マルサ王弟は平民王弟
部屋に着くと、あー、と息を吐きながらドッサリ、ソファに沈んだ。マルサ王弟が。
「気ぃ疲れたわぁー。」
コキコキ。肩を上げ下げし鳴らす。
「竜樹も疲れたろ。あれだろ、竜樹は平民だったんだろ、腰が低いあの感じからいって。」
おおう。くだけてる。
「そうですね、マルサ様。大体俺のいた国はほぼ100%平民でしたよ。平民でも町の代表とか国の代表とかはいたけど。」
「マルサでいいよ。じゃあ俺と半分は一緒だな。俺の母は、平民だったんだ。」
おおーそれでか。このやんごとなくない感じ。
「平民と王様のロマンスかなんかで?」
「イヤ、そういう決まりが国にあって。」
決まり?それもこの国の常識なんでしょうか?と聞けば、丁寧に喋らなくても普通でいいぜ、と笑いながら。
「この国では、王は3人の妻を持つ。他国を含めた王族の中から1人、貴族の中から1人、そして平民の中から1人だ。そしてその3人の内、妃となった王族からの子供が王に、他の子供たちがそれを補佐する職につく。だから3人とも子供をつくるのが望ましい。まあ、国のバランス取りのためだな。」
ヘェ〜。
「まぁ補佐とは言っても、平民出の側妃と子供は、民からの人気取りのためにいるようなもんだからな。割と自由なんだ。子孫に爵位なんかも継げないしね。」
ヘェ〜。なるほど。
「それでマルサさんも、ざっくばらんな感じなんだ。」
「マルサで良いって。大体、ギフトの御方は、実権はないが、王と並び立つくらいの地位なんだぞ。そうでもしないと利用したい連中に侮られるからな。」
まあ、敬して下げる、って事もなくはないが。ってアレ?俺って遠ざけられてる?
マルサ王弟が、ハッとするので、
「イヤイヤ、それはない。慣れてないだけ、地位ある人に。じゃあマルサって呼ぶね。」
竜樹はくだけた言葉で喋るしかないようだ。しかし、そんなに偉くなってしまったのか、この俺が。俺ごときが。大丈夫かな?首を捻る。
「大丈夫ですよ。竜樹様は、偉ぶらないお方のようですし、かといってオドオドした様子もなさらないし、そういった事で失敗はされ無さそうです。それに、失敗しても良いんですよ。世界を渡られて、心細くあるお方なのですから。」
ゆっくりとミルクティー色をした飲み物をテーブルに出しながら、ミランは続けて。
「それにしても竜樹様は落ち着いてらっしゃいますね。ギフトの御方の記録を、私ども御方侍従候補の者は読みこむのですが、やはり渡られた直後は精神的に不安定になる方が多いようですよ。」
ふむふむ、人差し指を片頬にあて、お盆を抱える。
喋り辛いからミランさんも座ってよ、竜樹が促せば、では失礼して、とソファーでなく側にあったスツールに座った。
「私もミラン、とお呼び下さい。」
そうか、王弟が呼び捨てで侍従がさん付けは、なんか不味いか。ポリポリ頭をかき、考え考え竜樹は答えた。
「まあ、ほどほど大人だっていうこともあるし、何しろスマホが繋がって、元の世界と連絡取れた事が大きいかな。」
不思議な事に、異世界からスマホが繋がるのである。webも見れる。メールもできたら良いな。寝る前にでも試してみる。壊れたらそれっきりだが、説明もなく掻き消える、ではないので、ちょっと落ち着いている。
「すまほというのですよね、それ。チリがとっても欲しそうでしたから、似たような物を作るかもしれませんね。」
「それは良いな。チリさん、そんなに優秀?」
アレは欲しいと思ったら魔法で絶対に作り出す。マルサとミランの共通した意見である。
研究バカなんである。長の仕事は大体周りがやってるけど、実力No.1だから皆んなほっといてる。自由にやっている。こないだ王宮の廊下で寝てた。3日徹夜で王宮の窓全部の防御結界作っててそのまま寝た。侍女が死体かと思って悲鳴をあげ、大騒ぎになった。
チリの情報はお腹いっぱいである。
なんかでも、ゆるい人が生きていけそうな世界、いいではないか。
「それに、子供の頃、突然養父母の子になった時よりは、ショック少ない気がする。」
何もかもの環境が変わったあの時。
施設に預けられて、いなかった父も母も、突然できて、時間きっかりに食事しなくても良い、とか、学校の参観日に来てくれる、甘えていいの、どこまでいいの、とか。右往左往したお陰で、弟妹を迎える時、サポートしてあげられた。馴染むまで時間がかかるのは当然で、子供だったから、信頼できる関係を掴むまで、試し行動と呼ばれる事もした。そこそこ試した後、竜樹は図書館で試し行動の書かれた本を読み(それまで図書館に行った事がなかった。竜樹は本を読むのが好きなのだと、養父母に連れられて行ったそこで知った)、自分のしている事を自覚した。
それからも養父母の元、信頼して生活できるまで、時間はかかったが、あれ以上に人を試したいと思う事はない気がする。
試す事は試されるということ。
それは普通にあるけれど、もっと穏やかに、小さなやりとりの積み重ねなのだということ。
そしてその、やりとりが大切な交流なのだということ。
大人になった竜樹は、賑やかな実家が好きだった。帰れないのは悲しいが、相談には乗れる。
そして、信頼できる人は世の中にいるし、できない人もいるが、わざわざ敵を作るやり方じゃない方法を実家で学んだ。敵か味方か、白か黒か、より、灰色の皆んなと暮らす方法である。
もちろん自分も灰色でいい。
この世界の人とも、なんとなく仲良くやっていけたらいいなー、と竜樹は、のんびり屋の養父に似た性格に育った自分が割と好きだった。