花街のお姉さん
「は、はひ?お礼って、俺、何もしてませんが、お姉さんたちにお礼されるような事は。」
竜樹は、色鮮やかなドレス達にドギマギしながら、しゃがんで、少女から花束を受け取って返事をした。
ジェム達は、照れてポリポリ頭を掻いている竜樹に、ニシシシと顔見合わせて笑っている。王子達は、「きれいね、おねえさん!」と言ったニリヤに、うんうんして。
少女の後ろ、華やかな女性達を率いている、先頭のほっそり可憐な、けれど堂々としているお姉さん。白金混じりのベージュ髪、ぱっちりスミレ色の瞳、長いまつ毛の人、が、礼をしたまま、ゆったりと告げる。
「ギフトの御方様は、知らぬうちに私達を助けてくださっています。」
礼をなおり、ニコリと笑う。少女は、トコトコと、お姉さんの後ろに下がった。
「まずは、先日、広場のてれびで、『おうち経済・おこずかいの使い方、貯め方』を、私達も拝見いたしましたのよ。流行りの話題をお相手に提供するのも、お仕事の内ですから。この頃は、私達でも、花街の館から時々、男衆はつきますけれど、お出かけしてテレビを見に行く事ができますの。」
そう言われれば、お姉さん達の後ろに、コワモテのお兄さん達が着いてきている。騎士団の連中が、引き続き警戒しつつ。
「私達って、子供のうちから見習いで、花街に勤める者も多いのです。お金には、振り回されて育ちますが、貯めたり使ったりを、上手くできないまま、大人になる者も、少なくありませんの。」
ぱっ、と、竜樹が売り出したばかりのおこずかい帳を、お姉さん達が取り出して、振り振りした。
女性らしく、リボンや、レースで、オリジナルに飾られたそれは、大切にされていると分かる。
「私達、教養として読み書きは教わります。お相手様に、お手紙を書く事も、ございますしね。だから、みんなでおこづかい帳をつけ始められましたの。そうしたら、本当に、何にお金を使って、幾ら貯まるか、目に見えて分かりやすいのですね。」
見習いの時から、つけていれば。大人になって、そして花になり、盛りが過ぎて花を引退して、どこかの旦那様の後添えや、小さなお酒を飲ませるお店を持たせられたりした時に、大きな失敗をしないんじゃないかと思うのです。
「第二の人生で、お金に過不足ない暮らしができる者はいいけれど、全てがそうじゃありませんわ。」
一人寂しく、貧しい暮らしを余儀なくされる者も、かなりいます。
「そんな私達の、後の暮らしに、ギフトの御方様は、一条の光を与えてくれたと思うのです。」
可憐なお姉さんの後ろ、様々なタイプの艶やかなお姉さん達が、うんうん頷く。
「そりゃ良かった!そうですよね、街の中じゃ、息をするだけで自然とチャリンチャリンとお金がかかる。そんな中で、生きていかなきゃいけないですもんね。花街のお姉さん達の助けにもなったなら、良かったですよ。」
竜樹がニカリと笑って返事をすると、「まぁ、やはりギフトの御方様は世慣れてらっしゃるわ。」
「お優しい方ね。」
「ご身分のある方なのに、私達花街の女にも、卑しいなどと見下げたりなさらないわね。」
さわさわニコニコ話し合う。
「新聞も面白くて、毎日楽しみに読んでいますの。お相手様との会話も弾みますのよ。」
「私、家庭のヒント、お料理のコーナー、つい見ちゃうわ。後々作ったりするのかな、なんて。」
「私は芸能ニュースが楽しみ!」
これには、新聞売りのジェム達も、ふおっと頬を赤らめて、顔を綻ばせる。
「あとは、ある花街の花の、個人的な感謝もございます。」
「個人的な感謝?」
んん?と首を傾げる竜樹である。
「ある所に、子爵令嬢で、借金のために父親が悪い事をして、お家取り潰しに合い、花街に身を落とした花がございます。」
うんうん。周りを取り囲んで、野次馬して聞いている者たちも頷く。冒険者のパーシモン、マロン、ノワールも、きなこ飴をもぐもぐしながら見守っている。
「その、元子爵令嬢は、花街に落とされる前に、婚約者だった若者と、思い出の、最後の一夜を過ごしました。」
目をつむり、手を合わせて、想いを馳せる様子の、可憐なお姉さん。
泣けるわねぇ、とノワール。
「神の悪戯か、その一夜で愛しの子供を授かり。花になった途端、身籠った元子爵令嬢は、困っておりました。そして、ある優しい伯爵が、その子供を引き取って育ててくれると申し出てくれて、泣く泣く愛し子を手放したのです。」
月足らずで産んだ、小さな男の子でしたのよ。
ふふ、と微笑んで。
「伯爵様は、お世継ぎはもういらっしゃるので、その補佐に、との目論見があって、男の子を引き取ったのです。ですが。」
パチリ、目を開けて、スミレ色の瞳が、アルディ王子を見る。
