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王子様を放送します  作者: 竹 美津
本編

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185/692

暗闇カフェにて



「どうぞ、旦那様、奥様、ご子息様。ご案内させていただきます。これから段々と暗くなりますので、お足元が危のうございます。失礼ながら、私どもが、お手を取らせていただきますね。」


暗闇カフェの案内役、兼給仕は、平民の視力障がい者も雇ったが、低位の貴族の視力障がい者も鍛えて雇っている。テレビやラジオ、教科書での試験に、自分では向かないと尻込みしていた者の中から選ばれた。

基準は、竜樹が意見交換会で話してみて、接客を任せてみよう、と思えた者。


中には、仕事などできようはずもないと、家のお荷物だと、無気力だった者も、「接客、給仕なんて、と思うかもしれません。けれど、やってみれば、奥深い仕事です。貴方達がいなければ、このお店は運営できない。だからこそ、きちんと責任感を持って働いてほしい。」と、竜樹からの声がけで、特訓を受け、店の間取りを覚え、給仕の仕方も覚え。


普通の飲食店だったら、低位ではあっても貴族が街中の、平民も沢山来る店で給仕を、などと思われただろう。しかし、何といってもギフトの御方様のお声がかりの店だ。おおよその家で、「皆にこの感覚を知ってもらいたい」との竜樹の、直接に訪れての勧誘に、そういう意義のある店なら、矜持も汚れまい、と許された。


貴族と平民と、働くにあたって棲み分けされるかな、と竜樹とクレールじいちゃんは思っていたが、それは意外な事に、なかった。

貴族出身の者は、マナーを幼い頃から、「聞いて、触れて」育った。その基礎を、平民からの働き手達にも伝える。平民の者は、何がなんでも働く、でなければ生きていけない、という意欲に溢れている。貴族出身の者は、その熱意に感化された。

二者は、仕事、を軸にして、和気藹々と、誇りを持って働いている。


「プレイヤードは、手を引いてもらわなくても、大丈夫なのかい?」

「いえ、初めての場所で、個室の場所も分からないから、案内してほしいです。」


今日は、プレイヤードの父、ルフレ公爵アルタイル、母のトレフル夫人、それからプレイヤードの3人で、暗闇カフェを訪れたのだ。


トレフル夫人は、おっかなびっくり案内役の者に手を任せると、暗くなっていく廊下に不安で目をパチパチした。

「暗闇で食事するなんて•••何だか野蛮そうだし、怖いわ。」


うんうん、とアルタイルも頷き。

「私もどこか、不安な気がするよ。でも期待もしてる。プレイヤードの感覚を知りたくて、暗闇カフェの話を聞いてすぐに予約をとったんだ。やっと今日、来れて嬉しいよ。」

きっと、驚くような体験が待っているだろう。アルタイルは、段々と研ぎ澄まされていく、視覚以外の感覚に、わくわくと胸が踊った。

きっと、妻のトレフルも、盲導ウルフの話や、プレイヤードのラジオ番組試験の話に、少しは心を開いてくれるに違いない。分からないから、拒否反応が起こるのだ。


個室に案内され、それぞれ席に座る。

ランチメニューは、すべて口頭で、給仕から説明される。3種類あるセットの中から選ぶ。日替わりで、竜樹監修のメニュー。アルタイルは、ハンバーグランチ。トレフル夫人は、おかずパンケーキにスープセット。プレイヤードは、ミックスフライセット。


料理が届くまで、しん、とした暗闇の中、落ち着いてお茶を飲む。その事一つとっても、指先に神経を張り巡らせて、位置を確かめ、ゆっくりとする。カタン、とグラスのお茶を持つ音が響いて。

料理が届くと、カチャ、カチャ、と皿をフォークで辿る音がする。見えない中、必死に視力以外の感覚で感じていると、頭の中に、この辺かな、相手はこの辺りにいるかな、などと、ぼんやり気配が感じられる。

