ししょうはでしをみすてない
「なんだ御方様。もう食っちまったのか。腹休めしろよ。」
料理長、大忙し。シャンシャンでかいフライパンを振りながら、振り返って大声でがなった。
ん?と竜樹の足元に目を移す。
手を繋いでいたニリヤ王子が、パッと駆け出すと、1番若い料理人の側に行き、話しかけた。玉ねぎを剥いている料理人は、一旦ナイフを置く。芋の袋を外に近い、床にある洗い場に持って行く。赤と青の印のあるコックは、水かお湯かなのだろう。ニリヤは金属バケツを持ってくると、一個一個芋を洗い、バケツに放り込んでいった。
素知らぬ顔で料理長は調理を続け、しかし何となく嬉しそうに、チラリと竜樹を見た。そして他の料理人達もチラリチラリと。
何なのみんな。期待しすぎじゃないのギフトの人に。まあ内でどうにかならなかったものは、大概外からの力でぶち壊されて何とかなってゆく。ならないと困るのである。
「すこしもらってたべたから、すーぷだけでいいです。」
昼戦争が終わり、賄いの時間になると、ニリヤは順番最後について、スープをよそってもらった。
「御方様にもらったか。昼飯。」
「はい。おにく、やわらかかった。」
うんもう甘い柔らかい溶けるでいいかな。竜樹は一生懸命食べるニリヤを見て、今度、何食べさしてやろうかと考え始めた。
「そんで御方様は、どうする気だい。たまたま恵んだだけかい。」
「毎日じゃなくたまに下拵えから簡単な料理をさせたいかな。普段の料理は俺が作ったら王子も食べられるだろ。それに、家事はできるようになっとけば、何とか生きていけるから。」
最低限の知識と技術。生き抜く教えである。
「俺の孫が同じくらいの歳でよ。」
「そうなんだ。」
甘えさせてやりてえが、それじゃ生きていけねえ。だが、アンタなら出来る。
「この国で1番自由を保証されてる、ギフトの御方らしいからね。」
そういうこった。
「頼むぜ!」
バン!と背中を叩かれて、オオウと目を白黒させる。よろしくお願いします!料理人達も頭を下げて、弟分のニリヤを竜樹に託す。ミランもマルサも微笑みで2人を見詰める。
ニリヤだけが分からなそうに、匙を咥えて、料理長と竜樹を交互に見た。
「明日からはこの方、竜樹様がお前の師匠だ。」
ガッシリ、ニリヤの頭を鷲掴みして、料理長が言う。
「ししょう?」
そうだぞー。竜樹も腕を組んで、うむうむする。「師匠は弟子を見捨てないんだ。何があってもな。」
「ししょうはでしを、みすてない•••。」
「ずっと一緒にいてくれるって事ですよ。」
ミランが噛み砕いて教える。
ずっと?マルサは竜樹がそれほど覚悟を決めているのか、簡単にそんな事言っていいのか、目を見て探る。
黒い目はこちらの世界の人より小さくて、ショボっとしていたが、口はニンマリ笑っていた。
「おへやにいっしょ、いてくれる?」
モジモジ匙を弄りながら、ニリヤはそうっと、竜樹を見上げた。
「居てやる。」
あのねあのね、ひとりでねるのこわいの。おきれなくなったら、こまるっておもうの。
かあさまみたいに。
だからおこしてくれるひとがいたら、おきれるとおもうの。
「一緒に寝てやるよ。」
その前に。
「今夜は、丸洗いだ!」
ばんざーい!ニリヤの脇に手を入れて、竜樹はふわっと持ち上げると、抱いて椅子から立った。
さて今夜はどちらの部屋へ帰るべきか。ニリヤ王子の部屋かな。それとも俺の部屋か。
俺の部屋かな!
荒れてそうな部屋より、まずは清潔な部屋。ミランにニリヤの着替えは持ってきてもらおう。そうしよう。
「ところでレシピはどうなるかな。」
明日でお願いします。
料理長は、仕方あるまい。の表情でお茶をぐびりと飲んだ。