間を繋ぐ
「暗闇カフェ?」
酒場で噂するのは、王都近辺の何でもをやる、冒険者たち。
「そうそう、暗闇カフェ。何でも、視覚を閉ざす事によって?他の感覚が敏感に感じられるんだって。味も違うらしいよ。」
予約制で、個室だけだし、ちゃんとお店の人が見ていてくれるから、盗みとか女性にいたずらとかの危ない事も、ないってさ。
静寂のカフェもあるんだぜ。そっちは、音を遮断する魔道具つけるんだとさ。音が聞こえないんで、身振り手振りや筆談で話すから、女の子と行くと、必死で話す分、距離も近くなって、いいんだって。結構流行ってるらしい。
「ギフトの御方様の発案なんだ。」
「また変わった事するねえ。どういう訳で?」
「ギフトの御方様の子で、見えないやつと、聞こえないやつがいるんだと。どんな世界に生きてるか、多くの人に知ってほしいんだとさ。でも、難しい事抜きに、感覚の違いを楽しんでほしい、って新聞にはあったぜ。」
ほへー、と驚いて、開いた口に酒をグビリと。
「新聞って、何だお前、字読めるのか?」
「読めなきゃ、魔法勉強するのに魔法書を読めないだろ。」
「お前ってすげえ!新聞て面白い事が書いてあるんだなぁ。俺も読みテェな〜!」
「冒険者組合の夜間学生コース、とってみたら?安いし、日にちも自由にとれるし、1人1人見てくれるし、丁寧だぜ。」
短パンで、しゃなり、と腰を振る、こちらも冒険者のお姉さんが、話をしている2人の冒険者のテーブルへ。
「ちょっと、面白い話、私にも聞かせてよ。」
「何だいお姉さん、夜間学生コースに興味あり?」
うふふ、と笑顔で、最近流行りの果実酒の炭酸割りを頼み、2人のテーブルの空いた席に座る。
「夜間学生コースは、私も今、通ってるんだ。まだあんまり進んでなくて、新聞ところどころしか読めないの。でも、暗闇カフェの記事は、気になって取っといてあるんだ。」
「頑張ってるじゃん。」
炭酸果実酒が届き、グビッ、ごくん、と喉に爽やかな炭酸を感じると、ぷはっ、と今日の疲れを吐き出して。
「まあね。ね、あんた新聞読めるんでしょ。この記事、読んで聞かせてよ。一杯奢るからさ。」
「持ち歩いてるのか。いいぜ。」
(いいなぁ〜字が読めるとモテるかなぁ〜。)
仲良く記事を読んでやっている冒険者と、冒険者のお姉さん。何となく余った1人は、所在なげに酒を飲んでいたが。
「ねえ。あんた達って、酒飲んでも大人しいし、悪い奴じゃなさそうだから、私と私の妹と、4人で暗闇カフェに行ってみない?お代は割り勘で。」
お姉さんのお誘いに、ニッコリと。
「いいぜ!」
「俺もいいよ!」
快く返事をすると、何となくもじもじと、お姉さんは陶器のコップを弄る。
「あの、あのさ。私の妹、目が悪いんだ。それでも、邪魔にしないでくれる?」
2人の冒険者は、ああ、だから行ってみたいのか、と納得した。
「いいぜいいぜ。」
「俺も。邪魔になんてしないよ。」
「良かった•••!」
急に決まったようにみえる、このナンパ。もちろんお姉さんは、この2人について、元々リサーチ済みだった。大事の妹を紹介するのだから、遊び慣れてるやつや、金にだらしないのなんかは、お断り。貧乏はやだけど、そんなにお金持ちじゃなくても、面倒見のいい、気持ちの良い男じゃなくちゃ。
お姉さんの思惑通りに。
後日、男達はきっぷの良いお姉さんや、可憐な妹にポワッとなった。そうして暗闇カフェで、手を取ってスイスイ泳ぐように歩いて先導をしてくれる視力障がいの店員に、ヘェ〜と驚いた。
「もう少し早く、このお店の職員募集が分かってたらなぁ〜!」
暗闇でも問題なく食べる妹に、働き口となったろう。
「クレールじいちゃん、暗闇カフェと静寂カフェは、どんな塩梅ですか?」
竜樹が寮で、ツバメの背中をトントンしながら聞けば。
ニリヤを抱っこして、おやつのチーズ味ホットケーキをはぐりと食べた、クレールじいちゃんは、もぐもぐ、ごっくん。