自分が、モグモグと食べる音も、何やら大きく聞こえるよう。


「いつも家の中の事をしてくれて、ありがとう。」とアルタイルはトレフル夫人にお礼を言った。


「プレイヤードの事も、私が仕事で留守の間、トレフルに頼り切りになってしまって、心細かった事だろう。まだやってみてになるが、これからは、ギフトの御方様直々の盲導ウルフの件があるし、上手くいけば、トレフルにもご婦人方から、問い合わせがあろう。話し合って、協力して、一緒にやっていく事ができれば、と思っているよ。」

もぐ、とハンバーグを何とかナイフで切って口に入れ、アルタイルが機嫌良くトレフル夫人に気持ちを伝えると。


カチン、とカトラリーを置く音がして。

「その事ですけど。私、あまり、関わりたくありませんの•••。」


うん、うん。

すぐに良い返事がくるとは、アルタイルも思ってなかった。


トレフル夫人は、プレイヤードの妹、末娘のフィーユが生まれてから、そちらにかかりきりで。まるで囲い込むように、フィーユを慈しんだ。

家の中の采配、仕事はするが、プレイヤードには大人しくするように言うだけで、世話は侍女などに任せきり。

何か思いがあっての事だろうと、アルタイルは責めはしなかった。その代わりプレイヤードを領地に連れて行って、ガーディアンウルフ達と遊ばせたり、仕事の隙間を縫って、遊んだり、本の読み聞かせをしてやったりした。

だからプレイヤードは、母より父に懐いている。


「何か心配な事でもあるのかい?私に、話しては、くれまいか?」


お茶を飲もうとして、手探りでグラスを見つけられなかったトレフル夫人は、苛々と膝に手を置いて、食事をやめた。


「私、貴方に嫁いだのは、間違いだったと思っています。」


「•••何故?」


プレイヤードは、父と母は、噛み合っていない所もあるが、仲はそんなに悪くないと思っていた。母は父が留守だと、早くお帰りにならないかしら、と良く言っていたし。

モグ

モグ

プリプリで、食べやすいように切れ目が入ったイカフライを、サクリと食べつつ、存在を消すように、食事を続ける。


「ギフトの御方様が、おっしゃっていたわ。血が近いと良くないって。私たち、またいとこでしょう。多分そのせいで、プレイヤードが、その、こんな風なのだわ。」


ナフキンで口を拭って、アルタイルはより妻に向き合うようにカトラリーを置いた。

「まあ、確かにそうかもしれないが、今それを言っても仕方ないだろう?それに、私は君と結婚して良かったと思っているよ。結婚生活も、プレイヤードとフィーユを授かった事も。」


「フィーユは良いですけど、プレイヤードは良くありません!」


さくり。

モグ

モグ

プレイヤードは、今度はエビフライを食べている。


「こんな何も見えない、何もできない闇の中で生活しているのに、外に出たがる!何があるか分からないでしょう。私が部屋に居なさいと言っているのに。ひねくれた子です。」


「君だって部屋の中だけで生きたら良い、と言われたら、窮屈だろう?プレイヤードは好奇心旺盛なんだ、それは、良い事だよ?頭のいい子だ。サポートは必要だろうが、ギフトの御方様のお陰で、外の世界とも、もっと触れ合う事ができるように」「自信が!」


「プレイヤードを、育てる自信が、ありません。」


ほっこり

モグ

モグ

プレイヤードは、コロッケを食べる。


子供なんて、ただでさえ危なっかしいのに、プレイヤードは、その上向こうみずで。トレフルにとって、いつも冷や冷やとさせられる存在だった。


「私、結婚したら、穏やかに、子供を慈しんで、夫と愛し合って豊かに生活できるものだと思っていましたわ。でも、それは夢でした。プレイヤードといると、いつもハラハラし通しで•••。おまけに、目が見えない事を、公にしても全く響いてない!恥ずかしい事ですわ。盲導ウルフなんて仕事にして、まともなフィーユの婿取りに支障でもあったら、どうしますか。」


