写真をよすがに
「それじゃ、ラフィネは支度をして、今日から寮に行きましょう。それと。」
クレールじいちゃんが、コホン、と咳をして。
「先程の2つのお店の案は、ギフトの御方様のお力の、すまほで、色々詳しく教えてください。料理や、かくてるのレシピ、使う道具や、ばーてんだーの立ち居振る舞いの例、それからショーの内容。衣装の見本や、料金の取り方など。そのままではなく、この花街の店に合った良いようにしますが、画期的な、花を売らない花を愛でるお店、是非とも2軒、開きましょう。そして。」
借金は、これで全部なしになりました。
ニコリ!と、じいちゃんの笑顔が一際光った。
「ええ?!どういった訳で?」
曰く。ギフトの御方様直々に、花街にお店を持ったとなれば、一段蔑まれていた花街が、認められたという事にもなろう。花街の元締め達が、こぞって借金の減免を言い出してきたのだそうだ。
そして、ギフトの御方様の出店が現実になったら、借金は一切免除にすると。
流行っていなかったマグノリアは、赤字続きだったので、前のオーナーは厄介払いが出来て、二束三文で店を売り渡してくれた。
「何しろ、ギフトの御方様の案は、今の所、大きさは違えど、どれも当たりなので。花街も潤うだろうと、元締め達も期待している訳です。」
はぁ〜。
いやしかし。どうせやるなら、きっちりやらねば。
「わかりました。大人の楽しめるお店、作りましょう。それと、花街で働く人の待遇を良くする活動がしたいです。そうする事によって、お客様も安心して遊べる街になるかと。例えば避妊をしっかりやれたり、病気対策とか。睡眠時間をちゃんととって、過重労働させないとか。男の方もちゃんと綺麗に湯浴みして、ゆったりして、それから、とか。その代わり、大人同士だから、お互い了承があってそれぞれ責任とって働き、もてなされて、良い気分で帰れるような。」
そして子供の女の子が、売られて花街に来るのを、なるべく、無くしたい•••。
「ふむ、ふむ?それは良い事だけれど、反発もすごいでしょうな。」
「大人になってから、お金を稼ぐ為に自分で選ぶなら、と思うんです。女の人にとって、リスクがある事だから、高給取りになる訳だし。でも、子供のうち、若いうちに、お店に出てしまう子供もいるのでは?それは、嫌だなあ。すぐにとは、言いません。」
健全に遊べる、大人の街として、生まれ変わらせたい。
「その第一歩として、花は売らないけど、花を魅せたり、ベタベタしなくてもお話ししながらお酒が飲めるお店、流行らせたいです。男だって、やりたいばっかりではないのでは?ちょっと楽しくお酒が飲めて、仕事の憂さが晴らせたら良いって人も、結構いるかも?」
子供の女の子達は、どうしたら良いかな•••今、お金でやり取りされているから、急にそれをやめる、っては、難しいよね。それをしなくても、お金が得られる方法がないと、やめてはくれないよね。
「俺が、子供の女の子達を、買い取るってのは、それで育てて学ばせるってのは、財布がもたないかなぁ。」
「計算してみましょう。それに、学んだ後、高級なお店の花になる子もいるかもしれませんね。」
芸を売る舞妓さんシステムみたいなものか。
「花を売らずに、芸を見せる。そういう、コースを作って、そっちにいきたい子を育てるのも、いいかもしれないですね。違う方向にいきたい子は、ちゃんと花街の外に出られるようにして。あー、メイド喫茶とかどうなのかなあ。」
「めいどきっさ?」
お帰りなさいませ、ご主人様、ってメイドの格好した可愛い女の子が、言ってくれて。ちょっとしたお菓子や軽食が食べられて。お話できて。もえもえきゅん。
「庶民でも、ご主人様気分が味わえる、とか。いかがわしい事は一切ないんですけど。」
あー、何言ってるか分かんなくなってきた。
色っぽい方面は、竜樹は苦手である。
「アハハハ!それは良い!流行るかもしれませんね!まあ、全部ができる、とは言えません。でも、竜樹様が女の子を買い取って、教育をしてくれる、というのは、元締め達には良い事かもしれませんよ。高級なお店では、自分達の所で、読み書き教えて食い扶持を持ったりしてますから、それがないとなるとね。」
ふふふ。
やっぱり竜樹様は、面白い商売を思いつく人ですね。
クレールじいちゃんは、不敵に笑う。
「正直、ギフトの御方様が花街に店を出す案は、諸刃の剣だと思ったんです。貴方が、裏の世界に飲み込まれて、蔑まれてしまうのではないかと。でもね。」
このじじいは、貴方が花街で、どんな店を作るのか、興味が湧いてしまったんですよね。
何か良い事、教えてくれそうだなあ、世界が、ガラリと変わる事を、言ってくれそうだなあと。
「はぁ。そうなのかな。分からないです。結局女の子達は、俺に売られちゃう訳だし。」
「ふふふ。お父さん、でしょう?女の子達だって、お母さんとお父さんが欲しいですよ。」
それは、そうか。
まあ、良いか。
「なら、花街に、教会を建てて欲しいです。」
和やかだったのに、幕の外まで、シン、と一瞬、空気が静まった。
「それは何故です?」
クレールじいちゃんが、真剣な目をして、問いかける。
「だって、何かを願って、何かに祈りたい人たちが、働いている所だと思うから。教会があれば、そこで子供達も、育てられるし。」