「どちらの店も、予約が3つ月先まで入っていますよ。暗闇カフェは、一度いらしたお客様が、また来たいとおっしゃる率が高いですね。廊下を長くして、段々と暗くしていき、相手の顔も見えないほどの暗闇の中、ちょっとした食事をとる。神秘的で、味も繊細に感じられて。それから一緒に来た相手の息遣いまで、何となく近いような気になる。感覚が研ぎ澄まされると言います。」
うんうん、トントン。
ツバメは、けぷっ、とすると、握った手を竜樹の顔にヒットさせた。
「いてて。静寂カフェは?」
モグり、とクレールじいちゃんのおやつの皿から、ニリヤが一欠片、貰って食べる。
「静寂カフェは、簡単な手話を2個くらい教えたり、一覧表を置いたのを、結構楽しんでもらえてますね。人って、美味しかったら、美味しいね、って一緒にいる人に言いたいんですね。美味しい、ってほっぺを叩いて、ニッコリと表情が豊かになると。静かさを楽しむ人もいれば、身振り手振りで、とってもおしゃべりな人もいて。どちらにしろ、楽しんでもらえているようです。」
うんうん。
「少しは、自分の感覚として、見えない聞こえない世界を、体験してもらえてるかな?」
それはそれは、もう。
お店を出る時にとった口頭のアンケートで。
『こんな世界を生きているとは、体験するまで思わなかった。』
『これから、目が悪い人をみたら、今日の感覚を思い出すと思う。』
『全然動けなかった!』
『外に出て、見えた時にホッとした。でも、見えない世界も、何となく目に静かで、心ひかれる。』
『音がなくて伝えるのって、すごく大変だけど、表情とかもすごく必要だって思った。』
『筆談してると、すごくもどかしい!言いたい事、もっといっぱいある。』
『お店を出た時、なんて音に満ちてるんだろうと思った。』
などなど。
「一石も二石も、投じた事になりましたよ。」
私のサテリット商会への、魔道具の問い合わせも、どこから聞きつけたか、貴族以外からも、たくさんきてます。
うんうん。
「俺も、貴族の人を敬遠していたけど、意見交換会で喋ってみて、良かったなって思ってるんですよ。人間だから、合う合わないはあるけど、分かるとこもあるな、随分自分は構えてたな、って。」
残りのホットケーキ、モグモグとニリヤが食べていくのを、クレールじいちゃんは、にこーと見ながら。
「まあ、身分の差は、やはり緊張感ありますね。私も、この歳になっても、ありますよ。竜樹様。」
「ねー。ありますね。でも、貴族って一括りじゃなく話せば、個人個人は、色々いるんだな、って、当たり前ですけど。」
クレールじいちゃんは、竜樹こそ、やんごとないお方であるが、何故だか話すのに緊張しないな。やっぱり元々の世界では庶民で、その感覚を持っているからかな。と思いつつ。
「メガネに、相手の話す声が、文字になって流れるという案、すごく良いですね。」
「うんうん、飛行機の整備の人が、そういう文字や絵の情報をメガネに映して読み取りながら整備する、ってのを、テレビで見た事あったんだ。もっと早い事、思い出せば良かったねえ。」
いえいえ。何をおっしゃいますやら。
スマホがあったとて、それから情報を読み出すキーワードや、概念を知っている竜樹があるからこそ、この世界に、かの世界の情報が開かれているのだ。
それに。
「お試しで、貴族の方々にお渡しした魔道具は、引き取って整備をした後、お安く庶民に下げ渡そうと思っています。最新式でなくとも、充分使える。もちろん後々は、良いものを持ちたい者もいるでしょうが。間を繋ぐ、という商品も、あってもいいでしょう。」
「間を繋ぐ、って、良いですね。」
竜樹は、ツバメに人差し指を握らせて、ふは、と笑う。
「誰も最初の1人でもなければ、最後の1人でもない。全員、間を繋いでるんだものなぁ。」
俺も子供達に、繋いでるんだなあ。
「それは、私もですね。繋いでいけるような、商売をしたいものです。」
クレールじいちゃんと竜樹は、ゆったりとした午後、今日から明日、自分から周りへの繋ぎの時間を、しみじみと味わっている。