しゃくり

モグ

モグ

付け合わせのポテトサラダを、キャベツと食べる。


「フィーユの婿取り?プレイヤードも、継がない、と言っていたが、跡取りはまだ決まってないだろう?その話を私たちはしていないよね?私は、プレイヤードの育ち具合で、サポートを厚くして、うちを継いでもらっても、良いと思っているが。」


はぁ〜。

ため息をつくトレフル夫人に、アルタイルは食事を再開した。彼女は興奮している。落ち着いて話し合わなければ。


「私では、プレイヤードを育てられません!盲導ウルフのお仕事も、なさりたいなら、勝手になさって!私とフィーユは、離れに移ります。穏やかな生活がしたいの。ガーディアンウルフのいる家も嫌だし、プレイヤードの事で煩わされるのは、もう沢山。」


アルタイルは、とうとう、ため息をついた。

「君は、重責に疲れているんだね?プレイヤードの従者は、もう1人増やそう。もしプレイヤードが、何か失敗をして、危ない事があっても、助けられるように。君にばかり責任を押し付けるような事は、しないよ?」

「•••そういう事じゃありません。疲れた、そう疲れたのです。私は、大人しくて良い子な、フィーユさえいればいいの。貴方を家で待つのも、もう嫌です!別の方と結婚すれば良かった。穏やかに暮らす、たったそれだけのこと、貴方は叶えてくれませんの?」

フィーユは、確かに大人しい。

あまりに大人しいのが、心配な位に。

だが、それくらいが、トレフルにはちょうど良いのだろう。

何を許容できて、何をできないかは、人による。与えられたプレイヤードという存在が、トレフルには刺激的すぎるのだ。


ごく

ごく

ふーっ。

プレイヤードは食事を終え、お茶を飲み干した。

そして。


「近い血がいけないなら、父様だけの責任じゃないですよね。母様は、私を見限った、という事でいいですか?」


「プレイヤード•••。」

「まっ!見限った、なんて、やっぱりあなたはひねくれた子だわ!こんな暗闇で生きているあなたに、何が分かるというのよ、何もできないくせに!私だって、あなたの事を思って、今まで、頑張ってきたのに!!」

うっ、ううっ

トレフル夫人が涙をこぼす。


アルタイルは思う。

トレフルは、結婚したての頃から、夢見るような乙女だったと。結婚生活の、良い事も悪い事も、噛み締めて味わうような包容力、覚悟が、足りなかった。まあ、それは、他の新婚ほやほやの新婦でも、なかなかにもてない事である。

それが可愛くもあったが、生活を続けていく事で、慣れていって、成熟してくれるだろう、それは自分も共に。

しかし、そう思ったのはアルタイルだけだったのか。


「トレフル。私は君の献身に感謝しているし、プレイヤードもフィーユも可愛い。私たちは、夫婦として、まだ発展途上だよ。これから、色々な事を乗り越えて、協力して、やっていけないかい?そう、いきなり別居と決めないで。」


「やっていける自信がありません!何なら、離縁して下さってもいいわ。実家のお父様やお母様なら、もっと良い、穏やかな生活ができる伴侶を見つけて下さいますから!フィーユは渡しませんけど!」

カチャン!と手を振った拍子に、お茶のグラスが倒れて、ドレスにかかった。

給仕が慌てて、拭く布を持ってきて、失礼します、とドレスを拭いた。

そう、見えなくても、付いていた給仕は、ハラハラしながら成り行きを見守っていたのだ。


「もう!こんな暗闇での食事なんて、最低です!ますますプレイヤードが、外になんて出ていけない子だって、分かったわ。大人しく、していてくれたら良いのに•••。」

「それは目の見える見えないじゃなくて、子供なんだから大人しくはしていないよ。•••わかった。君は、絵に描いたような、平凡な結婚生活が送りたい、現実の、厄介事をもった私たちとではなく。そういう事だね。」