「産んだ時、怪しげな医師に、取り落とされたその男の子は、どこかを打って、両足が動かなくなったのです。育った今も。そして、お咳の病気もありました。」
あ、ぜんそく。
アルディ王子が、魔道具を握って、言葉を細く漏らす。
「この間まで、原因がわからなかったのです。ぜんそく、とは、そんなに珍しい病気ではないのですね。伯爵様は、血の繋がらない弱い男の子を、可愛がっていて。てれびをみて、早速、癒しの魔法を使える者を、手配してくださって。」
胸の前で、手を組み、ふんわり微笑む。
「男の子は、足こそ動かないものの、咳の発作は、かなり抑えられて、お勉強も、身が入るようになったと、元子爵令嬢の花は、嬉しい連絡をもらいましたのよ。」
うふふ、と本当にお姉さんは嬉しそうにした。目の前に男の子がいるかのように。
「足かー。落とした、ってことは、腰あたりの神経を傷つけちゃったのかな。この間からチリが作って使ってみてる、身体の中を見られる魔道具で、見ながら診察したら、神経のどこらへんを治したらいいか分かったりするかなぁ。」
「どこ、と分からなくても、中を見ながら大体の仕組みを再建する方が、再生の魔法は、効くってわかりましたからね。絶対とはいえないけれど、やってみる価値はあるかも。」
竜樹と魔法療法師のルルーが、うんうん言いながら話し合う。
え、とお姉さんは口を開け、竜樹とルルーを見つめる。
「もしや、足、までも?治す方法があると?!」
「いやいや、絶対じゃないです!あと、神経が治ったとしても、よっぽど根気良くリハビリ、歩くために筋肉をつける練習、をしないと、難しいとは思いますが。」
竜樹の言葉に、うんうんとルルーは頷き、「筋肉の衰えまでは、再生魔法でもなかなかできませんからね。何故筋肉が、あまりつかないのか分からないけど、鍛えて強くなる所だからでしょうか。努力しなさい、という、神の御心によるのかも。」と言った。
「そうなると、やっぱり温水プール欲しいねえ。」
「水に身体が浮くから、無理なく全身の運動ができるんですっけ。」
アルディ王子も、他のぜんそくの子も、水泳、いいだろうしねえ。
「ぼくも、ぷーるしたいよ!」
ニリヤもニコニコして、「みんなで、およぎたい!」と竜樹のマントをツンツンした。「私も!」「私も、泳いでみたい!」オランネージュとネクターもねだる。
「私も、泳げるかな!その伯爵の男の子とも、友達に、なれる?」
ふおー、とアルディ王子も、目をキラキラさせた。
ともだち、ともだち!
ワイワイする王子達に、俺らも遊べたりするのかなぁ、泳いだこと、ないね!とジェム達。
「まさか、本当に!ギフトの御方様、私でできる事なら、何でも、何でも致します!お金もあるだけ、出します!どうか、あの子、いえ、パンセ家のエフォール伯爵令息様に、治療を!」
「私達からも、お願いします!」
お願いします!
声を揃えて言う花達に、竜樹は、
「今なら、お試し治療のモデルにできるかもだから。そして、お金は伯爵様から常識的な額をもらうから、お手伝いして欲しい事ができた時は、お願いしますね。」とニッカリ答えた。
「おお•••エフォール。」
スミレ色の瞳が、ゆらゆらと涙に揺れて、一粒、玉がこぼれる。
「おねえさん!なみだ、いっぱいよ。」
ニリヤが駆け寄って、タシタシとドレスを叩いた。ズボンのポケットから、母様のではない、シンプルな白いハンカチを差し出す。
「あ、ありがとうございます、ニリヤ王子殿下。御身手ずからなんて、勿体なくて。」
膝を折ってハンカチを受け取り、もみもみ。
良かった、良かった。
良かったわぁ〜。
パーシモン、ノワールやマロンまでも涙ぐみ、屋台の親父も、野次馬達も、ハタハタ肉の煙を仰ぎながら、うんうんと頷いている。
キラン!
地面が光り、まあるく切り取られる。
ルルーが、「これは!?」と叫ぶ。
マルサが、「まずい!こんな所で!?」騎士団を振り仰いで、丸の範囲に入っているのを確認すると、「何の魔法だ、クソっ!」と罵る。
竜樹は何の反応も出来ず、うわわわ、と子供達を見回して。
ブォン。
景色がブレて。
四方が古いレンガの壁。
そしてそこに、犬耳の灰色ローブを着た、びっくりまなこの獣人。
そこに、転移した。
竜樹にルルー、王子達にアルディ王子にジェム達。マルサに屋台の親父、パーシモン達に花街の花達。クルーに騎士団の連中も、みんな一緒くたに。
「なっ!ぎ、ギフトの御方様に王子様達まで!?あああ!だから、たった一人を転移させるなんて、無理だって言ったんだぁ!俺はこれでおしまいダァあー!!」
犬耳獣人が、頭を抱えて泣き叫んだ。