花街にて
花街は昼間、気怠げな雰囲気が漂っている。
夜になるとけばけばしく明るく灯される、ピンク色の魔道具の灯りも消され、陽の光にさらされて、くすんだ壁色を露わにしている。
いつもなら、夜を深く過ごした住人達も、今は束の間の休息に入ろうか、というタイミングで、あり得ない事がこの花街に起こってしまった。
「ギフトの御方様が、花街にいらしただって!?」
「本当なの?だって、こんな時間からじゃ、休憩もお泊りもできないじゃない?」
「そもそも、そういう目的でいらしたのかも、分からないだろう。」
「いやでも、ギフトの御方様も、男だったということでは•••。」
「何か花街を咎められるんじゃない?さぞかしお綺麗な手の人だろうからさ。私たちなんて、穢らわしい、ってね。」
「でも、この間、花街のコリエ姉さん達と、『おんど』ってのを踊ったらしいわよ。気さくな人なんですって。」
花街に泊まって翌日、家に戻りかけ異常事態に遭遇した男達や、眠りに入り損ねた花達が。護衛されてギフトの御方様のマントと留め具をした、竜樹の姿をを見て、ヒソヒソ囁き合う。
誰が広めたか、いつの間にか、遠巻きに人が集まり、しかし、一定の距離以上に近づいて来ない。みんなそれぞれ、子供達に手を差し伸べる竜樹に対して、我が身を振り返って少し疾しい思いがあり、竜樹の花街来訪の意図が分からないからである。
「あんまり顔カッコ良くないのね、ギフトの御方様って。」
「地味な小男だな。」
「結構がっかりかも。イイ男だったら、相手にしてあげてもいいかもだったけどぉ〜。」
「バカお前、あれで王宮住みの金持ちだぞ。テレビとか、色んな所から、金もらってるんだ。子供に使ってるらしいけどな。」
「お金持ち!良いじゃない!私を選んでくれないかなぁ〜。」
「俺、印刷所勤務なんだ。ギフトの御方様のお陰で、仕事に就ける人が増えたし、なんか良い人らしいよ。」
「花街にもお金落としてくれないかなぁ〜。」
好き放題言っている観客をよそに、竜樹は安い花街のお店、マグノリアへとやってきた。大概のお店では、花を住み込みで雇っているので、ラフィネもここにいるのだ。入り口には、木蓮の花を模したランプが、看板を囲って、そして一部壊れて外れている。
「こんにちは。店主さんと、花のラフィネさんはいらっしゃいますか?」
何だよこんな時間に、と眠そうな顔で出てきた雇われ男衆が、直接扉を叩いて待っていた竜樹を見て、んん?んんんん!?と表情を変える。
「ちょ、ちょっとお待ち下さい!」
ぴょっと扉から頭を引っ込ませて、店の中に戻ると大声をあげて店中に響く声で叫ぶ。
「みんな起きろ!ギフトの御方様が、この店に来やがった、いや、お越しになられた!?兎に角、起きろったら!」
ガタガタガタン!バタバタ!
中の音が丸聞こえである。
はははっと竜樹は笑って。
元の世界にいた時も、夜お酒を飲む大人のお店には、同僚に付き合わされて一回か二回くらいしか行った事なかった。
「何か緊張するなぁ。この街特有のしきたりとか、決まりごととか、あったりするんですかね?」
「特には気にされる事はありませんよ。お金さえあれば、お客様第一の街ですからね。私もお付き合いで、花街には来ることがありましたし、折衝は仮にも商人で生業ですから、大船に乗ったつもりで任せてらっしゃい。」
ふふふ、と頼り甲斐のあるクレールじいちゃんである。
そう、ニリヤの祖父、クレールじいちゃんが付いてきてくれたのだ。
花街の花を買うのってどうするの?そして借金とはどんな風に返済すれば?