少し離れて、冷静になるのも、良いかもしれないね。


アルタイルが対話を諦め、そう締めくくると。


「•••そうね。私も興奮してしまって、すみません。でも、でも、どうしても。」

こんなはずじゃなかった、って思ってしまうのよ。


「私が離れに住んでも、良いんですよ?」

プレイヤードは母に期待はしていなかった。でも、父との仲を、引き裂くような事はしたくなかった。


「いいえ。もう、本当にもう、貴方達に疲れたのよ•••。」


はーっ、とため息をつく母には、母の思いがあるのだろう。

プレイヤードは、分かりました、と応えて、母の事はもう考えない事にした。


母の言う通りに、部屋で大人しくしている事が、プレイヤードにはどうしてもできなかった。大人しい、が、最大の評価ポイントなのは、息苦しい。心の中から湧き起こる、今生きている世界への、ワクワクとした期待の気持ちは、どうしても消せない。


アルタイルは、せっかくの暗闇カフェだったのに、としょんぼりハンバーグを一口食べた。ちゃんと最後まで食べられたか、フォークで探るが、分からない。


同じ環境を与えられても、思いはそれぞれ違う。感覚が分かれば、トレフルも、プレイヤードに近く思ってくれるか、と思ったのだが。余計に大人しくさせようと、可能性のなさを感じただけだった。


でも、この暗闇の中で、きちんと食事ができるプレイヤード、凄くないか?私の息子、凄くない?

給仕達も、凄いだろう?

これから、補助の魔道具や白杖、盲導ウルフなどを持って、もっと自由に生きられる。

なのに、どうして可能性を断つような事ができる?


大人だって泣きたい事はある。

暗闇の中だから、アルタイルは、ちょっとだけ涙を滲ませて、ナプキンで目尻を拭った。




「•••という事があったんですよ。」


う、うう〜ん。

寮に遊びにきたプレイヤードが、今日のおやつ、どら焼きを食べながら、ツバメをよいよいしている竜樹と話す。

「な、なんか、近い血の事や、俺の盲導ウルフのお願いで、揉めたみたいでごめんね•••。」

竜樹は申し訳なくなり、ふえ〜と頭を下げた。


「いえ、いいんです。母様は、多分、何でもいう事を聞く子供を、良い子だと思ってるのだ、と父様が言ってました。でも、そうじゃない私を、父様は良い子だって言ってくれてるから、なんか良いかな〜、って思ってます。」


目があまり見えない、って公表したら、やっぱり、理解しようとしてくれる人と、そうでない人と、両方いますよね?私の場合、うちにその両方がいるだけの事です。


「プレイヤード君。色々あるかもしれないけど、君が君のやりたい事を、諦める事はないからね。俺も頑張るから。」

竜樹がそう言うと、プレイヤードは、ニカッと笑った。

「ギフトの御方様がついていてくれたら、すっごく頼もしいです!」


アミューズが、プレイヤードを呼ぶ。

「プレイヤード様!ブラインドサッカーしようよ!」

「する、するー!」


鈴の音がするボールを振って、子供達は庭へ。


意見交換会以降、貴族の離婚再婚が増えている。と報告を受けた竜樹は、まずいものを食べたみたいな顔になった。

竜樹が何を言えるでもない。夫婦当人同士の、決めた事だ。

しかし、血が近いなら、遠い血をもらえば良いんじゃない、とばかりにあっさりと夫婦を解消して結び直すのは、何だか口がモゴモゴしそうだ。


「あんま落ち込むなよ。そういう夫婦は、元から夫婦として、絆が深くなかったんだろ。」

マルサが、首の後ろを掻きながら竜樹を慰める。

「う、うん。別れもまた愛、ともいうしね。そうだと良いな。」


お人好しすぎる。

マルサは、竜樹の背中をトントン、叩いてやり。

「ゲップするか?」

にしゃりと笑う。


「俺は赤ちゃんのツバメじゃないんだよ。トントンでゲップするもんか。」

ふぁ〜あう。

ツバメが可愛いあくびをして、2人はにへら、と笑った。


全ての希望をもつ、赤ちゃんには勝てない。



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