ピティエの戦い
パッ、と目覚めたアシュランス公爵家のピティエは、ガバリと起きて、パタパタ枕元を探った。
丈夫なケースに収められた、サングラス。カチャリ、取り出すと、すっ、とかける。それから、窓際に寄ると、窓から手を出して天気を確かめた。
うん、雨、降ってない。
水の匂いもしないし、サングラス越しの光は燦々と、そして手のひらに熱く、晴れ。
ベッドサイドに立て掛けておいた、白杖を掴むと、慣れ切って探らなくてもわかる、部屋のドアの所へ向かう。
それにしても、良く眠れるようになった。
廊下を歩いて、洗面所へ向かいながら、ピティエは、ふふ、と笑う。
竜樹が誘ってくれた、新聞売りの子達の寮で。ピティエも、プレイヤードも、わちゃ!と、ごっちゃに扱われた。
皆活発で、プール、ブラインドサッカーや、鈴を持って鬼ごっこなど、一緒に遊んでくれる。
家の中でのゲームも、目が見えにくくても良いようにしてくれて、皆で大笑いして、楽しくて。
足の悪いエフォールとも、ごっちゃだけど、外遊びでは、ちゃんとばらけて、それぞれ仲間に入ることができる遊びに誘ってくれるから。あまり今まで動かなかったピティエは、初日から疲れ果て、夕飯もいつもより沢山食べ、昼寝もしたのに夜もくったりぐうぐうと眠れた。最初の日から、お泊まりだ。
今は2日に1回は寮に遊びに行き、王子達や子供達、皆と、仲良くなった。
そしてそれらは、内気なピティエを、内側から少しずつ、変えていった。
ピティエは、物心ついた頃から、兄以外の子と友達付き合いする事がなかった。だから、対人関係は、まだ子供レベル。
失敗も温かく見守る、大人な竜樹達に迎えられ、そして自分より小さいが世慣れた子供達と付き合って、が丁度良く、すくすく精神面が育っているのだ。
何せ、寮に行けば、誰もピティエをバカにしない。
サングラスを置いて、洗面所で顔を洗い。いつもの棚の所から布を出して拭う。歯を磨いて浄化をかけて、さっぱりする。髪の毛は、兄の言によれば、サラサラして寝癖がつきにくい髪質らしいから、ブラシでちょちょ、と梳かして、おしまい。後でひとまとめにして、くくろう。
再びサングラスをかける。竜樹が、すぐに職人さんを呼んでくれたから、サイズはピッタリしている。
布を洗濯籠に入れて、上機嫌で自分の部屋に戻る。
今日、天気で良かった。
寮の子供達や王子達、エフォールにプレイヤードと、皆で、今日の午後、街に行って「初めての買い食い」をするのだ。
ピティエとプレイヤードが寮に行くと、午前中大きい子達は新聞を売りに行っている。留守番の小さい子達と、主に押し花を作る事になる。
なんと、竜樹は、ピティエやプレイヤードにも、押し花をするとお小遣いをくれる。
「お仕事だからね。でも、安くてごめんね。」
と言うのだ。
一回につき、銅貨2枚。ささやかなものだけれど、ピティエとプレイヤードが、初めて働いて貰ったお金だ。
それを使って、買い物がしてみたい。と竜樹に相談したら、じゃ、買い食いしてみる?ってなって、子供達も、わーい!と便乗した。
ピティエは、ワクワクしている。
そして、今日は、その前に戦いが。
戦いが、ある!
「おはようございま•••あら、もう起きてらしたんですね。顔を洗います?」
ピティエの世話を、息抜きにしている、手強い侍女、グリーズ。
「い、いや、もう、自分で洗面所に行って洗ってきた。」
すー、ふー。息を吐く。
少し、緊張してきた。
ふーん、とピティエを上から下まで眺めたグリーズは。
「ご自分でできるなら、甘えてないで、これからもやってくださいね。はー、面倒臭い事が減って良かった!」
と、軽口を叩いて。
「お着替えされますでしょ。いつもの灰色のセットアップで良いですね。」
ここが、戦い所だ!
「い、いや。今日は、竜樹様達と、外に出かけるから、明るい色の服が、着たい。」
言った!言ってやった!
