父になる
「俺のいた国は、大国ではなくて、小さい島国の集合体でしたけど、一億二千万人くらい人がいたんですよね。この国の人口より、狭い国にずっと人が多かったと思います。」
「ほう。それは、なかなかに多いな。」
それには、食料の大量生産や輸入ができていたり、住む為の土地の活用法や、水や火や灯などエネルギーの供給、産業の振興なんかが必要なわけなんだけれど。
「もちろん、その全員が、生活に過不足なく生きていけたか、といったら、人それぞれだったと思います。」
家のない人もいたし、親のない子もいたし、問題は色々あったと思う。
「だけど、今のこの国よりずっと多くの人を養っていけてた、俺の国の情報を使って、この国のやり方と合わせてやっていけば、最底辺の底上げは、できるんじゃないかな、と思います。」
「フム?」
続けて、と手を振って教皇は促す。
「街で放っておかれている子どもたちは、最底辺の生活ですよね。食事と寝る所をやって、保護者がいて、安心できる所で育てれば、いい働き手になると思う。野放しにして、悪い道に進ませたり、幼いうちに儚くさせるより、ずっといいことだと思う。」
「理想としては、そうだな。」
ウム、と一つ頷き。
「俺は、養子で育ったから。そして養子に行く前は、親のいない子や親が育てられない子のいく施設にいました。そこでの暮らしは、小さかったからあまり沢山は覚えてないけれど、それでも、命を繋いでいけたから、気のいい両親の所に、養子にいけたと思う。色々大きな事を言ったけど、命が保たれていれば、チャンスはある、そんな世の中で生きていたい。俺は、自分の子供時代を思い出すから、放っておかれてる子供を見るの、ただ嫌なだけなのかもしれません。」
「それで全部が助けられるとでも?」
竜樹は笑った。ヒーローみたいに、みんな助かりました、めでたしめでたし、にできたら、さぞかしスッとするだろう。けれども。
「ギフトの御方って、プレゼントって事ですよね。だから、誰にプレゼントあげたいか、っていったら、子供になんですよね。」
だって、一番喜んでくれるでしょう。
「全員にプレゼントが行き渡らないから誰にもあげない、って、それってどうなの?って思います。俺だって、この世界全員の子供を助ける、なんて出来ないですよ。この国の、と区切ってやる位が精一杯で精々だと思います。やり方を見て、他の国が真似してくれたらな、とは思うけど。」
「フム、大きく出たな。確かに、全部できないからやらない、というのも馬鹿げた話だ。どうせ人など、何もかも中途半端に始まって終わるのだからな。まずは、この国に限った話という事でいいんだな?教会は、他の国にもあるが。」
まずは、と言ったね。
竜樹は、この教皇、やっぱり人がいいよ、と思う。
「はい。国庫から費用を出してくれると言いますし、あと、年2回宝くじを発行して、経費を引いた売り上げをそこに当てたいです。あとは、新聞を地方でも売って、そうだ、地方の新聞は、地方版って言って、ローカルな話題を詰め込んだページが全国版に追加されるんです。身近な話題の載った新聞、売れませんかね?そんなのを作る地方局があってもいいし。そうなれば、印刷所だって、必要ですよね。新聞の売り子や、配達員に、そこそこ大きな子を使って、午前中はお仕事させるのもいいと思います。あとは、テレビを家庭に普及させたいなぁと思ってるので、それもおいおい産業になりますかね。今は、魔法院で作ってくれてるけども、子供達も何かできる事があるといいんだけど。」
「それは魔法の素養のある子供に任せたら良かろうな。」
でも、働くのは午前中とか午後だけとか、半日単位にしてあげて欲しい。あまり重い仕事で、こき使うみたいじゃなくて、ちゃんと学んだり遊んだりする余裕もあげて。
「それはいいが、教会とていきなりでは、子供達が寝る部屋もない。建物をつくるには、それ相応の金と時間がかかろう。それは何とする?」
うーむ。
「今、新聞売りの子供達がいる寮では、交流室っていう広い部屋に、土足で上がらないようにして、そこに布団を敷いて寝てます。起きたら干したり畳んでおいて、そこはご飯を食べたり遊んだりする部屋にもなります。」
教会でも、教義を教える部屋はありますよね?建物が順々に建つまでの間、そちらを、時間で区切って子供達が使う事はできますか?
