兄フレと妹ナナンのお茶時間
「フレお兄様!ナナンが参りましたわよ。お仕事お疲れ様、具合はいかが?」
マルグリット王妃の妹、ナナン・ヴェリテが、赤い瞳を煌めかせ、褐色の髪をさらりと揺らして。
金髪碧眼中肉中背、整った顔なのにどこにでもいそうな、ほやっとした威圧感ゼロのフレ・ヴェリテに会いに来たのは、ちょっと昨日の衝撃的な出来事を、誰かに言いたかったからだ。
ここは王宮の、外交官としてやってきている、兄のフレに与えられた客室である。
「ナナン、よく来たね。この国では学ぶ事が多すぎて、私の仕事は大忙しだよ。今この時も、竜樹様が、新しい事を考えていらしてそうで。」
ふふ、と笑って迎えるフレは、兄弟の中で一番人当たりが良い。
ギフトの御方様は、どなたも、心根の優しい方だ。ヴェリテの国にもそう伝わっている。だから、自国の利益を見つつも、根本的に人が良い、バランスの良いところを鑑みて。相性が良かろうと、竜樹に関わる外交官として、フレに白羽の矢が立った。
侍女が2人分のお茶を淹れて、お茶菓子のそば粉のぼうろを置いていく。
侍女が下がり、2人きりになると。
「昨日、けんこうしんだん、とやらを考えついていらしたわよ。」
え。何だって?
笑った顔のまま、眉をこまり眉にする、器用なフレ兄である。
「•••郵便にテレビに新聞にラジオに、フリーマーケットに花街の改革に、教会の孤児院に、医療の革新に、耳と目の障害の魔道具、宝くじ、ときて、また?!」
「ええ、元の世界にある制度なのですって。けんこうしんだん。病気にかかる前に、身体を調べて、弱いうちに病気を、やっつけるんですってよ。民にまで下ろしたいみたい。」
うむむむ。
は〜。
腕を組んで、たはっ、と吐き出す。
でもその顔は、困りながらも笑っている。
フレも、竜樹のやった事を知れば知るほど、時代の変わり目を、何だかワクワク魅力に感じているのだ。
「かの方は、本当に、底の見えない方だねえ。」
「いいえ、やっぱり、ギフトになるだけあって、心底お優しい方よ。養い子の子供達が、竜樹様が病気になって死んだら嫌だ、と泣いたから、思いついたの。子供の不安に、真摯に対応したのね。」
子供の事だ、と笑って誤魔化して宥める事もできたのに、ちゃんと向き合って声を聞く。なかなか、できる事ではないわよ。
ほろ、とそばぼうろを口に。
へー。とフレもサクサク、ぼうろを食べる。
「このお菓子、素朴だけど美味しいね。」
「美味しいわ。そば、って、痩せた地でも育つのですって?」
うんうん。これも、地方から竜樹様が取り寄せた粉らしいね。
へー。
サクサク。こくん。
「それで、何で子供達は、竜樹様が病気になるなんて言い出したのだい?」
「それがねーーー。」
ナナンが、昨日のお茶会からの顛末を話して聞かせると、フレは眉をぴくりとして、こくこく、とお茶を飲んだ。
ふー。
「へええーへえーー。また、フードゥルの姉妹は、下手を打ったもんだ。有名なんだよね、その我儘と謝罪で揺さぶるやり口。自国では、そこそこ愛されているから皆、敵わないなぁ、なんて言いなりだけど、外の国でまで通用しないよね。それに、子供達を脅すやり方も、あの竜樹様には、悪印象だろう。」
「かわいそうに、声が掠れるほど泣いていたわよ。」
ふん!とナナンは怒りを吐息に変えて吐き出す。
「すぐに竜樹様に言っちゃうところが、またいいよね、子供達。竜樹様を信用しているんだろうね。大人と違って、思い通りになんて動かないからねぇ、子供。」
姉妹の周りにいる、甘い大人たちに対する気分で接しても、絶対思い通りにならないだろう。