こないだ教皇様とお話したんですよね、身寄りのない子供達を育ててくれるって。お金は、何とか考えて調達するんですけど。女の子だから、衣装とか縫っても良いのかな。お菓子作る案も出してはみたけれど、花街じゃお菓子売れないかな。
さっ、と幕が払われる。
花達が、しずしずと歩み出てくる。
慌てて、店主が、「あ、お前達!」と言うが、花達は下がらない。
そうして一斉に礼をすると、一番前にいた花が、口を開いた。
「私達は、貴方様の。•••思いのままに咲きましょう。」
花達も、ラフィネも、コリエも、そうしてクレールじいちゃんも。
手を組んで、頭を垂れていた。
竜樹はあたふたと、頭を上げて下さい!と言いながら、自分も礼をした。
ふふふ、と、メール神が、笑っている気がした。
お昼過ぎ。荷物も鞄一つで、そんなに無いラフィネと共に、王宮内の寮に戻る。
クレールじいちゃんは、機嫌良さそうに鼻歌歌いながら、一緒に歩いている。難しくて面白い商売をする時が、じいちゃんの楽しみなのだそうだ。
「あとは孫に会う事ですかな。」
「それは一番楽しみですね。」
ラフィネは緊張して、手を握りしめている。竜樹は何とかしてやりたくて、手を取って歩いた。小さな女の子のような、不安そうな顔しているのである。竜樹は完全に父性だった。
「あ!じいちゃま!」
「ニリヤ殿下。ご機嫌麗しゅう。」
王宮の庭を駆けてくるニリヤに、クレールじいちゃんがニコニコ手を差し伸べる。
オランネージュやネクター、アルディ王子にエフォール、ジェム達と、おかえりー、なんて挨拶を交わして。
サンが、とてとて、と、クマちゃん持って竜樹の元へやってきた。竜樹の足につかまって、竜樹の顔と、そして手を繋いでいるラフィネの、うるうるした顔を見比べる。
「???あ! おかあさん、だ!」
ぱっ、と。
明るい表情をして、ラフィネに抱きつく。
覚えていてくれた。
「サン!サン!」
ぼろぼろと泣いて、サンを抱きしめたラフィネを、サンは叱るのだ。
「おかあさん、サンをおいていったら、ダメじゃない。サンまってたよ。ずっとまったよ。どこいってたの?たつきおとうさんが、つれてきてくれたの?」
「ごめ、ごめなさ、ごめんなさい、サン、サン!」
「サンのお母さん、見つかったんだぁ。」
ジェムが、へへっと笑って、竜樹を見上げた。
「そうだよ。今日から、ここで一緒に住みます。みんなのお母さんになってくれるって。」
「えーっ!?竜樹、けっこんするのぉ!?」
ジェムが驚いて、竜樹の足をパチンと叩く。
「えっ!?」
「だって、お母さんとお父さんはけっこんしてるじゃん。」
ロシェの言葉に、いやいやそれは、サンのお父さんに悪いからさ、とか何とか言ってる竜樹に、子供達は騒ぎたてた。
「「「けっこん!けっこん!わー!」」」
一度興奮しちゃうと、静まるまで大変なのよね。何を言ってもさぁ、はぁー、と思い、竜樹は。
「みんなのお母さんが、嫌じゃなければね〜。こういうのは、女の人がダメって言ったら、ダメなんだ。」
と言って、子供達に、ニヤニヤされた。
ラフィネはしばらくサンと抱き合うと、子供達一人一人を抱きしめて、よろしくね、とギュッとした。何となく照れくさそうにした子供達は、わーっと駆けていって、庭で遊び始める。
王子達も、よかったねえ、なんて言いながら、けっこんなの?と竜樹に聞いてきた。いやいやいや。
ラフィネは睡眠不足と疲れと興奮で、ぽわーっとした顔をしていたが、サンも、遊んでくるー、と駆け出したので、寮で待ってるね、と大人組は退散する事に。
管理人夫婦に挨拶をして、寮の個室をラフィネに渡して。
「私、少しだけ寝ますね。夕食は一緒にいただいても良いですか?」
「もちろん。おやすみなさい。」
竜樹も交流室に行って、そこで寝ていたツバメの側でゴロンと横たわると、ふわーとあくびをして、そして夕飯までのひと時、ぐたりと寝た。
クレールじいちゃんは、夕飯食べて帰ります、と言い、竜樹が出したスマホで検索しながら、カクテルや、バーテンダー、ショーなどの、大人のお店の情報をゲットしていた。すぐ操作を覚える所、さすがである。
『サン。サン。』
あれ、誰だろう。がっしりとした、冒険者みたいな服を着た、茶色の髪の、目の小さいショボショボした男性が、サンを呼んでいる。
『おとうさん!』
サンは、竜樹の側から走り出し、男性の元へと辿り着く。
ほーらぁ、と抱き上げて、ワハハ、くふふ、と笑い合う親子に、竜樹も、にはっと微笑んだ。
そして側に、ラフィネがそっと寄り添う。
『あなた•••。』
ラフィネは、また泣いている。
今日は、いっぱい泣ける日だね、と竜樹は思う。
『悪かったなぁ。俺が守ってやれなくて。悪かった。』
ふるふると顔を振って、ラフィネはサンのお父さんの胸に、抱きしめられる。
しばらく背中を撫でてやり、落ち着くと、サンとラフィネを置いて、サンのお父さんは、竜樹の側にやってきた。
グッと力強く手を取って。
『ありがとう。ありがとう。サンとラフィネを守ってくれて。』
『いえいえ。』
何を言おうと、言葉以上の感情は伝えきれない。みんな傷ついた、でも、ひとまず良かった、ただ、良かった。
肩を組んで、内緒話みたいに耳の側で、うん?