「ええー!?明るい色の服なんて、汚れやすくて厄介なんですよ。もう灰色の服を持ってきてしまったし。見えないんだから、何でもよろしいでしょ?」
ふん、と鼻息を吐き、グリーズは乱暴に、そそくさとピティエの寝巻きを脱がそうとする。
『目が見えにくいからって、おしゃれしちゃいけない事ないですよ。自分で着るものだもの』
竜樹の言葉を、勇気に変えて。
今日は、お出かけだから、私だっておめかし、したいんだ!
後ろに下がり、グリーズの手を払ったピティエは、とすん、とベッドに当たって腰が落ち、ベッドに座った。
「ちょっと、暴れないで!面倒臭い事、言い出さないでくださいよ。こっちは他にも仕事があるんで!」
グリーズが、雇われた側にしては、あり得ない主張をする。
どうせ私たちが面倒見なければ、着替え一つもできないんでしょ、とグリーズは弱々しいピティエを舐めに舐めた。
「ま、前、グリーズ言ってた。休みになったら、ちょっといい服着て、街に行こうかな、って。」
グリーズができる事を、何で私がしちゃいけないの?
戦うのだ。
今日は、絶対、曇り空の灰色じゃない、明るい色を着たいんだ!
うぜえ。グリーズは、面倒臭くて厄介な人が、面倒臭い厄介な事を言い出した、としか思わなかった。
「そういうのは、自分で支度できる人が言って下さい!」
「分かった。」
ピティエは頷き。
グリーズは、やれやれ、と手を出しかけて。
「これからは、自分で服を選んで、自分で着る。グリーズは、他の仕事をすれば?」
「はぁ〜!?できっこないでしょ!ピティエ様、何もできないじゃない!」
そんな事ない!
「下がれ!グリーズ!私は私の支度を、自分でする!他の人に聞かれたら、私がそう言ったと言えばいい!グリーズには助けてもらわない!」
すう、と息を吸って。
「み、見えないからって、今まで言ってこなかったけど、粗雑にされれば傷つくし、私だって、色くらい分かるんだ!好きな服を着る権利ある!」
むわ〜っ!と怒りに顔を歪ませたグリーズを、見えないけれどピティエはその荒い吐息から分かった。
震えて、しまいそうだけど。
でも、頑張る!
「お好きになされば!?私はもう、場所が分からなくなろうが、転ぼうが、どんなに困っても、金輪際ピティエ様をお助けしませんよ!?」
どうだ!
と、グリーズが強気に出た。
「折れて謝るなら今のうちですよ!」この気弱なピティエが、突き放されたら、生きていけないと、これで分かるだろう。
「分かった。両親にも、兄にも、私は私の支度を自分でこれからやると、伝えておく。グリーズは他の仕事をすれば良い。」
この、わかんないやつ!
だん、だん!と足を踏み鳴らして。
「お好きになされば!?もう何があっても知りませんから!!」
グリーズは捨て台詞を残して、ドアをバン!と開いて出ていった。
『毎日会う、関係が切れない人なら、静かに真摯に言ってみて、敵にはせずに。それでも、話を聞いてくれなかったら。』
「その人に助けてもらわなくても、好きな事ができるように、頑張ればいい。だよね、竜樹様。」
竜樹に相談したピティエは、その言葉通りに、できたかな?と首を傾げ。
ふ〜っ。
胸を落ち着かせた。
ピティエは、ドレスルームへ行くと、収納されている自分の服を、ゆっくり、一つ一つ見た。ごっちゃにしたら、また怒られそうだから、丁寧に見たら、元の場所へ掛け戻した。
(水色が、いいかな?それとも、明るい、ベージュ?あ、これ、髪の毛と同じ、紺色が入ってる。)
ジィーっと見ていると、ぼんやり色がわかる。水色に紺色の、セットアップにして。シャツは、爽やかな、白。
寝巻きを脱いで、着替える。
髪紐も、手触りで、ゆっくり選んだ。
先っぽに、ちょっとだけキラリと光る、銀の球がついている、皮の紐にした。
靴下は紺色に。靴は、茶色が多いから、履きやすいものにした。
時間はかかったけれど、気に入った服を、自分で着られた!
