ウサギと亀
医師団は、早速アミ辺境騎士団長に問診を行った。大体どこまで動くのか、いつ怪我をしたのか、筋肉は衰えていないか。
ゆっくり手を添えて動かしてみせ、身体に他に悪い所はないか。体質で困っている事はないか。
「丁寧に診て下さるんですな。ありがたい事です。」
「私共の所に来る時、患者さんは我慢に我慢を重ねて、複数の悪い所をもって、来る事が多いのです。まだまだ、気軽に医者にかかる、とは皆いきませんし、せっかく医師にかかるのですから、悪い所は診てあげたいですよ。」
ニッコリ、と再生の魔法が使える女性治療師、リナーシタが微笑んで、アミ辺境騎士団長もふわっと緊張を緩めた。
「道具を持ってきましたから、ここで再生魔法が使えると思います。大きい画面はないのですが、たぶれっとがありますから、一緒に見ながら繋いでいきましょう。足の神経の見本図を、お願いします。」
「はい!」
アルディ王子に癒しの魔法と浄化をかける役目をしていた、ルルーが、治療の補助をする。
からだすきゃなーでくまなく診る。
「両ふくらはぎの所で、神経が断たれているんですね。獣の爪で、ガッと横薙ぎにされた、といったところですか?」
「はい、そうです。」
「ふむふむ、治した所は、癒着もなく、特にごちゃごちゃになっていなくて、骨や血管とかも大丈夫ですね。神経のみ、切れたままで、足の筋肉も、衰えてはいない。」
「きっと鋭い爪で、綺麗に切ったんでしょう。」
「はい、そうでした。」
念入りに診察をして、では、と施術する事に。
「ここが神経が途切れている所ですよ。見ていて下さい、繋ぎます。」
リナーシタが、再生魔法を使い出す。
むん!と力と念を込め、それに従って画面の神経がゆるゆる、ゆるると伸びていく。
周りの医師達が、画面をくわっと真剣な顔で見つめる。リナーシタだけではなく、もっと沢山の、再生魔法を使える治療師達を育成せねばならないのだ。1件1件が、大切な実例になる。
びくん!
ふ!とアミ辺境騎士団長が、少し慌てる。自分が動かしていないのに、自然に動くのは、ちょっとびっくりするよね。
今度かっけの検査、みんなに試してみようかな〜、と再生治療2度目に見る竜樹は、ちょっとズレた事を考える。
「念入りに繋げます。」
むむ、むむむ〜ん!
画面の中、神経がしっかりくっついて。
はい、いいでしょう。
「起きてみましょう。ゆっくり、動かしてみてください。」
アミ辺境騎士団長は、ベッドの端に座る途中で、もう、ぱああぁっと明るい顔をした。腰と腿を動かす時、膝から下が動いて付いてくるのが分かったのだろう。微笑みを浮かべて、ゆら、と片足を振ってみる。もう片方も。
ゆら、ゆら。ぶん、ぶん。足の指も動かす。
「引っかかる所や、動きが鈍い所はありますか?」
「ありません•••とても滑らかです!」
「立てそうですか?ゆっくり、私の手を握って支えにしながら、試してみてください。」
ベッドから、ゆっくり立ち上がる。
足に体重がかかっても大丈夫なようだ。
「ああ、何だか少し、ふわっとした感じはします。」
「しばらく歩いていないですからね。結構、あっという間に衰えるんですよ、人の身体って。支えを離さずに、歩いてみる事はできますか?」
一歩。二歩。ゆる、ゆる、とだが、ちゃんと歩けている。
「うん、良いですね。ちょっと支えの手を離してみましょう。」
リナーシタが何かあれば支えられるように、付かず離れずで寄り添いながら、そしてアミ辺境騎士団長は、しっかりと踏み締めながら、ベッドの側から部屋の端まで行って、くるりと回って帰って来れた。
「うんうん、良いですね。まだふらついたりする事もあるでしょうから、歩く時は人に付いてもらってください。二、三日様子をみましょう。次の診察は、治療所まで、いらして下さい。突然無理はせずに、でも、良く足を動かしてみると良いです。」
「はい!ありがとうございます!」
見ている者達みんなが、ホッとした顔で微笑み、ほわぁとなる。
「よかったね!あるける!」
「まずはそこからだもんね!」
「ありがとうございます、殿下方!少し、歩いて調子を取り戻したいです!」
「じゃあ、これから私たち新聞売りの子達の寮に行くけれど、一緒に途中まで庭を歩きます?今日は、最初に神経の再生治療をした、パンセ伯爵家のエフォール君という少年が寮に遊びに来ているんですよ。彼はまだ歩けないんだけれど、毎日筋肉をつけて、骨を丈夫にするために、頑張っているんです。」
遊びに来る時も、早起きして、トレーニングしてから来ていると言っていた。今は、両方の手で手すりにつかまって、立ち、ゆっくり足踏みするところまでは来ている。支えがないと立てないが、何度も何度も、繰り返し、繰り返し動かして。そうしている事で、骨も丈夫になるし、筋肉もつく。
「ご一緒したいです!パンセ伯爵家のその方が治療を受けて下さったから、私も治療を受けられたのです!一言お礼を•••。」
ひっく。ひっく。ずずっ。
みんなが泣き声の方を向く。
ぐずぐずになったクルーがいた。
「クルー•••泣くんじゃないよ。」
「ッだって、兄さんが、ある、歩けて。良かった、本当に、良かった!」
ぐしぐし、と涙を擦って、クルーは兄のアミ辺境騎士団長にぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜられた。
そうして、キリッと立ち直り、アルディ王子に対して跪き。
「あ、アルディ殿下に、感謝と謝罪を。」
「?なんだい、クルー。」
耳を倒して、言いづらそうに、でもはっきりした口調で。
「わ、私は、最初、アルディ殿下の護衛になった事を、不服に思っていました。」
む、とアミ辺境騎士団長が口をつぐむ。クルーの握りしめた拳は、ふるふると細かく震えている。
アルディ王子は、ただ黙って話を聞いている。
「病気がちで、表に出て来ない、そして将来は臣下に降りて、何もしなくても困る事なく、悠々と暮らしていく方だと•••侮っていたのです。普段から、私の態度は良くなかったと思います。アルディ殿下のしている事を、斜めに見て、苛立っていました。それなのに、私の兄を助けて下さった。そうして、私は、アルディ殿下の力を侮っていた事を後悔しました。素直な目で見てみれば、お試し治療の事も、コーディネーターの事も、細かくみられて、国の役に立とうと頑張っておられる。」
わ、私は。
「不満を口にするばかりで、自分からは何もせずに。兄に、戻ってこいと言われて。アルディ殿下の護衛は不服だったはずなのに!」
とてもじゃないけれど、辺境の樹海に出る獣と戦いながら、兄の後を担えるとは思えなかった!
