神殿で、話をしよう
夜、ツバメの授乳をするために、時々起きながら寝て、朝。
ちろりろらりら〜♪ らりろらり〜♪
スマホのアラームで竜樹は目覚めた。
「ふわぁ。時々起きると、なんか眠いなぁ。今日は、お昼寝もしちゃお。」
ほいほい。王子達、お目覚めなされ。
「オランネージュ、ネクター、ニリヤ。朝だよ〜。」
ニリヤは、ぱちっ と目覚めて、布団でぼわーとしていたが、くしくし目を擦った後、オシッコ、と言ってもそりと起きた。なかなかの目覚めの良さです。
ネクターはグズグズしていて、枕にひっしとしがみついている。
オランネージュは目が覚めているが、わざと起きてこない。何故なら。
「ほいほい、起きておくれ。顔拭いちゃうよ。ほれほれ。」
竜樹が、濡れた布で、ネクターとオランネージュの顔を順繰りにくりくり拭いた。オランネージュが、きゃきゃ!と笑って起きて、ネクターがムムムと唸って半目で起きた。
「おはなとおみず。ししょう、おにわいこ。」
「あいあい。ニリヤも顔洗って拭いて、着替えてからな。」
「おーはよう。腹減ったな。みんな起きたか?」
王弟マルサが朝練から帰ってきた。
カメラ片手にミランと、王子達の支度を持って侍女さん達と、ツバメをみてくれる侍女のシャンテさん。今日は午前中、主神殿ですね、と前触れを昨夜のうちに出してくれたタカラが、竜樹の着替えを持ってやってきた。
「今日もいっぱい予定があるなー。ノノカ神殿長に会って、お昼寝して、寮で桃のパイ作って食べて。」
「その今日の予定なんですが、午後、ニリヤ様と竜樹様にお会いになりたい方もいらっしゃいますよ。」
「え、だあれ?ぼくに、あいたいの?」
ぴょこん、と飛んで。
「ニリヤ様のお母様リュビ様の、お父様とお母様がいらっしゃいます。」
タカラが、ニコリと笑ってニリヤにシャツを渡す。
「お祖父様とお祖母様ですね。ニリヤ様は、良くリュビ様とお会いになられていたのでは?」
「じいちゃま!ばぁちゃま!あいたいよ〜!」
「仲良しなのか?じいちゃんばあちゃんと。」
竜樹がニリヤの頭を撫でて聞けば。
「うん!じいちゃまは、しょうにんで、カッコいいじいちゃま。ばぁちゃまは、やさしんだよ。」
「へぇ〜。」
ネクターは、ひゅん、と口を閉じて薄く息をした。
「わ、私も、ニリヤのお祖父様とお祖母様に、会うよ•••。」
「私も一緒に会うよ。」
オランネージュが、ネクターの肩を抱き寄せてポンポンする。ネクターは、唇をまむまむすると、会っていただけるかな•••と指をもじもじいじった。
「にいさまたちも、いっしょ!わーい!」
ニリヤはご機嫌だ。
「さぁ、じいちゃん達に会うためにも、午前中はお勉強頑張って!俺も頑張って主神殿行ってくるねー!」
「「「はーい!!」」」
飛びトカゲに揺られて、主神殿にやってきた。
正面の門をくぐると、すぐに案内の者がいて、竜樹とマルサとミランとタカラの4人に、深く礼をして神殿へと誘った。
神殿の入り口には、サンタのおじいちゃんみたいなノノカ神殿長が、ニコニコしながら待っていた。
「竜樹様、良くいらっしゃった。こちらからお会いしに行かねばならぬ事を、来てもらって助かるのう。私は、足が悪いものでな。」
「いえいえ、若輩者が動くのが正解ですよ。お話があるとか?」
「う、うむ、うむ。そ、その事なんじゃがなぁ。」
途端に目をキョロキョロして、言いづらそうに躊躇うと、ノノカ神殿長は、ぴょこん、と頭を下げた。
「すまないの、竜樹様。私も話はあるのじゃが、実は会って欲しい男がいての。あー、ちょっと、いや、かなり、独特な男なんじゃが、悪い男ではないんじゃよ?」
「はい、はい。ノノカ神殿長もご一緒してくださるのですか?」
「うむ!私も一緒じゃから、そんなに構えんでの。では、私の部屋で、話そうか。」
