人は必死に舵をとり、新しく船出する
本日2回目の更新です。
「竜樹様!!」
意見交換会の王宮内の会場、その端で手を振るのは、グラン公爵家のしがない三男、ボンである。
今日は、前に勤めていた肖像画工房の工房長や、リストラされずに残った者たちと、そこを辞めさせられた者達とを全員集めている。
竜樹と面会できる、とは聞いていたが、続々と集まってくる貴族達に、ここに居てもいいのか•••と庶民な、工房に関係した皆が慄くのを尻目に、ボンはご機嫌にニコニコだ。
「竜樹様。甥っ子の、ジェアンテ侯爵家のロビュストや、うちのグラン公爵家の家族達にも、会いました?」
「ロビュスト!ぼくに、えをかいて、くれたこ!フリーマーケットで!」
「良く覚えてたよね、ニリヤ。ご挨拶できたよね。良かった良かった。」
竜樹がニリヤをくりくり撫でる。にひ、と嬉しそうなニリヤである。
「グラン公爵家の、みなさんにも、会ったよ!」
「竜樹、いっぱいお礼言われてたよね。あと、美術館の、おためし?に、きてね、って。」
オランネージュとネクターも、テンションの上がった美術好きグラン公爵家一同の、美術館をボンに勧めた事への礼の勢いに、びっくりしていた。
そうなのだ。美術館、ボンが燃えて、いきなり壮大な計画を立て始めたのを。周りの家族は、それはそれとして、まずは小さくお試しで開いては?やってみれば問題点も見つかるだろうし、と諭し。ボンは街中の空き家を借りて改装し、「時代の転換点を彩る絵画たち展」をささやかに驚異的な速さで開いたのだ。
集客のための広告は、新聞売りの売り場に、目玉になるエルの『魔道具と魔法使い』という絵画の写真を、絵はがきにして、美術館(仮)の情報を載せた。そして興味ある人にだけ配った。新聞やテレビなどで集客してしまうと、大勢来すぎてしまっても困るので、地道に。
入場料は大人銅貨5枚。子供銅貨1枚。お土産は、絵画たちの解説つき絵葉書セット5枚組で銅貨5枚。
経費は全て、ボンのポケットマネーで賄った。これから、経費の事も考えて運営しなければなのだから、と勉強のつもりで身銭を切った。(家族は支払いしたがったけれど、断った)
ネクターが、竜樹にくっついて。
「あと、ルーベンスの絵が見たい、って言ってた。竜樹が見せてたよ。」
「えっ!?ルーベンスの絵!?実在するんです!?」
します。
ボンにタブレットで、大きく見せてやると、後ろにいた肖像画工房の面々も、ボンの後ろから首を長ーくして、はぁぁーと見入った。
「す、素晴らしい•••この描写力。迫力。ネロが死ぬ前に見たがったのも、わかります。」
ネロ? って誰? と、3王子や肖像画工房の面々を置き去りに、しんみりとボンは、じわり瞳を潤ませて、ルーベンスの絵に感じ入った。
「ボン。美術館の仮開館、おめでとう。お花を贈っておいたけど、邪魔にならなかったかな?」
花輪の説明を花屋にして。生花で綺麗に飾った『祝 美術館開館 ハタナカ タツキ』と書かれたリボンを垂らして、竜樹が贈った洒落た花輪もといブーケは、美術館の入り口横に飾られて。
「いえいえ、いい宣伝になりました!普通の家を改装してやってみたので、どこが美術館かわからないかも、と言われたんですが、飾ってすぐに、色んな人が、花を目印に来てくれて。助かってます!」
そして花屋も、店開きなどの祝いの花輪に商機があると、竜樹に割引してくれた。
「美術館、どう?」
「はい。•••はい。珍しくて来た人もいたし、デートで来る人もいたし、1人で来て絵をじっくり眺めて、解説文を読んで、涙を浮かべる人もいたり•••。」
ポポッ、とボンが思い出して顔を赤く興奮させる。その後ろで、茶褐色の髪を無造作に革紐で縛った、少しふくよかで渋い中年の肖像画工房の工房長が、ポポッ、と顔を赤くして、頬をポリポリと掻いた。
「肖像画工房の工房長や工房の皆にも、美術館に来てもらいました。一番に見てもらいたかったから。」
紹介しますね、とボンはここで後ろをやっと振り向き、手でさし示し。
「こちらが、肖像画工房の工房長です。」
「ミロワールと申します。この度は、お忙しいギフトの御方様、おんみずから、私共の工房を気にかけていただいて、恐縮です。」
流石、貴族に会ってやり取りをして肖像画を描くだけあって、工房長は慣れた仕草で腰を折り、胸に手を当て丁寧に挨拶をした。
「ギフトの人、ハタナカタツキです。竜樹が名前です。•••肖像画工房、流行らなくさせてしまいました。謝るのも、多分、違いますよね。でも、ただ、誇りをもったお仕事に、また生活のかかっているところを、変化を余儀なくさせてしまった事、申し訳なく思います。」
いえいえ、いえ!