「ウム、時間をかければ建物は順次建とうな。その方法なら、子供達をすぐに保護できるだろう。」
「あとは収入として、お賽銭ってのもありますよ。」
「賽銭?」
「贔屓の神様の像を作っておいて、そこを皆がお参りする時に、コイン1枚分くらいのお金を供えるんです。ちょっとしたお金でいいんです。願いが叶って感謝します、とか、庶民感覚では、よろしくお願いします、って入れるお金ですね。」
賽銭箱の画像をスマホで見せる。
「お金が入ったこういう箱を用意して、置いておけばいいですかね。今は教会は、どうやって経営を維持しているのですか?」
教皇が言うには、教義を聞いた民からのお供え(物納もあり)と、貴族からの寄付、儀式ごとを行うにあたってのお礼金などで賄っているという。
「お賽銭か•••小さいお金も、大勢が入れれば、多額になろうな。」
そう言う事です。
「それから、色々なお守りを売ったりもしてたな。こういうのは神殿の方がいいんですかね?御朱印ていう、この神様のこの神殿に参ったよー、の印のハンコやサインを、専用の手帳に記して、御朱印集めなんていうのもありましたよ。もちろん、御朱印もらうには、お金がかかります。色々な綺麗な印で、パワースポットを巡る楽しみがあるんですよね。」
「フム、聖地巡礼か。それにしても、君の世界では、神様も様々な収入の方法があるのだな。」
「運営してるのは、人ですからね。」
それで、まだあるかね?と手を振って、また促す。
「修道院のお菓子、なんてのもありましたねえ。美味しいって評判で、長く続く伝統のお菓子です。」
大量生産とはまた違った、手作りの良さ溢れるお菓子や手仕事たち。
「それを教えてもらう事はできるかね?」
「電子書籍があったと思うから、材料が揃うか色々みてみないとだけど、お教えする事はできますよ。地域と密着して、特産物と絡めた方がいいと思いますけど。」
そうしたら、ここに来たら食べられるよ!とか、売りができますもんね。
「流れるように案を喋るな。よく喋るのは、詐欺師か大道芸人か、といった所だ。」
むん、と腕組みを組み直して、ふーっと吐息。
そこで、タカラがお湯を持ってきて、側机の上でお茶を淹れはじめた。
「••••••••••••。」
「••••••••••••。」
「••••••••••••。」
無言で、ズズ、とお茶を啜る。
いいお茶のようで、爽やかな風味がする。渋みもちょうどいい。
お菓子は焼き菓子で、丸く焼かれた厚みのある生地の中央に、ドライフルーツの餡が入っている。
こういうどっしりした焼き菓子も、お茶飲みながら美味しい。
「美味しいですね。」
「じゃろう?私はこのお菓子が大好きでな。甘味など、なかなか食べられない物だったんじゃが、年を重ね時代を経るに従って、段々と食べられるようになっての。」
「それは貴方が偉くなって神殿長になったからでしょう。」
ファヴール教皇が、ノノカ神殿長に、ビシッとツッコミを入れる。
「私は今でもこのような菓子は、なかなか食べませんよ。」
「のほほほ、そうかの。」
とか、ノノカ神殿長は言っているが、パクパク教皇も神殿長も菓子を食べている。
うん、美味しいよね、ほっこりするよね、お菓子って。
「詐欺師は嫌だけど、大道芸人、いいですね。ニュース隊にも、大道芸人出身のレポーターがいますよ。」
彼らは、国の血脈ともいえる人と物の流れを知ってます。
「それぞれの教会で、土地ならではのお菓子を作って売っても、いいかもですね。だって甘いものは、人を魅了するでしょう。疲れた時に食べると、ホッとするし。」
「まだ言うか。ちなみに、君の世界の教会は、どんなものだったのだ?」
ズズ、とファヴール教皇はお茶のカップを両手で囲って、啜り込みながら前に背を丸めた。
ノノカ神殿長が、それを見てふふふと笑っている。
「具体的な収入の方法ではないけど、俺のいた世界の教会についてお話しますね。」
ガラスで色様々なステンドグラスをお祈りする場に配置して、まるで天から光が差すように、光を効果的に使っていたり。
聖歌や讃美歌と呼ばれる教会で歌われる歌もたくさんあったし、聖歌隊もいた。
パイプオルガンっていう、荘厳な音のする大きな楽器もあって、信者の人のために、日曜ごとにミサもやってたかも。
「身近だった仏教とか神道とかは、また別にありまして。俺は仏教徒だったんで、教会に行った事はないんですけどね。」
「何!?」
と教皇が立ち上がる。
「なのに何故そんなに教会について詳しいのだ!」
テレビや書籍、インターネット、スマホからの情報ですかね。
「ううううむ。テレビ、テレビか。」
パクリ、と齧った最後の焼き菓子を、口に放り込んで、ガリゴリと噛み締めて。
「フム!分かった。この国の、子供達に、教会は手を差し伸べよう。だが、それには条件がある。」