神殿の、神々が祀られている場所で、一旦祈りを捧げて、広い廊下を歩いていくと、突き当たりにノノカ神殿長の部屋があった。穏やかなノノカ神殿長に相応しく、無駄に豪奢ではない慎ましやかなドアを開けると、また中も使い古されて質素な、それでいて人の温かみがそこここに感じられる、小さな本棚、ソファに机、お茶道具の用意された側机がある。
そうして日の光が入る窓際に、黒く長い上着を着た、焦茶の短い髪に白髪を混ざらせた、背の高い1人の男が、窓の外を眺めていて後ろ姿を晒していた。
「ファヴール教皇、竜樹様を連れて参ったぞ。お主が話したかったお方じゃ。茶でも飲みながら、ゆっくり落ち着こうではないか?」
「ほう。」
振り返ったファヴール教皇は、焦茶の眼光鋭くジロリと竜樹を見咎める。
「この男が神をも恐れぬ偽善者か。見た目は地味で何ということもない男ですな。」
と。
うん。竜樹が地味なのは、そして偽善的なのは、その通りである。
だから竜樹は、にへら、と笑って挨拶をした。
「初めまして、畠中竜樹と申します。教皇様というと、教会のトップの方で?」
「一応そういう事になっているな。」
机を挟んで、相対するソファの奥側に、ノノカ神殿長はよっこらせと座り。
「すまぬなぁ、足が悪いと、立っているのも苦労での。早々と座らせてもろうた。ささ、竜樹様も、ファヴール教皇も、座って座って。お茶は、竜樹様の従者殿にお任せして良いかの?」
その方が、こちらの見習いに淹れさせるより、美味しいお茶が飲めそうだからのう。
あ、とっておきのお菓子があるのじゃよ、と側机の上の紙包みを示して。
タカラが、お淹れしますね、と断って、お湯を持ちに、用意されたやかんを持って出て行った。
竜樹は、ファヴール教皇がノノカ神殿長の隣に、若干窮屈そうに長い足を折り曲げて座るのを見届けてから、向いのソファに座った。
「所で、そちらの、かめら?というもので、この場を記録するのはやめてもらえないか。うちうちの話がしたいので。」
ミランに目をやり、手を組んでソファの背にゆっくりと背中を預けて、教皇が言う。
「わかりました。ミラン、頼むよ。」
「はい。」
撮影をやめて、ミランは竜樹の座るソファの後ろに控える。
ファヴール教皇というのは、頭のいい人なのだろう。今まで会ったこの世界の人達は、まだカメラやテレビで放送されるのに慣れていなくて、何だか不思議なモノを構えてるなー、とは思うだろうが、それで言質を取られるなどと言う事には思い至らなかったのだ。それを真っ先に潰す辺り、やはり大きな組織のトップではある。
「さて、話なのじゃがの。竜樹様は、身寄りのない子供を、教会で面倒をみるようにさせたいとか。」
「一体それに幾らかかるのか、人手がどれだけ必要か、分かっているとは思えないがな。」
フン、と教皇が鼻息荒く。
「簡単な思いつきだけで、組織が動くと思うなら思い違いだぞ。こちらは実際に動く側だ。子供を育てるとは、一筋縄ではいかぬことだ。ただ食わせればいいというものではない。褒めて、叱り、失敗を諭して、慰め、背中を叩いてやり、一人前の大人にさせてやらねばならぬ。そうして、一人で食っていけるようにさせねばならぬ。それも複数、何人になるかもわからず。そして親達も、困窮すれば教会を頼ればいいなどと甘く考えて、子供を寄越してくるようになれば、益々食い扶持は増えよう。」
「そうですね。」
フン? と、教皇は、言い返しもせず小さい目をぱちぱちさせている竜樹に、疑わしい目を向ける。
「教皇様が、子供を育てるって事を、ただ食べさせればいいと思っているんじゃない事が分かって、嬉しいです。そして、人手がいり、食事が要り、金がかかるということは、それだけ金が動いて仕事の需要が増えると言う事ですね。」
教会に金と人手が流れる、と言う事でもありますね。教会への信頼や地位も上がる事でしょうし。信徒も増えそうだし。
フン。
腕組みをして、ギロリと竜樹を再び睨んで。
「そのうまい博打に乗るには、もう少し説明が必要だな。」
話は聞いてくれるのね。
ニコリ、と竜樹は微笑んだ。




