とらないでね
「美術館は、色々な美術品を、観覧料を取ってみんなに見せる場所だよ。今は貴族が、自分たちだけで楽しんでいるのかな?」
「はい。大抵は、買って鑑賞するものです。」
「それを、美術館は、平民でも貴族でも、観覧料さえ払えば見れちゃう。大勢の人に、見てもらえる。あの家のあの絵画、見たいな、なんて事ない?」
「ありますね。そういう時は、見せてください、って個人的にお願いするんですけど、派閥の違いとかもあって、願いが叶うかどうかは、相手次第です。」
「それを、美術館の名の下に、借りられたら、いいと思わない?あの美術館に飾られた、っていうのが、ステイタスになるような、美術館。」
あの美術館に飾られるほどの作品なら、素晴らしいに違いないと。
「え。」
「美術館は、絵画や彫刻、宝飾品にガラス器、素晴らしい美術の良さを、みんなが味わう事ができる場所。」
それだけじゃなくて、美術品の保存や、後世に伝えてゆく役目もある。
「キュレーターさん、ていうのは、絵画や彫刻なんかの美術品を集めたり、保管して大事にしたり、色々なテーマや企画を作って見応えある展示をしたり、美術品を調べて研究した結果を発表したり。美術に詳しくて、好きで、情熱のある人がする仕事だよ。俺、よく、美術館に、元の世界では行ったよ。楽しいんだ。」
落ち着いた広々とした部屋に、見やすく展示された絵画、行けば必ず買う、色んな視点からの絵画の情報まで載っている図録。ミュージアムショップで、テーマに沿った展示の写真が入った、特別なおみやげを買って帰るのも楽しい。喫茶店が併設されている所では、テーマにちなんだ料理やお菓子が出たり。
「美に触れるのって、それだけで楽しい、そして、それだけじゃない、ジーンとして、心動かされたり、静謐な気持ちになったり、淀んでた気持ちが、掻き回されたり、衝撃を受けたり。心の栄養、って感じがする。ボンは知っているよね。凄く、豊かな事だって。そしてそれを、広く知らしめることが。」
できるのは、家にいっぱい美術品がある、お金持ちのボンが、ピッタリじゃない?むしろ他の人には、出来なくない?
「キュレーター•••。」
「多分、お金の事も、シビアに計算しながら運営していくんだと思うよ、美術館だって。一つの美術館に、責任もって、1から携わっていく、美の事業だよ。他のキュレーターだって雇わなきゃだし、守衛さんだって雇わないと。建物も建てなきゃ。それを、ボン、やってみる気はあるかい?」
「美の事業•••ですか。」
唇に手を当てて、ボンは、考える。わあっと頭の中が活性化する。テーマ、例えば今なら。
「時代の転換点を彩る絵画たち。」
呟きは小さく、竜樹には聞こえなかった。
竜樹はどんどん思いついた事を挙げてみる。そのどれかが、ボンにハマると良いのだが。
「埋もれている若手を育てる為に、若手の展覧会やコンクールをやってもいいね。一般から絵なんかを公募して、賞を決める。その中から、未来の巨匠が現れる、かもしれない。ボンは、開催側になったら、応募は出来ないかもしれない。でも、賞を取るために絵を描く訳じゃなければ、美術館やりながら描き続けて、後々自分の絵の小さな美術館を作ったっていい。隠居したらそこを好きなように切り盛りしたり。できる事はたくさんあ「待って。情報がいっぱい過ぎる。まだ考えてます。テーマに沿った展示の事を。」
ぶつぶつ、と呟いて考え込んだボンに、竜樹は、大丈夫かなぁ?俺の案、と心配になった。あと、いくらお金持ちの貴族の息子とはいえ、お金足りるのかな、とか。事業ってお金かかるのだ。
沢山の観客を動員できる、魅力的な展示。そこからの収入。
文化事業として、お金を支援してくれる企業や個人。国からのお金。
あと、あと、とスマホで調べて、所有する絵画などの他の美術館への貸し出し料でも、収入を得ている事が分かった。イベントやる時なんかに、絵を貸し出してもいいかもね。
「とにかく、俺はお金は子供に使っちゃうから出せないけど、相談には乗るから。」
「はい。ぜひ。はい。ぜひ!!私一人の考えでは、決して出てこなかった、こんな事。素晴らしい、素晴らしい!美術館、美術館!ああ、早く家に帰って、絵を見て考えをまとめたい!」
気がはやい!