と思った竜樹に、クレール様にご相談してみましょう。と言ったのは侍従兼カメラマンのミランである。違法な借金だろうから、商人ならそれをどうにかするツテを持っているのではないか、また、市井の事だから、王宮から直下で命令を下すより、イメージも悪くないだろうと。
「ギフトの御方様は、民の味方でもあると、そこを崩したらやりづらくなります。ちょっとした事ですけど、お金を持ってるだけで、恨まれるってありますからね。ましてや花街は、多少治外法権な所もありますから。」
ベテランに頼むが吉です。
うむうむ、と頷くミランに、なるほどね、と竜樹は賛成して、クレールじいちゃんにお手紙書いたら、すぐじいちゃんが来た。
ニリヤを抱っこしながら。ふむふむとサンの母、ラフィネの報告書を読んだクレールじいちゃんは、「諸々一切、お任せあれ。」と言って、二、三日で「整いました。」と返事をくれた。
今日は、ラフィネを貰い受けるべく、足を運んだ次第である。
若干、息を切らして、昨夜も働いたであろう花達が、眠たい目を引き攣らせ、とりあえずの支度を整えてズラリと並ぶ。男衆が控え、店主が揉み手をして。
「これはこれは、高貴なお方のおいでとは、光栄な事でございます。ラフィネはうちの花ですが、ご覧ください、他の花も美しゅうございますよ。今は花街の眠りの時間ですが、特別なお方に特別なおもてなしをいたしましょう。どの花でも好きなだけお召し下さい。」
「うむ、その事なんだが。」
クレールじいちゃんは、ニコニコと温厚な笑顔を浮かべて、店主に言った。
「この店のオーナーは、昨日からギフトの御方様になったからね。私が取りまとめて、前のオーナーから書類もサインも受け取って、役所に提出してある。」
「「ええ!?」」
店主と竜樹の両方が、クレールじいちゃんをギョッとした目で見た。パチン!と片目を瞑ってくるじいちゃんに、うん、成り行きである。それはそれで良いか、任せよう、と竜樹は、ふーと落ち着いて、息を吐いた。
「これからは、オーナーとして、ギフトの御方様の指示に従ってくれたまえ。花のラフィネを呼びたいのは、他でもない。ラフィネの息子、サンの話だ。ざっくり言えば、借金はこちらで買い取ったから、ギフトの御方様に返しながら、息子と一緒にいられる、新聞売りの寮で働かないかという事だ。」
すっ、と一歩踏み出た花。
「お断り、致します。」
長いベージュの、毛先がカールした髪を高く結い上げて。ゆらゆらと揺れる緑色の瞳の美人が、ラフィネのようだ。眉をへにょりと下げて、なんとなくサンに面影のある顔つきで、即座に断った。
「話が長くなりそうだね。どうだい、一つ、お茶など淹れてくれまいか?ギフトの御方様に、サンの様子も聞きたかろう。」
クレールじいちゃんが、優しい声色で、しかし有無を言わせず、ラフィネと店主に目を遣る。
「は、はい!ただ今お支度致します!」
「他の花達は、急にこの時間に来て出迎えさせてすまなかったね。ゆっくり休んで、これで後で美味しいものでもお食べ。」
チャリン、と音のする皮袋を店主に渡して、ささ、どうぞとクレールじいちゃんに促され、竜樹は店の奥に向かった。
「ウチは、高貴なお方向けじゃないので、お茶といえば花のいる個室になってしまうんですが。」
店主が困ってクレールじいちゃんにお伺いを立てる。
「よかろう。」
うん。これは殿扱いである。周りの人が、良かろう良かろうと世話を焼いてくれ。うむ、宜しい。と頷く係なのである。竜樹は別に偉いと思っていないけれど、クレールじいちゃんの案では、ここではそれしないといけないっぽい。なめられる、ってやつかもしれない。
劇団の俳優の気分だなぁ、タハハと内心笑いながら、案内された部屋へ入る。
ピンクのドレープをきかせた、部屋の装飾幕を掻き分けて、小さな丸いテーブルに椅子のある所に、ガタガタと男衆が椅子を足して持ってきて、アタフタ礼をしていった。奥にはベッドがある。お店に入ってから、そこかしこが何となく、すえた匂い。
お湯と茶器を持ってきた他の花が、カタカタと器を鳴らして、ラフィネに渡す。興味津々に竜樹の顔を見て、下がっていく。
ラフィネは淡々と、お茶を淹れている。
「どうですかね、竜樹様。花街に店を持って。どんな風にしていきたいのですか?」
クレールじいちゃんが、竜樹に振るが、考えてもなかった事なので、ちょっと間があいた。