怯えたのです!
「竜樹様に、ウサギと言われた意味が分かった気がしました。臆病者だということです。本当にウサギなのなら、力も弱いし、臆病でもそれが生きる術だから、納得できます。でも私は狐です。狩る側なのに、臆病で。」
「ウサギ?」
あーうん、と竜樹は口をもごもごする。
「兄を助けてもらっておきながら、素知らぬ顔をして、私はこのままアルディ殿下の護衛を務める事ができません!どうか、アルディ殿下、他の優れた護衛達をお召しになり、私はお捨て下さい!」
「護衛をやめて、どうするの?」
アルディ王子が聞く。
「き、決めていません。でも、このまま、厚かましく平気な顔をして、アルディ殿下のお側には、いられません。」
ギュッと目を瞑って、深く頭を下げて。
「ギフトの御方様から見ても、クルーはそのような態度だったのでしょうか?」
アミ辺境騎士団長が、険しい顔をクルーに向けている。
「う〜ん。俺がしたのは、元いた世界の住んでた国に、ウサギと亀って話があるよって言ってね。ウサギは足が速くて、亀はのろい。でも、競争した時、ウサギは亀を侮って、途中で昼寝しちゃう。結局、コツコツと歩いた亀が競争に勝つんだ。」
「ヘェ〜。」
王子達がふむふむしている。
「俺は、後々クルーが、アルディ王子を侮っていた事を、後悔するだろうな〜と思ったから、ウサギだねって言ったんだ。」
臆病なのは、良いんじゃないのかなあ。だって、臆病な人がいるから、怖い事に事前の準備ができるわけだし。
「アミ辺境騎士団長も、思うでしょう?変に勇ましい人より、臆病な人の方が、生き延びるって。」
「あ、ああ、そういう事は、ありますね。」
応えにくそうに、だが頷いて。
「私は、ウサギだった•••愚かでした。アルディ殿下、数々の失礼、申し訳ありませんでした。そして、兄を助けて下さり、ありがとうございました。」
ピン、と耳を立てて、最後の言葉を、とクルーは腹を括って謝罪と感謝をした。
「私を侮っているのは、クルーだけじゃないよ。」
アルディ王子は、目を瞑って、ぱちっと開くと、クルーに近づいた。そうして、握りしめた手を取ると、上からギュッと握った。
「私は、ワイルドウルフの王宮にいても、どこにいても、役立たずの王子だった。表に出ようとすると、咳が出て、何もできなかった。私は、やっと、少しは兄様の助けに、なれるかなって思い始めたんだ。兄様は、なんでもできなきゃいけないみたいになって、辛かった、助けてくれるって、ホッとしたって言ったよ。」
それは、クルーの兄様、アミ辺境騎士団長も、そうなんじゃないかな、助けがあったら、嬉しいんじゃないかな、って思うんだ。
「私たちは、弟同士。上に立つ事はできないけれど、助けになる事はできる。クルー。」
私の、護衛をやりながら、アミ兄様の助けになる方法を探してみない?
「私が亀なら、歩き続けないと。クルーはウサギなら、速くも遅くもなれるよ。クルーなら、今は私を侮ってはいないでしょ。これからも、護衛をお願いしたいよ。」
クルーは、ぐしゃぐしゃに泣いて、ポロポロと涙をこぼした。
アミ辺境騎士団長が、ゴツン!とクルーの頭を殴り、一緒に頭を下げた。
「アルディ殿下、どうかクルーを、護衛としてこき使ってやって下さい!」
「ア、アルディ殿下、こ、こんな私、私でも、よろしいのですか。ならば、きっと、アルディ殿下をお守り申し上げます。この身に、代えましても。」
「一緒に頑張ろうね。」
ニッコリ。
アルディ王子は、優しく、強い王子になりつつある。
みんなが嬉しく、それを見守っているのだ。
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