「まぁまぁ、まずは甥っ子ちゃんのお店を手伝うでしょ。子供との約束破っちゃダメ。ボンの絵も見たいし。」
「はっ!そうでした!」
ソワソワ、ワクワク。しているボン。
竜樹はタカラを呼んで、予備にしているタブレットを持ってきてもらった。
美術館の色々な資料と、毎週、美術をテーマにして放送しているテレビ番組の動画。
色々な美術を歌にした、ゆるいがちょっと美術に興味湧く、アニメ。
それから、かの有名なアニメ、愛犬と牛乳運びながらコンクールに絵を出す少年、そして涙の最後を迎える、一目見たかった絵を見ての、昇天ーー。を、タブレットに入れてみた。
どれかは参考になるだろう。最後の愛犬とのアニメは、どう捉えられるか分からないが、絵といったらそれしか思い浮かばなかった。竜樹は母マリコから、それを見せられた幼少期、ガン泣きした覚えがある。
少年は幸せだったのだろうか。とかを、考えてくれたら良いなと思う。
因みに竜樹は、最後に見たかった絵が見られて、少年の生には意味があった、と思うが、現実だったらしぶとく生き延びて画家になって欲しいものだと思う。幼馴染の女の子とも、少年を嫌う女の子の父親とも、上手くやって。途中で終わってしまった生の物語は、後悔と、だったらこうすべきだったのでは、という未来への提案を起こさせる。それしか出来ないではないか。
疲れたと言って眠ってしまう少年の最後は、ニリヤには見せられないな、と思いつつ、ボンに操作方法を教えて。
「これ貸してあげるから、見てみて参考にね。」
「あ、ありがとうございます。」
何だか上の空なボンと待っていたら、取材が終わってオランネージュが竜樹の所に戻ってきた。ジェム達とアルディ王子も。
「甥っ子ちゃんの所に、みんなでいこーーー。」
「オランネージュ!竜樹様にアルディ王子殿下、それに子供達も。みなさん、お店は順調のようね!」
ニコニコ!とした、マルグリット王妃が、いつものような広がるドレスではなく、落ち着いたロングワンピースを着て、ブーツを履いて。御付きの者や護衛と共に、フリーマーケットの様子を見に来てくれた。
「母上!あと、そちらの方は?」
喜んだオランネージュだが、見慣れない男性に、身分も不明で、まずは名乗らず問いかけた。
何となく王妃に似た金髪の、和やかな、でもちょっと茶目っ気がありそうなきらりと光る青い瞳、人好きのする丸い眉。中肉中背の、威圧感のない男性である。
「オランネージュの叔父様よ。私の弟なの。フレ・ヴェリテ。ヴェリテの国の王弟だけど、兄弟いっぱいいる中の一人ですから、ざっくばらんに育っているから、格式ばったご挨拶は苦手よ。」
おお、オランネージュの叔父様。
そう言われれば、微笑んだ口元が、似ている3人である。
「初めまして、オランネージュ。私はフレ・ヴェリテだよ。フレ叔父様と呼んでくれたら嬉しいな。マルグリット姉様にそっくりだ!」
「うわぁ!初めまして!フレ叔父様!パシフィストの第一王子、オランネージュです。私、ヴェリテのお国のご親戚と、会ってみたかったよ!」
にぎにぎ。手を取り合って握手をする2人。
笑顔で見守るマルグリット王妃は、今度、パシフィストの国に外交官として、常駐してくれる事になったのよ、フレは。と説明をし。
「そしてこちらが、ギフトの御方、竜樹様。」
「おお!あなたが噂の!!」
両手を振り上げて、大袈裟に手を差し伸べるフレに、おお?と思いつつ竜樹も自己紹介した。
「ギフトの人、畠中竜樹と申します。竜樹と呼んでください。」
シェイクハンド、にぎ、にぎ。