「えーっと、そうですね。俺が店をやるなら、2種類考えつきます。しっとりとした、大人の雰囲気でお酒が飲める店と、カラッと陽気で騒がしく、ショーをやって、浮世の憂さを馬鹿馬鹿しく晴らせる店。」
「なるほど。私も、花街で、直接的に花を買うばかりでなく、ゆっくりお酒が飲める店があったらな、と思った事があります。賑やかな店は、それはそれで、良いですね。」
「俺は見た事ないけど、女の人、花が、踊りながらクルクルと、段々と煌びやかな衣装を脱いでいく、っていうショーがあって、男達は何ができる訳じゃないけど、それはそれで熱烈なファンがついて、応援されたりしている、って元の世界のテレビでやってました。ちゃんと技術があって、美しいらしいです。」
「なるほど、なるほど。」
「それとはまた違って、何人かで、わーっと陽気に楽しく踊ってみせたりもする、ちょっとお色気のあるショーがあって、観覧料と飲み物などの料金とは別に、良いなと思ったら、お捻りって言って、お金を紙で包んだものを舞台に投げる、とかあったんじゃなかったかな。それは大衆演劇かな?どっちだっけ。」
「ふむふむ?それでそれで?」
「大人の雰囲気のお店は、カクテル、っていう、お酒や果実の汁なんかを、美味しい比率で混ぜて作った美しい飲み物を、バーテンダーさんっていう、プロのカッコ良くカクテルを作れる人に頼んで?女の人、花とお話ができる?何か混ざってるな。あまりうまく分かりませんが、花とお話できるお店は、美人だからってその店のNo.1になれる訳じゃないって、聞いた事あります。話を嫌がらずに聞いてくれたり、自慢しても愚痴を言っても、ヘェ〜って聞いてくれる人が向いてるって。男って、花の前では、やっぱり良いとこ見せたいし、認めてもらいたいんですよね。そういう欲を満たしてくれるというか。まあ、その花によって、強気な性格や、包容力を売りにするとかもある、かもだけども。」
「ふぅ〜む、なるほど。」
トン、トン、とテーブルを人差し指で叩く。
「つまりギフトの御方様は、花を直接売る店、としては考えていないんですね。」
ニコリとしたままのクレールじいちゃんに、竜樹は、ハッとした。
竜樹も、花を売る職業を、やっぱり低く見ている所があったのではないか?それならば、遠慮するラフィネを、口説ける訳がないではないか?
しかし、しかし。花を売るのは、やっぱり女の人にとって、病気や妊娠などリスクが大きいとも思う。どこか精神が削られるとも言うし•••いや、これみんな、本に書いてあった事や、人に聞いた話で、自分に何を語れるだろう。
ガックリ、と首を折って、竜樹はしおしおとラフィネに謝った。
「すみません、ラフィネさん。俺、花の職業をバカにしたつもりはなかったけど、やっぱり女の人にとって、良くないものだと捉えているみたいです。どうしても利用されると思うし、肉体労働だし、できる年齢も限られているし。でも、需要があって、花も自分で花を選択した人もいるはずですよね。元の世界では、人類最古の職業と言われていて、それは昔から男と女の間であった事なのに、一方的に女の人の側だけ蔑まれたら、やってられないですよね。ごめんなさい。」
謝りますから、どうかサンには、会って欲しいです!
頭を下げた竜樹に、ラフィネは、目を見開いて唇をキュッと閉じ、ふーと息を吐いて、お茶のカップを差し出した。
「ギフトの御方様が、決まって人のいい方ばかりというのは、本当なのですね。実際には、もっと汚い事が、沢山ありますのよ。」
ふふふ。お母さんらしく、拙い子供を見守る温かい視線で微笑んで、ラフィネは竜樹に、ゆっくりと染み込むように語る。
「あなたのような優しい、柔らかい心をお持ちの方に、この街は向いていません。どうか、子供達の所へ、お戻りください。そして、一緒にいてあげて下さい。」
サンのために、私の所にまで来て下さって、ありがとうございます。どうか、サンを、よろしくお願いします。
「サンはお願いされますけど、ラフィネさん•••。」
「いや若い、若い!若い方は、話を性急にしたがって。年寄りには、もうちとゆっくり進めてほしいですな。せっかくのお茶ですから、楽しもうではないですか?何かお茶菓子あるかな?」
立って聞いていた、目を白黒させている店主に、クレールじいちゃんが問いかける。
「し、しばしお待ち下さい!おい、誰か!」
呼ぶと、キャキャッと沢山の声がして、幕の外で耳をそばだてていたらしい花達が、私が行くわよ、いや私よ!と争う声が聞こえてくる。