うんうん、とナナンは頷くが、はた、と思い出し、くすくすっと笑った。
「それで、ご一緒して昼餐をいただいたのだけれど、面白かったの!」
フードゥルの姉妹とナナンと貴族の娘達、マルグリット王妃とが闖入した寮のお昼。焼きそばだったのだが。
「それが、ホットプレート、という食卓で料理できる魔道具で、その場で竜樹様がお昼を作ったの。歳の大きめな子供達も真似して、それがとっても、焼きながらいい匂いでね。」
ジャー!と炒める音も賑々しく。
ちっちゃい子組は、机に乗り出して焼きそばが焼けるのを見ている。
ニリヤもフォークを握って、真剣にジィッと、段々身が、乗り出してくる。
麺と具は、闖入•••増えた人数の分だけ、後からゼゼル料理長が追加を持ってきた。そしてニコニコと、焼くのを見守って、時には助けている。
しかし、フードゥルの姉妹王女、ナナン王女、貴族の少女達、それからマルグリット王妃には、給仕もついて、机丸々一つを使い、盛りだくさんで豪華な昼餐である。
であるが。
おしゃれな料理って、時に庶民的な、わっと勢いのある作りたての料理に、負けてしまう事があるよね。
香ばしいソースの香り。
ワイワイ食べている王子達や、アルディ王子、エフォール、プレイヤード、ピティエにジェム達。
カチャ、カチャ、こくん、とカトラリーを静かに皿に当てて食べながら、おしゃれ食事組の目は、チラチラと焼きそばを見ている。
「母様!私が作った焼きそば、食べて!」
「私も一緒に作りました!」
オランネージュとネクターが、焼きそばを皿に盛って、マルグリット王妃に、とことこ持ってくる。
えっ、とおしゃれ組は、焼きそばの皿に目が釘付けだ。
「あらあら、美味しそうね!少しお味見させてね。」
食べたかった!という本音を隠し、ニッコリと受け取ると、マルグリット王妃は熱々の焼きそばを、フォークで絡めて、はくっ、と食べた。モグモグ。
う〜ん、パキッとパンチの効いた、甘辛のソース味、やめられない。
「皆様方も、どうぞ?」
マルグリット王妃が勧めるのに合わせて、ゼゼル料理長が焼き終えた焼きそばを、給仕がおしゃれ組に配っていく。
わっ、と小さく上品に喜び合う貴族の少女達に、蜂蜜シエル王女は、フン、と半目で。
「お皿が一つなんて、やはり子供達は貧しいのね。かわいそう。私のお皿を分けてあげたいようだわ。」
と言いつつ、焼きそばをパクリと。
パクパク。モグ、モグ。
ゴクン。
無言である。が、フォークが止まらない。クルクルと焼きそばを絡めて、ハフハフと食べる。
「一皿で、肉、野菜、主食、と、食べられて手頃な料理ですわ。子供達には、ピッタリね。」
ハグハグ、モグリ。緑の黒髪エクレ王女も、口に入れる早さが増している。
ナナン王女も美味しく焼きそばを食べつつ、くふん、と笑った。
「絶対、フードゥルの姉妹王女達は、子供達に自分のお皿を分けて、一歩近づきたかったんだと思うの。だって、用意されたお料理が、賓客扱いにしたって、随分多かったもの。でも、竜樹様の作った焼きそばに、勝てなかったのよ。どんなに豪華なお皿でも、作りたての臨場感には負けるわ。」
「良いなぁ。私も焼きそば、食べてみたかった。」
フレはちょっと口を尖らせるが、今度お食事に頼んでみたら?とナナンに勧められて。夜にでも頼んでみよう、と楽しみを一つ作った。
「フードゥルの姉妹が、分かると良いね。」
「分かる?何をですか?」
フレは、ふふふ、と不敵に笑って。
「普通に、ちゃんと手順を踏んで、真っ当に頼むのが。竜樹様みたいなのには、一番の早道なのだ、って事をさ。自分のとこだけ得したい、と、策をひねればひねるほど、ボロが出るだろうね。」




