もぐ、ぐいーんって、まわった!もぐ、もぐ。」
ごっくん。
ニリヤが、ドーナツに早速パクつきながら、報告してくれる。
オランネージュとネクターとアルディ王子も、パク!とかぶりついてはお茶を飲んで。
「はいよ。皆、偉かったぞ。後は、呼ばれて一緒に画像や採血、尿検査の結果の説明を受けたら、おしまい!」
採血や尿検査は、竜樹が概念を教えると、今まで地方で病気の判別に使ってきた、植物の薬液との反応を見る事で、幾つかの病気のサインを、しかもその日の内に、見つける事ができるようになった。
竜樹のいた日本の医療とはまた違った方法でだが、この世界にも病気を調べる方法は幾つも存在していて。それを短期間で集約させたら、ほぼ日本で調べられる事は網羅できた。大腸ガンなどの検査の検便は、事前に皆、済ませてある。
お茶を2杯ほど飲む時間で。
なかなか順番が来ないなー、と待っていたら。
バタン!と荒々しくドアを開き、青白い顔色をした、フードゥル国のカルネ王太子がやって来た。
「カルネ王太子殿下〜。結果の診察、済みました?」
竜樹が気安く声を掛けると、ハッとして、どんどん近づいてくる。王子達も、その勢いに、びっくりまなこで。ピタ、と竜樹の前で足を止めたカルネ王太子は。
グワシ!と竜樹の手を両手で取り。
「竜樹殿!良くぞ私に、健康診断を受けさせて下さった!貴方は私の、命の恩人です!」
ぐい、ぐい、と手を揺らした。
お、おう。
「何か、発見されましたか?」
さっきの治療師がバタバタしてたのが、それだったのかな?
うんうん、うん。カルネ王太子は、深く何度も首を上下に振る。
「胃に、悪いできもの、腫瘍が。まだ小さくて。」
「お!おおお。それは。」
こういう時、何と言っていいか分からない。カルネ王太子は、竜樹の戸惑いをそのままに、続けて。
「他にゆっくり見落としのないよう、全身の身体の中の画像を診た後、その場で癒しの魔法を。小さい方のカラダスキャナーで見ながら、かけてもらいました。腫瘍が綺麗に消えてなくなり、その上で、念入りに、全身に、転移しないよう、癒しの魔法をかけてもらって。竜樹殿が、悪い腫瘍を治すやり方を、提言して下さっていたとか?以前の医療では、具合が悪くなってから分かる事がほとんどで、治し方も確立していなかった、と。」
非常に運がいい、と、治療にあたった者達からも、笑顔で言われました!
ギュッと握る手は、もうさっきまでの青白さと違い、熱く湿って血が通い。
「私は診断を聞いて、生きた心地がしなかった•••!でも、治ると聞いて、ホッとしました!定期的に、また腫瘍が出来てないか、経過を見ることになりましたが、却って注意できて、いいかもしれないです!私は、これから生まれる子供の顔が見られないのでは、と一瞬絶望さえしました•••。本当に、良かった、良かったです!」
うん、うん。
「良かったですね!カルネ王太子殿下!」
「はい!このご恩、私カルネは、生涯忘れません!竜樹様が何かでお困りの際は、きっと力になりましょう!私の名を、お忘れなきよう!きっと、きっとですよ!」
「ええ、ええ。ありがたく。」
手をようやっと外して、その場の椅子に一つ、座ると。はー、とため息を長く吐いて、ガクリと頭を落とし、掌で顔を覆う。いきなりの事に、ショックだったのだろう。
カチャリ、侍女さんが持ってきて、テーブルに置いたお茶をそのままにして、ゆっくり息を整え、落ち着くように呼吸を意識して。
王子達も、一人ずつ呼ばれ、順に。「何ともなかった〜!」と帰ってくるのに、一つ一つホッとして、やがて竜樹の番がやってきた。
「盲腸に便が、溜まってますね。浄化しておきましょう。化膿して炎症が起きたら事でしたね!一応、癒しをかけておきます。お腹痛くなる前に分かって、良かった、良かったです。」
おおー!?
竜樹も、何だか健康診断やって、良かったのだった。
「盲腸になりかけてた〜!」
待合室に帰って、そこにいる皆に発表。
えええ!?
王子達がびっくりし、カルネ王太子も、目をまん丸くした。
「サンとセリューとロンのおかげで、病気、弱い内にやっつけられたよ!」
「やった!」
「よ、良かった!」
「良かったよー!」
「よかった、よかったー!」
ハイタッチして浮かれてしまう。
後から入ってきた、チリやバーニー君も、睡眠不足で疲れてはいるけど、としながらも、病気の兆候は無かった。
ゆっくりお休み下さい。
パッ ひらり。はらはら。
控えめな白い花が、真ん中に十字、少しだけ金赤のポイントをつけて、竜樹の目の前で咲いた。
ぷるるらる。ピロリン
メディコー
『竜樹、良くやったな。
健康診断、良し良し。
これは、いいねせねば。
5000いいね、送っておく。
竜樹、健康になって、これからも頑張るのだぞ。』
竜樹
「ありがとう、ございます!お導き、有り難く!」
ランセ
『お腹痛くなる前に分かって、良かったね。目の前の小さな情報を、逃さなかったのは、竜樹が呼び寄せた結果だよ。今後も、期待してる!子供達も、安心だよ!報告してあげて。』
竜樹
「はい、助かりました!報告します!」
ランセ
『では、またねー!』
5000いいね追加されました
かくして、健康診断は無事に遂行され、病気ならぬ病の種が、続々と取り除かれる最初の一歩は、刻まれた。