「一番若いやつ、リラでいいから!」
「は〜い!」
ざわざわした中から、1人、得意げな顔をして、若い花が進み出てくる。
「お呼びでしょうか?」
ウフ。何だか竜樹に向かって微笑んでくる。
「何かお茶菓子買ってこい!」
店主が命じる後に、じいちゃんがフォローする。
「お嬢さん、こちらのお金でお願いしますよ。あとできたら、ちょっと買ってきて欲しいものを、メモしますね。あなた字は読めますか?」
「読めないですが、お姉さん達の中に読める人がいますから、読んでもらいます!」
ニッコリ笑い合って、あらかじめ書いてあったらしいメモとお金を渡す。
戻ると、わきゃきゃ、見せてよ!なになに?メモを吟味する声が聞こえて、ヒソヒソと。
「行ってまいりま〜す!」
元気な声と共に、トタタタ、と足音が遠ざかっていった。
「さて、お茶菓子が来るまで、ゆっくりお話でもしましょう。サンは、新聞売りの寮で、どんな風ですかな?」
竜樹は、大船に乗ったのである。乗ったらジタバタしても、岸に着くまではどうにもならないのだ。
任せた、じいちゃん。
サンの普段の様子や、置いて行かれた後の事を、話して聞かせる。
「お父さんがいれば、安心だなと思っているんですよ。よく俺の後をついてきて、可愛いです。好き嫌いなく、何でも良く食べます。お勉強も、真面目にしています。今は、文字の練習をしています。ちょっと恥ずかしがり屋な所があって、良く照れているけど、この間パンセ伯爵家のエフォール君に、クマちゃんの編んだぬいぐるみを貰った時には、ちゃんとありがとう、って言えてました。」
ええ、ええ。
眦に涙を滲ませて、ハンカチを揉みながら、一言も流すまいとラフィネは竜樹の話に耳を傾ける。
「あの子は、びっくりした事があったり、短い時間に色々な事があって疲れると、熱を出す事があって。」
「ああ、新聞売りの寮に入ったばかりの頃も、熱を出していましたよ。ゆっくり寝て、ご飯をしっかり食べたら、下がったからホッとしたのを覚えてます。」
「物事をゆっくりめでやってあげたら、素直な良い子なので、徐々に何でもできると思うんです。」
「はい、その子によって、ちょうど良いペースがありますよね。集団生活だと、どうしても合わせる為に急かされてしまうんだけど、考えてやっていきたいです。」
だから、管理人の夫婦は寮にいるんだけど、もう少し個々に見てくれる目があったらな〜、なんて、思うんですけど。
と、竜樹がそれとなく、人手が欲しいよ〜とラフィネに言うが。
「そう、そうなのですね。子供達、個々を、見てもらえてるのですね。」
うん、うん。
じいちゃんも頷きつつ、ラフィネさんの仕事の事も聞く。
大体お昼位に起きて、ちょっとだけテレビを見に広場へ行き、夜の準備をする。お客さんによって、徹夜の事もあるし、ゆっくり眠れる事もある。
「借金は、ギフトの御方様にお返しすれば良いのですよね。私、今までよりもっと仕事にちゃんとします。サンに、あの子を育てるギフトの御方様に、お金がいくと思えば、この職業で稼ぐのも悪くないです。」
「うう、うう〜ん。」
借金は、大分減りましたよ。
「全く無しにはできませんでしたが、元来違法な借金なのでね。」
全く無しにしてしまうと、ギフトの御方様に裏社会の逆恨みがいくかもしれないので、両者トントンとできる所で手を打っておきました。今までに払った分もあるので、1〜2年働けば返せるでしょう。
クレールじいちゃん、優秀。
「ではあの子の為に、仕送りをします。私は住み込みで、何にお金を使うということもないから。先程聞いた、貯金にしてもらえれば。」
「う、ううう〜ん。」
「お茶菓子買って参りましたぁ!」
リラが、意気揚々とお皿に焼き菓子を乗せて入ってきた。む、あれはノノカ神殿長が好きなお菓子だな。
そして、その後ろにいるのは。
「コリエさん!」
パッチリスミレ色の瞳を爛々と輝かせた、エフォールの実の母、コリエである。
「うふふ。私、今日は、お茶菓子ですわ。あま〜い言葉を告げますの。ラフィネさん!子供と毎日会える機会のあるあなたが、遠慮をするなんて、息子と別れてから一度も会えない私が許しません!」
最強の助っ人が現れた!
じいちゃん、ナイス!
目配せをする竜樹に向かって、じいちゃんはムフフと手を組んだ。
「でも、コリエお姉さん•••。」
「でももだってもないですわ!あなたが自分で花を蔑んでいるんじゃない!」
殿方と夜を過ごしたからって、何!?