『サンは可愛いし、ラフィネは美人だろう?』
『?そうですね?』
ふ、と笑って、サンのお父さんは。
『頼んだぜ。これからも。お父さん。』
ん!?
『いえいえ、お父さんあなただから!あなたがいたから、サンがいる訳で!ラフィネさんはあなたの奥さんで!』
『そうだけど、俺だって釈然とはしてないんだがなぁ。』
頼める者が、あんたしかいないんだ。
『そんなじゃなくても、よろしくしますから!サンとは養子縁組しちゃってるし。あ!勝手にすみません!』
ふふ、とサンのお父さんは笑う。
『いいぜ。』
よろしくされてやるよ。
ふわぁ、と消えかけた身体に、ラフィネとサンが、『あなた!』『おとうさん!』と叫ぶ。
竜樹は焦った。
『あーなんかなんか、写真とか欲しいかも!サンのお父さんの写真、サンのお父さんがいたよって、大事に思ってたよって、印の!スマホかなんかに、入れて欲しいかも!そしたら印刷して、フレームに入れて、飾っておけるかも!』
あなたが、生きていた、証のサン。
あなたを想っている、ラフィネさん。
その、よすがとして。
『うん、良いよ。1いいね使っておくね。』
ランセ神様だな、と何故か分かる声がして、そう夢って何故か分からないが分かってる事あるよね、と竜樹は思った。
『ありがとうよ!頼むぜ!』
ふわり、笑って、サンのお父さんは消えてしまった。
パッチリ。
目を覚ますと、クレールじいちゃんは相変わらずふむふむとスマホを見ており、側にツバメと、そしてクマちゃんを抱いたサンが、竜樹の腹の上でスピスピ寝っ転がっていた。
「何だかさっき、ぴろりん、て音がすまほからしたんですがね。」
大丈夫かな?
ちょっと見せてくださいね、と言ってスマホを見る。写真のアプリを開くと、最新の画像。
抱き上げられたサンと、サンのお父さんと、寄り添うラフィネと。
笑顔で、良い顔している家族写真が、入っていた。
「大丈夫でした。」
クレールじいちゃんに応えて。カタン、とドアを開け、ラフィネが交流室に入ってきた。瞳が、うるうるしているから、やっぱり泣いたのかも。
「写真、ありましたよ。」
「えっ!?」
スマホの写真を見せると、うるうるが決壊した。
「サンの、おとうさんと、おかあさん。」
むにゃ、と起きたサンも、さっき会ったな、と言えば、ウン。と応えた。
「たつきとうさんに、よろしくした。」
「よろしくなー。」
コツン、とサンと額を合わせて。
「サンのお父さんの写真、綺麗に飾っておこうな。」
「ウン。」
夢をみたのに、何だかスッキリしている。疲れが取れた。
少し寝たからかも。
夕飯を食べ、風呂に入って、みんなと寝た竜樹は、夢の中で、面会ラッシュに合う。みんな、そりゃ、子供達を任せる訳だから、一言、言いたいよね。
そして、残される写真達。
それは、この後、どんなに遠くの教会の子供達でも、この国の、竜樹の面倒見の範囲に入る子供達は漏れなく。亡くなった親達や、親が見放した子供なら、その子供を案じるご先祖様が、何か一言、よろしくと言いにきて、子供達との写真を残していくのだった。
それを印刷してフレームに入れて配るのが、竜樹の役目。
子供達は、どんなに暴れん坊の子でも、その夢を見た後は、少し素直になると、後々あらゆる教会から報告がきた。
何故だかその夢をみた後は、身体がスッキリしていて、いいねが減っているので、面倒見をお願いする親達の、お礼かなあ、と竜樹は思った。