ピティエは満足である。
寝巻きを洗面所の洗濯籠に入れる。
それから、白杖を使って、食堂に行く。
カツン、カツン、と白杖の音が響くと、おしゃべりをしながら食べていた両親と、兄のジェネルーが、ぴたっと止まって。ピティエに注目した。
「おはようございます。お、遅くなって、すみません。どうぞ、皆食べていて。私も、食べます。」
席に着く。
「おはよう、ピティエ。おしゃれだね!」
「おはよう、そうね、今日は何だか、明るくて素敵な服ね!ピティエ!」
両親が、パッと華やいだ声で迎えてくれる。
「おはよう、ピティエ。ピティエは、灰色が好きなのじゃなかったのかい?新しい装いも、素敵だね!やっぱり、私の言う通り、明るい服も、作っておいて良かっただろう?」
声もニコニコしているジェネルーに、うん、と頷き、顔が自然と微笑む。
「ありがとう、ジェネルー兄様。私、灰色嫌いじゃないけど、好きでもないよ。今日は、竜樹様達とお出かけだから、明るい色の服が、着てみたかったんだ。」
うんうん、うん。
3人が、素敵、そうだよな、似合うよ、と言ってくれる。
やっぱり、自分の好きな服を着て良かった!
3人は、ピティエの食事が終わるまで、楽しくおしゃべりしながら、待っていてくれた。
そうして、ピティエが食べ終わると。
「ピティエ。とっても素敵な服だけど、少しだけ兄様に、直させてくれないかい?」
「はい?何かどこか、おかしかったですか?」
おかしくはないよ。
おかしくは、ないけどね。
シャツのボタンが、一つずつ、ズレてるね。
ジェネルーが、ちょっとだけ直させて•••と言いつつ、ボタンのチグハグを、外して嵌めて、直してくれた。
やっぱり、最初から完璧には、できなかったか。
「今度から、気をつけますね。でも、また、おかしな所があったら、兄様、教えてください。今度から自分で着替える事にしたので。」
ジェネルーは、一瞬、うん?と聞き咎めるが。
「ああ、毎日みてあげるよ。ピティエは最近、頑張っているね。良い事だよ。」
ジェネルーが、ニコニコとピティエの胸をポンポン、叩いた。
本当に自分で着てきた!?
グリーズは、目を白黒させつつ、しかし表だっては何も言えないので、黙ってお茶を用意し、主人一家に配った。
ゆっくりとお茶を飲んで。
おもむろに。
「グリーズは、これから、私の面倒から外してやってください。」
ピティエが言い出したので、3人は、はっ、としたが、言葉で違和感を表さず、そうかい?とまずは、受け取って。
「でも、何か、困って助けて欲しい事もあるだろう?」
父が言うが。
「いいえ。私、自分の事は、なるべく自分でやれる人に、なりたいです。助けてもらう、ばっかりじゃなく、何か自分でも、手助け、できたら。寮の子達も、そうなんです。助け合ってる。グリーズだと、私が助けてもらうばっかりで、みじめで、嫌なんです。それに、そうすれば、バカにされないから。」
何を言い出した!?とグリーズは焦る。
「誰がピティエをバカにした?」
真剣な眼差しで、ジェネルーが問いただす。
ピティエは笑って、言わなかった。
告げ口は、気持ちよくないな、と思ったからだ。
その日1日、ピティエは楽しく過ごした。竜樹や王子、子供達にも、服を褒められた。
グリーズは結局、ピティエ付きの職を解かれた。厄介で面倒なやつをみる仕事がなくなって、あ〜良かったわ!せいせいした!と仕事仲間に強気に言っていたが。ピティエ付きには、特別手当がついていたので、実入りが減ったのは、痛かった。
食堂での出来事の話は、アシュランス公爵家で働く者達に、光の速さで駆け巡った。
どうやら、ピティエは、黙ってバカにされている事をやめたらしい、と。
「グリーズ、これを機に、真面目に働くんだな。ピティエ様をバカにせずにな。」
最初からピティエをバカにしなかった者達の忠告を。
「だって、バカじゃない!私より本も読めないし、子供っぽいし、目も見えないし!何もできないじゃない!」
「最近は、ずっと頑張ってるよ、ピティエ様。努力してるから、何か、応援したい気になるじゃない?」
一緒になってバカにしていた者達まで、そう言い出して、グリーズは面白くなかった。