「竜樹殿。よろしくお願いします!」
100%満面の笑顔だ。
何だろう、何故かタジタジしてしまいそう。
「こちらがワイルドウルフのアルディ王子殿下。」
「初めまして、アルディ殿下。フレ・ヴェリテです。ご病気を治されているお話、小さな国、ヴェリテにも伝わっていますよ。良かったら後でお話し聞かせてくださいな。」
「初めまして、フレ・ヴェリテ殿下。アルディ・ワイルドウルフです。お話、ぜひできればとおもいます。」
それから子供新聞の小さな記者さん達だよ。オランネージュがジェム達をそっと紹介すると、フレは愛想良く、こんにちは、よろしくね!と頷いて挨拶した。
ジェム達はまごまごしていたが、礼をして、これでいい?といった感じに竜樹をチラッと見上げてきた。うん、分からない礼儀。でも雰囲気が和やかだから、大丈夫と思う。
「いやぁ、今代のギフトの御方様は、すごく発展に寄与してくれてるっていうから、興味あって外交官を志願したんですよ。ヴェリテの国にいらして下さいとは言えませんが、ウチの兄弟姉妹の中の、末の姫でも、もらいませんか?」
お転婆だけど、結構、可愛いとこもある子なんですよ〜。
ええ。
「いやいやあの、そんな勿体無いお話!どうかご勘弁下さい。」
いやいやいや。と竜樹がエビのように下がり気味になると。
「いえいえ、実現すれば、ウチにとっては喜ばしい事ばかりですよ。実際、この国、ギフトの御方様目当てに、外交官や、女性王族の留学生が、これからわんさか押し寄せる予定と聞いてます。ウチが競り勝って親しくできるとは限らないし、気分を害するような無理強いはしませんけど、どうせ女性に迫られるなら、ウチの姫も親しみやすくて性格も朗らかだし、オススメですよ。」
さわ、さわわ。
ジェムにロシェ、アガットにアルディ王子、それからオランネージュが。
竜樹の足元に寄って、固まって、マントの端を握って、足を掴んで。
「みんなの、お母さん、いるもん。」
「うん、いる。」
「お姫さまとけっこん、ダメ。」
「ダメだもんね。」
ん?
フレは、目を点にする。
「あー、俺は、沢山の子供をもつ父親だから。子供達が納得しない結婚はしませんよ。というか、もうしなくても良いかな。家族いっぱいだし。」
「いやいやそんな枯れずともーーうん、うん。ーーー私が悪いね。みんなのお父さんを取ったりしないから、許しておくれ。」
じいっ と見上げる子供達の目に、フレは、負けた。
「フレ叔父様、ほんと?竜樹をとらない?」
「とらない、とらない。無理強いは、誰も出来ないから。大丈夫だから。」
良かった。
オランネージュがホッとする。
ジェム達は、竜樹を見上げる。
大丈夫だよ、と竜樹が言うと、うん、と頷いて、ゆるっと肩の力が抜けた。
(でも、女性達は、きっとアピールしてくるだろうけども)
フレは胸の中で思ったが、言っても詮無い事なので、肩を竦めて黙っていた。嫌われたら、外交的にも、初めて会った叔父様としても、嫌だなあ、と思ったので。
「竜樹殿を煩わせずに、新しい事業、新聞やテレビ、郵便なんかを視察させてもらいますね。でも、嫌でなければ、私とも今度お話してください。」
「はい。是非、子供達も一緒に。普段から一緒にいますので。」
「叔父様もキャバレーにいく?」
こら!オランネージュ!
マルグリット王妃が、ポポッと顔を赤くして嗜めた。
てへへ、と笑うオランネージュは、ちょっとイタズラっこ。さっき爆弾を投下した叔父様と、やっぱり似てるのかもしれない。
そしてフレはもちろん、お忍びでキャバレーもバーも行くのだ!




