わたしもおしゃべりしたいです
シュークリームを食べている皆を、竜樹がニコニコ見ていると、こちらを真っ直ぐに見て、すっ、と手が上がった。
聴覚に障がいのある、最初のお試し発言に参加してくれた、ルジュ侯爵家クラシャン嬢である。
「はい、ルジュ侯爵家クラシャン嬢、何でしょうか?」
『わたしたちも おしゃべり したいです。でも 周りの人の 声が きこえない。』
クラシャン嬢が眉を下げて、魔道具から書いた文字が声になる。
声も、男性には男性の声のもの、女性には女性の声のものを渡してある。
男性の声のモデルは、朗々と響く、甘い声の持ち主、バラン王兄。
女性の声のモデルは、バラン王兄の婚約者、パージュさんのちょっと低く落ち着いた、それでいて響く、尖った所のない、まあるい声。
『近くで しゃべってる声の 文字を出す 魔道具 ないですか?』
『今は ギフトの御方様とは 話せるけど 近くの お父様や お母様 お兄様とも くわしく 話してみたいのです。』
あちこちにいる、聴覚に障がいのある者達が、うんうん、うん、と大きく頷いている。おおお。こちらから言わなくても、気づいてくれたよ。
竜樹が、うん、と頷きを返す。
「発言ありがとうございます。後で時間をとって、視覚障がいの方と、聴覚障がいの方が使うことのできる、サポート魔道具の紹介をしようと思っていました。でも、できたら今、使ってみたいですよね。」
クラシャン嬢が、ぱあっ、と嬉しそうな期待に溢れた顔をする。期待してもらえて、竜樹も嬉しい。
「魔道具の開発と販売は、サテリット商会が受け持ってくれることになりました。クレール・サテリット会長、ちょっと出番が早いですが、大丈夫ですか?」
ニリヤのじいちゃま、クレールじいちゃんが、いつの間にか会場のスクリーンの後ろに。魔道具の入ったカゴを持ってスタンバイしている。
コックリと深く頷き、竜樹の元へやってきた。ニリヤのばぁちゃま、ミゼリコルドばあちゃんも、それを後ろで、そっと見守る。
「じいちゃま、がんばってぇ!」
ニリヤが声をかけて、ふわ、と会場に笑いが起こる。クレールじいちゃんも、ふんわり笑った。
「ご紹介に預かりました、私、サテリット商会のクレールと申します。高貴なる方々の御前で、魔道具をご紹介できる機会を賜り、ありがとうございます。」
ゆったりと、礼をした後、クレールじいちゃんは会場を見回す。商売にならなければいけないし、使い勝手のいい魔道具にしていきたい。まだ試作品で、使う人の意見を大募集中なのだ。
魔道具を切実に必要とする、真剣な目に見つめられて、じいちゃんは、金の事もあるが、本当の意味でのいい商売ができそうだ、と胸が熱い。竜樹が言っていた、三方良しとはこれか。売り手よし 買い手よし 世間よし。
「さて、早速、ご説明に参りましょう。」
まずは、話を文字にして表示する魔道具。手のひら2つ分の、画面がほぼ全ての面積を占める、タブレット型魔道具。
画面がどうしてもある程度の大きさが必要で、文字を書いて話す魔道具と両方使う時、邪魔になるかもしれない、と言いつつも。
「試作品という事で、今お持ちの、文字を声にする魔道具と一緒に、1と月無料で貸し出します。その間、どう改良したら使いやすいか、ご意見を伺って、作り直したものを販売させていただきます。」
侍女さんが、該当する人の所に、近くで喋る人の声を拾って文字にする魔道具を配る。
マイクがあって、魔法で収音するから、同じテーブルに座った人、くらいの距離感で声を拾える。
「声が複数重なっても、自動的に判別して変換します。少し変になる時もありますが、今後の課題です。どうぞ使ってみてください。」
「これで、視力に障がいのある人と、聴覚に障がいのある人の組み合わせでも、会話ができますね!」
竜樹がつっこむと、是非是非、会話してみてください、とクレールじいちゃんも乗り気で返す。
それから、視力に障がいがある人向けに。メガネにつけて、視線の先の書いた文字を読み上げる魔道具。
周りに障害物や段差、凹みがあったら、声と振動で教えてくれる、魔道具の白杖。
これらも、視力の見えなさに個人で差があるので、1と月、使ってみてどうか教えてほしい、改良型を販売します、とクレールじいちゃんは締めた。
魔道具を間違いなく配る侍女さんは、今日とっても細やかに働いている。
テレビも、副音声で解説付きの、音声放送が楽しめる、盲導犬と聴導犬も、育てていきたい、と竜樹は説明した。
「ルフレ公爵家プレイヤード君。」
「はい。私ですか?」
「ルフレ公爵家の領地のガーディアンウルフを、盲導ウルフに向くか、お試しを一緒にやってくれないですか?ルフレ公爵家のご当主、アルタイル様も、お願いできますか?」
公の場で、竜樹は頼んでしまった。
「はい!やってみたいです!」
「もちろん、やらせて下さい!」
ルフレ公爵家、プレイヤードの母、トレフル夫人は、はあーっ、と額に手を当てて、ため息を吐いている。これで、トレフル夫人が何を言っても断られまい。
何故なら、視力に障がいのある人がいる家の者が、さっ!と期待に視線を集中させたからだ。
竜樹は、強引だったかな、とは思った。
が、後悔はしていない。
「さあ、お試しの魔道具は、お手元に届きましたか?見本の番組の事もお忘れなく、魔道具も存分に使って、少し皆さんでおしゃべりしてみて下さいね。」
その間に竜樹も、シュークリーム食べよう。と、スクリーン前から下がった。
「竜樹父さん。」
視力の弱いアミューズが、新聞売りのジェム達の所から、とことこ歩いて竜樹の所へ来た。教会の、視力の弱いサングラスの子、エピに、手を引いてもらっている。エピは光が眩しいが、弱いながらも結構見えるのだ。
同じ視力の弱い子同士でも、見え方は色々ある。
「何だい。2人とも、疲れないかい?いっぱい見本の番組もあったけど。」
「大丈夫、面白かった。」
「ウン、たのしかった。」
そりゃ良かった。
「竜樹父さん。えへへ。」
「えへへへ。」
2人とも、竜樹のマントをギュッと握って、ニコニコと笑う。
ぐいぐい、と下に引っ張るので、竜樹は腰を折って、顔を2人に近づけた。
さわさわ、と顔を触る2つの手。
小さい手は、あったかかった。
ぱふ、と2人から抱きしめられて。
「俺、竜樹父さんの子で良かった。」
「俺も!」
いつか2人に、反抗期が来たとしても、この言葉一つで乗り切れる。
竜樹はそう思って、2人をギュッと抱き返した。




