ミランはワクワクしている
自由にして良いと言われているので、今日の予定はとりあえず王宮を探索する事にした。メールも送れて受け取れると確かめて寝た、次の日である。
因みに職場には、体調が悪いと休みの連絡をした。何か聞きたい事があったら連絡してね、と職場の後輩にもメールし、今後徐々にフェードアウトする方法を考え中である。
朝ミランが、ぴらぴら〜っとした洋服を出してきたので、もっと地味なやつ。ある?と聞けば、「やっぱりそうですよね。男性のギフトの御方は大体そう仰るそうです。」などと、後ろからおおよそ茶系統の服を出してきた。それよそれ。あるじゃない、普通のやつ。
「ですが、マントだけはこちらの御方様用の留め具がついた物をお使い下さい。身分がわからず、不躾な事をされてしまうのを防ぐために。」
エメラルド?多分。緑色の宝石がデッカくついた、金の留め具に、これまた金の縁取り、ふさがチョンと端で揺れる、ベージュのマントである。
マントってあったかいね、思ったより。竜樹が呟くと、ミランは、魔法防御が入ってるやつなんですよ、温度も調節します。ふふふ、と嬉しそうにした。
「おーおはよう。何だ地味だな。折角だから派手派手なのにすればいいのに。一応服飾費も結構出てると思うぜ。」
「ごく普通顔のアジア人男子にぴらぴらは、ない。マルサこそ似合うんじゃないの?」
「趣味じゃないんだ、邪魔っぽくて。さらっとしたやつがいい、さらっと。」
同感です。ベーシックなの、最高ですよね。こっちのベーシックがぴらぴらかもだけど。
「そういえば、竜樹様が渡られた時に着ていた服、あれも面白いですよね。襟が剣の様で、こう、2つ胸の下で交わるようになっていて。」
ああスーツね、こちらの上着って見たところ襟が無いもんね。結んだリボンやシャツのひらひらを邪魔しないように、だそうだが、謁見の間で見た騎士団長だけは詰襟ぽい形の服を着ていた。首を守る為にだろうか。
「あの形に、ボタンで留めて、シンプルなシャツに、光沢のある縞々柄物のタイ。斬新です。流行るんじゃないですか、あれは。お針子呼びますか?」
ワクワクした様子のミランだが、洋服無双をしたい訳ではない。いや、流行ってもいいけど、服飾の知識はそれほどない。webがあるか。いやしかし。異世界にスーツ。逡巡していると、
「なんてね。竜樹様がいらっしゃる事で、私たちも刺激を受けているんですよ。無理にしなくてもいいのです。雨の雫が竜樹様で、周りにいる私たちは波紋の役目。自然と、影響を受けて広がっていきます。自分達に合わせた形でね。」
「そうだね。なんか、アレンジしてくれると嬉しいよ。だって折角の飾り、職人さん達の都合もあるんじゃないの。それに、俺のいた日本て国では、世界各国の料理を取り入れて、日本人好みの味にした店がいっぱいあったよ。そんな感じで、服もこちらのテイストと混ざるといいな。快適に暮らせる感じとかで。」
ファッションて一回廃れてもまた時代ごとに進化して流行り直したりしたよ、俺らの世界では。
喋りつつ、朝食である。
パンはパンだし、スープもさらりとしたコンソメチックな物で美味しく食べられる。野菜は生では食べないそうで、炒め物の葉っぱが副菜だ。そして肉。ソテーであるが、赤身のさっぱりしたかみごたえのある肉である。隠し包丁が入っていて、食べやすいし、味を噛み締めて食べたい方向とするならば、良いのではなかろうか。何でも甘い柔らかい溶けるがいい訳じゃないし。
パンは全粒粉なんだねえ、と言えば、全粒粉て何ですか、とミラン。
「小麦の粒から、皮を取らないで全部粉にしたやつ。」
「え、皮って竜樹様のお国では取れるんですか、大変じゃないです?どうやって取るんです?」
波紋は、朝から広がっている様である。
「詳しくは知らないけど、スマホで調べられるかも。全粒粉のパンもお菓子も美味しいから好きだけど、そうじゃないのもあっていいかもね。」
スポンジケーキとか。
「すまほって凄いんですね!スポンジケーキって何ですか?」
ふわふわで、甘くて、すっとした口溶けで。
「食べてみたいです!」
スマホでレシピサイトの写真を見せながら説明した。甘くて柔らかくて溶ける話になってしまった。
「まあ竜樹もまずは朝飯食えよ。ミランも落ち着け。」
すみません!ミランはピッと姿勢を正し、竜樹はモゴモゴと肉を頬張った。
でも厨房に行くのはいいかもしれない。単に朝食のお礼を言うのでもいいし、王宮なら実験的な料理も受け入れてもらいやすいかも。
竜樹は普通の事務職だったので、職務で役に立てる事は、パッとは浮かばない。まあ、現場に立てばなんかあるかもしれないが。
それよりも、竜樹が得意なのは、家事全般である。何しろ養母が、お手伝いするとそれはそれは褒めてくれたのだ。施設では助け合いが当たり前、何も言われなかった食器洗いでさえ、助かる!嬉しい!と言われればやる気が出る。炊事洗濯、家を整え維持すること。ちゃんとやればかなりの重労働なそれが、竜樹の趣味とも言えた。
さらに、環境が整うと、弟妹が落ち着いた様子になるのである。荒んだ環境は、心を失わせる。一緒になって家事をして、竜樹の家族は家族になっていった。
「厨房に行ってみたいです。」
おお!早速ですか、ありがとうございます!食後のお茶を淹れるミランに、ご相伴にあずかったマルサがスマホのスポンジケーキを見ながら、なんか面白そうだなガハハと笑った。