夫に対する罪悪感?
私だって、好きになったお方がいたけれど、それが何!?
生きていかなければならなかったのだから、仕方がないわ!
済んだ事はどうしようもない、でも私たちだって、幸せになって良いはずよ!
私は諦めてないわよ!きっと老後、楽しく暮らしてやるんだから!
「とにかく、サン君には、お母さんが必要です!」
うおおう。怒涛の勢い。
「そ、そうです!サンだけじゃなくて、新聞売りの子達みんなを見てくれる、お母さんが必要です!それは、ラフィネさんがいいと思う!」
竜樹も勢い余って、テーブルの上でハンカチを握り締める、ラフィネの手を上からむぎゅ、と包んだ。
「俺はお父さん役です!お父さんには、頼れるパートナー、お母さんが必要です!」
それと、コリエさんは、今度開催されるフリーマーケットに行けば、エフォール君に会えますよ。お母さんとしてではなくて、お客さんとしてかもだけど。
「あら、あら。」
ポッと頬を赤らめて、コリエはラフィネと竜樹の繋がれた手を見た。そして、頬に手を当てて。
「フリーマーケット、私、行けるかしら?」
「行けます、行けますよ!」
「じゃあ、私もエフォールに会いに行くから、ラフィネさんも、サンに会いましょうよ?竜樹様のお父さんと、ラフィネさんのお母さんが、仲良しなのは、子供達の教育にもいいわね!」
うん、うん。
ん?なんか違うな?
はた、と握った手を改めて見て、竜樹は誤解されそうな言動してるな、と気づいた。
「いえ、あの、その、そういうんではなくて!」
ポポポッと顔を赤くした竜樹が、それでも手を離すとラフィネの気持ちを逃してしまいそうで、そのままに続ける。
「でもその、寮の管理人の夫婦は、子供達の生活を温かく見守ってはくれているけど、それだけじゃ手が足りないんです!」
これから段々と、ご飯の作り方や、食べた後のお皿洗いとかも、子供達に係を回して教えて、自立の道標を作ってやりたいんです。もちろん全部子供達にやらせる、ではありませんよ。
それと同時に、何かあった時に、甘やかしてくれる存在も、子供達には必要で。
「つまりあなたが必要なんです!ラフィネさん、家事が得意で好きだったそうじゃないですか!それに性格も細やかで、それでいてゆったりしていて、子供好きで、合ってます!調べたりしてすみません!でもどうか俺に、そして子供達の為に、力を貸してください!」
「そ、それは•••。」
ラフィネが苦しそうに眉を寄せて。
ぱっ ひらり。
ピンクの薔薇が、ラフィネの顔の側で咲いた。ふわり、とテーブルに落ちる。
パチン!と温かで清らかな気配がして。そこにいる面々に、頭の中で柔らかく包むような声がする。
『悩む事はありません、私の娘たち。』
『私は、母性を司る神、メール。』
『ラフィネ。あなたは、サンの母。そして、竜樹の所にいる、子供達の母にも、なれますよ。』
『恐れている事を避けて、一人で寂しく生きるより。』
『助け合って暮らしていける、竜樹の手を取りなさい。』
『あなたの経験した汚さが、それに触れていないおおらかな竜樹と、世の中の厳しさに触れた子供達に、大きな助けとなるでしょう。』
『そうして、さまざまな出来事に、立ち向かって、包んで、飲み込んで、時には泣いて、竜樹に甘えて。甘えられて。』
『竜樹は、私が見込んだ男。あなたの恐れる事は、この先、何もない。私が約束します。』
『私はメール。母性を司る神。あなたの中の母性を、子供達に注ぐ事で、あなたはきっと、幸せになる。』
『私を信じて、竜樹に委ねなさい。』
『それから、コリエも、エフォールに会う事で、胸のつかえがとれますよ。楽しみにね。』
フッ と温かな、そして神聖な雰囲気が消えたのは、それが神気というやつだろうか。
ラフィネは、ポタポタと、涙をこぼしていた。
「神託•••。」
クレールじいちゃんが、ホーッと、息を吐きながら呟く。
ざわざわしていた幕の外、わ、私、神様の声、聞いちゃった、すごい、などと話して。
「わ、私でも、まだ母に、なれますか?」
ぐずっ、と鼻をすすったラフィネに。
「なれます!よろしくお願いします!」
竜樹は握った手を、ゆらゆらと揺らした。
ありがとう、メール神。
お母さん力、助けてくれるって、言ってたね。