ファヴール教皇は、指をまず一本出した。
「一つ、ギフトの御方様を、この国の神の信徒とする事。」
「あ、それなら、情報の神ランセ神様とご縁があるので、そちらでお願いしたいです。」
2本目の指を立て。
「一つ、子供達を養育、保護する、孤児院とほいくしょ?お母さんしぇるたーの運営に関して、これからも相談に乗る事。」
「相談にのるくらいなら、いくらでも。」
「一つ、文字や計算を教えるにあたって、テレビを通じた、教えのばんぐみを作る事。」
「教育番組ですね、わかりました。」
「そして、私からも一つ。」
ノノカ神殿長が、ニコニコと丸っこい指を立てて。
「孤児院の、親のいない子供達に、竜樹様の、ハタナカ、という姓を、くださらんかのう。」
「んんん?俺の名前になるって事ですか?」
そう、そう。こくこくと頷き、神殿長は言う。
正確には、元の苗字に付け足す事ができれば、と。
「親のいない子達に、名前だけでも、見守る親のような存在がいると、知って欲しいのじゃよ。それは、子供達の現状を憂いて発案した竜樹様が、良かろうよ。」
ズズ、とお茶を啜る。
「ランセ神様の信徒、竜樹殿が父となるのであれば、子らも少しは慰められような。そうして、その父が、本当に困った時には何かの案を出してくれるのだとな。」
それは教会の発展にも、よく機能しようよ。
教皇も、ニヤリと笑う。
「独り立ちする18歳になれば、その土地土地に順に竜樹殿が来てくれて、抱きしめて、一言あってもいいだろう。何せ父なのだ、ことほぎせねば。」
「16地方に代表して来てくだされば良かろうのう。来やすい教会に、18になる子を集めて、な。」
「成人式、か。」
竜樹が、びっくりしたまま、ぼうっと呟くと。
「おお、成人式。よい名の式だ。それそれ、それをやろう。」
「いや〜、なかなか国中の孤児の親となる聖職者は、我々の中でも、はまる者がおらんでな。私はそんな恐れ多い事は、できぬな。見栄えはあまりせぬが、父親とはそんなものだろう。親しみがあるというものだ。」
ニヤニヤと教皇はニヤついて、竜樹に立てた指をぎゅっと握って見せて。
「どうだ、この条件、のむか?」
パチパチ、目を瞬いた竜樹は、躊躇はしなかった。
「謹んで、父役やらせていただきます。」
ぱっ ひらり
花が竜樹の側、顔のあたりに咲く。
ピンクの薔薇だ。
ぶるるるる
ランセ
『私の 信徒になってくれるとは
嬉しいね。
それに 教会に贔屓の神を祀ったり
その他もろもろ 人が関わる案
とってもいい。
他の神達も 喜んでいるよ。
神は 寂しがり屋なんだ。
子供達や たくさんの
人が来てくれたら
そうしてそこで 何かの思いを
育んでくれたなら 神も
見守る かいがある。
神々のみんなが 君と
話したいみたいなんだけど
代表して 母性を司る 神
メール神が 挨拶したいって。』
メール
『よくぞ子供達を守ると
決めてくれました。
私は、メール。
母性を司る神。
かねがね、あなたのする
新聞売りの事業なども
感心していたのです。
全ての母は、あなたの味方。
父として、どうか子供達を
守り、育ててあげて下さい。
私も、何かと力添えしましょう。』
竜樹
「ありがとうございます。
これからも、よろしくお願いします。
俺が育ててもらったように、
のんきで気のいい、けどよく働いて
守りながらも色々やらせてくれる
そんなお父さんを、
やれたらと思います。
女の人たちにも、お母さん力を
貸してもらえるよう、
お力添え、お願いします。』
メール
『もちろん、良いですとも。うふふ。
とりあえず1万いいねを、
送っておきます。』
ミュジーク
『聖歌隊、楽しみにしているから!
あの王兄、バランに一言、
かけておくから!
讃美歌、楽しみだから!』
ランセ
『あー ミュジーク
言い出したらみんな
言いたい事があるんだから。
私たちは 見守っているから
好きなように やっていくんだよ。
ではね。』
「神気がしましたな。」
「はい、立ち会うのは、私は2度目ですな。」
ふっふっふ。
「神々とのおしゃべりを、拝見しても?」
ノノカ神殿長が言うので、2人にスマホの画面を見せる。翻訳が効いているので、2人にも読める。
それを読んで。
神殿長と、教皇は。
跪き、落ちた薔薇を捧げ持って。
「私共は、貴方の手となり足となりましょう。」
「いついかなる時も、貴方の力になりましょう。」
「いやいやいや、こちらこそよろしくお願いします!」
年配の先輩達に、竜樹は床に這いつくばるような思いで、両膝をついた。
「とうとう、この国の孤児達みんなの父親になっちまった。•••こんな事に、なる気がしてた。」
マルサが、ふすーと鼻息を吐いて腰に手を当てる。
ミランとタカラは、ニシシシ、と顔を見合わせて、笑った。
今日はおじさん話で、子供達成分がなくてすみません。
次回は!