工房長や工房の皆と、リストラされた皆が、焦って揃って首を左右に振る。偉い人って、謝るんだっけ!?と驚きの様子。
「ギフトの御方様がなさっている事、大きなお仕事に、私共が何を言えましょう。それに•••ボン様が見せてくれた、美術館で•••時代が変わるごとに、時代に流されてゆくのを、人は必死で舵をとり、乗り切ってきたと。変化は今までもこれからも訪れてゆくのだと•••。勇気を持って、新しくまた、船出をしたく思います。」
真剣に、竜樹を見るミロワール工房長に、竜樹はニヒャリ、と情けなく笑った。
オランネージュは、それを、じっと見つめている。
「それから、やむなく首をきった者たちを雇用して下さると聞いて、ホッとしています。やはり、一緒に仕事をしてきた仲間ですし、皆、生活がありますから。ありがとうございます。それだけでなく、肖像画工房のこれからについての、沢山の案も出していただいて。幾つか、私共でも工夫しながら、やってみています。新聞にも載せて下さって、テレビにも、もう撮影が済んでいます。特に、肖像画写真を、名刺や絵葉書に印刷するのは好評で、問い合わせが良く入るようになりました。写真と共存できるよう、カメラの扱いも、皆で習得しました。代替わりの時のお知らせに、肖像画絵葉書は、重厚な雰囲気が合うと、皆さんおっしゃって。」
朗らかに笑うミロワール工房長に、肖像画工房の皆も、希望に燃えた瞳をした。
リストラされた、若めの者たちも、再び礼をとり、期待と不安に揺れた瞳で、竜樹の一言を待っている。
「•••私に出来ることを、ほんの少しだけ、やらせていただいた、だけですよ。これからも、私が言うのはおかしいかもですが、どうか頑張って下さい。そして、肖像画工房を出て、新しくアニメーションを作ってくれる皆さんも、これから、どうぞよろしくお願いします。」
「「「はい!!!」」」
「アニメーション、動く絵の事は、少し説明しましたね。」
竜樹がタブレットで、パラパラ漫画をスムーズに動かして動画になる例を見せると、まじまじとアニメーションに見入り、うんうん、これなら俺たちにもできる、やってみたい、と口々に言う。
「今日は、アニメーションを効果的に使った、教育番組の例も、皆さんに見せます。テレビの他の番組でも、分かりやすくするために絵が必要になる事もあります。新しい提案を、意見交換しながら作り上げていく、その場に、皆さんがいてくれる事を、心強く思います。」
オランネージュは、自分が王位についた時、こんなに丁寧にお仕事できるかしら。と思いながらも、竜樹と肖像画工房の皆、リストラされた皆から、目が離せなかった。
いや、出来るか、ではなく、やるのだ。ネクターやニリヤに、そして助けてくれる皆に、力を借りて。
ふす! 鼻息が漏れるのを、ネクターとニリヤが見て、オランネージュにいさま?と問うてくる。
「ネクター、ニリヤ。私たちも、これから、色んな事があっても、協力してがんばっていこうね。私を、たすけてね。おねがいだよ。」
「?うん!オランネージュにいさま!」
「はい!オランネージュ兄上!」
ギュッと団子になる3人を、大人達がホワッとした顔で見守るのだった。




